エイシンフラッシュとトレーナー契約を結んだ翌日。
トレーナー1人1人に与えられるトレーナー室にて、俺とエイシンフラッシュはまず意思統一を図るべくミーティングを行っていた。
意思統一とはつまり、彼女が何を目指してトゥインクルシリーズに挑戦するのか。まずは彼女の目標を聞いて、俺が現実的な戦略を練り具体化する。目標が一致していないとそのコンビはまず上手くいかないからだ。
俺はエイシンフラッシュに当面の目標を尋ねると、彼女はあらかじめ決めていたらしくはきはきとした口調で答える。
「私の目標はクラシック3冠です」
クラシック3冠とは『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』の3競走を指し、デビュー仕立ての頃のウマ娘なら誰もが1度は夢見るレースだ。実力バ揃いの3競走のうち1つ勝つだけでも困難を極めるのに、3冠達成するとなるとよほどの実力と運がなければ叶えられないだろう。
しかし目標は高い分には問題ない。むしろエイシンフラッシュには目指してほしい冠でもあった。彼女なら達成できる可能性はあると踏んでいる。
俺はホワイトボードに「クラシック3冠」と大きく書く。
「目指すのは大賛成だけど、何故この目標にしたのか聞いてもいいか?」
「何故、ですか。クラシック級の娘たちなら誰もが目指すものだと思いますが」
「憧れだけで叶えられる目標じゃないだろう。トレセン内で達成したことのあるミスターシービーは『前人未踏』を、シンボリルドルフは『絶対』を、ナリタブライアンは『渇望』を。彼女たちは明確な想いを抱いてレースに臨んでいたはずなんだ」
特に今年は実力バ揃い。ヴィクトリーピザの他にも例年なら覇権を取れるレベルのウマ娘が何人かいる。半端な覚悟で挑んでも相手にすらならないだろう。
エイシンフラッシュは瞼を閉じて何かを思い出すかのような様子を見せる。あるいは抽象的な想いを言葉に変換しようとしているのかもしれない。
やがて彼女は目を開けて言う。
「――――踏み入りたい『領域』があるんです」
出会って日は浅いとはいえ、彼女にしては珍しくふんわりとした言葉だった。
「領域……?」
「はい。私の母が口にしていたのですが、大舞台で勝利した際に『光の道筋』なるものが視えていたらしいんです。何者にも侵されない自分だけの空間。その道筋に入ると得も言われぬ全能感が味わえる……、そんな母と同じ視座に立ってみたいんです」
バカげた話と一蹴するのは簡単だが、今の彼女の話を聞いてふと思い出したことがある。
確か去年園部トレーナーに教えてもらったんだったか、世代を代表するウマ娘の中には時に超人的な力が宿る瞬間があるという。
例えば日本ダービーのシンボリルドルフや天皇賞秋のタマモクロス、有マ記念のオグリキャップなど、当時のレースを見てみたが確かにどれも底力以上の何かが滲み出ていたように思う。
とあるインタビューでシンボリルドルフ生徒会長は日本ダービーでのレースを振り替えた談話の際、『領域』という言葉を使っていたはずだ。
だとすればエイシンフラッシュの母が入ったとされる『光の道筋』も、その『領域』と同義なのかもしれない。
つい考え込んでしまっているうちに、エイシンフラッシュは痺れを切らしたか話を再開させる。
「母の話から推測するに、『光の道筋』に入るには自身と同等以上のウマ娘の存在が必要不可欠のようです。そんな強敵と競うためにはG1レースに出ることが一番の近道……そう思いました。もちろん勝利を掴むことを二の次になんてしません」
「……なるほど。よく分かったよ」
不思議な娘だ。
大抵レースで勝ちたい理由なんて「あいつに勝ちたい」「大勢の観客に祝福されたい」みたいに、理由を外部に求めることが多いのに、彼女は自分自身を挙げている。
ともあれ目標は定まった。険しい頂に立つためには何をすべきかを考えるのはトレーナーの仕事だ。
「まずはキミのことを知りたい。スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さは当然だけど、どんな強み・弱みを持っているのかまで全て。そのために今日はレース場を予約してある」
「まあ当然の流れですね。良いと思います」
彼女の値踏みするような発言に思わず苦笑する。契約を結べたとはいえ俺が新人トレーナーであることに変わりはない。だからこそエイシンフラッシュは俺がどの程度のものか測っているのだろう。一日でも早く彼女に認められるよう気を引き締めていかねば。
シンデレラグレイで出てきた「領域」について触れました。
(少し独自の解釈を入れていますが)
シンデレラグレイのオグリが可愛すぎて辛い。タマモクロスも可愛い。実装が待ち遠しいですね。