その光の名は   作:名無なな

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モンブランは天辺にマロンが乗っていないタイプの方が好きです。


休養日とモンブラン②

 普段はミーティングの際に使っているテーブルにケーキと飲み物を並べる。

 

「そう言えばケーキは分量を守るのが大切だったな。なるほど、キミの得意分野というわけだ」

 

 合点がいき1人で頷きながら椅子に座る。すると対面で既に座って待っていたエイシンフラッシュは誇るように胸に手を当てた。

 

「その通りです。家庭料理と違ってケーキ作りに求められるのはいかにレシピに沿って作れるか。1gの違いも許されない集中力は私にとって心地良いんですよ」

 

「ああ、それだと俺は駄目だな。いつも自分でご飯を作るときは大抵目分量でやってしまう」

 

「一概にそうとは言えませんよ。家庭料理は多少大雑把になってもまとまるものですから。それでも何事もレシピ通りが一番美味しいことに変わりはありませんが」

 

 彼女が自信を持って言うのであれば余程のものなのだろう。モンブラン特有の糸状のクリームに乱れはなく、彼女の几帳面さそのものが反映されたかのようだ。崩すのも躊躇われるほどだが、食べないとなれば本末転倒である。

 

 俺はフォークをゆっくりと入れ、ちらとエイシンフラッシュを一瞥する。彼女は俺の反応を窺っているらしく、自分のものには手を付けようとせずジッとこちらを凝視している。そんなに見られていると食べづらいんだが……。

 モンブランを口に運ぶ。すると濃厚なマロンクリームが口いっぱいに広がった。くちどけもまろやかでお店で出されているものと同等かあるいは――

 

「今まで食べてきたどのお店のモンブランよりも美味しい!」

 

「それは贔屓目がすぎると思いますが……ありがとうございます」

 

 そういうと彼女はホッとした風に肩の力を抜いた。そしてようやく自分の分のモンブランに口を付けた。納得した風に頷いている。

 

 自分へのご褒美として1人で食べるスイーツよりも、不思議とこうやって誰かと食べるスイーツの方が美味しく思える。純粋に彼女の作るモンブランが美味しいということもあるけれど。

 ご褒美。そのワードが頭に思い浮かんだ途端、ある1つのことを言葉にしたくなった。

 

 

「こうしてケーキを食べていると、あれだな。今更だが初勝利祝いをしているような気分になってくるよ」

 

「……ええ。確かにそうかもしれませんね」

 

 

 何故だか彼女は若干嬉しそうに頬を緩ませたような気がした。ひょっとして彼女が今日ケーキを作って持ってきたのは、俺と初勝利を祝いたかったから……? いやいや、それは自意識過剰か。こんなことを口にしたら「そんなわけないじゃないですか」と言われそうだ。

 

 それはそれとしても、俺は彼女に対し初勝利への対応をほとんどしていないことに気付く。当然昨日のうちに「おめでとう」系の言葉は何度も口にしたが、それを何か形にしてはいない。やはりこういう記念事は手元に残るものを送った方がいいのだろうか?

 

 だけど俺、他人に対し何かプレゼントを贈った経験というのがほとんどないからな……。スマートに渡せればいいのだが俺には絶望的に向いていない。

 ひとまずプレゼントのことは置いておくとして、エイシンフラッシュに話しておくべきことがあったのを思い出す。

 

「言い忘れていたんだが、次の出場レースは『萩ステークス』を検討しているんだ。スケジュールはタイトだけど、昨日のレースの感触を確かなものにしておきたいと思って……」

 

 なるべく端的に内容を伝えていると、エイシンフラッシュから待ったがかかる。珍しい、普段の彼女なら区切りのいいところまで清聴しているのに。

 

「トレーナーさん、先ほど言ったことをもう忘れてしまったんですか? 今日は完全休養日と決めていたはず。今日ぐらい少しはレースから離れてもいいじゃありませんか」

 

「…………、なるほど。言われてみれば確かに。少し焦っていたみたいだ」

 

 エイシンフラッシュはティーカップに唇を当てる。まさか努力家の彼女の口から「レースから離れる」なんて言葉を聞く日が来るとは思わなかった。来る日も来る日も走り続けていた姿をずっと見ていたから意外に思ったのだ。

 

 とはいえ彼女の言うことの方が遥かに正しい。オンオフは明確に分けるべきだ。よし、今日はレースやトレーニング以外の話題で攻めよう!

 

「…………」

「………………」

 

 練習以外の話題か……。エイシンフラッシュと組んで半年を過ぎたが、会話の大半はレース・トレーニングに関することばかりだった。だからそれ以外と言われてしまうと途端に何を話せばいいのか一瞬分からなくなったのである。

 

 ……いや。よくよく考えてみればおかしな話だろう。俺と彼女は契約こそあれ『コンビ』を組んでいるのだ。それなのに俺は彼女が休日何をやっているのか、どんな食べ物が好きなのか、個人的なことをほとんど知らない。まあ聞いたところで教えてくれるかどうかは分からないが、知ろうともしなかったのは問題だ。

 

 エイシンフラッシュを勝たせてやりたい。言い訳くさいがそればかり考えてきて、それ以外のことに目を向ける余裕がなかった。しかし今は初勝利を収め、ある程度余裕も生まれてきた。色々話すには良い機会なのかもしれない。

 

「……キミは休日、どんなことをしているんだ?」

 

 藪から棒な問いかけだが、エイシンフラッシュは相変わらず澄ました表情で相槌を打つ。

 

 

「そうですね……、授業の課題などの必要最低限なものを除けば、先日はファルコンさんのお誘いでアイドルライブの鑑賞に行ってきました。確かに満足いく内容でしたが、予定終了時刻を31分も超過していました」

 

「アイドルライブかぁ。俺は行ったことないからはっきりとは分からないけど、ああいうのってアンコールがあったりするから延びるものだと思ってたよ」

 

「はい。何事も予定通り遂行することが肝要だと思っている私からすれば、若干の不満が生じました。似たような事例ならスポーツのテレビ中継もそうですね。後番組の予定を延長して放送継続することが多々見受けられます。私はその後のニュース番組を見ているので、たまに影響を受けたりします」

 

「はは、それは何というか……災難だったな。かく言う俺は昔野球をやっていたから、テレビ中継が延長されると喜んだ側だけどね」

 

「それは少し意外です。貴方はスポーツとは関わりが薄いと想像していましたから」

 

「そうでもないさ。俺が中学のときには――――」

 

 

 ケーキを食べ終わり、カップが空になっても不思議と話は途切れなかった。

 言葉を交わすたびに彼女を知ることができて……俺は今日、初めて『エイシンフラッシュ』と出会ったのかもしれない。そう、思った。

 

 

 




次回はクリスマスイベをやる予定です。(全然書けていませんが)

毎日投稿はさすがに厳しくなってきましたが、何とか連休中は更新できるよう頑張ります。
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