モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第108話 夏合宿スタート!

 夏合宿。それはトレセン学園の夏休み、学園総出で行われる大規模合宿である。

 教育機関としてのトレセン学園には当然夏休みが存在するわけだが、それはそれとしてトゥインクル・シリーズは1年中やっているわけである。中長距離のGⅠに出走するようなウマ娘にとっては秋のGⅠ戦線に備えての準備期間であり、短距離のウマ娘にとっては夏のスプリント戦線は本番と言ってもいい。もちろん、条件クラスのウマ娘は一歩でも先に進むべく休んでなどいられない。

 かくして、他に遅れを取るまいと、長期の夏合宿には学園の多くのウマ娘が参加する。学業その他から離れて純粋にトレーニングに打ちこめる夏合宿で大きく伸びるウマ娘も多く、夏から秋にかけてめきめきと力をつけてきたウマ娘は「夏の上がりウマ娘」と呼ばれるわけだ。

 もちろん私の担当の3人も、私と一緒に参加である。3人ともこのクラシック級の夏はいちばん大切な時期だ。それぞれの秋の目標へ向け、この夏が勝負を分ける。

 ――と、トレーナー側としてはどうしても肩に力が入ってしまうが。

 

「合宿だー、合宿だー♪ えっへへー、楽しみ!」

「クマっち、遊びに行くんじゃないってわかってんの?」

「まあまあ……いつもと違うところに行くって、やっぱりワクワクするし、ね」

 

 準備を済ませた3人と合流すると、ヒクマはもう出発前からハイテンションで、尻尾を振りながらぴょんぴょん跳ね回っている。コンプが呆れ顔をし、エチュードが苦笑するいつもの構図。

 

「あっ、トレーナーさん!」

 

 と、ヒクマがこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 

「みんな、準備できてる?」

「はーい! えへへ、ねえ、部屋割りどうなるのかな?」

「あー、あたしはクマっちのお守りから久々に開放されるのが何よりの楽しみだわ」

「ええー? ひどいよコンプちゃーん」

 

 コンプが肩を竦め、ヒクマが頬を膨らませる。

 

「そうか、合宿所の部屋割りは寮とは別なんだよね」

「はい。行きのバスの中で発表されるそうで……」

 

 エチュードが答える。と、そこへ「おーい!」と声が掛かった。

 

「もうすぐバスの時間だよ! 早く移動したまえよ!」

 

 手を振っているのは、黒い芦毛をベリーショートにした眼鏡のウマ娘だ。ヒクマたちの暮らしている栗東寮の寮長、オイシイパルフェである。

 

「あ、寮長さんだ! はーい、今行きまーす!」

 

 ヒクマが笑顔で手を振り、「行こっ! トレーナーさん!」と私の手を取った。何も手を繋いで行くこともないと思うけど……。苦笑しつつ、私はその手を握り返す。

 

「エーちゃん、ほら、あのぐらいさあ」

「無理! そっ、そんなの無理だよぉ……」

 

 コンプが意地の悪い顔で言い、エチュードが顔を赤くして俯く。……何の話をしているのだろう? 疑問には思ったが、ヒクマに手を引っぱられてそれどころではなかった。

 そうして大量のバスが停車する学園の駐車場に向かうと、先程の栗東寮長・オイシイパルフェが集まってくるウマ娘の点呼を取っている。

 

「バイトアルヒクマ君、ブリッジコンプ君、リボンエチュード君……それと、担当のトレーナー君だね。よろしい。それじゃあ君たちのバスはあれだよ。忘れ物はないか、お手洗いは済ませたか、出発前にしっかり確認するように」

「はーい! ってあれ? トレーナーさんは?」

「私は学園の職員バスだよ」

「ええー? そんなあー」

 

 残念そうに肩を落とすヒクマ。「ほら行くよクマっち」とコンプに促され、ヒクマは「じゃあトレーナーさん、またあとでねー!」と笑顔で手を振る。ぺこりと一礼するエチュードと、3人に手を振り返していると、オイシイパルフェが眼鏡の奥で何やら意味ありげな笑みを浮かべつつ私を見ていることに気付いた。

 

「……何か?」

「いや、担当トレーナーがウマ娘に慕われているというのはいいことだと思っただけだよ。ところでこれ、トレーナー君には直接関係ないけれど、一応目を通しておいてくれたまえ。私が美浦のオリノコと熟慮を重ねた力作だけれど、担当から相談を受けることもあるかもしれないからね」

 

 と、オイシイパルフェから冊子を手渡された。はあ、と受け取ったときにはもう、オイシイパルフェは別のウマ娘の案内に向かっている。何だろう、と冊子のページをめくってみると、どうやら今回の合宿の部屋割り表らしい。

 合宿所は4人1部屋。2人部屋の寮とはそれだけでだいぶ環境が変わるが……。

 担当3人の名前を探した私は――ほどなく、その部屋割りに目を見開いた。

 

「ちょっ――」

 

 しかしもうオイシイパルフェの姿は見当たらず、バスの発車時刻が近付いていた。

 不安になってくる。――この合宿、大丈夫なのだろうか?

 

 

       * * *

 

 

 ――合宿所へ向かうバスの車中。

 

「合宿所での部屋割りだけど、点呼のときに配ったカード、その裏に記されているのがそれぞれの部屋だ。合宿所に着いたら各自しっかり確認して、部屋を間違えないように!」

 

 栗東寮長、オイシイパルフェの言葉に、ウマ娘たちの返事が唱和する。

 その車内、コンプとヒクマ、エチュードは、エチュードのルームメイトであるマルシュアスと4人でまとまって座っていた。左右に2席ずつの座席配列、前列にエチュードとマルシュアス、後列にヒクマとコンプである。

 

「えーっと、わたし北棟407号室だって!」

「え? ……え、ちょっと待ってヒクマちゃん、私も……」

「ほえ? わ、エチュードちゃんと一緒だ! やったー!」

 

 前の席に身を乗り出してヒクマがはしゃいだ声をあげる。エチュードは気心の知れた相手が合宿でも同室とわかってほっとしている様子だった。

 

「エーちゃん、クマっちの世話任せた」

「う、うん、がんばるよ」

「ええー。ふたりともわたしのことなんだと思ってるのー」

 

 頬を膨らませるヒクマに、みんなの笑いが弾ける。「むー」と口を尖らせながら、ヒクマはマルシュアスに目を向ける。

 

「マルシュちゃんは?」

「あたしは……西棟225号室だって。建物も別だね」

「え、西の225? マルちゃん、あたしと一緒じゃん」

「あ、ホントだ! はえー、コンプちゃんと一緒かあ。よろしくね!」

 

 マルシュアスなら気心の知れた相手である。コンプも内心でほっと息を吐いた。別に知らない相手と同室になっても平気だけれども、知った相手がいるのはやはりほっとする。

 

「てゆか、なんかルームメイト交換みたいになってるじゃない」

「えへへ、それもなんだか楽しいね!」

 

 尻尾を振るヒクマは、それからふっと窓の外に目を向けた。

 

「……キャクタスちゃんも一緒だったら良かったのにね」

 

 その言葉に、コンプもエチュードも一瞬押し黙る。――骨瘤で休養中のミニキャクタスは、この夏合宿も不参加だった。トレーナーによると、合宿で無理をさせたくない、という小坂トレーナーの判断だったらしい。

 2月にミニキャクタスが戦線離脱してから5カ月。もうしばらく顔を見ていない。秋には間に合うという話だったけれど、一番悔しいのは本人なんだから、あたしたちが辛気くさい顔しても仕方ないじゃない――と、コンプが言いかけたとき。

 

「やあ、ちょっといいかな?」

 

 4人の席に歩み寄ってくる影ひとつ。寮長のオイシイパルフェだ。

 

「あ、寮長さん!」

「4人とも、部屋割りはそこに書いてある通りだよ。それぞれ残り2人が気になるところだろうけど――それはまあ現地でのお楽しみということで。この夏合宿を有意義なものにしてもらえることを願っているよ」

「はあ」

「というわけで、部屋割りについての苦情はよほどの事情がないかぎり受け付けないので、そこのところはよろしくね?」

 

 ひとつウインクをして、オイシイパルフェは他の席のウマ娘たちのところに向かう。4人はきょとんと顔を見合わせた。

 

「どゆこと?」

「さあ……」

 

 

       * * *

 

 

 そして、たどり着いた合宿所。

 ヒクマとエチュードは別の建物に向かうコンプとマルシュアスと別れ、荷物を抱えて自分たちの部屋がある北棟の4階に向かった。

 

「同じ部屋になるの、どんな子だろーねー? 仲良くなれるといいなあ」

「……うん、そうだね」

 

 楽しそうなヒクマに、エチュードは少し緊張しながら頷く。ヒクマが一緒なのは心強いけれど、やはり合宿の間、知らない誰かと同室になるというのは緊張する。上手くやれるといいのだけれど……。うう、コンプちゃんも一緒だったらなあ……。

 部屋の前にたどり着く。ドアを開けると、同室のふたりは既に来ていたらしく、中から話し声が聞こえてきた。

 

「――で、なんでまたお前が同じ部屋なんだよ! 寮とは別じゃねーのかよ!」

「私は問題児の監視役です。オイシイパルフェ寮長からも直々に、貴方から目を離さないようにと言付かっていますから。まあ、言われなければ私から志願しましたが」

「あんだよそれ。やっぱりお前あたしのこと好きすぎだろ」

「違います! 全く、自分の立場を解ってるんですか? 貴方はリードサスペンス会長の温情で合宿参加を許された身なんですよ。貴方の問題行動は私たちの世代全体の評判にまで関わってくるんですから、しっかり反省して、この合宿の間は身を慎んで、真摯にトレーニングに励んでください。私がしっかり見張っていますからね」

「あーもうお説教は聞き飽きたぜ!」

 

 聞き覚えのある声に、エチュードはヒクマと顔を見合わせる。と、中にいたふたりがこちらに気付いて視線を向け――ふたりとも目を見開いた。

 

「おう、クマじゃんか。なんだ、同室お前かよ。そっちは……知らねー顔だな」

「リボンエチュードさんですよ。――ルームメイトは貴方たちでしたか。このジャラジャラさんがご迷惑をお掛けするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 ジャラジャラは気安く手を挙げ、エレガンジェネラルが礼儀正しくお辞儀する。

 

「わ、ジャラジャラちゃんにジェネラルちゃんだったんだ! すごいすごい! 合宿の間よろしくね!」

 

 ヒクマは無邪気にはしゃいだ声をあげる。――その後ろで、エチュードは固まっていた。

 ――世代ティアラ3強と同室って、私、ちょっと、あまりに場違いすぎるんじゃ……?

 

 

       * * *

 

 

 一方、西棟2階。

 コンプとマルシュアスの225号室はまだ同室の残りふたりが来ておらず、先に部屋に入ったコンプとマルシュは畳の上に身を投げ出して天井を見上げた。

 

「あー、バス移動疲れたぁ……」

「ホント、レースのときみたく新幹線で行きたかったわ……」

 

 コンプとマルシュは顔を見合わせ、ふたりで苦笑し合う。

 

「いやー、クマっちが一緒じゃないって楽でいいわー。クマっちいたら絶対はしゃぎまくってるところだもん」

「大変そうだねー、コンプちゃん」

「マルちゃんこそ、普段エーちゃん相手だと気遣わない?」

「んー、まあね。でもあたしがぐじぐじしてるときはエチュードちゃんに気遣わせてると思うから、そこはおあいこかなーって。ほら、それにエチュードちゃんって、あたしよりオトナの階段一歩先に上ってるからさ、リスペクトして応援してるから!」

「上ってるかなあ……?」

 

 トレーナーの件については、エチュードは全く進歩がないとコンプは思うのだが。まあ、自分たちが学生で向こうが大人である限り、進歩があったらあったで問題ではあるのだろうけれども、それはそれとしてトレーナーと担当ウマ娘が引退後そのまま、という話もまたありふれているわけで……。

 ――何か不埒な想像が頭をよぎって、コンプは慌てて首を振ってそれを払った。

 

「どったの? コンプちゃん」

「……なんでもない。ていうかさ」

「ん?」

「マルちゃん、なんか最近ちょっと前よりオトナっぽくなった?」

「え? ホント? あたしオトナっぽくなった!?」

 

 目を輝かせて、ずずいと詰め寄ってくるマルシュアス。コンプは肩を竦めた。

 

「訂正。そーゆーところはオトナっぽくない」

「ええー! なにそれコンプちゃん!」

 

 マルシュアスは頬を膨らませて、座布団をコンプに放り投げる。それをキャッチして投げ返してやろうと、コンプが振りかぶったとき。

 

「こらーっ、いけませんよ! バイタル注意です! 枕投げは夜になってから!」

「委員長、投げてるの枕じゃなくて座布団だと思うよぉ?」

 

 ドアが開いて、同室の残りふたりが顔を見せた。その姿に振り向いて――。

 

「うえ」

「げっ」

 

 一番見たくない顔を見たふたりが、どちらからともなく呻き声をあげた。

 

「どしたの? コンプちゃん」

「チョコチョコさん、固まってどうしましたか! まずはご挨拶ですよ! 同室となりました学級委員長のバイタルダイナモです! どうぞお気軽に委員長とお呼びください!」

 

 空気を読まずに名乗りを挙げるバイタルダイナモの横で。

 ――不倶戴天のふたりは、お互いに寮長から告げられていた「苦情は受け付けない」という言葉の意味を理解して、固まっているところだった。

 

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