モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第109話 アオハル三角関係

 めちゃくちゃ空気が冷え切っている。

 合宿所の西棟225号室は、そのふたりが顔を合わせた瞬間から、夏の盛りとは思えない冷房いらずの空気が張り詰めていた。

 

「…………」

「…………」

 

 荷物を投げ出して畳の上に寝転がったチョコチョコと、その対角線上でむっつりと窓の外を眺めているブリッジコンプ。最初に顔を合わせた瞬間から、ふたりとも完全に沈黙して目も合わせようとしない。

 

「チョコチョコさん! いけませんよ! ルームメイトに御挨拶しなくては!」

「眠いの」

 

 揺さぶるバイタルダイナモに、微塵も眠そうではない声でチョコチョコが答える。

 それをコンプの隣で見ながら、マルシュアスはコンプの横顔を横目に見やる。

 めちゃくちゃ不機嫌そうな顔。――いや、犬猿の仲だってのは聞いてたけどさあ。

 マルシュアスは溜息をつく。寮長さん、なんでよりにもよってこのふたりを同じ部屋にするんですか。巻き込まれるあたしの身にもなってくださいよ――。

 

「申し訳ありません、チョコチョコさんはお疲れのようです! 改めましてよろしくお願いいたします! 学級委員長のバイタルダイナモです!」

 

 と、バイタルダイナモがふたりに歩み寄ってきて、全く空気を読まない能天気な笑顔で正座して頭を下げる。「あ、ども……」とマルシュアスも一礼。

 

「えと、あたしは……」

「学級委員長として存じ上げておりますとも! 青葉賞2着、日本ダービー5着のマルシュアスさん! そして京王杯3着、葵ステークス2着のブリッジコンプさん! 同期の実力ある方と同室となれまして光栄です! この夏合宿、有意義に切磋琢磨いたしましょう! 何かありましたらこの学級委員長にお任せください!」

 

 どんとドヤ顔で胸を叩くバイタルダイナモ。もちろんマルシュアスも彼女のことは知っている。路線は違うとはいえ、同期の重賞ウマ娘だ。というかスプリンター3人の中に放り込まれてあたしにどうしろと?

 マルシュアスが曖昧に頷いていると、コンプが窓から視線を戻してダイナモに向き直り、疲れ切ったような溜息をついた。

 

「……どーも、よろしく」

「はい! よろしくお願いします!」

「じゃあさ、えーと、委員長? さっそくひとつ頼まれてくんない?」

「もちろんです! バイタル相談室です、なんなりと!」

「寮長に、あたし別の部屋に変わるって伝えておいて。北棟のクマっちのとこ行くから」

「え、ちょっとコンプちゃん――」

「わかりました! バイタル了解です! 行って参ります!」

 

 ダイナモは敬礼すると即座に立ち上がり、ダッシュで部屋を出ていく。嵐のような勢いにマルシュアスが茫然としているうちに、コンプは荷物を手に取って立ち上がった。

 

「マルちゃんも来る?」

「え? いやいやいやコンプちゃん、そんないきなり――」

「――――ちょーっとお待ちください! バイタル思い出しました!」

 

 と、飛び出していったダイナモが嵐のように戻ってくる。

 

「オイシイパルフェ寮長から言付かっておりました! 部屋替えの希望に関してはよっぽどの事情がない限り受け付けないと! まして初日からの部屋替えなどもっての他とのことです! というわけで申し訳ありませんがそのご希望には添えません! バイタル阻止します!」

 

 部屋のドアの前に両手を広げて立ちはだかるダイナモ。コンプは荷物を置いて溜息をつく。――と、壁の方を向いて寝転がっていたチョコチョコがぼそりと呟いた。

 

「ふーん。……逃げるのはレースだけじゃないってわけだ」

「……あんですって?」

 

 コンプが眉間に皺を寄せて振り返る。ごろりとこちらに身体を向けたチョコチョコが、つまらなさそうな顔でコンプを見上げる。

 

「偉そうに自分が最強だとか大口叩いてたのが恥ずかしくなったんでしょ? 12着さん」

「――――ッ」

 

 コンプが何か叫びかけて、歯を食いしばってそれを堪える。うわあ、とマルシュアスは頭を抱えた。……先日のCBC賞、チョコチョコが重賞初制覇を飾り、ブリッジコンプは12着に沈んだレースは当然マルシュアスも部屋で観ていた。

 

「身の程知らずはそーやって、目の前の現実から逃げてるのがお似合いだよ。……ふあ。勝手にどこへなりとも行って、優しいトレーナーにでも慰めてもらえばいいさ。おやすみ」

 

 欠伸をして、また壁の方に背を向けるチョコチョコ。ダイナモは困ったようにチョコチョコとブリッジコンプを交互に見やり、マルシュアスはいたたまれなくなって窓の外に視線を逸らした。室内の空気は既に氷点下である。どーすんの、この状況……。

 ――と、その空気をぶち壊すのは、やはり空気を読まない約一名である。

 

「チョコチョコさん! このところご機嫌斜めなのは学級委員長として把握していますが、ルームメイトにまでそんな態度はバイタル大減点ですよ! 八つ当たりはいけません!」

 

 ダイナモが腰に手を当てて、背中を向けたチョコチョコに声をあげる。コンプがダイナモの方を見て目をしばたたかせた。

 

「そういえばレイさんが仰っていましたよ! ヤキモチを妬くならちゃんと当の本人に妬くべきだと! 恋敵に当たってもユイさんは振り向いてくれません!」

「――――はぁっ!?」

「……は?」

 

 がばっとチョコチョコが跳ね起きてダイナモを見上げ、コンプは目を丸くする。

 

「ちょっ、委員長!? いきなり何言い出すのさあ!?」

「ですから、ユイさんがブリッジコンプさんを意識していることにヤキモチを妬いているのでしたら、それはちゃんとユイさんに伝えるべきであって、ブリッジコンプさんに当たっても仕方ありませんということです! 恋のバイタルお悩み相談です!」

「なあああああああああああああああ!?」

 

 チョコチョコの声にならない悲鳴が、合宿所西棟に響き渡った。

 

 

       * * *

 

 

「え、ちょ、マ? 委員長、それチョコとこの子の目の前で言ったのぉ?」

「はい! いけませんでしたか?」

「……あー、いやまあ、うん、いーんじゃない? チョコにも自覚は必要っしょ?」

 

 ――数分後、225号室の中の人数はひとり減って、ひとり増えていた。

 減ったのはチョコチョコ。バイタルダイナモの爆弾発言に百面相のようにめちゃくちゃな表情をした挙げ句、部屋を飛び出して行ってしまったのである。

 で、それと入れ替わりに「なんの騒ぎぃ?」とやって来たのが、この栗毛のギャルっぽいウマ娘である。彼女はダイナモの寮のルームメイトで、ソーラーレイと名乗った。

 ソーラーレイはブリッジコンプの方をしげしげと見やる。コンプはぶすっと口をへの字にして腕組みしていた。

 

「……つまりなに? あいつ、あの三つ編み眼鏡があたしのことライバルだって言ったのが気に食わなくて、今まであたしに突っかかってきてたってわけ?」

「ま、そーゆーことねえ。チョコの奴、はたから見てても露骨なぐらいユイに執着してるもんねー。ユイが自分以外をライバルだって思ってるのが許せないんしょ」

「なによそれ……」

 

 コンプは盛大に溜息をつく。……いやまあ、ちょっと気持ちはわかるかも、とマルシュアスは思った。ランデブーさんが自分以外の後輩に目をかけてたら、正直ジェラシーを燃やさずにいる自信はない。

 

「だからチョコさん、CBC賞を勝ったあともご機嫌斜めだったわけですね! ブリッジコンプさんを倒して重賞を勝ったのに、ユイさんの態度が変わらなかったから!」

「そーゆーことだろーけど、大きな声で言ってやりなさんなよー委員長。ま、そーゆーことだからさあ、うん」

 

 曖昧に頷くソーラーレイに、コンプは顔を上げて。

 

「……あの三つ編み眼鏡、今もあたしのことライバルだって思ってるってこと?」

「ん? まー、本人から直接聞いたわけじゃないけどさあ、CBC賞の後もチョコが荒れてるってことはそーゆーことっしょ」

「ふーん……そっか、そっか!」

 

 と、コンプが立ち上がると、鞄を開けて中からジャージを取りだした。

 

「コンプちゃん?」

「あ、マルちゃん、あたし走ってくる。じゃ!」

 

 そしてその場で一瞬にしてジャージに着替えると、コンプはそのまま部屋を飛び出して行く。――ちらりと見えた横顔は、見るからに明るくなっていた。

 

「……あー、あっちもあっちで大概かあ。なーんでみんなあのコミュ障ミステリオタクにイレ込むかなー」

「それはもちろん、今のところユイさんが世代短距離筆頭だからでしょう!」

「んなことはあたしも知ってるっつーの!」

 

 ダイナモとソーラーレイのそんなやりとりを聞きながら――マルシュアスは。

 ――お、オトナだ……! 三角関係だ……! エチュードちゃんだけじゃなく、コンプちゃんのところでも青春少女漫画が始まっちゃったよ……! アオハルだあ!

 頬に手を当てて、いいなあ、と溜息をついているのだった。

 

 

       * * *

 

 

 合宿所東棟、317号室。

 荷ほどきもそこそこに、バスの中で読んでいたミステリの続きを読みふけっていたユイイツムニは、不意に鼻がむずむずして、小さくくしゃみをした。

 

「大丈夫ですか~? はい、どうぞ~」

 

 同室になったオータムマウンテンがポケットティッシュを差し出してくる。小さく目礼してそれを受け取り、鼻を拭いながらユイイツムニは本に栞を挟んで閉じた。ちょうど解決編に入りそうなあたりだったので区切りがいい。

 鞄からジャージを取り出すと、荷物の整理をしていたプチフォークロアが顔を上げる。

 

「ユイイツムニさん、ランニングですか? せっかくですからご一緒しても?」

「…………」

 

 ムニは無言で頷きながらジャージに着替える。「じゃあ、せっかくですから私も~」とオータムマウンテンも立ち上がった。

 

「ミークさんもご一緒にいかがですか~?」

「…………ん、行きます」

 

 もうひとりのルームメイト、ハッピーミークも立ち上がる。

 この面々と部屋で顔を合わせたとき、ユイイツムニが思ったことはひとつだった。

 ――静かに、読書に集中できそう。

 どうやら快適な合宿になりそうだと、ムニは思った。

 部屋が別れたチョコチョコの身に起きた災難など、知るべくもないのだった。

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