俺は柵をくぐり、エイシンフラッシュの元へと歩み寄っていく。
「キミッ! レース後すまない!」
「……? すみませんが、どちら様でしょうか?」
俺は左胸に付けているトレーナーバッチを引っ張って彼女に示す。
「俺はトレーナーだ! エイシンフラッシュ、キミは誰かとトレーナー契約を結んだか!?」
「いえ……、まだですが」
「それなら俺と是非トレーナー契約を結ぼう! キミの走りに見惚れたんだ!」
ぴくり、とエイシンフラッシュの耳が揺れた。
レース直後で頬を紅潮させているが、眼だけは冷静さを保っている。
「――何故ですか? 普通であればヴィクトリーピザさんをスカウトしに行くはずでしょう」
「ああ。確かにヴィクトリーピザも凄い才能を持っているのは事実だ。けど俺はキミと一緒に戦いたいと思ったんだ」
「ですから何故? もしかしてヴィクトリーピザさんの競合率を見て諦めて、2番手だった私で妥協しようと考えているのではないですか?」
ネガティブ思考のように聞こえるが、エイシンフラッシュの立場からすればそんな動機で選ばれるのは甚だ不本意に違いない。トゥインクルシリーズは一生に一度しか挑めないのに、そんな半端な気持ちで隣に立たれても良い結果が残せるはずがない。
しかし俺は半ば衝動的に彼女に声をかけてしまったために、具体的な言葉を持ち合わせていない。強さだけで言えば現状はヴィクトリーピザを選ぶはずだ。
言葉に詰まる。エイシンフラッシュは訝しむように眉を顰める。このまま答えに窮すれば「自分で妥協した」と認識されてしまうだろう。
頭では答えを導き出せない。故に俺は、先ほどのレース内容で思ったことを心の赴くままに答えた。
「――――光り輝いて見えたから」
「……は?」
意味不明な言葉に対しエイシンフラッシュは呆気にとられた風な声を上げたが、俺自身にとっては不思議と納得のいく答えだった。
「最後の直線。キミが蓄えた末脚を解き放った直後、キミの身体が強く光を放っているように見えた。そんなことは今まで見てきたどのウマ娘たちにも、ヴィクトリーピザでさえも見せてはくれなかったものだ」
「…………、」
何か言いたげに眉間を押さえるエイシンフラッシュ。答え方間違えたか?
時間にして数秒の沈黙だったが、俺にとっては途方もない時間に感じられた。彼女は真っすぐに俺を見据えて言う。
「信じられませんね。トレーナーとはもっと論理的な方が多いと思っていましたが、客観性に欠ける言葉を淀みなく口にできるなんて」
「……あれ? ひょっとして怒られてるのか、これ」
「それ以外何がありますか。トレーナーさんに必要なのは科学に基づいたトレーニング知識と、膨大なデータを基にした客観的な視座。見たところ新人トレーナーさんみたいですが、それではウマ娘の信頼は得られませんよ」
グサグサと突き刺すような言葉選び。クールな容貌だが思ったことは口にするタイプらしい。侮るわけではないがまだ学生の娘に説教されると心が凄く痛い。
とほほ、と甘んじてそれらを受け止める。エイシンフラッシュの言っていることは正しい。去年も園部トレーナーに何度か似たような指摘を受けたことがあった。
論理的な彼女には気に入られそうもない、と諦めムードになるが、一度言葉を区切った彼女は短く息を吐いた。
「――――そんな論理的でない貴方とトレーナー契約を結びたいと思ってしまっただなんて、私も人のことを言えませんね」
……ん? 聞き間違いか? 今彼女、「トレーナー契約を結びたい」と言わなかったか?
再度問い直そうと思ったが、エイシンフラッシュはぷいとそっぽを向いており、尻尾は忙しない様子で左右に揺れていた。
「さあ、決まったのならさっさと契約書を交わしましょう。私は他の娘たちと比べて契約が遅れているんです。一秒でも早くトレーナーさんの指導の下トレーニングを開始しなければなりません」
「……ああ! これからよろしくな、エイシンフラッシュ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、トレーナーさん」
昇ってきた夕日を背に受けた彼女の微笑は、今までのどのシーンよりも美しく見えた。
もうちょっと契約シーンを濃密に書きたかったけど、これ以上長くなると冗長すぎると思ったのと単純に文章力が足りなかったです。
小説を書くのってムズカシイですね。
ひとまず書き溜めは出し尽くしたので、今後は不定期更新となります。