モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
一方その頃――。
「わーっ」
山側のランニングコースを登っていって、辿り着いたのは展望台だった。眼下に広がる海を一望できる見晴らしの良い場所の柵に、ヒクマが身を乗り出して目を輝かせ、ジャラジャラは柵にもたれて汗を拭う。エレガンジェネラルと一緒にようやく追いついたエチュードは膝に手を突いて息を整え、ジェネラルは黙って自動販売機へと向かった。
「エチュードちゃん、見て見て! 海、綺麗だよ!」
「……う、うん」
山道を駆け上がってきた疲れなど微塵も見せないヒクマに、エチュードは潮の匂いを感じる空気を吸い込みながら、ようやく呼吸を落ち着かせて歩み寄る。
と、そこへ横からスポーツドリンクのペットボトルが差し出された。振り向くと、ジェネラルが笑顔で差し出している。
「どうぞ」
「あ……ありがとう、ございます」
「わ、ジェネラルちゃんありがとー!」
エチュードはおっかなびっくり、ヒクマは嬉々としてそれを受け取り、ジャラジャラは腕組みして口を尖らせた。
「なんだ、奢り役引き受けかよ、優等生。……って、あたしの分はどこだよ」
「何言ってるんですか。これはジャラジャラさんに付き合わせたお詫びですよ。自分の飲み物は自分で買ってください」
「あー? あんだよケチ」
顔を顰めてジャラジャラはポケットに手を突っ込み、それから憮然とした顔で黙りこむ。そんなジャラジャラに、ジェネラルは呆れ顔で溜息をついた。
「お財布もスマホも部屋に置いてきたでしょう、ジャラジャラさん」
「気付いてたなら言えよ!」
「ですので、これは貸しです」
もう一本、隠し持っていたペットボトルをジェネラルは放る。それを受け取って、ジャラジャラは豪快に音を立てて飲んでから、呆れ顔でジェネラルを見返した。
「お前ホントにめんどくせー奴だな」
「ジャラジャラさんにだけは言われたくありません」
自前の給水ボトルに口をつけるジェネラルに、ジャラジャラは「な、こいつこーゆー奴なんだよ」とヒクマとエチュードの方を振り向いて言った。ヒクマは首を傾げ、エチュードは反応に困って苦笑するしかない。
「んーっと、つまりふたりともすっごく仲良しってこと?」
「ちげーよ!」
「違います」
「ええー?」
即座にふたり同時に否定され、ヒクマはしきりに首を捻る。エチュードから見ても仲が良いようにしか見えないけれど、それは言わぬが花というものだろう。
「ああ、そうだ。おいヒクマ」
「ん、なあに? ジャラジャラちゃん」
「お前こそ、たしかあいつと仲良いんじゃなかったか。あのミニ、ミニキャンペーン」
「ほえ? えと、キャクタスちゃんのこと?」
「そーだそーだ、ホープフル勝ったあいつだよ。あいつどーしてんだ?」
「んと……わたしもよくわかんないの。連絡してもあんまり返事くれないし。トレーナーさんは、キャクタスちゃんも秋華賞には戻ってくるって言ってるけど」
「深管骨瘤でしたよね。繋靱帯炎になっていなければ秋には間に合うでしょう」
ジェネラルが口を挟む。ジャラジャラは「ほーん」と鼻を鳴らし、それからぱんと拳を打ち鳴らした。
「あいつが戻ってくんなら、こっちも秋は気兼ねなく秋華賞だな」
「あ、ジャラジャラちゃん秋華賞出るんだ! わたしだって次は負けないよ!」
ぐっと拳を握って意気込むヒクマに、ジャラジャラはにっと獰猛な笑みを向ける。
「おう、またオークスみたいに本気であたしを潰しに来いよ。受けてたつぜ」
「その前にジャラジャラさんはゲート再審査に通るところからですけどね」
「うっせーよ!」
「ちゃんと真面目に受けてくださいね。私の評判にも関わるんですから」
――次の目標について語り合う3人を、輪の外から眺めながら、やっぱり遠いなあ、とエチュードは思う。世代三強の輪。……今の自分がそこに入って行けないのは当たり前だけれど。だけど――。
「あ、ジャラジャラちゃん! そうだ、わたしも聞きたいことある!」
「あー?」
「ジャラジャラちゃんって担当のトレーナーさんとすっごく仲良しなんだよね!」
ヒクマのその言葉に、ジャラジャラが飲みかけのスポドリを盛大に噴き出した。
「げほっ、おまっ、クマ! お前までそれ言い出すのかよ!」
「ほえ? 違うの? だって宝塚記念のとき――」
「何を慌てているんですか、ジャラジャラさん。棚村トレーナーの怪我が心配でレースを脱走して病院に駆けつけたのは周知の事実じゃないですか」
「あ、やっぱりあの話ってホントだったんだね!」
「――――~~~~ッ」
苦虫を何百匹も噛み潰したような顔をするジャラジャラに、ヒクマは笑顔で詰めていく。
「ね、ね、ジャラジャラちゃんの担当のトレーナーさんってどんなひと?」
「……いや、んなこと言われてもな」
「そういえば、ジャラジャラさんが担当を決めた経緯の話は聞いたことがありませんでしたね。棚村トレーナーは自主性の尊重を第一に置く放任主義者と聞いていますから、そこがジャラジャラさんと合ったんだろうと思っていましたが」
「…………」
疲れたように嘆息して、ジャラジャラは頭を掻き。
柵に手を掛けて、海の方を向いて言った。
「……あいつは、あたしに自分の勝手な夢を押しつけなかった。……あたしがただ、戦いたい奴と戦って勝つ、それが見たいって言ったんだよ。物好きな奴だろ? そーゆー物好きとなら、くだらねー勲章とか名誉にこだわらずに走れるって思っただけだよ。他人の夢背負うのなんざ、御免だからな」
「どこまでも自分勝手なひとですね。――望むと望まざるとにかかわらず、自分のものだけじゃない夢を背負うことになるのが、トゥインクル・シリーズというものでは?」
「あたしの走りを見た奴があたしにどんな夢を見よーが、そりゃそいつの勝手だ。でも、あたしの人生はあたしのもんだ。他人のために走ってやる義理はねえ。違うか?」
「それが貴女の信条なら、私は私に託してもらった夢で、それを打ち破るだけです」
ジャラジャラの隣で腕を組んで、ジェネラルは言う。
「ジェネラルちゃんの夢って?」
「トレーナーから託された夢です。――ひとつでも多くの勝利を。私とトレーナーが積み上げてきたものが正しいということの証明を。それは、勝つことでしか為しえませんから」
「夢ぇ? お前のトレーナー、あの性格悪そうな無表情眼鏡だろ? 夢なんざ語るようなタイプにゃ見えんが」
「失礼な。私のトレーナーは冷静で理知的な、信頼できる人です。……まあ、私も彼から夢を語られたときには驚きましたが。今はその夢に少しでも報いたいと、そう思います。ですから――秋華賞は決して譲りません」
静かに、けれど力強くそう言い切ったジェネラルは、ヒクマを逆に見つめ返す。
「バイトアルヒクマさん。貴女は何のために秋華賞へ?」
「ほえ、わたし?」
ヒクマは「ん~っと」と拳を握りしめて、ジャラジャラとジェネラルへ身を乗り出した。
「もちろん、ジャラジャラちゃんとジェネラルちゃん、ふたりに勝つためだよ! 桜花賞もオークスも負けちゃったから、今度こそふたりに勝って、それからドバイに行って、世界のウマ娘になるの! あ、もちろんキャクタスちゃんにもね! 次はぜーったいわたしが勝つから! ぜったい、ぜーったい!」
「――そーそー、こーゆーシンプルなのが一番だぜ? ジェネ」
ジャラジャラは笑って、ヒクマの胸元に拳を突き出した。
「誰のためでもねー。走る理由なんざ、目の前のこいつに勝ちたいってだけで充分だ。なあヒクマ?」
「うん! えへへ、わたしもジャラジャラちゃんと一緒だよ! わたしもトレーナーさんのこと大好きだし!」
「――――だからその話は引っぱんな!」
「ええー、なんで? 自分のトレーナーさんと仲良しってすごくいいことだと思うよ?」
「いや、だからお前な……」
「……バイトアルヒクマさんに他意は無いと思いますよ? ジャラジャラさん」
「わーってるよ!」
「ほへ? どゆこと?」
「いえ、こちらの話です。……バイトアルヒクマさんたちの担当は新人の方でしたよね」
「うん! 東京レース場で初めて会って、そのあとすぐあの選抜レースのときにスカウトしてくれたの! コンプちゃんとエチュードちゃんも一緒にスカウトしてくれて、いつもわたしたちのこと励まして、いろんなこと考えて相談に乗ってくれて、すっごく優しくていいひとなんだよ! ね、エチュードちゃん!」
「え? ええ、えと、えと……」
いきなり話を振られて、エチュードは慌てる。と――。
「エチュードちゃんもトレーナーさんのこと大好きだもんね!」
「――――――――」
笑顔で何のてらいもなくそんなことを言われて、顔が爆発するかと思った。
思わず顔を覆ってしゃがみこんだエチュードに、「あれ、エチュードちゃん?」とヒクマが首を捻る。ジャラジャラは肩を竦め、ジェネラルが溜息をついて歩み寄った。
「……リボンエチュードさん。まあ、身近な頼れる大人にそういう感情を抱くこと自体は否定しませんが、私たちは中学生で向こうは大人ですから、相手を犯罪者にしてしまわないよう、卒業までは慎んだ方がよろしいかと」
「おいジェネ、たぶんそれただの追い打ちだぞ」
消えて無くなりたい。ジェネラルに肩を叩かれながら、エチュードはただ呻いた。