その光の名は   作:名無なな

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未勝利戦にて初勝利を目指して

 季節は移り変わり、秋。

 

 私は京都競バ場で行われる未勝利戦にエントリーしていた。コースは芝2000メートル。バ場状況も良好で私にとっては好条件がそろっている。

 

 メイクデビュー戦で敗北して以後、私たちは今までの練習方針を見直した。酸欠状態であっても常に思考状態を維持できるよう、普段のランニングの中で意識的に負荷をかけ続けた。

 肉体的スタミナだけでなく頭脳的スタミナの強化。距離の長いクラシック3冠レースを見据えて必須となる項目だった。

 

 発バ機前に集まった競争相手たちを観察する。私含め未だ勝ったことのないウマ娘たち。それ故に「今回こそは!」と意気込んでいるはず。未勝利とはいえ侮れる相手ではない。

 

 次に私は観客席を見やる。人もまばらな場所のため、トレーナーさんの姿はすぐに見つけられた。彼も私を見ていたらしくふと視線がぶつかる。何を言うのでもなくトレーナーさんはグッと握り拳を掲げてみせ、「大丈夫だ」とでも言いたげだった。

 

 トレーナーさんは「負けてもいい」と言ってくれたけれど、完全にそれに甘えてはいけない。本心も混じっているだろうが、同時に彼は「勝たせてやりたい」という想いでいるはずだから。それを裏切るわけにはいかない。

 

 私は自らの意思でゲート内に入る。レース開始前に既に負けていた前回と違い、今の私は落ち着いている。高揚感を煽るゲート内の窮屈さも今は実感できている。

 

 しん、と一瞬周囲が水を打ったように静まり返った。グッと重心を落とし、スタートダッシュに備える。

 

 

 ガコン、と扉が開かれると同時に私は勢いよく飛び出した。

 

 

 良いスタートダッシュが切れた私は、外側からゆっくりと内へと切り込んでいく。

好スタートの勢いによりそのまま先行策を取るのもありかと一瞬頭をよぎったが、私は最も慣れた中団真ん中――差しの位置まで順位を落とす。前回とそれほど変わらない位置だが、あのときはスタートの失敗を取り返そうと序盤に慌てて順位を上げた。それにより貴重な脚を使ってしまったのだ。

 

 全員が出方を窺っているのか、比較的スローペースでレースが進んでいく。そして第4コーナーを迎える直前、全員が揃ってラストスパートをかけるタイミングを図っている。

 

 ――その時には私は既に外側へと進路変更し、開けたルートを一気に駆け抜ける準備を整え終えていた。

 

 

「――――ふっ!」

 

 

 リミットを外すべく息を強く吐き出し、後ろに伸びた足を目いっぱい力を入れて蹴り出す。ぐん! と物凄い加速力が私の全身を包み込み、瞬く間に前を走っていたウマ娘たちを抜き去っていく。

 

「ムーリーッ!」

 

 あっという間に2番手の位置まで押し上げたものの、ゼッケン1番のウマ娘だけは懸命に力を振り絞っており、あともう一歩及ばない……そんな状況が100メートル以上続く。

 

「負けてたまるかっ……! 今度こそ勝たなきゃ、私は!」

 

「っ……!」

 

 肉薄しているゼッケン1番のウマ娘が歯を食いしばりながら、もはや意地だけの走りで頑としてトップを譲ろうとしない。

 

 届かないのか? と心が弱音を僅かに漏らす。爆発的な加速を得るために力の大半を出し尽くしたのだ、ここからもう一段階振り絞ることのできる余力は――――

 

 

「――エイシンフラッシュ!」

 

 

 ゴール板の向かい側の観客席で、トレーナーさんが声を張り上げている姿が目に入った。

 残された余力はもはやない。論理的に言えば相手に今先着を許している時点で私の負けは覆しようがない。

 

 そんな空となった私のスタミナタンクに、未知なるエネルギーが僅かに注入されたような気がした。

 そしてその力が相手との「あともう一歩」を埋める決定打となった。

 

「なっ……!」

 

 

 再加速した私はゼッケン1番のウマ娘と並び、ゴール寸前でさらに半歩前へと踏み出しゴールを果たした。

 

 ゴール板を通り過ぎ、力を使い果たした私はスピードを落として天を仰ぐ。僅かに息を整えてから掲示板に視線をやる。どうやら写真判定を行っているらしく、順位が反映されるまで時間がかかっているみたいだった。

 

 今度はトレーナーさんの方に目がいく。メイクデビュー戦と同じ風に私に対して拍手を送ってくれていた。しかし異なるのは敗戦を慰めるものではなく、正真正銘祝福によるもののそれで――――

 

 おぉっ! と観客席から声が上がった。釣られて掲示板を確認すると、1番上の枠には10番――私のゼッケン番号が表示されていた。

 

 勝った――そう認識した途端、身体の奥底から熱い何かが込み上げてくるのを感じ取った。言葉では言い表しがたい感情を今すぐ全身で伝えたい衝動に駆られる。

 

 私は観客先に向き直り、右手を胸に当て脚を交差させて優雅な風に頭を下げる。騎士の末裔だという父が教えてくれた、相手への敬意と感謝を表すポーズ。それが無意識のうちに出てしまった。

 

 観客たちから盛大な拍手が浴びせられる。自分の全てが肯定されたようで、私はそれを噛み締めるようにしばらく頭を下げていたのだった。

 

 

 




以上、初勝利でした。
やっぱりレースシーンは難しい……。

次にちゃんと書くとしたら皐月賞かな。

明日は1回お休みします。書き溜めが完全に尽きたのと4連休に回したいので。あしからず。
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