モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第115話 トレーナーたちの担当語り

 夏合宿初日の夜――。

 私たち学園のトレーナーは、ウマ娘たちの宿泊する合宿所のほど近くにあるURA職員宿舎に寝泊まりすることになっている。初日だし身体を休めつつ、明日からのヒクマたちのトレーニングメニューをゆっくり部屋で考えようと思っていたのだが。

 

「やあやあやあ! こっちだよ新人君! いや、もう新人君と呼ぶのは失礼かな!」

 

 赤提灯の暖簾をくぐると、居酒屋の喧噪の中でもよく通る、中性的な声が6人掛けのテーブル席から聞こえてきた。

 ここは合宿所近くの繁華街。呼び出された居酒屋のテーブルに既についていたのは、私にとってもいろいろと因縁深い同業者たちの顔ぶれだった。

 

「おう、来たか。まあ座れ座れ」

 

 そう言って手を挙げたのは、ラフなトレーニングシャツ姿の、ジャラジャラ担当の棚村トレーナー。その奥で無言のまま眼鏡の奥で小さく目礼したのは、こんなところでもワイシャツにネクタイを締めている、エレガンジェネラル担当の王寺トレーナー。その向かいで立ち上がって私を迎えたのは、オータムマウンテンとデュオスヴェル担当の岬トレーナー。そして、その奥でぺこりと頭を下げたのは桐生院トレーナーである。

 なるほど。岬トレーナーからのメールには「懇親会を開催するよ! 新人君の分は先輩持ちだから遠慮なく参加したまえ!」としか書かれていなかったが――春のクラシックを獲った4人の担当トレーナーが、そこで善戦したバイトアルヒクマとハッピーミークの担当である新人の私と桐生院トレーナーをねぎらう会、ということらしい。

 

「さて、それでは今回の参加者が全員揃ったところで――まずは春のクラシック、お互いの激闘を讃えて、盃を酌み交わそうではないか、諸君! 乾杯!」

 

 岬トレーナーがいつものように芝居がかった口調でビールのジョッキを掲げる。私の分も既にテーブルにジョッキがあったので、それを掲げて打ち鳴らした。

 

「ま、聞いてるだろうが、ここは俺たちの奢りだ。若人ふたりは遠慮なく飲んで食ってくれ。どんだけ呑み食いされてもウマ娘の食費よりゃ安いからな」

 

 はっはっは、と豪快に笑う棚村トレーナーに肩を叩かれ、「ど、どうも……」と私は恐縮するほかない。桐生院トレーナーも遠慮がちにジョッキに口をつけていた。

 

「そんなに固くなることはないよ桐生院君! 私は是非、一度君と腹を割って話してみたいと思っていたところだからね! この機会が持てて嬉しく思っているよ!」

「は、はあ……」

 

 岬トレーナーの圧に気圧される桐生院トレーナー。私もそうだったが、常に芝居がかった彼女のテンションにたじたじになるのは誰でも一緒らしい。

 

「そう、改めて話してみたいといえば王寺君! 君ともだよ! 君がまさかこんな騒がしい集まりに参加してくれるとは思わなくて、今とても驚いているところさ!」

「……こいつに半ば強引に連れ出されたようなものですが」

 

 溜息をつきつつ、肘で棚村トレーナーをつつきながら王寺トレーナーは応える。

 

「俺と岬サンがいてお前がいなきゃ集まりとして締まらないだろ。同僚同士親交を深めるメリットはお前の好きな合理性の中には含まれないのか?」

「だから来ているんじゃないか。あんた以外の3人との親交にはメリットがある」

「お、なんだ? もう俺とはこれ以上親交深める余地もないってか?」

「深める意味も価値も理由も必然性もなにひとつない」

「こんにゃろ!」

「……暑苦しいから速やかにやめろ」

「おぶっ、おっ、おまっ、本気で急所に肘入れる奴があるかっ」

「精神的正当防衛だ」

 

 王寺トレーナーにヘッドロックを掛けた棚村トレーナーが、反撃の肘鉄を食らって呻いていた。――養成校の同期のライバルとして知られている棚村トレーナーと王寺トレーナーだが、なんというか、仲がいいのか悪いのか。

 

「まるで君たちの担当ウマ娘同士の仲のようだね! 仲良く喧嘩したまえ!」

 

 それを見て楽しげに笑う岬トレーナー。――ちなみに大卒組の棚村・王寺コンビと違い、転職組の岬トレーナーは、年齢的には棚村・王寺より1歳上だが、養成校ではふたりの3年後輩というややねじれた関係にある。そして何より――。

 

「岬トレーナー。改めて、ダービーおめでとうございます」

 

 私は岬トレーナーに向き直る。岬トレーナーは得意げに鼻の下を擦った。

 

「ふふ、ありがとう。ダービーを勝つのは2回目だけど、何度勝ってもいいものだね」

 

 ――そう、岬トレーナーはこの5人の中で、唯一のダービートレーナーだ。棚村トレーナーも王寺トレーナーも、ジャラジャラとエレガンジェネラルの前に既にGIウマ娘を担当した実績を持っているが、どちらもダービーはまだ勝っていない。

 

「正直、棚村君のところのジャラジャラ君が来ていたら、どうなっていたかとは思うけれどね!」

「桜花賞でこいつのエレガンジェネラルに勝ってたら行きましたけどね。エレガンジェネラルを倒す方が、ジャラジャラにとっては大事だったもんで」

「…………」

 

 肘で突かれた王寺トレーナーは、無言でタッチパネルから何か注文している。

 ほどなくテーブルに料理と新しいジョッキやグラスが並び、料理を取り分けながら、改めて岬トレーナーが私の方に向き直った。

 

「さて――こちらからも改めて君に尋ねてみたいね! バイトアルヒクマ君と挑んだ春クラシック、どうだった?」

「――――」

 

 口の中の焼き鳥を呑み込んで、ビールで舌を湿らせて、私はひとつ息を吐いた。

 

「……率直に言って、悔しいです。桜花賞もオークスも、ヒクマなら勝てなかったとは思いません。新人が生意気なことを言っているという自覚はありますが――新人トレーナーが最初の担当でクラシックを獲るなんて夢物語だとしても、ヒクマにとっては一生に一度の、夢物語じゃないタイトルだったはずですから……本当に、悔しい」

 

 テーブルの上で拳をぎゅっと握りしめ、私は俯く。アルコールのせいか、優等生的な受け答えをする前に、するりと本音が零れていた。

 ――と、いきなり背後から背中をばんばんと叩かれ、私はむせる。振り向くと、棚村トレーナーが目を細めていた。

 

「落ちこむな若人。勝った俺が言うのも嫌味かもしれんが――やれることを全部やって、万全の仕上げで挑んで、実力でも上回っていたとしても、展開ひとつで負けるときは負ける。それがレースってもんだ。結局俺らトレーナーにできることは、担当に気持ち良くレースに向き合わせてやることだけなんだからな」

「……はい」

 

 棚村トレーナーに肩を抱かれたまま、私はジョッキに口をつける。

 

「担当の3人に心配かけて、逆に私の方が励まされているようじゃ……本当に、まだまだ未熟だと実感します」

 

 私が苦笑いすると――棚村トレーナーは「ほう」と目を見開き、岬トレーナーも「おやおや」と楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「オークスの後、君が随分ネットで叩かれていたのも知っているけれど――そうかい」

「そうそう、悲観すんな。お前さんは大物になるよ!」

 

 また棚村トレーナーに背中を叩かれ、岬トレーナーからも笑顔を向けられ、私はむせながら「あ、ありがとうございます」と恐縮するしかなかった。

 

「桐生院君の方は、どうだったんだい? まさかいきなり担当にMCローテを完走させるとは驚いたけれどね!」

「えっ、は、はい! あの……あれは、ミークがどうしてもと希望しまして……。ミークの脚はレースのたびに検査してもらって、可能な限りケアをして、本人とも話して、異常がないことは確認してもらっていますし、本人も元気ですけれど……今でも本当に、走らせて良かったのか……。せめてNHKマイルとダービーのどちらかは止めるべきだったんじゃないかと、私自身、もう済んでしまったことなのに、考えてしまいます」

 

 MCローテとは、NHKマイルカップから日本ダービーに中二週で向かうローテのことだ。さらにその前に皐月賞も走ったハッピーミークのローテに関しては、確かに各方面で賛否が渦巻いている。このローテで結果を出したウマ娘の多くが、その競走生命を故障で縮めることになっているためだ。

 

「担当の希望のままに走らせるだけなら、トレーナーは不要でしょう」

 

 静かに厳しい口調で口を挟んだ王寺トレーナーに、桐生院トレーナーは身を竦める。

 

「それは……はい、その通りだと思います」

「それなら何故、懸念のあるローテをそのまま走らせたのです」

「――――」

 

 王寺トレーナーの詰問に、拳を握りしめた桐生院トレーナーは。

 

「……担当になってから、ミークが強く自己主張してくれたのが、初めてだったからです」

 

 顔を上げ、唇を引き結んで、そう応えた。

 

「ミークはなかなか、自分からどうしたいかと口にしてくれない子です。それで私も迷ってしまって、必要以上にミークのデビューを遅らせてしまいましたし……。そんなミークが、どうしても三つとも出たいと言ったんです。どうしてミークが、そこまで三つとも走ることにこだわったのかは、本人が喋ってくれないのでその、わからないんですが……。もちろん、少しでも脚に異常が見つかったり、疲労が残っていたら途中で止めるつもりでした。ですけど――無茶だってことはあの子自身わかっていたはずで、それでもそれがあの子の意志なら、それを可能な限り支えたいと、そう、思いました」

 

 桐生院トレーナーの少したどたどしい答えに、王寺トレーナーは黙って見つめ返し、その隣で棚村トレーナーが腕を組んでうんうんと頷いている。

 

「……そんな曖昧模糊とした目的意識でクラシックに挑んだわけですか」

「おいおい王寺よ、そういじめてやんな。クラシックだけがトゥインクル・シリーズじゃないぜ? 俺はなんとなくハッピーミークの気持ちがわかるね」

「え?」

 

 やや呆れ気味の王寺トレーナーと、その横で肩を竦める棚村トレーナーに、桐生院トレーナーが驚いたように顔を上げる。

 

「きっと桐生院君とハッピーミーク君は似た者同士ということなのだろうね! 桐生院君はもっとハッピーミーク君と話し合って、まず自分から気持ちや希望をぶつけたまえ! 君にだってトレーナーとしての夢はあるだろう!」

「は、はあ……」

 

 隣の岬トレーナーにもそう言われ、桐生院トレーナーは目を白黒させる。――桐生院トレーナーとミークが似た者同士というのは、なんとなく私も感じていたことだし、このふたりの問題はだいたいコミュニケーション不足だというのもわかる。だから私も、ふたりの言葉に頷くに留めた。

 

「まあ、何を目指したいのかがはっきりしないウマ娘を担当すると苦労するのは私もわかるところだよ! デュオスヴェル君のように、どれだけ問題児でも『ボクが最強だと証明したい!』とはっきり言ってくれる子が私は好きだね! まあ、オータムマウンテン君が全く手の掛からない優等生だったから彼女の面倒に集中できたというのもあるけれどね。あのふたりをこれからも同じ路線で戦わせなければならないのが辛いところだ! 秋以降は君たちティアラ路線組とも合流するわけだしね! 前途多難だよ! そういえば、ジャラジャラ君は凱旋門賞は行かないのかい?」

「ああ、本人がそれよりどうしても秋華賞で戦いたい奴がいるそうで」

「……ミニキャクタスですか」

「おお、ミニキャクタス君か! 私もホープフルSの借りを返したい相手だよ! ――今年の三冠路線はティアラ路線より低レベルなんて言われているのはスヴェル君も我慢ならないようだからね! 秋華賞より秋天に出てほしいものだ!」

「デュオスヴェルは天皇賞(秋)に行くんですか?」

「うむ! オータム君は菊花賞で二冠を目指す予定だよ! あの子もあれでなかなかプライドの高い子だからね! ダービーの負けで相当に燃えているよ! ズブく見えるだろうけれど、オータム君の秘めた闘争心はすごいものだ! 普段はニコニコ笑いながらじっと内にエネルギーを溜め込んでいるんだろうね! 我が担当ながらときどきあの笑顔がぞっとするほど怖ろしいよ! そういうところが気に入ってスカウトしたんだがね! スヴェル君とオータム君、このふたりを担当できて私は幸せ者だ!」

 

 あ、岬トレーナー、酔ってるなこれ? 顔が赤い。

 

「あーあー、岬サン酒弱いんだからそんなグビグビ飲むもんじゃ」

「なーにを言ってるんだね棚橋君!」

「棚村です」

「ジャラジャラ君とあまりふしだらな関係になるのは感心しないよ!」

「あー、だからそれは根も葉もない噂で」

「宝塚の脱走事件という茎ぐらいはあるだろう! 病院の診察室で抱き合っていたという目撃情報も耳に挟んでいるよ!」

「語弊! だいたい俺があいつのことをそんな目で見たらブッ飛ばされますっての!」

「君は自分の担当がかわいくないというのかね! 私はスヴェル君もオータム君もかわいくて仕方ないよ!」

「かわいいに決まってんでしょうが! ジャラジャラを勝たせるためなら俺はなんだってやりますよ! うちのジャラジャラは最高だ! あの走りに惚れないトレーナーがいるもんか! なあ王寺! お前だってそうだろう! エレガンジェネラルのことをさあ! かわいいよなあ自分の担当!」

「そういう語弊のある話題を私に振るなバカ村」

「言ったなこの! お前知ってんだぞそのネクタイピン、エレガンジェネラルからの誕生日プレゼントだからこんなところまでこれ見よがしにつけて来てんだろ! 恋する乙女かオメーはよ!」

「――――担当からの贈り物を大事にするのは合理的なコミュニケーションだ」

 

 黙って視線を逸らしながら答える王寺トレーナーに、「照れんな照れんな」とウザ絡みしていく棚村トレーナー。

 

「担当からのプレゼントを見せびらかすとは王寺君も隅に置けないね! ならば私も、ほら見たまえ私が遅れたときにトレーナー室で待っている間に居眠りしてしまったスヴェル君の寝顔! プラスその三つ編みを弄っているオータム君の優しげな横顔! 尊いだろう! 思わず写真と動画に撮ってしまったね!」

 

 赤ら顔でスマホの動画を見せ付けてくる岬トレーナー。

 酔っぱらった先輩トレーナーたちのバカ騒ぎに、取り残された私と桐生院トレーナーは、顔を見合わせて苦笑し合うしかないのだった。

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