その光の名は   作:名無なな

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日本ダービーを東京ダービーと間違えて覚えていた頃があります。


日本ダービーの舞台裏で①

 

「――――準備はいいか?」

 

 控え室。ターフから離れた場所にあるここからでも場内の熱気が伝わってくる。

 

 目の前にいる私のトレーナーさんは努めて平静を装ってはいるものの、胸に付けたトレーナーバッチに度々触っている。これは彼が緊張しているときに現れる癖だった。約1年コンビを組んできたのだから、これくらいのことは見抜けるようになっていた。

 

 ……ということは私の緊張もトレーナーさんはきっと見抜いているに違いない。手を握ってもいないのに手の平には汗が滲んでいた。

 

 私はレース場と出走バのデータ、それと皐月賞から今日まで積んできたトレーニング記録を振り返る。

 

「初の東京レース場、初の2400メートル。ですが事前の練習では好タイムが出せていましたし、長い最終直線は私の優位に働くはずです」

 

「その通りだ。この最終直線はキミの末脚を存分に活かすことができる。ただコーナー後の高低差2メートルの坂があることは忘れないように」

 

 やっぱりデータは良い。何物にも左右されない客観的な証拠。その揺ぎなさが私の自信を補ってくれる。

 

 今日までの練習記録を振り返り、何一つ不安材料がないことを再確認する。

 そうして次は共に走るウマ娘たちのデータに目を通す。

 

「前走の皐月賞で一着だったヴィクトリーピザさんやここまで無敗のベルーナさん。他にもフラワープリンセスさんやワープボートさんも要注意です。他にも実績だけなら私以上のウマ娘たちがたくさん――――」

 

「『史上最高メンバーのダービー』」

 

 私の心情を先読みしたかの如く、トレーナーさんは割り込むように言葉を発した。

 私は手帳から目を外し、代わりにトレーナーさんを見つめる。

 

「世間ではそう言われているらしい。キミのことだ、そんなことは承知の上なんだろうけど」

 

「……ええ。テレビでやっていましたし、トレセン内でも話題になっていましたから嫌でも耳に入ってきました。皐月賞で私に勝ったヴィクトリーピザさんを始め、誰が一着を取っても不思議じゃない面々です。……残念なことに、その注目メンバーに私の名前は載っていないようですが」

 

 日本ダービー。

 歴史と伝統、そして栄誉あるレース。一生に一度しか出走が叶わない。だから誰しもが憧れ、一着になることを夢見る。

 

 長い歴史において、今日のレースは最もレベルが高いと言われている。誰が勝っても不思議ではないと。その中で私は7番人気――これが世間の評価だった。勝つことは難しいと思われているのだ。

 

 やれることはやってきた。調整も完璧で、レースプランも練ってきている。やり残したことなどない。

 

 だからこそ、負けたときのことを考えると心が震える。

 

 全力を出し尽くしても勝てなかったという心の重しが、今後私の脚を縛り付けてしまうんじゃないかと不安になる。

 

 

「――――キミらしくないな」

 

 

そう言って、トレーナーさんは私が持っていた手帳を取り上げた。

 

 




思ったより長くなったので次話へと続きます。
次話は本日17時に投稿予定。

1話当たりの文字数ってどの程度が最適なんでしょうか?

そのあたりも教えていただけると嬉しいです。
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