その光の名は   作:名無なな

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アプリのフラッシュのちょっと早い口調すき。

というかフラッシュさんデレすぎじゃないですかね……。

※今回から視点変更のときは*マークを入れてみます。


皐月賞当日、数多の始まりを越えて

 それは異様な雰囲気だった。

 

 中山競バ場で走るのは初めてではない。この日は皐月賞があるから観客の入りはそのときよりも遥かに多いが、それだって予想の範疇である。

 しかしそれによる熱気がここまで空気を重くするとは思ってもみなかった。もはや重圧と化したそれは地下にある控え室まで伝播していた。

 

「…………」

 

 平生の俺ならいかに動揺を彼女に悟らせないか苦心していたはずだが、不思議と今日は落ち着いていた。昨夜少し彼女と話すことができたおかげかもしれない。

 

 エイシンフラッシュは精神統一のためか、椅子に座って瞼を閉じている。クリスマスの際に贈った勝負服を身に纏う彼女の姿は、一層美しいと再認識する。

 

 壁にかけられた時計を見やる。そろそろパドックの時間である。声をかける前に彼女はゆっくりと目を見開いた。

 

「……もう間もなくですね」

 

「ああ。パドックに出ればあっという間にスタート時間がやってくる。どうだ、調子の方は?」

 

「良好です。良い走りをお見せできると思います」

 

 彼女がここまで言い切るということは、よほど状態が良いのだろう。今日のウォーミングアップでも確かに身体のキレは抜群だった。この大舞台にも呑まれていないみたいだし、トレーナーとしても期待が持てる。

 

 俺はエイシンフラッシュを見据える。彼女も俺を見つめていたのか視線がかち合い、シアンブルーの双眸に吸い込まれそうな錯覚に陥る。

 

 

「なんというか、さ。始まったなって感じがするよ」

 

 

 ぽつり、と独り言のようなそれにエイシンフラッシュは小首を傾げた。

 

「始まったとは? G1デビュー戦という意味であれば分かりますが」

 

 そうじゃない、と俺は彼女の答えに首を振った。

 

「いや、言葉では言い表しにくいんだけど、俺のトレーナー人生ってキミと出会ってから始まったような気がするんだ」

 

 トレーナーになったのは正確には一昨年のことだ。けれどトレーナーとしての自覚はまだ全然なくて、夢の中にいるかのようにフワフワしていた。

 

 エイシンフラッシュと出会い、専属契約を結んだのは去年のこと。そこからは無我夢中だったけど、その道中で多くのことを彼女から教えてもらった。

 トレーナーとしての責任や心構え。担当ウマ娘がレースで勝利することの喜びや敗北したときの悔しさ。どれも彼女と出会えなければ理解できなかったことばかりである。

 

 彼女との歩みを一つ一つ反芻しながら、ふと「そうか」と納得がいった。俺はエイシンフラッシュに『トレーナー』にしてもらったのだと。

 

 それがなんだか誇らしく思えて、つい表情がほころんでしまう。

 

 

「……キミと出会ってからの俺は今日まで、たくさんの『始まり』を体験してきた。そして今日を経てまた、これまでとちょっとだけ違う人生が始まるんだって――そう思ったんだ」

 

 

 清聴していたエイシンフラッシュは、最後まで聞き終えると微かに口角を吊り上げた。次に笑みを押し殺した吐息が漏れた。

 

「ごめんなさい。照れもせずによくそんなことを言えるものだと感心してしまいました」

 

「柄にないことを言っちゃったかな」

 

「いつものことじゃないですか」

 

「そんなにいつも照れくさいこと言ってたかな、俺って?」

 

 なんだか過去に遡って辱しめられている気がする。

 

 よくよく思い返せば恥ずかしいことを言ったような気もするが、言ったことは取り消せないので気にしないでおこう。

 

 コンコン、と扉がノックされる。

 

「失礼します。11番エイシンフラッシュさん。間もなくパドックのお時間となります。所定の位置まで移動願います」

 

 慌ただしい様子の運営スタッフが去り、エイシンフラッシュは椅子から立ち上がり、最後に大きく深呼吸をした。

 

「――――行ってきます。今日は最も速いウマ娘を決めるレース……見逃さないでくださいね、トレーナーさん」

 

「ああ! キミの雄姿をきちんと目に焼き付けてやるさ!」

 

 そう言って、美しいと感じたはずの彼女の後ろ姿は何故だかカッコよく俺の眼には映った。

 

 

  ***

 

 

 

 パドックを終え、芝コースへと足を踏み入れた私は、まず大きく息を吸い込んだ。今でこそ止んでいるものの、今朝降った雨の影響でバ場状態は事前の情報通り稍重である。内側ともなればもっと酷い状態かもしれない。

 

 トレーナーさんと立てたプラン通り、外枠を活かしてレースは外側で組み立てるのが手堅いだろう。

 

 リアルの情報と事前の予測を擦り合わせ、戦法の最終チェックを繰り返す。……うん。これなら当初のプランが使えそうである。

 

 私が自身のことに夢中になっていると、一際大きな歓声が上がった。それは一つの音の爆弾と化して私の身体を物理的に震えさせる。

 

 原因はすぐに想像がつく。私は答え合わせの気持ちで後ろを振り返り――最大のライバルがそこには立っていた。

 

「やあ、フラッシュ。今日は熱を出していないみたいで安心したよ」

 

 ヴィクトリーピザ。この皐月賞でも圧倒的1番人気のウマ娘であり、私が決着を付けなければならない相手。

 

 彼女は観客の声に応えながらも私に歩み寄ってくる。

 

「お待たせしました。ようやく本番の舞台で相まみえることができて嬉しく思います」

 

「待った覚えはないよ。あたしは今日まで全速力で駆け抜けてきた。あんたがついてこれたかどうか、今日のレースではっきりするだろうね」

 

 相変わらずの不敵な物言いに、私は真正面から受け止めて言葉を返す。

 

「奇遇ですね。私も貴方についてきた覚えはありません」

 

「なに?」

 

「――貴方を追い抜くつもりでここまで走ってきました。どちらが後塵を拝するか、今日のレースではっきりするでしょう」

 

 すると彼女は飢えた獣を連想させるギラギラとした笑みを浮かべ、勝負服のマントを翻しながら背を向けた。

 

「上等だ……! ジュニア級を経てつまんない奴になってないか心配したけど、どうやら杞憂だったようね」

 

 少し離れたヴィクトリーさんは、ピタリと脚を止め綺麗に180度身体を回転させて私を指差した。大歓声の中でも奇妙なことに彼女の声はよく通って聞こえた。

 

「勝負だ、エイシンフラッシュ!」

 

 私とヴィクトリーさんとの勝負の時間はもう目前に迫ってきていた。

 

 

 

 




次回、皐月賞へと突入します。
今までは1話でレースを完結させていましたが、色んな視点でレースを描きたいと思います。

なんかトレーナーが最終回みたいなことを言い出していますが、まだまだ続く予定です。
とりあえず目標はダービーまで書き上げることです。
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