その光の名は   作:名無なな

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努力の代償は③

「キミは自分が間違っていると思ったことはやらない娘だ。今回だって悩んだ末の無茶だったはず。それでも自主トレをしたのは弥生賞……より具体的に言えばヴィクトリーピザと対決するからだろう?」

 

「……はい。どんなにトレーニングを積み重ねても、ヴィクトリーさんに追いついている気がしないんです。負け続けた過去の私が冷静な目で『それでは勝てない』と煽ってくるんです……!」

 

 エイシンフラッシュの布団を握る手に力が籠もる。俺の見解ではエイシンフラッシュとヴィクトリーピザの実力差は着実に縮まっている。100回戦えばエイシンフラッシュが負け越すだろうが、1回のレースに絞れば勝利を掴むことは充分に可能である。

 

 しかしそのためにはフィジカルやテクニックではなく、勝負所で実力を発揮できるメンタルこそが最重要となる。エイシンフラッシュはヴィクトリーピザに限って言えば所謂「負け癖」が付いてしまっているのかもしれない。

 

 エイシンフラッシュもそれを薄々感じていた。だからこそその不安を払拭するための自主トレだったというわけか。

 

「…………、」

 

 彼女の様子を確認する。頬は上気して息遣いは荒い。医者の診断を待ってからでないと断言はできないが彼女に伝えておく必要がある。

 俺はエイシンフラッシュを見つめたまま言った。

 

「フラッシュ。俺はキミの担当トレーナーとして現実を伝える義務がある」

 

「……?」

 

 エイシンフラッシュは何を? と尋ねるように口が動いた。

 

 俺はグッとお腹に力を込めて頭を下げた。

 

 

「――――弥生賞は棄権しよう」

 

 

 告げた直後、彼女は布団を跳ねのけるように上体を起こした。

 

「っ……! それは何故ですか? 私が許可を得ず勝手にトレーニングをした罰ですか? それに関しては謝罪します。ですからどうか、どうか! 私をヴィクトリーさんと戦わせてください!」

 

 今まで見たことがないほど声を荒げるエイシンフラッシュの姿。思わず絆されそうになるが、その願いを俺は首を横に振って否定する。

 

「イジワルで言ってるわけじゃない。お昼過ぎに診察に来るお医者さん次第だけど、キミの発熱は明日すぐに治るようなものじゃない。2,3日か、もっと伸びる可能性もある。そうなったらレースまで長くても5日間しかない。何もしないでいると体力ははっきりと落ちるんだ。そんな状態で挑んでもヴィクトリーピザはおろか他の競争相手にも勝てないよ」

 

「諦めろ、と言うのですか?」

 

「そうだ。俺は『勝てない』と思っているレースにキミを出走させたりはしない。今回は勝てないレースだ。トレーナーとして許可することはできない」

 

 ぎり、と彼女の奥歯から音が鳴った気がした。それほど悔しい思いをしているのだろう。だけどもう彼女の事情を最優先にして苦しい思いをさせるのはもうごめんだ。ここは心を鬼にする。

 

 しばらく彼女との間で睨み合いが続く。やがてエイシンフラッシュは俯き、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「……分かりました。ただ、代わりというわけではありませんが、1つだけお願いを聞いてくれませんか?」

 

「何かな?」

 

「弥生賞の日、私を中山競バ場まで連れて行ってほしいんです。……ヴィクトリーさんの走りを見届けるために」

 

 

 

 ――――弥生賞当日。

 

 その日の中山競バ場は生憎の雨模様で、見るからに重バ場のようである。

 

 結局エイシンフラッシュは熱が下がるまでに3日間、完調まで2日間を要した。医者の見立てでも弥生賞への出走は厳しいとの見方で、その日のうちに弥生賞への出走は取り下げることとなった。

 

 観客席の最前列で2人して傘を立てているため、必然的に距離が開いてしまう。本来走るはずだったレースを目前に控え、身長差も相まってどんな表情をしているのか皆目見当もつかない。

 

「ありがとうございます。今日は連れてきていただいて」

 

「今日のレースは直に見ておいた方がキミのためになると思うよ。何より俺も1度はヴィクトリーピザの走りを間近で目に焼き付けておきたくてね」

 

 エイシンフラッシュと話しているとオオッ! と一際大きな歓声が上がった。ターフに目をやると、パドックを終えた弥生賞に出走するウマ娘たちがコースに続々と出てきているところだった。

 

 そして弥生賞の1枠1番はヴィクトリーピザ。ぶっちぎりの1番人気の彼女は揚々と手を振り、歓声に応えている。

 ふとヴィクトリーピザと目が合う。否、正確には俺の隣にいるエイシンフラッシュと視線が交錯したのだ。ヴィクトリーピザがこちらに近寄ってくる。

 

 柵を隔てて2人が向かい合う。ヴィクトリーピザは若干不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「フラッシュ。あんた、この大事な時期に熱出したんだって? もう身体の調子は良いのかい?」

 

「ええ。ごめんなさい、勝負の約束は次回に持ち越しとなってしまいました」

 

「気にすることはないさ。思えばこれも3女神様の思し召しなのかもね。あたしたちの決着はG2よりももっと大きな舞台――クラシックレースでこそ相応しいってね」

 

 言って、ヴィクトリーピザは身を翻した。背中のゼッケン1番がとてつもなく似合っていた。

 

 ヴィクトリーピザの背中を見届け、俺は誰に言うわけでもなく呟く。

 

「こうして直接見るとやっぱり落ち着いているな。余程の自信がないとああも冷静にはいられない」

 

 その言葉にエイシンフラッシュが反応した。

 

「そうですね。何しろこの人混みの中私たちを見つけられるくらい、他に目を向ける余裕があるんですから。ヴィクトリーさんの場合、それが慢心に繋がらないから恐ろしいんです」

 

「1番になって当たり前というレースで1番になり続けることは難しいからな。いつだって自分の実力を出し切れる。それが彼女の強さなんだろう」

 

 2人で分析し合っているうちに各ウマ娘がゲートに収まり、いよいよレーススタートが間近となる。

 

 俺は携帯ラジオを弥生賞の実況チャンネルに合わせ、繋いだイヤホンから音声を拾う。

 

『――凍える寒さのような中山競バ場! 春の温かさ、初夏の眩しさを夢見る13人のトライアル。弥生賞での勝利は名ウマ娘への前奏曲と言えるでしょう!』

 

 いつもの女性実況者の声を聞きながら、出走バ――特にヴィクトリーピザの一挙手一投足から目が離せないでいる。

 

 

『13人のウマ娘の体勢が整いました。……係員が今離れます。そして今――スタートしました!』

 

 

 各ウマ娘が一斉に飛び出し、ヴィクトリーピザは相変わらずの好スタートを切った。ウチ枠を走る彼女はそのまま先行策で行くかと思いきや、どんどんと後ろへと下がっていく。

 

 

 

 




次回に続く。
ヴィクトリーピザが久しぶりに出てきたから話し口調忘れてしまっていますね。

一応史実でもエイシンフラッシュは弥生賞を発熱で回避しているみたいです。
せっかくの病欠イベントなので取り入れてみました。
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