モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第11話 模擬レース!

 芝コースに人だかりが出来ているのに気付いて、ジャラジャラはウォーミングアップの手を止めて振り返った。

 

「なにやってんだ、あっこ」

「模擬レースだそうですよ。私たちと一緒に選抜レースで走った子が出ているようです」

 

 近くでストレッチしていたエレガンジェネラルが答える。別に一緒にトレーニングしているわけではなく、たまたまウォーミングアップを始めた場所が近くだっただけである。

 

「ほーん。ちょっくら見物してくっか。トレーナー、ちょっとぐらいはいいだろ?」

 

 ジャラジャラが視線を向けると、トレーナーは苦笑交じりに頷いた。「余裕ですね」とエレガンジェネラルは渋い顔。

 

「なんだ、お前は見に行かないのかよ?」

「まだライバルの情報収集をする時期でもないでしょう。今は自分のトレーニングを優先するべきです」

「模擬レースやるって情報は仕入れてるくせにか?」

「たまたま聞こえてきただけです」

 

 どうだか。ジャラジャラは肩を竦めて、芝コースの方へ足を向けた。

 

 

       * * *

 

 

「いっくぞー!」

 

 スタートと同時、一気にダッシュを決めて先陣を切ったのはやはりブリッジコンプだった。選抜レースや、リボンエチュードとの併走でも思ったが、スタートの思い切りの良さとダッシュ力には目を見張るものがある。

 

「あっ、このっ、待てブリッコ!」

 

 やや出遅れたデュオスヴェルが、強引に前に出てそれを追っていく。やはりこのふたりが暴走気味にレースを引っぱる展開になるようだった。

 バイトアルヒクマはそのふたりの後方、2バ身ほど離れたところで追っていく。その内側、半バ身ほどの差でミニキャクタスが息を潜めるように追走する。

 リボンエチュードとオータムマウンテンは、さらに3バ身ほど後方からのスタート。悠然としたペースで走るオータムに、エチュードはぴったりとくっついていく。

 400メートルを通過したあたりでデュオスヴェルがブリッジコンプに追いつき、激しくハナを主張し合う。潰し合い上等の競りかけも結構だが、大丈夫だろうか。

 バイトアルヒクマは、横にぴったりとついているミニキャクタスをさほど気にする様子もなく、ハイペースで飛ばすブリッジコンプとデュオスヴェルについていく。それでいい、と私は頷いた。ジャラジャラとエレガンジェネラルに勝つなら、先行型のヒクマはあのジャラジャラのハイペースの逃げについていって、楽に逃げさせないことが肝要だ。

 先頭のふたりがコーナーに入る。選抜レースでは競り合いに夢中になって派手に逸走したふたりだが、さすがに学習したようで、内を行くブリッジコンプがやや先行しながらコーナーをカーブしていく。

 バイトアルヒクマは2バ身差をきっちりキープして追走。ミニキャクタスはその後ろでじっと機をうかがっている。後方のオータムマウンテンとリボンエチュードはマイペースに走っており、かなり離されていた。もう10バ身ほど差がついているだろうか。

 800を通過。残りは半分。まだ先頭ではブリッジコンプとデュオスヴェルの競り合いが続く。この右回りの芝コースは、阪神レース場を模して3コーナーから4コーナーが坂になっていて、中間の800を過ぎたところからがゆるやかな下りだ。下りで脚を浪費せず貯められるかが鍵になる。

 ブリッジコンプのペースが明らかに速い。下りで必要以上に加速してしまっている。ややブリッジコンプに離されるが、ヒクマは慌てずにペースを保っていた。よし、それでいい。何も考えずに走っているようで、この子にはレースの勘所を押さえる地頭がある。

 

「はぁっ、はぁっ――ううううっ!」

 

 ブリッジコンプの息が上がった。下りでの加速で、コーナーの終わりで大きく膨らんで失速する。それを待っていたように、デュオスヴェルが直線に入ったところで一気に前に出た。

 

「おっ先ー! ふははー! いつまでもボクの前を行けると思うなよー!」

「あああっ! くそっ、くそぉぉぉっ! うううう――っ」

 

 ブリッジコンプはもう脚が残っていない。悔しそうに顔を歪めながら後退していく。残り400。それをかわして――バイトアルヒクマが2番手に上がった。直線に入って、一気にスパートをかける!

 

「げっ! なんか来た! こっちくんなー!」

 

 前に出たデュオスヴェルだが、ハイペースの逃げで消耗しているのはそちらも同じだ。みるみる迫ってくるバイトアルヒクマに、慌てながら歯を食いしばって逃げる。

 行け。私が拳を握った瞬間、ヒクマの右足がぐっとターフを踏みしめ――加速。

 

「いっくよー!」

「くああああっ! ちっくしょおおおお!」

 

 伸びを欠くデュオスヴェルに一息に並び、一気にバイトアルヒクマが先頭に立った。

 心底楽しそうな笑顔で、バイトアルヒクマは前に誰もいないターフへ躍り出る。

 行け、行け、そのまま行け!

 私がそう、祈るように身を乗り出した瞬間――。

 

 残り100。

 バイトアルヒクマの内から――その小さく身を潜めた影が、閃光のように駆け抜けた。

 

「――ッ!」

 

 ヒクマが目を見開く。ほんの一瞬、並ぶ間さえなく、電撃のごとく刹那。

 ミニキャクタスが、信じられない加速でヒクマを抜き去った。

 速い。ぞくり、と背筋に冷たいものが走って、私は身震いする。

 なんだ、あの末脚は。あれが――あんな末脚の持ち主が、今までほとんど誰にも注目されずに、選抜レースの後もひとりで黙々とトレーニングをしていた? そんなバカな!

 あっという間にミニキャクタスの背中が遠ざかる。ヒクマだって全力のスパートをかけているのに、スピードがまるで違う。そして――。

 

「スヴェルちゃ~ん、お先に失礼しますね」

「うえええ、オータムぅぅぅ」

 

 残り50メートルを切ったところで、いつの間にか後方からオータムマウンテンが悠然と追い込んできていた。ゴール寸前で、ヒクマはオータムにもかわされ――。

 

「ゴールッ!」

 

 ゴール判定担当のウマ娘が右手を挙げた。

 1着、ミニキャクタス。2着、1バ身半差でオータムマウンテン。バイトアルヒクマは――さらに半バ身差で3着。以下、デュオスヴェル、リボンエチュードが続き、最後にブリッジコンプがへろへろになりながらゴールした。

 ブリッジコンプとデュオスヴェルが仲良くそのまま芝生に倒れこみ、リボンエチュードも膝に手を突いて荒く息を吐く。オータムマウンテンがデュオスヴェルに歩み寄り、「大丈夫ですか~?」と手を差し伸べていた。

 そして、バイトアルヒクマはゆっくりと足を止め――。

 

「…………」

 

 ターフに立ち尽くした、ミニキャクタスを見やる。ミニキャクタスは一着でゴールしたことに対する喜びも、それ以外の何の感情もその顔に浮かべることなく、ただぼんやりと空を見上げていた。

 遅れて、ギャラリーから歓声があがる。見物していたトレーナーの何人かが、「ちょっと待って、あの子誰?」「なんだあの末脚……」「オータムマウンテンに勝ったぞ」「あんなウマ娘いたか?」とどよめいていた。

 その歓声とどよめきの中――ヒクマは、ゆっくりとミニキャクタスに歩み寄る。ミニキャクタスがそれに気付いて、困ったような顔で振り返った。

 その顔を、正面から見つめたヒクマは――。

 

「……キャクタスちゃん」

「――――」

「すごいね! すごいすごい! なにあのスピード、どうやったの!?」

 

 その目を大きく見開いて、興奮した顔で、ミニキャクタスの手を握って身を乗り出した。

 ミニキャクタスは目をしばたたかせ、そしてまた、心底戸惑ったように視線を逸らす。

 

「……別に、なにも」

「う~っ、また負けちゃった! でも、次は負けないよ! 絶対負けないから、また勝負しようね! ね!」

 

 笑顔でぶんぶんと握った手を振るヒクマに、ミニキャクタスは困惑しきった様子でただ目を伏せる。――あの子は、他人から構われることに慣れていないだけなのかもしれない。

 

「うーん、あの末脚は予想外でしたね~。残り50メートルで全員追い抜けるはずだったんですけど。完敗です」

 

 と、そこへ頬に手を当てながら、オータムマウンテンが歩み寄る。

 

「クマさんもいい走りでした~。クマさんはティアラ路線でしたっけ?」

「えと、そうだけど、クマじゃないですー! バイト・アル・ヒクマ!」

「そちらは? あなたはティアラですか? それとも三冠?」

「…………まだ、決めて、ないです」

 

 オータムに話を振られ、ミニキャクタスは絞り出すように答える。

 

「あらあら、三冠路線に来られたら困っちゃいますねえ。こんな強いライバルがいたんじゃ大変です。できればティアラの方に行っていただけると助かりますね~。じゃあ、私はこれで。クマさんも今日はありがとうございました。楽しいレースでしたよ~」

 

 飄々と手を振って、オータムマウンテンはぐったりしているデュオスヴェルを連れてコースを去っていく。「クマじゃないですってばー!」とヒクマは口を尖らせてそれを見送っていた。

 ――そうして、さらにそこへ。

 

「ちょ、ちょっと君、いいかな?」

「お話させてほしいんだけど!」

 

 見物していたトレーナーたちが、ミニキャクタスの元へ集まってくる。あの走りを見たら当然だろう。ミニキャクタスは突然自分の周囲に集まってきた人だかりに、パニックになったように視線を巡らせ、

 

「……わ、私も、し、失礼、します」

 

 そして――逃げ出すように、その場から走り出してしまう。

 

「あっ、待って!」

「追うぞ! あんな才能逃がせるか!」

 

 トレーナーたちが慌てて追いかける。ぐんぐん遠ざかるミニキャクタスの背中に、ヒクマは大きく手を振って、声を張り上げた。

 

「キャクタスちゃーん! また勝負しようねー! 約束だよー!」

 

 その声が、ミニキャクタスの背中に届いていたかどうかは、定かではない。

 

 

 

 ビリに終わって地団駄を踏んでいるブリッジコンプを、リボンエチュードがなだめている。それを横目に見ながら、私はヒクマに歩み寄る。

 

「お疲れ様。どうだった?」

「あ、トレーナーさん! うん、楽しかった、すごく楽しかったよ! でも――」

 

 大きく両手を挙げて、笑顔でそう答えたヒクマは、けれど次の瞬間、

 

「う~~~~~っ、また負けたぁ! 悔しい! 前より速くなったと思ってたのに!」

 

 ぎゅっと目を瞑り、ぶんぶんと両手を振って悔しがる。――うん、この素直な感情表現ができるなら、ヒクマは大丈夫だ。私は頷いて、ぽんぽんとヒクマの頭を撫でた。

 

「速くなってるよ、ヒクマは」

「え? トレーナーさん、そうなの?」

「うん。選抜レースのときよりタイムは良かった。大丈夫、ちゃんと成長してる」

 

 私がストップウォッチを見せると、ヒクマの顔がぱっとほころぶ。

 

「あ、ホントだ! よーし、じゃあもっと頑張って、次はキャクタスちゃんに勝つぞー!」

 

 えいえいおー! と拳を突き上げるヒクマに、私も一緒になって拳を振り上げる。

 

「そうだ、次は勝つよ! ヒクマ!」

「うん! 絶対勝ーつ!」

 

 このヒクマの底抜けの前向きさに、一番勇気づけられているのは、私自身かもしれない。

 この子を勝たせてあげたい。1着でゴール板を駆け抜けるヒクマの姿を見たい。

 デビュー戦まで残り数ヶ月。やれることはなんでもやろう。私はそう、心に誓った。

 

 

       * * *

 

 

 芝コースの方で歓声があがる。どうやら模擬レースが決着したらしい。

 エレガンジェネラルがウォーミングアップを終え、そろそろトレーニングを始めようとしていたところへ、見物に行っていたジャラジャラが戻って来た。

 無視してトレーニングを始めても良かったが、ジェネラルは一応声を掛ける。

 

「……どうでした? 模擬レース」

「お? おお――」

 

 問われたジャラジャラは、不意を打たれたように顔を上げ、そして――心底楽しそうな、攻撃的な笑みを浮かべて、ぱん、と拳を打ち鳴らした。

 

「すげえ面白い奴がいたぜ。ティアラ路線に来ねーかな、あいつ」

「――へえ。どちらの方です? 名前は?」

 

 前評判の高いオータムマウンテンのことだろうか。ジェネラルが問うと、ジャラジャラはきょとんと目を見開き、それからばつが悪そうに頭を掻いた。

 

「しまった、名前聞くの忘れてたや」

「……何をやってるんですか、ジャラジャラさん。もういいです」

 

 ジェネラルは嘆息する。そこへトレーナーから声がかかり、ジェネラルは踵を返して自分のトレーニングに向かった。

 

「あいつ、なんて名前だったんだ? あーもう、顔もよく思い出せねえ」

 

 そしてジャラジャラはしきりに首を捻り、1着になったウマ娘の顔を思い出そうとしていた。

 

 

       * * *

 

 

 ミニキャクタス、というその名前を彼女たちが認識するのは。

 その名前が、このふたりと並び称されるようになるのは、もっと後の話になる。

 

 そして、それからさらに後のウマ娘ファンたちは、飽かぬ議論を繰り返すことになる。

 ――あのティアラ最強世代のうち、最も強かったのは誰だったのか?

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