その光の名は   作:名無なな

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皐月賞、ラスト100メートル

『――――中山の芝2000メートルを舞台に、世代の頂点を決める皐月賞。様々な路線から集結した18人の精鋭たちがクラシックタイトルを賭けて凌ぎを削ります』

 

 イヤホン越しに皐月賞の実況が耳に入ってくる。俺は観客席の最前列に陣取り、固唾を呑んでスタートの瞬間を今か今かと待ち構えていた。

 そんなふうに入りすぎた力を解そうとしたのか、不意に背後から両肩をぐいぐいと揉まれる。

 

「よお。そんなに力入れすぎてるとレース終盤まで持たねえぞ」

 

 後ろにいたのは園部トレーナーと、気難しい表情をしたワープボートである。2人は俺の右隣へと身体を置く。

 

「園部トレーナー。どうしてここに?」

 

「ここにいるのは同世代としては無視できないウマ娘ばかり。皐月賞には間に合わなかったが、ダービーに向けての敵情視察の場としちゃ欠かせないだろ?」

 

「私は別に来るつもりはありませんでしたけど」

 

「そう言うなって。お前さんにとっても良い勉強になるはずさ」

 

 どうやらワープボートは園部トレーナーに半ば無理やり連れてこられたらしい。道理で不満そうな顔をしていると思った。

 

 ワープボートは嫌々言いながらも真摯な様子でゲート前のウマ娘たちの状態を見定めようとしている。故障でデビューが遅れ、皐月賞に間に合わなかったとはいえ彼女の前評判はかなり高い。次の日本ダービーには出てくる可能性は充分あるのだ。

 

 彼女は視線をターフに固定したまま所感を口にする。

 

「それにしてもさすがG1レースですね。先ほどエアグルーヴ先輩とお会いしましたが、生徒会のシンボリルドルフ会長やナリタブライアン先輩も皐月賞に注目しているとのことでした」

 

「生徒会が……」

 

 トレセン学園生徒会はトゥインクルシリーズで偉業を成し遂げ、学園生から絶大な人気を誇るウマ娘たちで構成されている。シンボリルドルフが熱心に各レースへ脚を運ぶのは有名だが、一匹狼のナリタブライアンまでこのレースを見に来ているとは……。

 

 改めてG1という舞台が特別なものであることを実感する。というよりも、唯一の重賞だった京成杯の雰囲気とはまるで違う。初体験ともなれば冷静に己を保つことさえ難しいだろう。

 

 そんな重圧下において、エイシンフラッシュはまったく動じていなかった。

 

 むしろ初の勝負服で心が引き締まったのか、それでいて静かな闘志を感じさせる表情をしていた。

 

「エイシンフラッシュ、かなり調子が良さそうだな」

 

「ええ……!」

 

 園部トレーナーの言葉に頷く。いつものレースでは敗北の二文字がどうしても頭を離れなかったが今日はまるでない。

 

 だけど、と園部トレーナーは付け加える。

 

「――ヴィクトリーピザもいつになく滾った顔つきをしているぞ」

 

 それに釣られ、俺はヴィクトリーピザを見やる。度々見せる活発な言動は鳴りを潜めているものの、ひりつくほどの緊張感がここ観客席まで響いてくるようだ。

 

 実力バ揃いのクラシックレースの中でも、ヴィクトリーピザは独り際立った存在感を放っていた。

 

 思いがけずヴィクトリーピザに目が離せないでいると、昔から聞き馴染みのあるファンファーレが鳴り響き、各ウマ娘がゲートへと収まっていく。俺が逸ってしまっているせいか、テレビで見るよりもテンポが速い気がした。

 

『さあ18人ゲートに収まりました。願いを力に。クラシック第一冠目皐月賞。今――スタートを切りましたっ!』

 

 ほぼ横一線にスタートを切り、エイシンフラッシュも好スタートを見せる。

 そのまま抜け出して内側から先行策を取ることもできたが、エイシンフラッシュは予定通り速度を緩めて差しの位置からレースを組み立てていく。対するヴィクトリーピザはというと……。

 

『注目のヴィクトリーピザは後ろから4人目辺りを進んでいきます。前の大バ群の一番後ろを進んでいっています!』

 

 実況の言う通り、ヴィクトリーピザはエイシンフラッシュよりもさらに後方を走っていた。差し戦法だった弥生賞よりも後ろ……。スタートは悪くないように見えたが。てっきりエイシンフラッシュとの末脚勝負は避けて先行策で来ると思っていた。

 

 しかしヴィクトリーピザは最内に身を置くと、そこから2コーナーを過ぎた辺りから徐々に着順を上げていく。

 

 どうにも既視感がある。何度も何度も繰り返し見た光景だ。

 隣の園部トレーナーがポツリと独り言ちる。

 

「……まるで弥生賞のときと同じだな」

 

 園部トレーナーの言葉を聞いて合点がいく。そうだ、弥生賞のときも始めは後方を走っていたのに、中盤に差し掛かる頃合いから今みたいに着順を押し上げていくのである。

 

 ワープボートが素直に疑問を口にする。

 

「弥生賞のときは内からレースを進めて最後は一瞬の末脚で差し切りましたね。だとしても何故そんなことを? いつものように先行で走ればいいのに」

 

「さてな……。いくつか理由は考えられるが答えは走っている当人とそのトレーナーにしか分からんだろうよ。単にスタートダッシュが想定より遅れただけかもしれないしな」

 

「……それはないでしょう。あのヴィクトリーピザに限って。何か狙いがあると見るのが妥当です」

 

 向こう正面を駆けるヴィクトリーピザ。その地点で彼女は真ん中やや前を走っている。エイシンフラッシュは10番手辺りをずっとキープしている。それでいい、ヴィクトリーピザに振り回されずに自分のレースができている。

 

 俺たち3人は目の前のレースに釘付けになりながらも、ワープボートは冷静な口ぶりで「それはどうでしょう?」と短く息を吐いた。

 

「ヴィクトリーピザさんに何か狙いがあったとしても、弥生賞のときみたいにあの最内から最後の直線で抜け出せるとは思えません。スタミナの消耗を抑えられますが、少しばかりギャンブル要素が強いと思います」

 

 ワープボートの意見は概ね正しい。ただでさえヴィクトリーピザは他のウマ娘からのマークが厳しいのだ。示し合わせて道を塞ぐようなことはないだろうけど、拮抗したレースになると最内のウマ娘は最後までバ群から抜け出せないケースがままある。

 

 そしてレースは3コーナーから4コーナーへ。ヴィクトリーピザは未だ最内を走っており、少し間隔を置いた隣にはエイシンフラッシュが冷静に勝負の綾を探っている。

 

『冬将軍が去っていった中山競バ場、桜並木は健在です! 可能性に賭けるクラシック級の新星たちがいよいよ最終直線へ差し掛かる! さあ抜け出すのはどのウマ娘だっ!?』

 

 全ウマ娘たちのギアが明確に一段上がる。稍重のバ場状態のなかここまで飛ばしてきたせいで、もはや充分なスタミナを残しているウマ娘はいない。ここからは根性――勝負にかける想いの強さが勝敗を分ける。

 

 エイシンフラッシュはウマ娘間のギャップを上手く突いて外側へと身体をねじ込む。これでラストスパートをかける態勢が整った。後はここから――――

 

「――――えっ?」

 

 ワープボートが呆気に取られたような声を上げた。その理由はすぐに見当がついた。――ヴィクトリーピザである。

 

 内側で苦しんでいるかに思えた彼女は、最終直線に入るや否やスピードを上げて瞬く間に4番手まで順位を上げてくる。それでも結局前の道は開いていない。先頭に立つのは絶望的に思えた。

 

 けれど、ヴィクトリーピザはあたかも踊るかのように軽やかにステップを刻み、内側からさらに内へ――先頭ウマ娘の脇をスレスレのところを通り抜けていった。そして限界を迎えている競争相手をあざ笑うようにして、並ぶ間もなく先頭へと躍り出た。

 

「なんだよ今の!?」と観客席から悲鳴にも似た驚嘆が溢れ出ている。それもそのはず、脱出不可能にさえ見えたあのバ群をいとも容易く攻略してみせたのだから。

 

予想を覆す見事と言うほかない走り。「負け」の2文字が脳裏をかすめる。

 

「いやまだだ……!」

 

 まだエイシンフラッシュが最も輝く一瞬は終わっていない!

 

 200メートル手前でエイシンフラッシュは持てる力の限りを出し尽くしながら末脚を発動させる。ヴィクトリーピザと5バ身以上もあった差をみるみるうちに詰めていき、残り100メートル地点ではおよそ2バ身差まで迫っていた。

 

 加速力なら彼女が誰よりも上を行く! あんなに遠く思えた背中が手を伸ばした先にある。理性的なエイシンフラッシュの瞳が烈火のごとく燃えているように映った。

 

 

「やぁああああああああっ!!」

 

 

 自らを鼓舞するかのように吼えるエイシンフラッシュ。

 

 ラスト100メートル。時間にして数秒の競り合い。『彼女』が1番にゴール板を駆け抜けたとき、観客席からは割れんばかりの大歓声が上がった。

 

 

 

 




次回、皐月賞決着。
園部トレーナーとワープボートは解説要員として出演してもらいました。

アプリのエイシンフラッシュのバレンタインイベ、破壊力高いから是非見てくださいね。
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