モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
勝った。
中団の外で直線を向いた瞬間、オータムマウンテンはそう確信した。
先頭を行くデュオスヴェルとドリーミネスデイズの背中が見える。府中の長い直線残り500メートル。ハイペースに付き合わず、後方待機で貯めた脚は軽い。脚元の芝もパンパンの良バ場。この脚なら伸びる。あの差なら、充分に差し切れる。
ちらりと内を見る。ハッピーミークはまだ中団バ群の中。プチフォークロアは仕掛けのタイミングを伺っている。前でまだ食らいついているマルシュアスが若干気になるが、さすがにミニキャクタスほどの末脚は持っていないはずだ。
――残り100でドリーミネスデイズさんが脱落して、残り50でスヴェルちゃんを捕まえて、私の勝ちですね~。
その確信を握りしめるようにして、オータムマウンテンは坂を駈け上がる。
――見ていてください。お父様。
私が、このオータムマウンテンが、ダービーウマ娘になるところを。
坂を登り切った。残り300。
プチフォークロアが仕掛けた。加速して3番手のマルシュアスに並びかける。
マルシュアスは、並びかけてきた眼鏡のウマ娘に、歯を食いしばって食らいつく。
ハッピーミークは、まだバ群でもがいている。
オータムは、悠然と、泰然と、その外から脚を伸ばしていく。
残り200。
オータムが、マルシュアスとプチフォークロアに並んだ。
ロアが振り向き、愕然と目を見開く。
マルシュアスは横など目もくれずに、ただ前を見て走り続ける。
その横を、オータムは涼しい顔でかわしていく。
内でハッピーミークがバ群を抜け出し、マルシュアスとプチフォークロアに迫る。
全て、オータムマウンテンが事前に、そしてレース中に想定した範囲内の展開だった。
この瞬間までは。
――あら?
その違和感に気付いた瞬間、オータムはその目を見開いた。
残り150。もうデュオスヴェルの背中を射程圏に捕らえているはずだった。
スヴェルの力は把握している。あと100で差し切れるはずだ。
他の誰でもない。デュオスヴェルのことだ。ルームメイトの、同じトレーナーの、誰よりもよく知っているスヴェルのことだ。
自分が、スヴェルの走りを読み違えることなんて、あるはずがない。
それなのに。
想定よりも、スヴェルの背中が、まだ遠い。
残り100。
ドリーミネスデイズが、まだ垂れてこない。
そしてオータムは。
府中の大歓声の中に、その雄叫びを、聞いた。
* * *
「あれを見ろ――」
それは、レースが向こう正面にさしかかったとき。
ひとりのファンが、先頭を指さして語った。
「あの大飛びのストライド走法。一般的に、飛びの大きいストライド走法のウマ娘は中山のような小回りのコースが苦手だ。彼女もコーナリングは決して上手い方じゃない」
「どうした急に」
「だからホープフルSで負けたと見ることもできるが、逆に言えば明らかに中山に不向きな走法で芙蓉Sを勝ち、ホープフルでもバイトアルヒクマを凌ぎきったんだ。そしてこの府中では、あの東スポ杯の破天荒な走りだ。彼女は本来、府中のようなコースが本領なんじゃないか」
「つまり?」
「――デュオスヴェルを侮ったら、おそらく痛い目を見るぞ」
* * *
あいつみたいだ、とデュオスヴェルは思った。
自分に競り掛けてきた、長い鹿毛の背の高いウマ娘。雰囲気は全然違うのに、自分にハナを譲らないとばかりに挑みかかってくるその姿は、あのブリッコによく似ていた。
ブリッジコンプ。
あいつは、今、どこかでボクを見ているだろうか。
あいつが短距離に行くと聞いたときは、裏切られたような気持ちになった。
最強になる。最強のウマ娘になる。
ボクの夢。無謀な、大きすぎる夢。
何度も笑われてきた。バカにされてきた。
だけど、それでも、ボクは。
絶対に、誰にも負けたくなかった。最強でありたかった。
だって、そうじゃないか。
ウマ娘として産まれて、レースに挑む以上。
最強を目指さずして、いったい何を目指すというのだ。
――だから、同じ夢を語って、同じ逃げのスタイルで突っかかってくるあいつと出会って、嬉しかったのだ。
最強のウマ娘になりたいという夢は、ボクだけのバカな夢でも無謀でもない。
同じ願いを抱いて走るウマ娘がいるということが、嬉しかった。
だからこそ、あいつに勝って、最強になりたかった。
でも今、この場所にあいつはいない。
あいつは、自分の力の出せる場所で最強になることを目指した。
――だったらボクは、ここで最強にならなきゃ。
あいつに、胸を張って、最強はボクだなんて、言う資格はない。
ダービーウマ娘になる。
ボクが、最強の、ダービーウマ娘になる。
最初から最後まで、先頭で走り抜けることこそが、最強の証明だから。
デュオスヴェルは叫ぶ。
残り100。
まだ食らいついてくるドリーミネスデイズを。
後ろからひたひたと迫るオータムマウンテンを。
他の17人のウマ娘を。
府中に集まった、十数万の観客の声援を。
全てを振り切るように、雄叫びをあげる。
「最強は、ボクだああああああああああああああああああああああっ!!」
最後の50メートル。その数秒に。
デュオスヴェルの身体は、限界を超えて、ぐっと最後のもうひと伸び、前に出た。
ドリーミネスデイズが、天を仰ぎ。
オータムマウンテンが、目を伏せた。
『デュオスヴェル、ドリーミネスデイズ、外からオータムマウンテン、しかしデュオスヴェルだ! デュオスヴェルだ! デュオスヴェルが逃げ切ったーッ!!』
――そして、3人がひとかたまりでゴール板を駆け抜けた瞬間。
府中に、十数万の大歓声が轟き渡った。
* * *
『逃げた! 逃げた! 逃げ切ったッ!! 府中2400逃げ切りました! デュオスヴェルです! オータムマウンテンは届かず2着! デュオスヴェル逃げ切り逃げ切り逃げ切り! これが逃げるということだ! デュオスヴェル、最初から最後まで、先頭を譲りませんでした! 世代の頂点、日本ダービーを制したのは、3番デュオスヴェルです!』
力尽きたように、ターフにデュオスヴェルが仰向けに倒れこむ。
ドリーミネスデイズがその横を通り過ぎて、そのまま芝の上に膝を突いてうずくまる。
そして――オータムマウンテンが、ゆっくりとデュオスヴェルに歩み寄る。
デュオスヴェルが目を開ける。オータムマウンテンが、微笑んで手を差し伸べる。
その手をとって立ち上がったデュオスヴェルに――降りそそぐ、府中の大歓声。
――スヴェル! スヴェル! スヴェル!
十数万の、怒濤のような「スヴェル」コールに、デュオスヴェルはぽかんと口を開け。
そして――ぶるりと一度身を震わせると、力強く、拳を高々と突き上げた。
その光景を、私もヒクマもエチュードも、声もなく見つめていた。
たったひとりの勝者と、17人の敗者が分かたれたその場所で。
歓声を一身に浴びる、最強の称号を手に入れたたったひとりの姿を。
「……なによ」
不意に、コンプがぽつりと呟いた声が、歓声の中で私の耳に届いた。
私が振り向くと――その頬に、一筋の雫を流しながら。
コンプは、心の底から嬉しそうに、笑っていた。
「――かっこいいじゃないの、デュオスヴェル」
* * *
栄光のスポットライトの陰で。
ドリーミネスデイズは、トレーナーに肩を支えられながら地下バ道を帰っていき。
マルシュアスは、ネレイドランデブーに抱きしめられながら泣きじゃくり。
プチフォークロアは、数度頬を叩いて、全てを受け入れた顔で踵を返し。
ハッピーミークは、ねぎらう桐生院葵の前で、変わらぬ無表情のまま、拳を震わせて。
そして、ウイナーズサークルでインタビューを受けるデュオスヴェルを見ながら。
穏やかに微笑んでいたオータムマウンテンは、けれど。
岬トレーナーが、その頭をぽんと撫でた瞬間。
――崩れ落ちるように、岬トレーナーにしがみついて、その肩を震わせた。
敗者の想いを呑み込んで、勝者を讃える歓声は、途切れることなく続いていく。
* * *
5月26日、日本ダービー(GⅠ)。
1着、3番デュオスヴェル(3番人気)。
2着、9番オータムマウンテン(1番人気)。
3着、1番ドリーミネスデイズ(5番人気)。
4着、10番プチフォークロア(4番人気)。
5着、17番マルシュアス(10番人気)。
6着、5番ハッピーミーク(2番人気)。