その光の名は   作:名無なな

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皐月賞、決着

 今日の私はベストコンディションだ。

 

 弥生賞こそ回避することになったが、京成杯以降の練習メニューでは常にクラシックレースを意識したものに取り組んできた。スピードもスタミナも何もかもが、一年前の私とは比べ物にならないほど向上している。

 

 そしてトレーナーさんは皐月賞にピークを持ってくるようメニューを随時更新してくれた。そのおかげで身体のキレはいつにまして良いと確信できる。

 

 完璧なトレーニングに完璧な調整。負ける要素は何一つない。私は私の走りを完璧に遂行する。それができれば負けるはずがないのだから――――

 

 

 

 スタート直後、私はすぐにちょっとした異変に気付いた。

 

 ヴィクトリーさんが前方にいないのだ。となると必然的に私より後方のスタートとなるが、トレーナーさんと作戦会議をしたときは「おそらく先行でくる」と読んでいたため、意表を突かれたような格好になる。

 

 ……いいえ。ヴィクトリーさんのことだから何か狙いがあるのだろうけれど、あまりそれに振り回され過ぎるのは愚の骨頂だ。まずは私自身の走りを最優先させなければ。

 

 最初のコーナーへと入る。私は11番手の位置で様子を窺う。やはり皐月賞ともなれば各ウマ娘の走りを後ろから眺めるだけで実力バ揃いであることがすぐに分かる。最大のライバルはヴィクトリーさんだけど、他のウマ娘たちも一着を取ることのできる実力を持っている。

 

 2コーナーを回って向こう正面へ。稍重のバ場を鑑みるとやや速いペースで進んでいるように思う。これだと先行しているウマ娘はラストスパートでスタミナ切れを起こす可能性が高い。

 

 ――違和感が芽生える。ひょっとしてヴィクトリーさんが後ろからレースを組み立てるのは……。

 その思考を遮るかのように、ヴィクトリーは私のすぐ内隣を駆け抜けていく。刹那、ヴィクトリーさんと視線が交錯する。

 

 ヴィクトリーさんの口角が挑発的に吊り上がる。

 

「先に往くが――そうチンタラ走っててついてこられるのか?」

 

「……!」

 

 そのまま並び立つことなくヴィクトリーさんは前へと位置を押し上げていった。

 やはりそうだ。ヴィクトリーさんは早めのペースになることを嫌って、あえて中盤まではスタミナ消費を抑える後方からの走りを選んだのである。しかも外枠スタートにもかかわらず内側を走りながら。

 

 ヴィクトリーさんの戦術眼は侮れない。けれど終盤はどう動くつもりなのか? ただでさえ18人と数の多いこのレースで、バ群に呑み込まれるリスクは通常よりもかなり高い。私はそのリスク排除のために外側に抜け出せる準備をしているのだ。

 

 私は彼女の挑発には乗らず、当初決めた通りのプランに沿ってレースを進める。勝敗を分ける分岐点はまだ先――ラストの直線にある。

 

 そしてレースは3コーナーを経て4コーナーへと。残り600メートルへと突入する。私がこの1年間で最も取り組んできた距離である。

 

 ヴィクトリーさんは内側から抜け出そうと思ったのだろうけれど、前方のウマ娘に進路を阻まれ未だ8番手の位置――私の斜め前にいる。最終直線。彼女を視界に収めながら走れば問題ない。

 

 私は逸る気持ちを抑えつけながら、蓄えに蓄えた末脚を発揮するポイントを見定める。

 最終コーナーを終え直線へと入る。それまで私も囲まれてはいたものの、カーブで膨らんだ外側のウマ娘たちの僅かな隙を見逃さず、強引に割って入り進路を確保する。

 

 私含め多くのウマ娘たちが外を突くことを選択したのとは対照的に、ヴィクトリーさんはなおも内側の走路を駆ける。おかげで前目の位置にはつけたようだが、結局のところ躱せなければ一着にはなれない。

 

 今のヴィクトリーさんを見ていると、メイクデビュー戦のときの私を思い出す。未熟だったと言えばそれまでだが、内側を走っていた私はラストスパートの際に進路を塞がれてしまい、伸び切れずに敗れたのだ。今のヴィクトリーさんも同じ状況になりつつあるように思えた。

 

 ――――しかし。

 

 そんな不安を嘲笑するかのように、ヴィクトリーピザは私には視えなかったルートを疾走する。

 

 内側のさらに内側。先頭を往くウマ娘と内ラチの僅かな隙間を勇猛果敢に入り込み、自慢の脚力で一気に先頭へと飛び出したのである。

 

 先ほどまで手が届きそうだった背中が、あっという間に離れていく。3バ身、4バ身……残り200メートル少々では致命的な差が。

 

 

「いいえ、まだです……!」

 

 

 私は強く一歩を踏み出す。それが私にとっての末脚を解放するための動作。全神経をつま先に集約させ、爆ぜんばかりの力を込めて芝を蹴る。

 瞬間、私の身体は爆発的な加速を得る。懸命に両脚を回して最高速を維持する。いち早くスパートをかけたヴィクトリーさんとの距離がじりじりと詰まっていく。

 

 3バ身、2バ身……残り100メートルを切る。私は最後の力を振り絞るべく、自身に喝を入れる。

 

「やぁあああああああああああああっ!!」

 

 

 ――――ここまでいったいどれだけの距離を走ってきたことだろう。

 

 成功したことも失敗したことも、今を走る血肉となっている。全ては今日、ヴィクトリーピザに勝つため! 遠すぎて届かなかった背中にいよいよ手がかかる――――!

 

「――――どう、して」

 

 徐々に追い上げていたはずが途端に距離が縮まらなくなる。どれだけ全力を尽くそうとも届かない。ヴィクトリーさんがさらにもう一段ギアを上げたのだ。

 

 ゴールまで残り50メートルを切った。もう猶予はないという焦りとは裏腹に、一向に差が詰まらない。指をかけたはずの手が強引に振りほどかれたような錯覚に陥る。近づいたはずのヴィクトリーさんの背中が再び遠く離れていく……。

 

 ……そうだ。私に実力があればできたのだ。

 たとえ最内で抜け出すことが至難に見えようとも、実力さえあれば乗り越えられる程度のものでしかなかったのだ。

 

 ――そうして、当たり前のようにヴィクトリーピザは私よりも先にゴール板を駆け抜けていった。

 

  * * *

 

 ――勝てると思っていた。

 

 トレーナーとして今日のエイシンフラッシュの状態は完璧だと太鼓判を押せるほどの出来だった。それは俺だけの過信ではなく彼女自身もそう実感していた。

 これまで積み重ねてきた努力が今日クラシックの舞台で花開く――なんて、根拠の乏しい夢を描いていた。

 

 万全の状態で完璧なレース運びをしたエイシンフラッシュでさえ迫ることがやっとの圧倒的走り。まぐれすら許さない、王者と呼ぶに相応しい勝負強さ。

 

 俺は指が白くなるほどの力を込めて拳を握る。この一戦に全てを賭けていたからこそ、目の前の現実に打ちひしがれるのだ。

 

 エイシンフラッシュの猛追を振り切り、ヴィクトリーピザが先頭のままゴール板を駆け抜ける。園部トレーナーが独り言のように呟いた。

 

 

「これが世代最強。――これがヴィクトリーピザか」

 

 

 誰よりも早くゴールしたヴィクトリーピザは天高くVサインを掲げる。そしていつか聞いたセリフとともに雄叫びを上げた。

 

「ヴィクトリィイイイイイイッッッ!!」

 

 その勇ましい姿に加え、ラジオからは客観的なレース結果が告げられる。そこでようやく一つの結果を痛感することになる。

 

『一着でゴール板を駆け抜けたのはヴィクトリーピザ! 何度も何度も勝利の咆哮を上げています! そして3着はエイシンフラッシュ、僅かに届きませんでした!』

 

 

 ――――俺たちは負けたのだと。

 

 

 

 




というわけで皐月賞編は決着となりました。

このレースのヴィクトリーさんは本当にすごかったので是非見てほしいです。
最後の直線で内側から抜け出す動きが変態すぎて驚きました。
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