モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第113話 挑戦する者とされる者

 顔を合わせてしまったからって、何か言うべきことがあるわけでもない。

 口を開けばどうせまた無為な言い合いになるに決まっている。だからチョコチョコは、黙ってその横を無視して通り過ぎようとした。――が。

 

「待ちなさいよ」

 

 ブリッジコンプに腕を掴まれ、チョコは眉間に皺を寄せて振り返る。

 

「……なにさ」

「これから合宿中、毎日同じ部屋で顔付き合わせるなんて、お互い御免でしょ。――だったら負けた方が部屋を出てくって条件で勝負。どう?」

 

 コンプの言葉に、チョコは眉を寄せて鼻を鳴らした。

 勝負? そんなものはもう、CBC賞で完全についているではないか――。

 

「……一応確認しとくけど、条件は?」

「そこの砂浜、直線1000メートル併走」

 

 なんだ、走り以外の勝負でだまし討ちというわけでもないのか。チョコは肩を竦めた。

 

「ダートなら勝てるって? 舐められたもんだなあ。――何回やったって一緒だよ」

「さて、どうだか。――受けるってことでいいのね?」

「……いいじゃん。今度こそその鼻っ柱、粉々にして海に撒いてあげるよ」

「それ、そっくり同じ言葉返しとくから」

 

 言って、ブリッジコンプは砂浜へ降りていく。その背中を見ながら、チョコは息を吐いた。――あいつ、どういうつもりだろう。短距離のレースに紛れがあるのは、短い距離を大勢のウマ娘が一斉に走るからだ。一対一の併走なら、純粋な実力勝負。あっちは逃げて、こっちはそれを目標にして差し切るだけ。――先程リードサスペンスとやった併走の疲れはまだ残っていなくもないが、それを差し引いても、これまでのレースで一緒に走った感触からして、負けるイメージが浮かばない。

 何か秘策でもあるのか? それとも、単に部屋を出ていく口実が欲しいだけか?

 訝しみながら、チョコもコンプの後を追って砂浜に降りる。軽くストレッチをするコンプの横に立つと、おそらく合宿のトレーニング用なのだろう、砂浜にハロン棒が立っていることに気付いた。なるほど、これなら1000メートルがわかりやすい。

 

「ここからあそこまで、ハロン棒5本分」

「オーケー。じゃ、スタートの合図はこれで」

 

 チョコも軽く屈伸して息を整えると、拾った貝殻を高く放り投げた。コンプと並んで体勢を構え――砂の上に貝殻が落ちた瞬間、砂を蹴立てて走り出す。

 ――なるほど、やっぱりスタートは大したもんだね。

 チョコもスタートは決して苦手ではないが、コンプのロケットスタートは砂の上でも見事なものだった。出脚で1バ身の差をつけられ、チョコは黙って斜め後ろからコンプの背中を追う。

 ――けど、所詮あんたの逃げはそれだけだよ!

 残り200でスパート。一気にコンプの横に並ぶと、顔を歪めたコンプをかわして、ゴールの瞬間にはきっちり半バ身先着。イメージ通りの勝利だった。

 なんだ、自分から突っかかってきておいて、結局この程度か――。

 やっぱり、ムニっちとは格が違う。ムニっちなら半ばで息を入れて最後の1ハロンでもうひと伸びするけれど、こいつにはそれがない。ただスタートの勢いのまま突っ走るだけのワンペース。だから差す側にしてみれば目標にしやすいのだ。

 

「ほい、あたしの勝ち。――身の程、知ったでしょ?」

 

 膝に手を突いたコンプを見下ろして、チョコが告げる。――と。

 顔を上げたコンプは、不敵に笑っていた。

 

「ま、1本目はこんなもんでしょ。じゃ、2本目いきましょ」

「は? ――はあ?」

 

 思わず声を上げて、チョコは自分の確認漏れに気付いて舌打ちした。確かに、この栗毛のチビは1本勝負とは言っていなかった。……しかし、まさかそんな狡いことを。

 

「なによ。――何回やったって一緒なんでしょ?」

 

 煽るように言うコンプに、チョコは唇を噛む。安い挑発だ。こんなくだらない勝負に乗ってどうする。――理性はそう自分に告げているけれど。

 ここまでコケにされたら、徹底的に叩き潰してやらないと気が済まない。

 

「……いいじゃん。ブッ潰してやる」

 

 

       * * *

 

 

 そうして、砂浜の5ハロンをいったい何往復しただろうか。

 2回目もチョコが先着した。3回目も、4回目も。

 だけど、その差が少しずつ、少しずつ詰まっていった。

 5回目、6回目、7回目。

 

「い、今、あたしが、先着、したでしょ」

「はっ、はあ? こっちが、勝ってたに、決まってん、じゃん」

 

 8回目、9回目――、

 

「勝った、勝った、今絶対あたしが勝った……っ!」

「んなわけないでしょ、ハナ差こっちの勝ちだっての……っ」

 

 10回目――。とうとうお互い、どっちが勝ったのかさえわからなくなって。

 ふたりとも、力尽きるように、砂浜の上に仰向けに倒れこんだ。

 もう呼吸すらしんどい。頭がくらくらする。指一本動かす力もない。チョコは砂の上で夕焼けに染まった空を見上げて、それから視線だけで隣に倒れたコンプを見た。

 コンプも汗だくで砂の上で喘ぎながら、ちらりと視線だけでこちらを見て。

 目が合った瞬間、お互い全力で視線を逸らして空を見上げた。

 ――何やってんの。バカみたいに熱くなって……。これじゃ古臭い青春漫画じゃん。

 チョコは自分に呆れて大きく溜息をつく。古臭い漫画ならこれでお互い認め合って友情が芽生えるシーンかもしれないが、隣で喘いでいる栗毛のチビに対する感情は、相変わらずムカムカするばかりだった。

 ――いったいこいつ、何がしたいのさ。こんなバカみたいな勝負して……。

 

「つ、ぎ……もう、1本……」

 

 と、隣から起き上がろうとする気配と、呻くようなそんな声。

 バカか。まだやる気なのか。もういい加減にしてくれ――。

 チョコが目を閉じて、疲労に身を委ねていると。

 

「……なにやってるの? ふたりとも……」

 

 突然、聞き慣れた第三者の声が割り込んだ。

 

「…………ムニっち?」

 

 目を開けると、ユイイツムニが不思議そうな顔でチョコとコンプを見下ろしていた。

 ムニはチョコとコンプを交互に見て、不思議そうに首を傾げる。

 

「……一緒に併走? いつの間にそんなに仲良しになったの」

「誰が!?」

 

 思わずふたり同時に声をあげて起き上がっていた。ムニは眼鏡の奥で目を丸くしながら、手にしていたスポーツドリンク2本をふたりに差し出した。

 

「はい」

「…………ありがと」

 

 毒気を抜かれて、チョコはそれを受け取って口をつける。

 コンプはしばし差し出されたスポドリとムニの顔を見比べていたが、結局喉の渇きに負けたようにそれを受け取って勢い良く飲み干した。

 そして大きく息を吐いて――うっし、と気合いをつけて立ち上がると。

 

「よし、回復した! ちょーどいいじゃない、三つ編み眼鏡! あんたとも勝負よ!」

「……え? 併走?」

「そう、こいつには勝ったから次はあんた!」

「はあ? 誰が誰に勝ったって!?」

 

 チョコは思わず声を上げるが、コンプはそれを無視してムニを見つめる。

 ムニは汗だくのコンプと、座り込んだままのチョコを交互に見やって、ひとつ首を捻り。

 

「……やめておく」

 

 そう、首を横に振った。

 

「ちょっと、なんでよ!」

 

 口を尖らせて身を乗り出すコンプに――ムニは、その額に指を当てて。

 

「……そんな消耗しきった貴方に勝っても、嬉しくはない」

「――――――」

「勝負をつけるなら、レースで。……スプリンターズステークスで待ってる」

「――――――ッ、上等じゃない!」

 

 

 ――なんで。

 その光景を見上げながら、チョコはただ、茫然と口を開けていた。

 ――なんでさ、ムニっち。

 ブリッジコンプが拳を突き出して、何事か、ムニに宣戦布告している。

 ――――なんで、そいつに、そんな顔、するの。

 その言葉を聞くユイイツムニの顔は――。

 

 いつも通りの無表情に見えるけれど、チョコにはわかる。

 その顔は、チョコが見たこともないほど、楽しそうに笑っているのだと。

 

『おそらく、今の君ではユイイツムニ君には勝てないよ』

 

 リードサスペンスの言葉が、脳裏にリフレインする。

 

『君は確かに強い。強いが――それだけだ。それでは、その先の景色は見えない』

 

 強い以外に、何があるっていうの。その先って、何なのさ。

 

 

 あいつには、ブリッジコンプには、それが見えているっていうの。

 だからムニっちは、あたしじゃなく、あいつを――。

 

 

「……チョコ?」

 

 向けられたムニの視線から逃げるように、チョコは顔を逸らして立ち上がった。

 

「あーあ、付き合ってらんないよ。……あたし、先帰るねえ」

 

 チョコはそれだけ言い残して――その場から、逃げるように走りだした。

 背後でムニとコンプがどんな顔をしているのか、振り返って確かめる勇気なんて、ない。

 

 

       * * *

 

 

 そうして、合宿所まで無我夢中で戻ってくると。

 

「よう。――ひどい顔してるな、チョコ」

「……トレーナー」

 

 息を切らせたチョコを、トレーナーが出迎えた。

 

「……あの栗毛チビにバカみたいな勝負に付き合わされてさあ、くたくたなのよぉ。話あるんだったら、お風呂入ってからでいい?」

 

 顔を笑みの形に歪めて、チョコはおどけて言った。本当におどけられているのかもわからないまま。

 そんなチョコに、トレーナーは目を眇めて――横を通り過ぎようとしたチョコへ。

 

「ブリッジコンプに負けたか」

「負けてない!」

 

 その言葉に、反射的に言い返していた。

 けれどトレーナーは、じっとチョコを見つめて。

 

「負けてないなら、なんでそんな顔してる」

「――――」

「ま、そんな顔ができるようになっただけ上出来だな」

「…………どういう、意味さあ?」

 

 トレーナーの言葉の意味が、わからない。

 

「俺が説明するようなことでもないんだがな……まあ、自分が認識できないことに、自力で気付けってのも酷か」

 

 困ったようにトレーナーは頭を掻いて、そして真剣な顔でチョコを見つめた。

 

「お前は頭が良すぎるんだよ、チョコ」

「――――は?」

「レースが上手い。相手の実力と自分の実力の差を測る目も正確だ。勝てる相手になら、どんなペースで走ってどこで仕掛ければ勝てるか、お前はきっちり解ってる。……だから、負けたときに何が原因で負けたかも、お前はきっちり解ってるはずだ」

「……なに、褒めてるのぉ?」

「ファルコンSはハナに立ったせいで前に壁を作れなくて上手く自分のペースを作れなかった。バイタルダイナモには不覚を取ったけど10回やったら9回は勝てる。NHKマイルはスタートの位置取り争いで狙ってたポジションを取れなかった。メイデンチャームには完璧な位置取りで進めてもたぶん勝てなかった、自分にはマイルはちょっと長いから――お前の自己分析は、だいたいそんなところだろ?」

「…………」

「これ自体は俺もほぼ同意見だ。――だけど、それで納得しちまうのがお前の悪い癖だ。お前のその自己分析は、負けたことに対する自分への言い訳だ」

「――――――ッ」

「確かに今のお前は今のバイタルダイナモと10回やれば9回は勝てるさ。ファルコンSはたまたまその1回を引いてしまっただけだ。だが、それは外野の俺が言うことであって、お前が自分自身に言い聞かせるのは、どんなに正確な自己分析でも――いや、正確な自己分析だからこそ、最悪の麻薬だ。負けたことに論理的に納得できるってのは気持ちいいもんな。プライドが傷つかなくて済むから。そうやって自分を慰めてれば、いくら負けたって自分はこんなもんじゃないって思っていられるもんな」

 

 思わず、チョコはトレーナーに掴みかかっていた。

 チョコに胸ぐらを掴まれて、トレーナーはチョコを静かに見下ろす。

 その視線に、チョコは唇を噛んで、俯いて手を離した。

 

「チョコ!」

 

 途端、トレーナーの鋭い声が飛んで、チョコはびくりと身を竦めた。

 

「お前、ムキになるのは格好悪いと思ってるだろ」

「――――」

「でもな、お前、そもそも自分が思ってるほど、傍からみて格好良くなんてないぞ」

「――――――――ッ」

 

 言葉が出ない。何か言い返したいのに、頭が真っ白になって何も出てこない。

 

「……だ、ったら……あたしに、どう、しろって、」

 

 絞り出すように呻いたチョコに――トレーナーは、ぽんとその頭に手を載せて。

 

「それこそ、お前が自分でなんとかすることだ。幸い、お前のそれをなんとかできそうな相手はいくらでもいるんだからな。この合宿で答えを出せなきゃ、お前は一生、ムニには勝てない。……たとえスプリンターズステークスでムニに先着したとしても、な」

 

 謎かけのような言葉を残して、トレーナーはその場を立ち去っていく。

 その場に残されたチョコは、闇に染まっていく空を見上げて。

 

「なんだよ――なんなんだよぉっ!」

 

 そう、嗄れた喉から叫ぶしかなかった。

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