レースに勝った日も負けた日も、変わらず夜がやってくる。
不平等の多いこの世界において、唯一平等なのが時間だと私は考えている。タイムスケジュールを重んじる私にとってなくてはならない存在だ。
けれど今日は何故だか時の歩みが緩慢に感じられた。平等なものが不平等に感じる。なんとも不快な感覚だった。
トレーナーさんと寮の前で別れた後、私は部屋に鍵をかけ真っ先にベッドに身を投げ出した。制服に皺ができそうだから、普段の私はまず着替えてから羽を伸ばす。そういう意味でも今日の私はどこかおかしい。
理由は分かっている。私が今日、ヴィクトリーピザさんに負けたからだ。
敗戦自体には納得がいっている。私の完璧を彼女の完璧が上回っただけのこと。完全な地力負けだ。明日からの練習ではもっと実力を付けて日本ダービーに臨まないと。
今日やれることはレースで疲れた身体をゆっくり休めて明日に備えること。それが正解なんだって頭では理解できている。
けれど肝心の身体が言うことを聞いてくれない。理性と本能のバランスが崩れているみたいだった。気付けば私の本能はパソコンを開き、今日の皐月賞を再生していた。ファルコンさんが長期の遠征でいないことを良いことに、イヤホンを付けずに音声を垂れ流しのまま見入る。
『さあいよいよ運命の最終直線だっ! おおっとヴィクトリーピザここで仕掛けてきた! 見事な足さばきであっという間に先頭に立つ! これは強い!!』
レース中も肌で感じていたが、こうして俯瞰の映像で振り返るとヴィクトリーさんの強さがやはり際立って映る。
スピード、スタミナが頭一つ抜けているのは知っていたし、抜群の勝負勘は常に起死回生の切り札となることも承知していた。
そしてそれらを土台となって支えているのが自身への信頼である。たとえ窮地に陥ろうとも自分の勝負勘を信じる。それが最善の結果に繋がる。今日の最終直線でも少し躊躇えば結果はまるで違っていただろう。
対する私はどうか? 私は私がやってきたことを疑わない。今日まで正しいと思ったトレーニングをこなし、ピークの状態をレース当日に持ってこれた。曇りない自信はそれまでの道程に陰りがないと確信しているから。
私は一からレースを見直す。道中は10番手辺りをキープし続け、最終直線前の進路確保もちゃんとできている。仕掛けどころも当初の予定通りだ。
……それでも負けた。勝てなかった。いつもなら勝利を掴める走りができたと今でも思う。――――相手がヴィクトリーさんでなければ。
私とヴィクトリーさんはともに同クオリティの好走ができた。しかし結果は1バ身半差を付けられての敗北である。となれば負けた理由は単純明快……純然たる実力差だ。
「ヴィクトリーさんは長いスパートをかけることができます。一瞬の末脚は私が上でも、ラスト200メートルで見れば1秒も縮められないでしょう……。それまでにヴィクトリーさんとの差が挽回不可能なほど開いてしまったことが強いて言えば敗因なんでしょうね」
何度も何度もレースを繰り返し流す。どこかに私の勝ちの目があるはずだと、血眼になって勝機を洗い出す。
「だとすれば差しではなくヴィクトリーさんより前の位置でレースを進めれば……いえ、先行はスタミナ消費が差しの比ではありません。最後の脚を残すことができずに結局ヴィクトリーさんに差し切られるでしょう……」
勝負の世界において「たら」「れば」は禁句とされているが、今の私はその禁句に縋らずにはいられない。多くの仮説を立てて――その度に棄却される。ヴィクトリーさんに勝てる絵が思い浮かばない。
悉く勝ちの絵を潰された私は、ぽつりとうわ言のように呟いていた。
「ヴィクトリーさんがミスをすれば、私でも勝てたでしょうか……」
相手のミスに期待するしか勝ち目が見えない。記録上は私の勝利になったとしても、きっとそこには満足感は一切なくやるせなさしか残らないのだろう。頭では分かっていても、もはやそれしか勝因は思い浮かばなかったのだ。
パソコンからはヴィクトリーさんの強さを讃える言葉ばかりが流れてくる。マウスを持つ私の手に力が入る。
私の口から押し殺した風な吐息が不規則に漏れる。
「これ以上私はいったいどうすれば――――」
レース直後には形のなかった感情が、今頃になって「悔しさ」という形を得て私の中で暴れ回っていた。
皐月賞編、完!
ヴィクトリーピザの強さに焦点を当てた皐月賞編でした。
次はいよいよ日本ダービー編です。