その光の名は   作:名無なな

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メイショウドトウ引きたい……。
けどタマモクロスとエイシンフラッシュ用の石だから迂闊には回せない……。


努力の代償は②

 

 ――――頭が重い。

 

 高熱の影響により多量の発汗がパジャマに染みついて不快感に包まれているようだった。起きているはずなのに頭が熱に浮かされていまいち意識が定まらない。

 

 ……練習、しないと。

 

 私もそこまで幼くはない。この状態では走ることはおろか、まともに歩くことができるかどうかさえ怪しい。栄養をきちんと取って良く寝ることが復帰への近道だと分かっている。

 けれどトレーニング再開までどれほど時間を要するか分からない。もう弥生賞まで2週間もないのだ。1日も無駄にできない状況下でゆっくりと休んでいられない。

 

 ……そう言えば昔に1度、かなりの高熱を出して入院したことがあった。私は自宅で気を失い、気付いたときには病院のベッドの上だったはずだ。「はず」と言うのも、あまりの高熱に意識がぼんやりとしていてよく覚えていないのである。

 

 うっすらと覚えているのは、出張中だった母の代わりにつきっきりで献身的な看病をしてくれた父親の心配そうな顔。父親はいつも逞しい姿しか見せていなかったから、夢と勘違いしてしまったほどだ。

 

 不意にひんやりとしたものが額に載せられる。そうだ、確か昔もこうして濡れタオルを頻繁に交換してもらったんだった。

 

 朦朧とした意識の中、微かに瞼を持ち上げる。普段は何てことのない動作が今はたまらなく億劫だった。

 

「お父さん……?」

 

 上手く顔を認識できない視界に浮かんできたのは、どこか父親の持つ雰囲気と似通っていた。

 次第に視界がクリアーになってきて、ようやくその人物の顔をはっきりと視認できた。

 

「……トレーナーさん?」

 

「うん、そうだよ。お父さんじゃなくってごめんな」

 

 ――そこには、よりにもよって私の弱いところを最も見せたくない相手が傍らに立っていた。

 

 

 

 

 スマートファルコンに頼み込み、彼女たちの部屋に入ることを許された俺は、構内にある売店でスポーツドリンクやゼリーなどの差し入れをいくつか購入してから向かった。

 そして栗東寮の長であるフジキセキに事情を説明して、エイシンフラッシュの部屋に入ることができたのだ。

 

 きちんと整理整頓された部屋の左側のベッドに、淡い黒色のパジャマを着たエイシンフラッシュが苦し気な表情をして眠っていた。

 ひとまず濡れタオルを彼女の額にそっと載せると、エイシンフラッシュが小さく吐息を漏らした。長く揃ったまつ毛が微かに動いたような気がした。

 

「お父さん……?」

 

 高熱のせいで意識がはっきりしないのか、あるいは心細さ故に故郷の両親を求めたのか。ここにいるのが俺で申し訳なく思えた。

 

 やがて彼女はゆっくりと目を開き、少し驚いた風に瞬きをした。

 

「……トレーナーさん?」

 

「うん、そうだよ。お父さんじゃなくってごめんな」

 

 そう返すとエイシンフラッシュはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「屈辱です……。トレーナーさんを父と見間違えるなんて、父に申し訳が立ちません」

 

「からかったわけじゃないんだけど、まあそういう返しができるのなら思いのほか大丈夫そうで安心したよ。体調はどんな感じだ?」

 

「ん……、まだ寒気がしますね」

 

「なるほど、となるとまだ峠は越えていないっぽいな。身体を温めてあげないと」

 

 俺は暖房のスイッチを入れて室温を上昇させる。気を付けないといけないのは、身体を温めると当然汗をかくから、水分補給をきちんとおこなう必要がある。

 買ってきた500㎖のスポーツドリンクの蓋を開けストローを差す。それをエイシンフラッシュへと差し出す。

 

「ほら、飲めるか? ストロー差したから寝た状態でも飲めるぞ」

 

「はい……。ありがとうございます」

 

 彼女は緩慢な動きでペットボトルを受け取り、ストローを咥えて水分を摂取する。

 

 いかにもしんどそうな動きだ。普段弱いところを滅多に見せようとしない彼女が、それを隠し切れないでいることから不調ぶりは推し量れる。

 

 エイシンフラッシュがごほっと数回咳き込んだ。俺が心配するよりも早く彼女はすぐに大丈夫と手で制する。

 

「……それで、どうしてトレーナーさんがここにいるんですか?」

 

「スマートファルコンに頼んで入れてもらったんだ。あ、もちろんフジキセキにも了承は得ているよ」

 

「ああ、なるほど。そういうことでしたか……」

 

「無理に話そうとしなくていい。今はちょっとでも多く寝て体力を取り戻すんだ」

 

「はい……」

 

 承諾して、彼女は布団を深めに被り直した。

 俺は彼女が静養できるよう、なるべく音を立てずに自宅へおかゆを作りに戻ったり、持ってきた加湿器をセットするなど、できる範囲で適切な環境づくりをおこなった。あまり動き回ると彼女たちの私物を見つけてしまいそうになるので、極力いらぬものを見ないよう努めながら。

 

 時計の秒針が一定間隔で音を刻む。時刻を確認すると11時を回っていた。ここに来て既に2時間以上経っているのか。

 

「トレーナーさん……、聞いてくれますか?」

 

 不意にエイシンフラッシュが小さく声を出した。彼女は身体ごと横に倒し、

 

「どうした? 急な話じゃないのなら、別に今じゃなくても……」

 

「本当は大人しく眠っていようと思ったのですが、そのことばかりが頭を巡ってしまって目が覚めてしまうんです。だから聞いてください」

 

 俺は作業を止め、胡坐をかいてエイシンフラッシュに向き直る。

 

 彼女はゆっくりと息を吸い、話すための準備を整える。

 

 

「――ごめんなさい。ここ最近ずっと、私は練習終わりにもかかわらず自主トレーニングをおこなっていました」

 

 

 それは会話というよりも罪の告白といった重苦しさであった。俺はぐっと背筋を伸ばして答える。

 

「そのことなら知ってたよ。キミの体調管理は俺の役目だったのに、止めるのが遅すぎたんだ。こっちこそ悪かった」

 

「そうじゃないんです。私は貴方が遠くで見守っていることに気付いていたのに……止めようとしていることにも気付いていたのに、知らないフリをしていたんです。だから全部私が悪いんです」

 

「……、」

 

 俺が気付いていることに気付かれていたというわけか。ウマ娘の聴覚と嗅覚は人のそれを上回ると聞く。よくよく考えれば気付かれても不思議じゃない。

 

 エイシンフラッシュはなおも続ける。

 

「案の定私はオーバーワークのせいで倒れてしまっています。貴方が懸命に作ってくれたレースまでのスケジュールを全て台無しにしてしまったんです。休むときには休むと最初に言ったのは、私なのに――――」

 

 想像以上に弱っているみたいだ。身体だけでなく心が。今にも泣き出してしまうんじゃないかと思うほど、彼女は体調を崩したことに引け目を感じている。

 彼女の自主トレを止めることができなかったトレーナーである俺の方にこそ非があると思うけれど、この様子だと受け入れたりはしないだろう。

 

 ごめんなさい、とうなされるように呟くエイシンフラッシュ。こんな彼女は見ていられない。そう思った時にはもう言葉が口から飛び出していた。

 

 

 

 

 




次回に続く。
思ったよりも長くなりそうな感じです。

熱を出すと本当に弱気になりますからね。1人暮らしだと特に。
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