その光の名は   作:名無なな

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アオハル育成のコツがいまいち掴めない……。


皐月賞その後、敗北の苦み

「いつものレースの反省会ですが、ひとまず独りで見つめ直させてください。明日、2人ですり合わせをしましょう」

 

 そう告げたエイシンフラッシュを寮まで送り届けた後、俺は園部トレーナーに誘われてトレセン学園近くのバーへと来ていた。

 

 園部トレーナーがグラスを掲げ乾杯を促してくる。

 

「とりあえず今日はお疲れさん」

 

「……ありがとうございます」

 

 自分のグラスを園部トレーナーのそれと軽くぶつける。キン、と小気味いい音が鳴った。

 

 トレーナーたちの憩いの場としてよく利用されているというバーは、静かなBGMと落ち着いた内装などが相まって居心地が良い。今後も足を運びたくなるお店である。

 園部トレーナーがビールを呷る。俺はあまり酒が得意な方ではないため、基本的に初心者向けのカクテルなどを頼む。一杯目はビールをトマトジュースで割ったレッド・アイを注文している。

 

 トマトの味わいの奥にビールの苦みが潜んでおり、どことなくフルーティで飲みやすい。それが喉を通ると、自然と今日のレースを振り返ってしまう。

 

「――――負けはしたが、良いレースだったんじゃないか」

 

 俺の思考を先読みしたのか、早速グラスを空にした園部トレーナーがそう言った。彼はビールと一緒に出てきたナッツをつまみながら続ける。

 

「お前の悪い癖だ。1位以外が負けかっていうとそうじゃない。確かに戦績では1勝とはならないけど、3位だって立派な結果だ。担当ウマ娘を褒めてやっていいと思うけどな」

 

 園部トレーナーの言うことは正しい。掲示板を外さなければ良い結果と言っていいのだろう。しかも今回はG1レース。元々11番人気だったウマ娘が3着に食い込んだのだ、番狂わせに近い結果である。

 

 けれどエイシンフラッシュの場合、ヴィクトリーピザに勝つことを目標としてきた。そのために辛いトレーニングだってこなしてきた。なのに力の差を見せつけられたとあっては落ち込んでも仕方ないだろう。

 

「……フラッシュはそれで納得しません。ヴィクトリーピザに勝つ――それが彼女の最大目標だったんですから。彼女自身も相当ショックを受けている様子でした」

 

 努めて気丈そうに振る舞ってはいたが、態度とは裏腹にかなり気落ちしていた。

「皐月賞を独りで見つめ直す」と言っていたけれど、さすがにその言葉を前向きに捉えるほど俺も間抜けじゃない。

 

 なのに結局俺は彼女に何も言えなかった。寮へと入っていく彼女を引き留める言葉を持たなかった。何が原因で負けたのか、間違った指導をしてしまったんじゃないかと考えれば考えるほど、彼女に何か言う資格があると思えなくなったのだ。

 

 ――――俺はエイシンフラッシュからの期待を裏切ったと同じなのだから。

 

 園部トレーナーに倣って俺もカクテルを一気に呷る。

 

 

「今日のレース……正直言って今まで見てきた中で1番の出来でした。稍重のバ場が多少不利に働いたかもしれませんが、仕掛けどころは間違っていない。……それでも負けた。足りていない部分があるとしたらそれはきっと、トレーナーの力量不足なんじゃないかって思うんです」

 

 圧倒的な差を付けられての敗北ではない。しかし今日のレースは完敗とせざるを得ない内容だった。

 

 エイシンフラッシュに落ち度はなく己の実力を遺憾なく発揮していた。それでもヴィクトリーピザに届かなかったということは、俺の方にこそ問題があるはずだ。

 

 俺は彼女の末脚に重点を置いたメニューを組んできたが、もっと他に鍛えるべき能力があったんじゃないのか。今日のヴィクトリーピザの戦略を事前に見抜けていたのなら、それに応じた対応策を練ることができたはずである。

 

 酒の席でこんな自責の念を聞かせてしまう園部トレーナーには申し訳ないけど、自虐を尽くした今の俺には批判が必要だ。俺の不甲斐なさを確固たるものにする第三者からの批判が。

 からり、とグラスの氷が控えめに音を立てる。しばらく押し黙っていた園部トレーナーは静かな語り口調で始める。

 

「力量不足、か。確かにお前は足りていないものが多すぎる。トレーニングの知識もウマ娘に対する配慮も何もかも。それなりに結果がついてきているからいいものを、これで未勝利だったら鬱になるぞ」

 

「…………」

 

 何も言い返せない。園部トレーナーの言う通りである。俺はトレーナーとして完全に力不足だ。

 すると園部トレーナーがやや強めにテーブルをグラスで打った。

 

 

「その上で言わせてもらうが――――無礼ているのか? お前」

 

 

 威圧という言葉から最も程遠いと思っていた平生の園部トレーナーからは、およそ似つかわしくないほどドスの利いた声音。

 

「新人トレーナーなんだから色んなもんが足りていないのは当たり前だ。俺のような中堅トレーナーでさえ、これまで完璧と言える仕事をこなしたって自信はない。なのにお前が何もかもできるなんて思い上がりも甚だしい」

 

「……ですけど、それを言い訳にしたくありません。フラッシュには関係ない話ですから」

 

 新人トレーナーという肩書きを無能の免罪符にすることは容易い。しかしそれに頼ることは即ち向上心を捨てることと同義である。

 

 園部トレーナーは強めのカクテルをバーテンダーに注文する。これで4杯目。かなり早いペースだ。

 

 

「――数年前、俺はあるウマ娘と契約した。才能に溢れたウマ娘だった。今回の実績によってはついに俺はチームを持つことが許されるってとこまできていた。そして俺は、この娘となら問題なくクリアできると思っていたんだ」

 

 

 脈絡なく始まった思い出話は、懐かしむようなものではなく悲観的な雰囲気が伝わってきた。

 

「ジュニア級は結構勝てたんだ。だけど同世代にとんでもない怪物がいてな……、初めてそいつを見たときの衝撃は今でも忘れられない。結局クラシックではそいつと5回戦って1度も勝てなかった。……心が折れたんだろうな。結局そのときの担当ウマ娘とは3年間もたずに契約解消になって、その娘は実家に帰っちまった」

 

「それは……」

 

 今のエイシンフラッシュと似たような境遇である。ヴィクトリーピザという絶対的なライバルに敗れて、今まさに自信を失いかけている。

 酔いが回ってきたのか、園部トレーナーの瞳は少し潤んでいるようにも見えた。

 

「ああしておけばよかった、こうしてあげればよかった。……なんてのはこの仕事を続けていたら避けられないことだ。ときにお前は、トレーナーとして最も重要な資質はなんだと思う?」

 

「なんでしょうね……、どれか1つ挙げろと言われたら、やっぱり完璧なトレーニング知識でしょうか。データに基づいた練習は嘘を吐きませんから」

 

「そうだな。俺も以前はそう思っていた」

 

 今は違う、と言いたげな口ぶりをする園部トレーナー。彼はカクテルを一口含んで、喉を潤してから続ける。

 

「俺もその娘のことがあって色々考え直したよ。もっと良い練習方法があれば、怪物に勝つこともできたんじゃないかってさ。完璧なトレーニング……確かにそれも欠かせないが、同時にこうも思ったんだ。怪物に負けたとき、もっと彼女の心に寄り添うことができれば、心が折られることもなかったんじゃないかって」

 

「つまり園部トレーナーはメンタルケアの能力が最重要だと思ってるんですか? 凄く大切なことだと思いますけど、トレーニング知識よりも優先すべきことなのかどうか」

 

「正しい練習方法を作りたいのならAIにでも頼ればいい。だけど俺たちは人間で、ウマ娘だって人間だ。結局のところレースで大切なものは人間にしか分からないんじゃないか」

 

「大切な、もの……」

 

 

 今のエイシンフラッシュの心情は最大限ケアしなければならない。次走の日本ダービーまで1か月半しかないのだ。一刻も早く立ち直らなければ次も負けることになる。そうなれば今後悪循環に陥ることは容易に想像がつく。

 

 だけどどうやって? 今の俺に彼女を立ち直らせる何かを持っているのか?

 

 深いため息を吐く。園部トレーナーはバーテンダーから追加のカクテルを受け取って言う。

 

「色々言ったが、俺から言いたいのは1つだけだ。お前は俺みたいになるな。後悔の苦みはビールで味わうくらいで充分だ」

 

「はぁ……」

 

 するとバーテンダーが「追加で何か飲まれますか?」と尋ねてきた。いつの間にか俺のグラスが空になっていたらしい。

 

 俺はメニュー表を見ずに、今の気分の赴くまま注文をした。

 

「そうですね……。それじゃあビールを」

 

「かしこまりました」

 

 

 バーテンダーが注いでくれたビールは、いつにも増して苦く感じた。

 

 

 

 




園部トレーナーが言っていたのは「怪物」は深い衝撃さんです。
圧倒的な強さの三冠馬誕生の瞬間に立ち会うのもいいけど、BNWみたいに三強がしのぎを削り合うのも好きです。

※この土日は両方とも仕事なので、明日の更新はできないかもしれません。
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