「外野の声に惑わされるキミじゃなかった。自分の中に絶対を持っていて、それをターフで表現できるウマ娘だった。『史上最高メンバーのダービー』? 最高なんて毎年更新されるものだし、日本ダービーに弱いウマ娘なんて一人も出ていない。皐月賞で負けた相手? 過去の敗戦も今は関係ない。今日勝つのはキミだ!」
「トレーナーさん……」
熱弁するトレーナーさんの方こそ絶対の自信を持っているようだった。先ほどまで緊張している風に見えたのは、あるいは私の緊張が移ったのかもしれない。
この人は出会ったときから何も変わっていない。どんな不利な状況であろうとも自身のウマ娘を信じ抜こうとするその姿勢。
そんな彼の姿を見て、柄にもなく緊張している自分がおかしく思えてきて、ついクスクスと小さな笑いが込み上げてくる。
「? どうしたんだ? 俺、また何か変なことを言ったか?」
「いいえ、違いますよ。いつも貴方はエビデンスに乏しいことを、大舞台を前にしてなお堂々と言うものですから、少々面食らってしまったんです」
「エビデンスて……。そういうキミも相変わらず手厳しいな。だいたいエビデンスなんて必要ないだろう、俺がキミを信じることに証拠なんて」
普段通りのやり取りを交わしていると、コンコンと控え室の扉がノックされる。
「失礼します。間もなくパドックです。1枠1番ですので速やかにランウェイまで移動をお願いします」
運営スタッフが若干慌てた様子でそう伝えた。
私は姿見で勝負服に乱れがないかを確認する。G1レースだ、恥ずかしい姿を衆目に晒すことなどできない。
「うん大丈夫、後ろも問題ないよ。いつも通り綺麗になってる」
「そうですか、ありがとうございます」
これで本当にやり残したことはない。レースに集中できる。
最後に私はふう、と深く息を吐いて、ドアノブに手をかける。……しまった、一つだけやり残したことがあったんだった。いつもはしないけど、今日のレースだけは言おうと決めていたことが。
くるり、と私は後ろを振り返って、少し意外そうな顔をしたトレーナーさんを見据えて言う。
「トレーナーさん。今日のレース、絶対に目を離さないでくださいね」
「……分かったよ。ちゃんと見てるから行ってこい、エイシンフラッシュ!」
「――――はいっ!」
その胸の高鳴りは、レース中のそれとは少し異なっていた。
*
エイシンフラッシュ。
これはドイツからやってきた彼女の軌跡を辿る物語。
栄光と挫折、それら全てを共に駆けた、生真面目なウマ娘と新人トレーナーが紡ぐ物語だ。
序章終了です。
次からはエイシンフラッシュとの出会いを遡って書いていく予定です。
書いていて思うのが、想像よりも文章が冗長になりがちだということですね。
あと文章力がなさ過ぎて困ります。その点類語辞典は神。