芝コースへと出て、まず入念なストレッチを行う。30分以上の時間をかけて。ウマ娘は時速60キロ以上の速度で走る。それ故に身体への負担が大きく、どうしても怪我のリスクが付きまとうのだ。
「――……17、18、19、20」
エイシンフラッシュは教科書通りの姿勢、タイムを守りながらストレッチをこなしていく。極まれに俺の方から矯正が入ることはあるが、ほとんど正しい形で行えていた。しかしトレーナーとしてやるべきことが見当たらないな……。
僅か1日だが彼女と接してきて分かったことは、超が付くほどの真面目な性格の持ち主であるということだ。分からないことはそのままにはしておけない……そういうタイプなんだろう。
充分な量と質のストレッチをこなし、いよいよ次から能力測定へと移る。
「まずは1ハロン(200メートル)走を3本から。後のメニューは追々伝えていくよ」
「スピード測定というわけですか。分かりました」
頷いてエイシンフラッシュは②ハロン棒まで向かい、俺はゴール板のところでストップウォッチ片手で待ち受ける。
「よーい……どん!」
ストップウォッチを握った右手を振り下ろすと同時に掛け声を飛ばす。エイシンフラッシュは勢いよくスタートを切り、物凄いスピードで疾走してくる。
そしてあっという間に彼女が俺の目の前を通過する。タイマーを止める。タイムは11秒前半。デビュー前としてはかなり良い数字だ。
「はあ、はあ……タイム、どうでしたか?」
「ほら、他のウマ娘たちと比べてもかなり良いタイムだぞ!」
表示タイムを見せてあげると「そうですか」と、エイシンフラッシュはさして嬉しそうな態度は見せないまま、先刻のスタート位置へと戻る。
うーん……、悪い娘じゃないと思うんだけど、なんというか歳のわりには感情の起伏が少ないタイプだよな。信頼関係を築くのには時間を要しそうだ。
その後クールタイムを挟んで2000メートル走と巨大タイヤ引きを行ってトレーナー契約初日の練習は終了した。
その日の夜。俺はエイシンフラッシュと別れた後、トレーナー室で今日のデータをまとめていた。
「なるほど、なるほど……」
データを数値化させると彼女の特性がよく分かる。何となく察していたことだが、やはり彼女の最大の武器は『末脚』だ。
より具体的に言えば瞬発力。ラスト直線に入ったときの最大速度に辿り着くまでの早さである。
10かけてマックスに到達するよりも1の時間でマックスに達する方が良いのは一目瞭然だ。両者が同じマックススピードであれば、いち早くマックスに持っていける方が勝つに決まっているのだから。
ラストの直線は勝敗を決める上で重要なピースなのは間違いないが、そこだけが良くても勝てるというわけでもない。今の彼女には中距離を走り切れるだけの体力がまだ備わっていないし、レースとなれば他のウマ娘たちに囲まれて自身の能力を全て発揮できるわけではないのだ。
「ひとまず明日はフィットネスルームでパワー関係を見てみるか……。どうせなら賢さ面も見てみたいし、身体に負荷をかけながら問題でも出してみるかな」
――楽しい。
こうして自分が夢見ていたことを形にできるのは何ものにも勝る幸福である。
トレセン学園に来るまでの、ウマ娘たちの活躍をテレビで見て一喜一憂するのも楽しかったが、自分でそのウマ娘たちに関わることはそれとはまた違った楽しさがある。
だけど肝に銘じておかなければならない。レースとは結果が全て。「楽しかった」というだけで満足できるウマ娘などほとんどいない。自分の担当ウマ娘が後悔を抱えて引退していくような真似は絶対にできない。
楽しさの土台には責任がある。責任感が揺るげばその上の楽しさも崩れていく。園部トレーナーにOJT時代に教えてもらったことの意味を、俺は今になってようやく実感するのだった。
ウマ娘世界でのトレーニングってどんなものがあるんでしょうか?
とりあえず陸上競技を参考にトレーニング内容を掘り下げていきます。