モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第105話 日本ダービー・最強の名は

 勝った。

 中団の外で直線を向いた瞬間、オータムマウンテンはそう確信した。

 先頭を行くデュオスヴェルとドリーミネスデイズの背中が見える。府中の長い直線残り500メートル。ハイペースに付き合わず、後方待機で貯めた脚は軽い。脚元の芝もパンパンの良バ場。この脚なら伸びる。あの差なら、充分に差し切れる。

 ちらりと内を見る。ハッピーミークはまだ中団バ群の中。プチフォークロアは仕掛けのタイミングを伺っている。前でまだ食らいついているマルシュアスが若干気になるが、さすがにミニキャクタスほどの末脚は持っていないはずだ。

 ――残り100でドリーミネスデイズさんが脱落して、残り50でスヴェルちゃんを捕まえて、私の勝ちですね~。

 その確信を握りしめるようにして、オータムマウンテンは坂を駈け上がる。

 

 ――見ていてください。お父様。

 私が、このオータムマウンテンが、ダービーウマ娘になるところを。

 

 坂を登り切った。残り300。

 プチフォークロアが仕掛けた。加速して3番手のマルシュアスに並びかける。

 マルシュアスは、並びかけてきた眼鏡のウマ娘に、歯を食いしばって食らいつく。

 ハッピーミークは、まだバ群でもがいている。

 オータムは、悠然と、泰然と、その外から脚を伸ばしていく。

 

 残り200。

 オータムが、マルシュアスとプチフォークロアに並んだ。

 ロアが振り向き、愕然と目を見開く。

 マルシュアスは横など目もくれずに、ただ前を見て走り続ける。

 その横を、オータムは涼しい顔でかわしていく。

 内でハッピーミークがバ群を抜け出し、マルシュアスとプチフォークロアに迫る。

 

 全て、オータムマウンテンが事前に、そしてレース中に想定した範囲内の展開だった。

 この瞬間までは。

 

 ――あら?

 その違和感に気付いた瞬間、オータムはその目を見開いた。

 残り150。もうデュオスヴェルの背中を射程圏に捕らえているはずだった。

 スヴェルの力は把握している。あと100で差し切れるはずだ。

 他の誰でもない。デュオスヴェルのことだ。ルームメイトの、同じトレーナーの、誰よりもよく知っているスヴェルのことだ。

 自分が、スヴェルの走りを読み違えることなんて、あるはずがない。

 

 それなのに。

 想定よりも、スヴェルの背中が、まだ遠い。

 残り100。

 ドリーミネスデイズが、まだ垂れてこない。

 

 そしてオータムは。

 府中の大歓声の中に、その雄叫びを、聞いた。

 

 

       * * *

 

 

「あれを見ろ――」

 

 それは、レースが向こう正面にさしかかったとき。

 ひとりのファンが、先頭を指さして語った。

 

「あの大飛びのストライド走法。一般的に、飛びの大きいストライド走法のウマ娘は中山のような小回りのコースが苦手だ。彼女もコーナリングは決して上手い方じゃない」

「どうした急に」

「だからホープフルSで負けたと見ることもできるが、逆に言えば明らかに中山に不向きな走法で芙蓉Sを勝ち、ホープフルでもバイトアルヒクマを凌ぎきったんだ。そしてこの府中では、あの東スポ杯の破天荒な走りだ。彼女は本来、府中のようなコースが本領なんじゃないか」

「つまり?」

 

「――デュオスヴェルを侮ったら、おそらく痛い目を見るぞ」

 

 

       * * *

 

 

 あいつみたいだ、とデュオスヴェルは思った。

 自分に競り掛けてきた、長い鹿毛の背の高いウマ娘。雰囲気は全然違うのに、自分にハナを譲らないとばかりに挑みかかってくるその姿は、あのブリッコによく似ていた。

 ブリッジコンプ。

 あいつは、今、どこかでボクを見ているだろうか。

 

 あいつが短距離に行くと聞いたときは、裏切られたような気持ちになった。

 最強になる。最強のウマ娘になる。

 ボクの夢。無謀な、大きすぎる夢。

 何度も笑われてきた。バカにされてきた。

 だけど、それでも、ボクは。

 絶対に、誰にも負けたくなかった。最強でありたかった。

 だって、そうじゃないか。

 ウマ娘として産まれて、レースに挑む以上。

 最強を目指さずして、いったい何を目指すというのだ。

 ――だから、同じ夢を語って、同じ逃げのスタイルで突っかかってくるあいつと出会って、嬉しかったのだ。

 最強のウマ娘になりたいという夢は、ボクだけのバカな夢でも無謀でもない。

 同じ願いを抱いて走るウマ娘がいるということが、嬉しかった。

 だからこそ、あいつに勝って、最強になりたかった。

 

 でも今、この場所にあいつはいない。

 あいつは、自分の力の出せる場所で最強になることを目指した。

 ――だったらボクは、ここで最強にならなきゃ。

 あいつに、胸を張って、最強はボクだなんて、言う資格はない。

 

 ダービーウマ娘になる。

 ボクが、最強の、ダービーウマ娘になる。

 最初から最後まで、先頭で走り抜けることこそが、最強の証明だから。

 

 デュオスヴェルは叫ぶ。

 残り100。

 まだ食らいついてくるドリーミネスデイズを。

 後ろからひたひたと迫るオータムマウンテンを。

 他の17人のウマ娘を。

 府中に集まった、十数万の観客の声援を。

 全てを振り切るように、雄叫びをあげる。

 

 

「最強は、ボクだああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 最後の50メートル。その数秒に。

 デュオスヴェルの身体は、限界を超えて、ぐっと最後のもうひと伸び、前に出た。

 

 ドリーミネスデイズが、天を仰ぎ。

 オータムマウンテンが、目を伏せた。

 

『デュオスヴェル、ドリーミネスデイズ、外からオータムマウンテン、しかしデュオスヴェルだ! デュオスヴェルだ! デュオスヴェルが逃げ切ったーッ!!』

 

 ――そして、3人がひとかたまりでゴール板を駆け抜けた瞬間。

 府中に、十数万の大歓声が轟き渡った。

 

 

       * * *

 

 

『逃げた! 逃げた! 逃げ切ったッ!! 府中2400逃げ切りました! デュオスヴェルです! オータムマウンテンは届かず2着! デュオスヴェル逃げ切り逃げ切り逃げ切り! これが逃げるということだ! デュオスヴェル、最初から最後まで、先頭を譲りませんでした! 世代の頂点、日本ダービーを制したのは、3番デュオスヴェルです!』

 

 力尽きたように、ターフにデュオスヴェルが仰向けに倒れこむ。

 ドリーミネスデイズがその横を通り過ぎて、そのまま芝の上に膝を突いてうずくまる。

 そして――オータムマウンテンが、ゆっくりとデュオスヴェルに歩み寄る。

 デュオスヴェルが目を開ける。オータムマウンテンが、微笑んで手を差し伸べる。

 その手をとって立ち上がったデュオスヴェルに――降りそそぐ、府中の大歓声。

 ――スヴェル! スヴェル! スヴェル!

 十数万の、怒濤のような「スヴェル」コールに、デュオスヴェルはぽかんと口を開け。

 そして――ぶるりと一度身を震わせると、力強く、拳を高々と突き上げた。

 

 その光景を、私もヒクマもエチュードも、声もなく見つめていた。

 たったひとりの勝者と、17人の敗者が分かたれたその場所で。

 歓声を一身に浴びる、最強の称号を手に入れたたったひとりの姿を。

 

「……なによ」

 

 不意に、コンプがぽつりと呟いた声が、歓声の中で私の耳に届いた。

 私が振り向くと――その頬に、一筋の雫を流しながら。

 コンプは、心の底から嬉しそうに、笑っていた。

 

「――かっこいいじゃないの、デュオスヴェル」

 

 

       * * *

 

 

 栄光のスポットライトの陰で。

 ドリーミネスデイズは、トレーナーに肩を支えられながら地下バ道を帰っていき。

 マルシュアスは、ネレイドランデブーに抱きしめられながら泣きじゃくり。

 プチフォークロアは、数度頬を叩いて、全てを受け入れた顔で踵を返し。

 ハッピーミークは、ねぎらう桐生院葵の前で、変わらぬ無表情のまま、拳を震わせて。

 

 そして、ウイナーズサークルでインタビューを受けるデュオスヴェルを見ながら。

 穏やかに微笑んでいたオータムマウンテンは、けれど。

 岬トレーナーが、その頭をぽんと撫でた瞬間。

 ――崩れ落ちるように、岬トレーナーにしがみついて、その肩を震わせた。

 

 敗者の想いを呑み込んで、勝者を讃える歓声は、途切れることなく続いていく。

 

 

       * * *

 

 

 5月26日、日本ダービー(GⅠ)。

 

 1着、3番デュオスヴェル(3番人気)。

 2着、9番オータムマウンテン(1番人気)。

 3着、1番ドリーミネスデイズ(5番人気)。

 4着、10番プチフォークロア(4番人気)。

 5着、17番マルシュアス(10番人気)。

 6着、5番ハッピーミーク(2番人気)。

 

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