「風のウワサで聞いたんだが、エイシンフラッシュはクラシック3冠に挑むんだよな?」
「はい。フラッシュたっての希望ですし、個人的に決着をつけたいライバルがいるみたいですから」
「ヴィクトリーピザのことか」
「……それも風のウワサですか?」
「いや? 今のは単なるカマかけだ。その様子だと当たりのようだが」
別に隠しておくべき情報でもないが、してやられた感がして僅かに悔しい気持ちになる。
園部トレーナーは飄々とした口調で続ける。
「そっちのエイシンフラッシュも俺んとこのワープボートも、同世代の最大のライバルと言えばヴィクトリーピザだ。彼女の最近のレースは見たか?」
「……はい。ヴィクトリーピザのレースは全て追ってますが、レースのたびに強くなっている印象ですね。スピード、パワー、勝負勘……どれを取っても隙が無い」
「まったくだ。世界を狙っているというのも笑い話にならんレベルだ。……ああいや、そういえばどこぞの新米トレーナーがそんな彼女の逆スカウトを断ったとかって話を聞いたなー。そんな贅沢なトレーナーがいるなら見てみたいなー」
「……いやぁ、ホントですねー。誰なんでしょうねー」
「ちなみに今のはカマかけじゃなくて目撃談がある。ウェイトルームみたいな人の多い場所で言い合いしてたらウワサにもなるぞ」
わはは、と園部トレーナーは楽しそうに背中を叩いてくる。やっぱりこの人には敵わないな……。
からかわれていると、俺たちのいる壁際まで自ら向かってくる茶色がかった短めの黒髪のウマ娘と目が合った。ややつり目がちで気の強そうな娘である。
彼女は俺を一瞥し、すぐに隣の園部トレーナーへと視線を移す。
「お話し中失礼します、トレーナー」
「どうしたんだワープボート。自ら進んで壁の花になりに来るなんてもったいない」
「そういうのはいいので用件だけ。私は先に部屋へと戻ります。エアグルーヴ先輩とも話せましたし」
「相変わらず素っ気ないね……。わかった、明日の朝8時にここを出発するから、忘れ物がないようにな」
分かりました、と彼女は軽く頭を下げて踵を返そうとする。しかしそれに園部トレーナーが待ったをかけた。
「ちょっと待ってくれ! 一応紹介しとく、この娘はワープボート。俺と専属契約しているウマ娘だ。それで隣の冴えないトレーナーが――――」
「エイシンフラッシュさんのトレーナー、ですよね。存じ上げています」
ともすれば冷たいと感じそうなほどクールな対応であしらわれる園部トレーナー。俺の紹介のとき「冴えない」と評したことにツッコミを入れたくなったが、それよりも早く園部トレーナーが申し訳なさそうに片手を立ててきた。
「悪い。メイクデビューが3日後ってことでピリピリしてるんだ。ちょっとシャイなところがあるけど、まあ仲良くしてやってくれ」
「勝手に人を恥ずかしがり屋にしないでくれませんか?」
「あはは、そうなんだ。メイクデビュー戦、頑張ってね」
何気ないエールのつもりで発した言葉に対し、ワープボートが鋭い眼差しを突き付けてくる。
「頑張ってとは、随分と余裕があるようですね。私はエイシンフラッシュさんと同世代……クラシックレースで直接対決する可能性が大いにあるというのに」
なるほど。これは俺の方に配慮が足りていなかったらしい。ワープボートからすればそう取られてもおかしくないのだから。
園部トレーナーは俺と彼女のやり取りを静観している。俺の言動も試されているというわけか。
俺は少し背筋を伸ばして答える。
「気に障ったというなら謝るよ。確かにキミはライバルになるかもしれない相手だ。勝敗を付け合うのがライバルだけど……、互いに高め合うというのもライバルって存在なんじゃないかな?」
「高め合う……」
「そう。それに……楽しくないだろう? ライバルだからって理由だけでギスギスするのは」
ラブアンドピースを謳うつもりはないが、認め合いながら切磋琢磨するというのが正しいライバル関係なんだと俺は考えている。ライバル視することと敵視することは別物なのだ。
ふん、と園部トレーナーが鼻を鳴らした。対してワープボートはいやいやと首を横に振った。
「あまり共感はできません。ライバルというのは目標です。彼女にだけは負けるものか、と心に立てる標。関わり合うことはなくとも一方的な想いで成り立つ――それが私にとってのライバル像です」
「それでもいいと思う。走り方に絶対がないように、価値観にも絶対はないんだから。……それに、俺はただ同じことをしたまでだよ。フラッシュのデビュー前にアドバイスをくれた園部トレーナーと、ね」
「あ、おいっ! それチクるなよ!」
自分の知らないところでライバルに塩を送っていた担当トレーナーを見据えて、一瞬表情を険しくしたワープボートは今度こそ踵を返した。
「分かりました。それでは精々頑張るとしましょう。エイシンフラッシュさんが私に負けたとき、あなたが同じことを言えるかどうか気になりますしね」
「そのとき言うセリフは既に決まってるよ。次こそは勝つ――ライバルってそういうものだからな」
ワープボートは振り返ることなく部屋を出ていった。それを確認して、俺はふうと一息吐いた。
「なかなか迫力のある娘でしたね。さすが【女帝】に認められたウマ娘だ」
「若干気性難な一面があるからなぁ。加えて脚の不調でデビューが遅れたせいでフラストレーションが溜まってるみたいだ」
ぽりぽりと頭を掻く園部トレーナー。
彼はグラスに残ったジュースを一気飲みする。
「んじゃ、俺もそろそろお暇するわ。ワープボートにとってもちょっとした息抜きになったろうし、俺もやるべきことをやらないとな」
「そうですか。それじゃあ頑張ってくださいね、園部トレーナー」
「お前さんも懲りないね……」
苦笑いを見せて園部トレーナーも部屋を後にした。
宴もたけなわ。門限が近くなってきたところで、生徒会長であるシンボリルドルフがマイクを手に取った。壇上に立つ――たったそれだけの動作で会場内の意識を一身に集める。【皇帝】と呼ぶに相応しい存在感だった。
「さて諸君、歓談中申し訳ないが今宵のクリスマスイベントもお開きとする時間が迫ってきた。会者定離――始まりがあれば終わりもあるものだ」
凛とした声音は耳にするだけで心が落ち着く作用さえあるのではないか。そう思えるほどのカリスマ性。
前方に意識を引っ張られていると、不意に黒髪のウマ娘が視界に入った。間違うはずもない、エイシンフラッシュの姿だ。参加していることは知っていたが、この人混みに紛れて見つけられていなかったのだ。
まだ会場に残っているというのなら話が早い。俺はスマホを使ってエイシンフラッシュにメッセージを送る。
『この後少しでいいからトレーナー室まで来てくれ』
シンボリルドルフのスピーチをもう少し聞きたい気持ちを惜しんで、俺はクリスマス会の会場を後にする。
「……クリスマスと言えばトナカイだが、実は私は
扉を閉める直前に、シンボリルドルフの口からダジャレが飛び出したような気がしたが、聡明な彼女がそんなことを言うはずがないと結論付けるのであった。
思ったより長くなったので③へと続きます。
ワープボートの一応元ネタはルー〇ーシップです。エアグルーヴに若干寄せた性格にしています。