モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第104話 日本ダービー・特別を目指して

 ――ただの、クラシック級の芝2400メートルのいちオープン戦に過ぎない。

 

 日本ダービーに対して、そんな風に言う者がいる。ひねくれたファンだけでなく、トゥインクル・シリーズの関係者でさえ、敢えてそういう言い方をすることがある。

 実際、なぜ日本ダービーが特別なのか、というのを論理的に説明するのは難しい。歴史があるというだけなら、トゥインクル・シリーズ最古の重賞は同日に開催される目黒記念だし、殊に現代はその世代のダービーウマ娘がその世代で最も活躍したウマ娘という例の方がむしろ少ないだろう。レースのレベルとしても、現実的に国内の芝中距離最強ウマ娘決定戦は、シニア級の猛者が集う天皇賞(秋)かジャパンカップの方である。

 しかし、それでも日本ダービーは特別なのだ。それはたとえば、サッカーで最もレベルの高い大会が欧州のチャンピオンズリーグだとしても、4年に一度のW杯が特別であるように。プロ野球の方がレベルが高くとも、夏の甲子園が特別であるように。

 

 一生に一度の舞台。世代の選ばれた18人だけが立てる舞台。

 トートロジーだが、皆がそれを特別だと認めているから、ダービーは特別なのだ。

 

 その特別な舞台を、私は担当の3人と一緒に、いつもの定位置――トレセン学園関係者席で見つめていた。ヒクマは身を乗り出して目を輝かせて尻尾を振り、エチュードは出走するわけでもないのに緊張した面持ちで唾を飲み、そして――コンプは腕を組んで、ただ真剣な顔でターフを見つめている。

 何しろ、この日本ダービーは、私たちの顔なじみが勢揃いなのだ。

 圧倒的1番人気のオータムマウンテンと、3番人気のデュオスヴェルは言うまでもない。2番人気のハッピーミークはヒクマたちのクラスメートで、私にとっても同期の桐生院トレーナーの担当。4番人気のプチフォークロアと5番人気のドリーミネスデイズもジュニア級でヒクマと二度戦ったライバルだし、なんと未勝利でこの舞台に出てきたマルシュアスはエチュードのルームメイトである。

 

「う~~~っ、トレーナーさん、どうしよ? ね、誰を応援したらいいのかな?」

 

 ヒクマが振り返り、困ったように首を傾げる。

 私が笑って「全員応援すればいいよ」と答えると、「あ、そっか!」とヒクマは顔をほころばせて、柵から身を乗り出して声を上げた。

 

「オータムちゃん! スヴェルちゃん! ミークちゃん! ロアちゃん! ミネスちゃん! マルシュちゃんも! みんなみんながんばれー!」

 

 ぶんぶんと手を振るヒクマ。その姿を微笑ましく思いながら、私はその両隣のエチュードとコンプを見やる。祈るように手を組んで、エチュードはぎゅっと目を閉じていて。コンプは相変わらず、ターフを睨むようにむすっとした顔をしていた。

 ――もちろん、「出たかった?」なんて、今さらコンプに詮無いことを訊ねたりはしないけれど。最強を目指すコンプが、自分の世代の日本ダービーという特別な舞台のことをどう思っているのかは、私には想像することしかできない。その場所に立っている、あの喧嘩友達、デュオスヴェルのことも。

 

「……みんなに、勝って欲しい、です」

 

 歓声に掻き消されそうな声で、ぽつりと、エチュードが呟いた。

 

「――うん、そうだね」

 

 私はただ、頷いた。今はいち観客に過ぎない立場として、私もそう思う。

 ――けれど、数分後。勝者として立っているのは、たったひとりだ。

 それが、レースというものだ。

 だからこそ、勝利は尊いのだ。

 

『全てのウマ娘ファンの皆さん、今年もこの日がやって来ました! 日本ダービー、世代の頂点を決める大一番。ダービーの冠は、果たして誰の頭上に輝くのか!』

 

 ドリーミネスデイズが。

 デュオスヴェルが。

 ハッピーミークが。

 オータムマウンテンが。

 マルシュアスが。

 プチフォークロアが、ゲートに入っていく。

 

『体勢完了。――日本ダービー、スタートしました!』

 

 

       * * *

 

 

『揃ったスタートになりました、さすがは選ばれた18人、優駿であります! さあ注目の先行争い、やはり行った行ったデュオスヴェル、内からドリーミネスデイズ! やはりこのふたりが行きます!』

 

 内枠のふたり、1番のドリーミネスデイズと3番のデュオスヴェルが、戦前の予想通りダッシュをつけてハナを主張、前に出て行く。そこから何バ身か離れての3番手集団の外目に、好スタートのマルシュアスが枠なりにつける先行策。ハッピーミークは中段グループの内、その外にプチフォークロア。オータムマウンテンはいつも通り、後ろから3番手の後方待機を選択する。

 

「ああ、やっぱりハイペースになるな、こりゃ」

 

 観客の誰かが言った。先頭で競り合うデュオスヴェルとドリーミネスデイズ。人気どころだけに先行集団も大きくは離されずにそれについていく。明らかに全体がハイペースになる流れだ。

 

「こりゃオータムマウンテンで決まりか」

 

 2コーナーを越えて向こう正面に入ったあたりで、誰かが呟いた。

 デュオスヴェルとドリーミネスデイズがハイペースで潰し合い、先行集団もそれに釣られて直線で前潰れ。後方待機のオータムマウンテンが差し切って勝つ。――大方のファンが展開をそう予想し、そしてその通りの流れになっていた。だからこそオータムマウンテンが圧倒的な1番人気なのだ。

 しかし――そうは考えない者も、やはりいる。

 

「いや、そうとも限らない」

「どうした急に」

「あれを見ろ――」

 

 

       * * *

 

 

 ペースが速い。

 逃げるふたりの背中を見ながら、先行集団につけたマルシュアスは、身体に当たる風でそれを感じていた。府中2400、青葉賞の前からラップタイムの感覚はトレーナーと身体に叩き込んできた。その感覚が、ハイペースと告げている。ドリーミネスデイズがスローで逃げた青葉賞とはまるで違う。

 デュオスヴェルの三つ編みが風に揺れるのが見える。その隣をドリーミネスデイズの赤みがかった長い鹿毛がなびいている。ハナを奪ってスローに落としたかっただろうドリーミネスデイズと、ハイペースの消耗戦に持ち込みたいのだろうデュオスヴェルのハナ争いは、結果としてデュオスヴェルのペースで進んでいる。

 

 ――あれが、世代の主役の逃げウマ娘。

 

 デュオスヴェルとオータムマウンテン。同期の三冠路線のスター候補。マルシュアスにとっては、今まで遠くから眺めるだけだった、キラキラしたウマ娘たちだ。

 でも、今はそれと、同じ舞台にいる。同じターフを走っている。

 世代の頂点を決める舞台で、一番キラキラした舞台で。

 一度目を閉じ、目を開けて、マルシュアスは口元を引き締めた。

 

 ――大丈夫。ハイペースの消耗戦は、こっちだって望むところだ。

 

 こっちは、あのジャラジャラ先輩の走りを間近で見たんだから。

 このペースなら食らいつける。そして――差し切ってみせる!

 

 日本ダービーを勝ちたい。憧れの人に、胸を張りたい。

 ランデブーさんよりも、誰よりもキラキラした、ダービーウマ娘に、なりたい!

 

『――1000メートル通過、58秒7!』

 

 

       * * *

 

 

 ――問題は、後ろのオータムマウンテンさんですね。

 

 中団の外目、ハッピーミークの横を走りながら、プチフォークロアは思案していた。

 出負けで最後方になったホープフルSでは、オータムマウンテンのロングスパートに釣られてしまい、脚を使わされて坂で止まってしまった。皐月賞は中団に構えてほぼ理想通りのレースができたが、それでもメイデンチャームに届かず、オータムマウンテンに差し切られた。

 同じ相手に、三度続けて負けるわけにはいかない。

 ペースは速い。デュオスヴェルのスタミナを考えれば、仕掛けのタイミングを見誤ればそのまま逃げ切られる。しかし、早く仕掛けすぎればオータムマウンテンのロングスパートの餌食だ。

 ――解っています。私はデュオスヴェルさんにスタミナで及ばないし、末脚の持続力ではオータムマウンテンさんに及ばない。しかし、だからといって、強い者が必ず勝つとは限らないのがレース。柔軟に、臨機応変に、機を掴むことができれば――。

 前にいる3番手集団は総じて人気薄。おそらく直線で潰れる。そうなれば、前が壁になる内のハッピーミークより、枠なりに外につけた自分が有利。

 ――勝負は、残り300。坂を登り切ったところで、オータムマウンテンさんの前で仕掛ける。追いつかせずに振り切る――おそらく、これしかない!

 

 伝説になりたい。世代の主役として、特別なウマ娘になりたい。

 語り継がれる、記憶に残る、ダービーウマ娘に、なりたい。

 

 だから、なってみせましょう。

 ロアは決意を固めて、3コーナーへ向かう。

 

 

       * * *

 

 

 ハナを取れなかった。その上、明らかにハイペースの展開になっている。

 理想の展開に持ち込めず、ドリーミネスデイズは歯がみする。

 デュオスヴェルの前に蓋をして、青葉賞のようにスローペースに落としたかった。だが結果は、デュオスヴェルと肩を並べてのハイペース逃げの展開。

 ――だけど、こうなることも覚悟していた。だから、動揺はない。

 それなら、消耗戦に付き合うまでだ。どっちが先に力尽きるか――。

 

『貴方は距離が長いほどいいのかもしれないわね』

 

 トレーナーがそう言ってくれた、自分のスタミナを、信じる。

 

『貴方のスタミナなら、日本ダービー、逃げ切るのだって――夢じゃない』

 

 夢じゃない。幻でもない。

 トレーナーの描いた道筋を、現実のものにしてみせる。

 

 私を導いてくれたトレーナーのために。

 ダービーウマ娘に、なりたい。

 

 隣を走るデュオスヴェルの姿を意識から消して、前だけを見て、ドリーミネスデイズは3コーナーから4コーナーへカーブしていく。

 

 

       * * *

 

 

 4コーナー。

 先頭で逃げるデュオスヴェルとドリーミネスデイズを追っていた、3番手集団が崩れ始めた。ひとり、ふたりとこのハイペースに潰されて脱落する中、マルシュアスだけが引き離されずに食らいついていく。

 そして、それを待っていたように、後方に待機していたオータムマウンテンが仕掛けた。

 外を捲って徐々に上がっていくオータムマウンテン。

 中団からプチフォークロアが絶好の位置を確保し、ハッピーミークはウマ込みの中でじっと息を潜める。

 直線入口を向いた。残り525メートル。

 デュオスヴェルとドリーミネスデイズが、競り合ったまま先頭で直線へ駆けていく。

 

『さあ4コーナー、オータムマウンテン外から上がっていく、先頭デュオスヴェル、ドリーミネスデイズ、ふたり並んで直線へ、残り525メートル、高低差2メートルの坂! 日本ダービー栄光はその先に!』

 

 府中の大歓声が、18人のウマ娘を出迎えて――直線の攻防へ。

 

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