モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
夏合宿の最中にも、もちろん休日はある。
エチュードのライラック賞が終わり、ヒクマとコンプの次走にはまだ間があるその日、3人ともトレーニングはお休みにして、私は宿舎の部屋で朝から細々とした書類仕事を片付けていた。
午前中のうちにどうにか仕事が一段落し、少しヒクマたちの様子を見てこようかと思い立って合宿所に足を向ける。特にコンプの様子が気になっていた。コンプとチョコチョコとの犬猿の仲をどうにかすべく、同室のバイタルダイナモが「ユイイツムニさんとの併走の権利を賭けておふたりにバイタル対決してもらおうと思っているのですが!」と相談しに来たのが先日のこと。今日の夕方には結果が出ているそうなのだが、そういえば何で対決するのかは聞いていなかったのである。
合宿所の前まで来て、一応LANEで連絡入れるか、とスマホを取りだしたとき。
「あっ、トレーナーさんだ!」
ヒクマの声がして、私は顔を上げる。合宿所の玄関から、ちょうど私服姿のヒクマとエチュードが姿を現したところだった。
私の姿を認めたヒクマは、ぱっと満面の笑みになって、いつものように私に向かって飛びかからんとダッシュの構え――をしかけたところで、何かに気付いたようにぴたっと動きを止める。そして「ううっ、がまん!」と唇を引き結んだ。私は目をしばたたかせる。
「ヒクマ? どうしたの?」
「う~~~っ、トレーナーさん! わたし、いま、メンタルトレーニング中!」
はて、そんなトレーニングの指示を出した覚えはないのだが。ましてエチュードならともかく、普段から明るく前向きで、よほどのことでなければ切り替えの早いヒクマが、わざわざメンタルトレーニングをする理由とは?
「だから、がまん! がまんしてエネルギーを爆発させるの! う~~~~っ!」
ぶんぶんと腕を振って、ヒクマはじれったそうに私を見上げる。隣のエチュードが私に歩み寄って、ちょっと困った顔で耳打ちしてきた。
「あの、ヒクマちゃん、オークスで掛かっちゃったのと……接戦で競り負けちゃって『根性が足りない』って言われてるの、ちょっと気にしてるみたいで……」
「……なるほど」
確かにヒクマがそういう風に言われているのは私も目にしている。GⅡ以下でならあっさり抜き去って快勝するのに、本番のGIでは相手がバケモノ揃いとはいえ3戦連続4着、あと一歩で競り負けてウイニングライブを逃すレースが続いているのは事実。外野から勝負根性が足りないと言われてしまうのは致し方ないのかもしれない。長く伸びる脚が武器だけに、外野からすれば貯めて末脚勝負というセオリーに対して仕掛けを早まったようにも見えてしまうから尚更だろう。
かといって、ヒクマが『勝ちたい』という気持ちでジャラジャラやエレガンジェネラルに負けているとは私は思わない。コンマ一秒以下を争うレースでメンタルが重要なのは言うまでもないが、全てをメンタル面に帰結させてしまうのも乱暴というものだ。オークスで掛かってしまった前進気勢の強さも、安定した先行力の源なのだから悪いことでもない。
ただ、ヒクマはヒクマなりに桜花賞やオークスの敗因を自分で振り返り、自分なりに弱点を克服しようとしている。その努力は素直に認めてあげたい。
「ヒクマ」
「う~~~~~っ」
「……おいで」
「わーいっ!」
私が手を差し伸べると、ぱっと笑顔になって飛びついてくるヒクマ。そのタックルを慣れた態勢で受け止めながら、やっぱり大型犬みたいだな、と思いつつ頭を撫でてやる。ヒクマは「えへへ~~」と嬉しそうに尻尾を振っていた。
しかし、レース後の地下バ道ならまだしも、合宿所の前は人目がありすぎる。ほどほどにしてヒクマの身体を離して、それから改めてふたりに向き直った。
「で、ふたりともお出かけ?」
「あ、はい。ふたりとも、と言うか――」
エチュードがちらりと合宿所の玄関を振り返る。と、そこから姿を現したのは。
「お待たせしました。――おや、おふたりのトレーナーさんですか。こんにちは」
「よーっす。ん? なんだヒクマ、トレーナーに車出させんのか?」
エレガンジェネラルとジャラジャラである。ふたりとも私服姿なので休みのようだ。休日に同室の4人でお出かけか。仲が良さそうで何よりだが。
「みんな揃ってどこへ?」
「プール行くんだよ!」
ヒクマがウキウキの様子で答える。プール? ああ、そういえば合宿所の近くに温泉を兼ねた温水プールがあったか。
「泳ぐならそこの海でいいんじゃ……?」
「トレーニングされている方のお邪魔になりますから」
エレガンジェネラルの答えに、確かに、と私は頷く。周りが真面目にトレーニングしているすぐそばで息抜きの遊びにふけるのは難しいだろう。
「トレーナーさんも一緒に行こうよ! プール!」
「え、私も? お邪魔じゃない?」
「ね、エチュードちゃん! せっかく合宿前にかわいい水着買ったんだし! トレーナーさんも一緒の方が楽しいよね!」
「ひっ、ヒクマちゃん……!」
ヒクマが楽しげに言い、エチュードが恥ずかしそうに顔を伏せる。トレーニング用のとは別の水着を用意してきていたのか。学生らしい微笑ましさに私は微笑する。
「ジェネラルちゃんとジャラジャラちゃんもいいよね?」
「そうですね。何かあったときに監督の方がいらっしゃった方が」
「あー、あたしは別になんでもいーぜ」
「……解った。じゃあ、車出すよ」
ウマ娘の脚なら走ってもすぐだろうが、さすがに私が徒歩でそれについていくのは無理である。「やったー!」とヒクマが嬉しそうに両手を挙げ、エチュードは困ったように俯いていた。
* * *
そんなわけで、やって来た屋外温水プールは夏らしく家族連れで賑わっていた。
「わーい、プールだーっ」
「プールサイドは走らない。ちゃんと準備体操してからね?」
水着に着替えたヒクマがいつものテンションでプールサイドに飛び出して、私は窘める。青いビキニの水着で健康的な肌を晒したヒクマは、「はーいっ!」と元気よく返事して壁際で軽く柔軟を始めた。素直なのは何よりである。
「なあ、あいつ合宿んとき以外も、常時あのテンションなのか?」
黒のビキニに水色のジャケットを羽織り、サングラスをかけたジャラジャラがヒクマを指しながら言う。私が頷くと、「そりゃあんたも疲れんだろーな」とジャラジャラは肩を竦めた。私は苦笑するしかない。
「エチュードさん、どうしたんですか?」
と、更衣室からプールへの出入口のところで、エレガンジェネラルが何か声をかけている。エメラルドグリーンのパレオを巻いたジェネラルに促されて、おずおずと姿を現したエチュードは、フリルの多いかわいらしい水色の水着を身につけていた。
「あっ、と、トレーナーさん……っ」
恥ずかしそうに身を縮めるエチュードに、「似合ってるよ」と声を掛けると、エチュードはますます赤くなって俯いてしまう。そんなに恥ずかしがることもないと思うのだが。
「うーっし、ヒクマ、ウォータースライダー行こうぜ」
「うんっ、行く行く!」
準備体操を終え、さっそくウォータースライダーを滑りに行くヒクマとジャラジャラ。元気なふたりを見送っていると、エレガンジェネラルが浮き輪を三つ抱えてやってくる。
「ジャラジャラさんたちが滑り飽きるまで、私たちは流水プールの方でゆっくりしましょうか。トレーナーさんもいかがです?」
「え、私も?」
一応水着をレンタルして付き合ってはいるけれど、どっちかといえば監視要員のつもりだったのだが。まあ、浮き輪でのんびりプールを流れるぐらいなら構わないか。
「エチュードもいいの?」
「あ、はっ、はい……」
ぎゅっと浮き輪を抱えるエチュード。友達同士で遊びに来たのに、トレーナーがいてはやっぱり素直に楽しめないのでは……と思わないでもないのだが。
「エチュードさんは、トレーナーさんがいらした方が安心だそうですよ」
「じぇっ、ジェネラルさん!」
いたずらっぽく笑って言ったジェネラルに、エチュードが「うう……」と唸る。別にエチュードは泳ぎが苦手ではなかったと思うけど……と思いつつ、エチュードがエレガンジェネラルと普通に仲の良い友達らしくしていることに、私はトレーナーとして安心したりするのだった。
* * *
「おらっ、くらえジェネ!」
「やりましたね、お返しです!」
ジャラジャラの投げたビーチボールを掴み損ねて額に当たったエレガンジェネラルが、お返しに投げたボールの軌道がずれて、
「へぶっ」
私の顔面に直撃する。
「わーっ、トレーナーさん大丈夫!?」
「す、すみません……!」
慌てて水を掻いて駆け寄ってくるヒクマとジェネラルに、「大丈夫、だいじょぶ」と苦笑して手を振って、それから私は近くに落ちたボールを拾って、
「エチュード、はいパス」
「えっ、あっ、はい、ええと――ジェネラルさんごめんなさいっ、トレーナーさんの仇討ちです……っ!」
「えっ――わぷっ」
エチュードから側頭部にビーチボールを当てられたジェネラルがバランスを崩してどぼんとプールに沈む。ぷはっ、と濡れた顔を上げたジェネラルに、ジャラジャラが指を指して笑った。
「ジェネ、アウトー! 全員分のジュースおごりな!」
「……仕方ありませんね。トレーナーさんに当ててしまった私のミスと、まさかエチュードさんに狙われると思わなかった油断です」
そう言って、当てられたボールを小脇にプールを出たジェネラルは、
「――隙あり、です!」
プールサイドからボールを振りかぶり、ジャラジャラに投げつける。
「おっと、バレバレだっつーの!」
それを予測して難なく弾いたジャラジャラのボールが、
「ふばっ」
「わーっ、またトレーナーさんがーっ!」
またしても私の顔面に直撃して、私もどぼんとプールに沈んだ。
そんな調子で、ウマ娘4人のエネルギッシュなプール遊びに付き合うこと数時間。
「ふあーっ、楽しかったぁーっ」
プールを出てシャワーを浴び、着替えを終えたヒクマが大きく伸びをする。
「ま、たまにゃこーゆーのも悪くねーな」
「ですね。いい気分転換になりました」
ジャラジャラとエレガンジェネラル、それから遅れて更衣室から出てきたエチュードが合流する。時間はまだ夕方前。コンプの併走の時間には充分間に合いそうだ。
「コンプちゃん、どうしてるかな?」
「……さすがにもう、ゲーム勝負は終わってるんじゃないかな」
コンプがチョコチョコとゲーム対決をしているらしいことは、さすがにふたりとも把握しているようだ。コンプ抜きでプールに来たのも、おそらくコンプの方からゲーム勝負しているから行けないという連絡があった上でこの4人で遊ぶことになったのだろう。
「それじゃあ、合宿所に戻ろうか――」
私がそう言って、ヒクマが「はーい!」と大きな声で返事をした、そのとき。
ヒクマが私の背後に視線を向けて、大きく目を見開いた。
その視線に釣られるように、エチュードやジェネラルもそちらに視線を向け、「あっ」と声をあげる。私も振り向いて――そして、そこにいた思わぬ姿に、瞠目した。
「……キャクタスちゃん!?」
プールの反対側、温泉の脱衣所の方から姿を現したのは。
「――――――」
深管骨瘤で休養中、夏合宿にも不参加のはずの――ミニキャクタスだった。