その光の名は   作:名無なな

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努力の代償は①

 バレンタイン以降、言葉通りにハードなトレーニングが続いていた。

 

 1年間エイシンフラッシュを鍛えてきて、土台は申し分ないほど仕上がってきている。後はそこから何を積み上げていくか。即ち彼女ならではの武器を磨いていくことに重きを置いていた。

 

 彼女の武器は何か? と考えて、即座に「末脚」であると結論付けた。

 直近2戦では上がり最速の脚を発揮して勝利しているが、逆に発揮できないときは敗れている。ラストスパートでどこまで脚を残せているか、どう使うかが勝利へのカギとなる。

 

 しかし彼女の末脚は現状長く使える代物ではない。一瞬の切れ味――それをどこまで磨き上げることができるか。トレーニングでの最重要課題である。

 ウェイトトレーニングでは遅筋よりも速筋を鍛え、ラダートレーニングを取り入れ脚を最大限上手く使えるようにするなど、思いつく限りのメニューを彼女はこなしていった。

 

 そのかいあってか、エイシンフラッシュのタイムは目に見えて伸びてきている。特にラスト3ハロンのタイムが良くなっている。弥生賞に向けて良い練習ができていると思っているのだが……。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 ある日の夜。俺は誰もいないトレーニングコースに足を運んでいた。春も間近とはいえ未だ肌寒さが残っている。

 

 昼間とは打って変わって静まり返ったコースを走る人影が1つ。彼女のフォームを誰より見続けてきた俺は、その人影がエイシンフラッシュであることに一目で気付いた。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 彼女の息切れが少し離れたここまで伝わってくる。今日だけではない。少なくとも1週間前からエイシンフラッシュは今日みたいに自主トレを繰り返している。それも頭に「無茶な」が付くような自主トレを。

 

 最初に俺がおかしいと思ったのは、トレーニング前の時点で疲労が残っているのを感じ取ったからだ。確かに激しいメニューではあるが、翌日に疲れを残さないようギリギリのところで調整していたはずだし、クールダウンも徹底的におこなっていた。エイシンフラッシュに合っていないのか、と思い練習の強度を下げようと思ったが、彼女自身に止められてしまった。

 

 決定的だったのがエイシンフラッシュと同部屋のスマートファルコンからの告白だった。スマートファルコンが言うには夕食後になると1人で出ていき、夜遅くに帰ってきたときには泥だらけになっていると。

 

 もしや、と思い夜間のトレーニングコースを見張っていると、案の定自主トレに取り組んでいるエイシンフラッシュを見つけたというわけだ。

 

 無茶なトレーニングは本来止めるべきだ。メリットよりも怪我のデメリットの方が遥かに大きい。そんなことは聡明な彼女ならば充分理解できているはずだ。

 

「……理解できているけど無茶を押し通す。つまりそれほどの相手ってことか」

 

 俺もヴィクトリーピザに関してはかなり研究を重ねていると自負していたが、エイシンフラッシュはヴィクトリーピザと何度も対決してきた経験があるが故に、その実力を肌で感じ取っているのかもしれない。

 

 彼女の走りを見やる。暗くてシルエットしか見えないが、それでも強い意志を持ち走っているのがひしひしと伝わってくる。

 

 止めるべきか意思を尊重すべきか。俺は彼女の走りを見つめるばかりで決められずにいた。

 

 

 

 

 ――――翌朝。結局俺はあの後エイシンフラッシュに声をかけることすらできずに、彼女が自主トレを切り上げるのを確認して帰宅した。

 

「けど、このままじゃ駄目だよな」

 

 トレーナーの立場からすれば止めるべきだ。だけど俺は彼女の意思の強さを目の当たりにして二の足を踏んでいる。ただ見守るだけならトレーナーじゃなくてもできる。俺にできるのは今の彼女を諫めることだ。

 

 いかに彼女を納得させるか、着替えながら頭を悩ませていると、テーブルに置いているスマホが震えた。表示画面を確認すると「エイシンフラッシュ」となっていた。

 

「もしもし?」

 

『あっ、フラッシュさんのトレーナーさんですか? 私ファル子です!』

 

「ファル子……、ああ、スマートファルコンか。なんでフラッシュの携帯からかけてきてるんだ?」

 

『それがフラッシュさん、今朝から熱を出しちゃってて今日は練習お休みにしてほしいんです』

 

 発熱。それを聞いて、真っ先にこれまでのオーバーワークが頭をよぎった。疲労の蓄積が原因なのではないか。だとすれば早く止めることができなかった俺の責任だ。

 

 いや、そんなことより今は彼女の容態の方が大事だ。知らず知らずのうちにスマホを握る手に力が入る。

 

「それで!? フラッシュはどんな状態なんだ?」

 

『わわっ! びっくりしたぁ。えーと……今はお薬飲んで寝てますけど、さっき計ったときは39.2度出てました。かなり体調悪そうなんですけど、レースが近いから練習を休むわけにはいかないって聞かないんです!』

 

「分かった、ありがとう。スマートファルコンは授業があるだろうからそっちに出て。後は俺が何とか説得するから」

 

 俺は急いで身支度を整えながら、肩と首の間にスマホを挟み込んで通話を続ける。

 そして俺は躊躇することなくスマートファルコンにあるお願いをした。

 

「それで悪いんだけど、できれば1つお願いがあるんだ――――」

 

 その願いに対しスマートファルコンから承諾を得て、俺は部屋を飛び出していった。

 

 

 




次回に続く。
未だにスマートファルコンの言葉遣いがしっくりこない。

たとえばスマートファルコンは「熱が出ちゃって」「お熱が出ちゃって」のどちらを言うのか。後者はあざとすぎるので前者にしましたが、何とも難しいです。
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