モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第107話 CBC賞・トライアルアンドエラー

 6月30日、日曜日。中京レース場。

 第11レース、GⅢ、CBC賞。

 

 

「コンプちゃーん、がんばれー!」

 

 中京レース場のスタンド。いつものようにヒクマが身を乗り出して声をあげる。向こう正面のゲート前にいるコンプには当然、その声は届かない。仮に届いていたとしても、コンプは振り返るよりも、目の前にいるターゲットを睨むことを優先しただろう。

 緑のゼッケンをつけたコンプが見据える先にいるのは、これまた3度目の対決となる、もうひとりの宿敵。――チョコチョコだ。

 当のチョコチョコは軽くジャンプしながら、コンプの視線は意に介さずゲートへと向かう。その姿を見ながら、私は祈るような気持ちで手を組んだ。

 どこまでもコンプの前に立ち塞がる、ユイイツムニとチョコチョコの二人。

 ――なんとか、今度こそ。

 私に出来るのはいつだって、祈ることだけなのだ。

 

 

       * * *

 

 

 1週間前、CBC賞の出走登録ウマ娘が発表されたとき。チョコチョコの名前がそこにあることに、おそらく一番驚いたのが私だった。

 朝日杯4着、ファルコンS2着、NHKマイルカップ3着。ここまでの結果から、チョコチョコはマイル路線を進むのだと思っていた。朝日杯やNHKマイルでは、勝ったメイデンチャームに力の差を見せつけられていたとはいえ、マイルを断念するほどではない。同じ担当トレーナーのユイイツムニが桜花賞を蹴ってスプリント路線に向かったのだから尚更だ。まさかここでメイクデビュー以来の1200に戻ってくるとは――。

 頭が痛いことこの上ない。想定していたレースプランも全て練り直しである。

 

「で、作戦会議ってわけ?」

「まあ、そういうこと。――チョコチョコと今度はどう戦うかだよ」

 

 宝塚記念を観戦したあと、私はコンプとトレーナー室で向き合っていた。

 私が考えていたのは、葵ステークスで試みた、ユイイツムニの番手につけて折り合うレースの継続だった。昨年のこのレースを逃げ切ったシニア級のウマ娘がおそらくは今年も逃げるだろう。今後のことを考えれば、コンプにはそれを2番手で追って、前をマークしながら折り合いをつける走りを身につけた方が、レースの幅が広がるのは間違いない。

 がむしゃらな逃げ一本より、折り合いをつけた好位先行。それはレースの定石であり、行きたがる気性のウマ娘に我慢するレースを覚えさせるのもトレーナーの仕事だ。そうして折り合いを身につけて強くなったウマ娘は数知れない。方針としては間違っていない。教科書通りの指導。

 ――そうは解っていても、本当にそれでいいのか? という囁きが聞こえてくる。

 それは単に、養成校で学んだ定石に従うことで自分が「間違っていない」と安心したいだけなのではないか? コンプの天性のスタートセンスを短距離で活かすなら、やはり本人の気性に任せて逃げさせた方が、適性に合っているのではないか……?

 結局、ひとりで考えているだけではドツボに嵌まる。それはヒクマのオークスのときに学んだことだ。ならば、本人と直接話し合うしかない。

 

「コンプ。正直に答えてほしい。控えた葵ステークス、どうだった? 実際のところ、コンプ自身があのレースで手応えを感じたかどうか、改めて確認したいんだ」

 

 私の問いに、コンプは口を尖らせて唸る。

 

「トレーナー。そんなの結果見れば解ってるでしょうが。あいつをあとちょっとでかわせるところまでいったんだから、負けたからやっぱやーめた、じゃ、クマっちとやってきたトレーニングは何だったのよって話よ」

「――――」

「心配しなくたって、折り合いつけてみせるっての。それであいつらに勝てるなら、差しだろうが追い込みだろうがどんとこいよ。あたしは最強になるんだから!」

 

 ぐっと拳を握りしめるコンプに、私は目を見開き、そして一度頬を叩いた。

 そうだ、コンプは私の指導を信じてついてきてくれているんだ。自分を信じろ。コンプの夢を叶えるために。明日の最強のために、今できることをするのだ。

 

「――よし、解った! CBC賞、チョコチョコを徹底マークするぞ!」

「おー!」

 

 

       * * *

 

 

 ゲートが開く。どっと飛び出していくウマ娘たち。

 3枠5番のコンプは今日も好スタート。だが、5枠9番からこちらも好スタートのチョコチョコをちらりと見て、そのままチョコチョコの内、斜め後ろに下げて控えた。

 

『さあチョコチョコは現在3番手、そして内、ブリッジコンプは今日も控えています4番手につけました』

「よし――」

 

 前には逃げウマ娘ふたり。チョコチョコを見ながら内を追走。先行策としては絶好のポジション。あとはここで折り合いをつけて――。

 

「――――」

 

 双眼鏡を覗いていた私は、しかし次の瞬間、喉の奥で呻いていた。

 チョコチョコとコンプの間に割り込むように、ウマ娘が押して被せてくる。さらにコンプの真後ろにもがっちりとついてくるウマ娘。後ろから突かれ、外から被せられ、コンプが嫌がるように前に行こうとする。だが、前は前で逃げウマ娘に塞がれている。

 コンプが喘ぐように顔をしかめるのが見えて、私は崩れ落ちそうになる身体を、柵を握りしめて支えるしかなかった。

 ――やられた。完全に閉じこめられた。

 考えてみれば当たり前のことだった。こっちはチョコチョコをマークするつもりでいたけれど、コンプ自身が既にマークされる立場なのだ。

 まだレース経験の浅いクラシック級のウマ娘を、歴戦のシニア級が潰しにかかる。それを当然警戒すべきだった。――完全な、私の失策だった。

 

「コンプ……!」

 

 抜け出せないまま直線。バ群に揉まれて、コンプの顎が上がる。

 そして、後続のプレッシャーを歯牙にもかけず、外目の好位から抜け出すのは、1番人気のチョコチョコ。

 内に閉じこめられたコンプに、もうそれを追いかける脚は残っていない。

 ヒクマが悲鳴をあげ、エチュードが息を呑み、私は血が滲むほど唇を噛みしめて、その現実を見届けるしかなかった。目を逸らすことは許されない。――私の招いた結果だった。

 

『チョコチョコ強い! チョコチョコ快勝です! デビュー戦以来のスプリントで見事に重賞初制覇!』

 

 涼しい顔で勝利のゴール板を駆け抜けた、ライバルの影で。

 12着という残酷な数字だけが、ブリッジコンプの名前の横には刻まれていた。

 

 

       * * *

 

 

 お互い、気持ちの整理が必要だった。

 控え室の扉の前で待っていると、ほどなく着替えを終えたコンプが出てくる。その目が赤いのを見て、私は口を開きかけ、

 

「……トレーナー。謝ったら怒るから」

 

 コンプの言葉に遮られて、私は発しかけた言葉を飲みこむ。

 

「今日の敗因はあたし。トレーナーの立てた作戦じゃない。あたしが、あたしが――」

「弱くない!」

 

 俯いて、拳を震わせて吐き出そうとしたコンプの言葉を、今度は私が遮った。

 それは、それだけは、コンプに言わせてはいけない言葉だ。

 最強を目指すコンプに、そんな言葉は――似合わない。

 

「コンプは、弱くない」

「――――ッ、12着、でも?」

「ああ。今日の負けは、コンプが弱いからじゃない。絶対に違う! ――私が担当してるのは、最強のブリッジコンプだ!」

 

 私の言葉に、コンプが顔を上げる。その大きな目を見開いたコンプの顔を、私はぎゅっと唇を引き結んで見つめた。目を逸らさずに。

 

「――じゃあ、トレーナー。あたしは、あのふたりに、勝てる?」

「勝てる! 勝って証明するんだ、コンプが最強だって!」

「……なんで、なんっ、で、こんなふがいないレースしたあとに、そんなっ……」

 

 ぎゅっと目を瞑ったコンプの頭に、私は手を載せて、その頭をわしわしと撫でた。コンプが口を尖らせて、また顔を上げる。

 

「撫でるなー!」

「よし、元気出たね」

 

 私が笑って手を離すと、コンプは乗せられたことに気付いて頬を膨らませた。

 そんなコンプを、もう一度真っ直ぐに見つめて、私は口を開く。

 

「何の根拠もなく言ってるわけじゃない。――今日ぐらい敗因が明確なレースなら、次のプランも立てやすいからだよ。だから、今日だって無駄じゃない。無駄にしない。全部、コンプの最強伝説のための足がかりにするんだ」

「…………」

「今日は、折り合いを意識しすぎて控えすぎた。コンプはやっぱり、もっと前でレースをすべきだって解った。――次は、逃げながら折り合うんだ」

「逃げながら……折り合う」

「そうだよ。ただがむしゃらに逃げるだけじゃない走りの感覚を、コンプの身体は覚えたはずだ。それは絶対、次の、これからのレースで活きる。コンプはもっと強くなる!」

 

 ――言いながら、我ながら空元気だという自覚はあった。

 その言葉はコンプというより、自分自身に言い聞かせるための言葉だった。

 だけど、そんな空元気でも。――弱気で後ろ向きよりは、コンプのトレーナーに相応しいはずだ。最強というコンプの夢を一緒に目指すと誓ったのだから。

 

「……まったく、しっかたないなあ!」

 

 どん、と胸元に拳が叩きつけられて、軽く息が詰まった。

 私の胸元を叩いたコンプは――にっと笑って、顔を上げて、私を見つめた。

 

「そこまで言われたら、次こそ証明しないわけにいかないじゃない! やってやろうじゃないの! 前走は何だったんだって走り、見せてあげるんだから!」

 

 それもやっぱり、空元気なのかもしれないけれど。

 その虚勢を、本当の実力に変えていくために、空元気でも前を向こう。

 私はコンプと拳を突き合わせて、頷きあった。

 

 

 ――もうすぐ、夏合宿が始まる。

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