モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第13話 3人いっしょに!

 再び、選抜レースの日がやってきた。

 既にトレーナーの決まっているヒクマは、今日は友人たちの応援である。私もその付き添いで、選抜レースの会場に足を向けていた。

 実績のあるトレーナーは一度に何人ものウマ娘をまとめて指導するので、既に担当がいても新たな才能を求めて熱心に選抜レースに足を運ぶが、新人の私にはまだ荷が重い。今回は純粋に、ヒクマと一緒に応援しようと思う。

 

「エチュードちゃん、ふぁいとー!」

「う、うん……がんばるよ、私」

 

 リボンエチュードは、今回も芝1600メートルにエントリーしている。発表されたメンバーには目立った強敵はいない。この前のヒクマやミニキャクタスとの模擬レースではブービーだったとはいえ、相手が悪かっただけでタイムは決して悪くなかった。自分の走りができれば、結果は出せるはずだ。

 

「落ち着いて。周りのことは気にしないで、自分の走りたいように走ればいいよ。なんだったら直線の間は目を瞑って走るぐらいのつもりで」

「そ、それは危ないと思います、トレーナーさん……でも、はい、やってみます」

 

 大きく深呼吸するリボンエチュード。その姿にニコニコと頷いて、それからヒクマはストレッチするブリッジコンプに歩み寄った。

 

「コンプちゃんも、がんばってね!」

「言われなくたって。見てなさい、新生ブリッジコンプの最強伝説は、ここから始まるんだから!」

 

 いつも通りのドヤ顔で胸を張るブリッジコンプ。彼女は――今回は、芝の1200メートルにエントリーしていた。

 私の視線に気付いて振り向いたブリッジコンプは、私にびしっと指を突きつける。

 

「さあ、トレーナーも目かっぽじって見てなさいよ! もはや今までのあたしじゃないんだからね! 華麗に1000バ身差つけて逃げ切ってやるんだから!」

「――ああ、楽しみにしてるよ」

 

 私はただ、その言葉に頷く。――三冠という夢を一旦振り切って、短距離路線に向かうこと。それについてブリッジコンプの内面にどんな思いが渦巻いているかは、私には知りようもない。けれど、彼女の目は死んでいない。なら、今はそれで充分だと思う。

 ――そういえば、と私は今回の出走ウマ娘一覧を見る。ミニキャクタスの名前は、今回のレースにはなかった。あれから噂を聞かないが……あのあと担当トレーナーは無事に決まったのだろうか?

 そんなことを思っていると――突然。

 

「おいこらブリッコ! お前なんで短距離に出てるんだよー!」

 

 と、いきなり飛び込んでくる怒声。振り返ると、デュオスヴェルがすごい勢いでこちらに突進してくるところだった。ブリッジコンプを睨み付けたデュオスヴェルは、それから何かに気付いたように声をあげる。

 

「はっ、そうかお前、1200と2000と書き間違えたんだろ! ばーかばーか!」

「アホスヴェルじゃないんだからそんなことしないっての」

「なんだとー!」

 

 うがー、と叫ぶデュオスヴェルに、ブリッジコンプはびしっと人差し指をつきつける。

 

「残念だけど、最強のあたしはあんたなんかと張り合ってるヒマはないの! あんたが三冠でボロ負けしてびーびー泣いてる間に、あたしは最強の短距離ウマ娘になってるんだから、あたしの名前が歴史に刻まれるところを隅っこで眺めてなさい!」

「――――~~~ッ」

 

 声にならないうなり声をあげて、デュオスヴェルはぎゅっと拳を握りしめる。

 

「ちくしょー! なんだよばーか! バカブリッコ! 勝手にしやがれー!」

「言われなくたってあんたの許可なんかいらないっての! アホスヴェル!」

 

 踵を返して走り去るデュオスヴェルを、ブリッジコンプはしっしっと追い払う仕草をして、呆れたように息を吐く。

 

「……ふん、アホスヴェル」

 

 そして、それだけ呟いて、私にも背を向けてストレッチを再開した。

 私がその背中をぼんやり眺めていると、「すみませ~ん」と声を掛けられる。

 

「どうもこんにちは。スヴェルちゃんがまたご迷惑おかけしたようで~」

「ん、ああ、いや別に」

 

 振り返ると、オータムマウンテンが頬に手を当てて小首を傾げていた。

 

「コンプちゃん、短距離に切り替えたんですねえ」

「……ええ、まあ」

「スヴェルちゃん、一緒に張り合う相手がいなくなって寂しいんですよ。あの子、ひとりで大逃げするより誰かに競りかけられた方が負けん気の出るタイプですから。ライバルだと思ってた子にいきなり別の距離に行かれちゃったら、残念な気持ちはわかります」

「…………」

「あ、いえいえ、別に路線変更は自由ですから責めてるわけじゃないですよ~。ただ、スヴェルちゃんがとーってもさみしがり屋で、ブリッジコンプちゃんが短距離に出るって聞いてからもう毎晩毎晩さみしくてベッドですんすん泣いてるってことだけ」

「オータム! なに言ってんだばかー!」

 

 あ、デュオスヴェルが戻って来た。慌ててオータムマウンテンの口を塞ぐスヴェルに、オータムはもがもがと何か言いながら首を傾げる。

 

「デマ広めるなー!」

「ええ? 私のベッドに潜り込んですんすん泣いてたじゃないですか」

「わーっ! わーわーわー! オータム! もうブリッコのことなんかいいからあっち行くぞあっち!」

「あらあら、お騒がせしてすみません~。ではでは」

 

 顔を真っ赤にしたスヴェルに手を引かれ、オータムマウンテンは全く悪気のなさそうな顔で去って行く。――あれがルームメイトじゃ、どっちも大変そうだな、と私は思った。

 

 

       * * *

 

 

 さて、この選抜レースの結果は、さほどくだくだしく語ることもない。

 芝2000の第1レースに出たデュオスヴェルは単独で大逃げを打って、勝手に潰れるのを待って控えすぎた後続を寄せ付けずにそのまま会心の逃げ切り勝ち。

 同じく芝2000の第2レースに出たオータムマウンテンは、相変わらずマイペースに最後方を走り、第4コーナーからじわじわと順位を上げ、余裕のある走りっぷりでゴール手前で悠然と差し切って1着。

 どちらもレース後、さっそくスカウトしようとするトレーナーに囲まれていた。

 

 

 そして、リボンエチュードとブリッジコンプは――。

 

『外からリボンエチュード! リボンエチュードが追い込んでくる! 先頭集団を捉えた! そのまま――差し切ってゴールッ!』

 

「いっけー! エチュードちゃん! そこ、あとちょっと――やったあ!」

 

 落ち着いて後方に控えたエチュードは、貯めた足を一気に直線で解き放ち、大外からの追込で、団子になっていた先頭集団をゴール寸前でまとめて抜き去った。堂々のアタマ差での1着。私はヒクマとハイタッチで喜びを分かち合う。

 ゴールしたあと、エチュードは自分が勝ったということが信じられないように周囲を見回したあと、立ち止まって口元に手を当て、感極まったようにしゃがみこんだ。

 

 

 続いて、芝1200メートル。

 

『ブリッジコンプ逃げる逃げる! 外からバイパーピアース、シルバーベリーも追い込んでくるが、しかし譲らない! 粘る粘るブリッジコンプ――見事に逃げ切ったッ!』

 

「コンプちゃーん! やった、やったよトレーナーさん! すごーい!」

「――ああ、よくやったな、ブリッジコンプ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるヒクマの横で、私も拳を握りしめる。

 歯を食いしばって逃げ切ったブリッジコンプは、そのまま前のめりにターフに倒れこみながら、大きく右手を突き上げた。誇らしげに、見たか、と言わんばかりに。

 

 

       * * *

 

 

「ふたりとも、おめでとー!」

「わっ、ヒクマちゃん、く、苦しいよ」

「クマっち、ちょっと、あたしたちヘトヘトなんだから、今はクマっちのテンションに付き合ってる余裕ないの!」

 

 レース後。ヒクマに抱きつかれてもがきながらも、エチュードもコンプも晴れやかな笑みを浮かべていた。私も手を叩きながらふたりに歩み寄る。

 

「おつかれさま。ふたりとも、1着おめでとう」

「あ、トレーナーさん。……あの、本当に、ありがとうございましたっ」

「トレーナー! ちゃんと見届けたでしょーね、あたしの最強っぷり!」

 

 ヒクマにしがみつかれたまま、エチュードは深々と頭を下げ、コンプはいつものドヤ顔で胸を張る。ふたりとも本来の力を出すのに微力ながらでも役に立てたなら、私としても嬉しい。どちらも強い勝ち方だった。スカウトの声は必ずかかるだろう。

 

「ヒクマ、これからふたりにはスカウトの声がかかるだろうから、祝勝会は後でゆっくりやろうね」

「あ、うん!」

 

 ぱっとヒクマはふたりから離れる。――と、エチュードとコンプのふたりが、少し困ったように顔を見合わせた。

 

「……コンプちゃん、やっぱり迷惑なんじゃないかなあ……」

「あのさ、エーちゃん。いきなり知らないトレーナーに声掛けられて、人見知りのエーちゃんがまともに対応できるとはあたしには全然思えないんだけど」

「ううっ……」

「あたしだって、いきなり知らないトレーナーに声掛けられるより、こっちの方が絶対いいもん。大丈夫だって、わざわざ他でもないクマっちをスカウトする物好きよ? あのクマっちのテンションに毎日付き合えるトレーナーなら大丈夫だって」

「う、うん……って、それはさすがにヒクマちゃんにもトレーナーさんにも失礼じゃないかな……?」

 

 ――はて、何の話をしているのだ? 私が首を捻っていると、ふたりは不意に姿勢を正して、私へと向き直り――そして、同時に私へ頭を下げた。

 

「と、トレーナーさん、あの、えっと……」

「あたしたちの、担当トレーナーになってください!」

 

 ――――。

 思わぬ言葉に、私は咄嗟に答えを返せず口ごもった。

 頭を上げたふたりは、真剣な顔で私を見上げる。その視線に、ぞくりと腕が震えるのを感じながらも、頭のどこかで冷静な自分が問いかける。――お前、そんな余裕あるのか?

 

「……わ、私が? いや、でも私はもうヒクマの担当で……」

「何人も担当ウマ娘持ってるトレーナーいっぱいいるじゃん! あたしたちふたりぐらいなんとかなるでしょ? ね!」

「いや、そう言われても、私は入ったばっかりの新米だし」

「……あの、この前、トレーナーさんのおかげで、自分の一番走りやすい走り方がわかった気がするんです。だから、あの、これからも、トレーナーさんに見てほしくて……」

「だいたい、あたしに短距離選ばせたのはトレーナーでしょ! 責任取りなさいよ!」

 

 すごい勢いでブリッジコンプが詰めてきて、エチュードもすがるように訴えてくる。いや待ってほしい、どうすればいいんだ? 正直なところ、ヒクマひとりのことを考えるだけでも結構手一杯なのに……。

 いやでも確かに、ふたりに私の方から指導めいたことをしたのは事実である。一度手を出したなら最後まで責任を取れ――というのは、言い方はアレにしても、理はある。

 それに――私だって、出来ることなら……。でも、私はひとりでそこまでの責任を負えるのか? ヒクマひとりだけでも、これからいくらでもやることがあるのに……。

 

「ほえ? あれ、トレーナーさんがふたりの担当になったら、わたしどうなるの?」

 

 ヒクマが首を傾げると、コンプが呆れ顔で振り返った。

 

「3人一緒に担当してもらうに決まってるでしょ、クマっち!」

「え、それって……つまり、これからはコンプちゃんやエチュードちゃんと毎日一緒にトレーニングできるってこと?」

「その通り!」

「わ、ホント!? トレーナーさん、わたしもそれがいい!」

 

 ヒクマまで諸手を挙げて喜びだしてしまう。そう言われても、はいそうですかと簡単に決断できる話ではない。ほとほと困り果てていると――。

 

「あら、どうしました? 何かお困りですか?」

「あ、たづなさん……」

 

 横から助け船が来た。理事長秘書で、学園のトレーナーたちの相談役を務めている駿川たづなさんである。「事務的なことで困ったことがあったらたづなさんに聞け」は、学園の新人トレーナーが最初に先輩から教わることだ。

 ……その後、小声で「ウマ娘への指導については、体調管理面に関すること以外は聞くな」とも耳打ちされるのだが。どういう意味かは今のところよくわからない。

 ともかく、私が状況を正直に伝えると、「あらあら」とたづなさんは頬に手を当てて首を傾げた。

 

「確かにトレーナーさんがひとりで複数のウマ娘を担当するのは、ルール上は問題ありません。そもそもそうしないとトレーナーさんが足りませんからね……。ウマ娘の方からの逆指名も、トレーナーさんの同意があるのでしたら問題はありません。ですけど、新人トレーナーさんがいきなり同期のウマ娘を3人も受け持つというのは……」

 

 やはりたづなさんもすぐには判断しかねるらしい。風向きが悪そうと感じたのか、エチュードが俯き、コンプが口を尖らせる。――と。

 

「――許可ッ! その件、このわたしが認めよう!」

「理事長!?」

 

 いつか聞いた、あの力強い二字熟語が聞こえてきた。私とたづなさんが振り返ると、秋川理事長の小柄な姿がそこにある。ぱたぱたと仰いでいた扇子を閉じて、理事長はそれをびしっと私に突きつけてきた。

 

「質疑ッ! 新人トレーナー君、トレーナーとウマ娘の間において、最も大切なものは、いったい何かッ? 君たちを歓迎した際、わたしはその話をしたはずだッ!」

「え? ええと――」

 

 配属式での理事長の話を思い出す。あのとき、理事長がした話は――。

 

『忘れないでほしいッ! ウマ娘の力は、君たちトレーナーとの絆によって引き出されるということをッ! つまり――』

「――信頼」

「大・正・解ッ! よくぞ覚えていた、素晴らしいッ! 天晴ッ!」

 

 扇子を広げ、理事長は満面の笑みを浮かべる。帽子に乗った猫がにゃあ、と鳴いた。

 

「そう、ウマ娘とトレーナーの間に最も大切なもの、それは信頼ッ! トレーナーがウマ娘を信じ、ウマ娘がトレーナーを信じることであるッ! そして、君はこのふたりから、その最も大切な信頼を勝ち取ったッ!」

 

 理事長のその言葉に、私はエチュードとコンプに向き直る。ふたりは真剣な顔で、こくりと頷いた。――私がしたことなんて、そんなに大したことではないはずなのに。

 

「ですが理事長、やっぱりいきなり新人さんに3人というのは――」

「本分ッ! たづな、我がトレセン学園は何のためにある?」

「……ウマ娘の才能を伸ばし、トゥインクル・シリーズの舞台に羽ばたかせることです」

「正解ッ! 何よりも優先されるべきは、まさにそれッ! 学園はそのために、万全のサポート体制を準備する義務があるッ! 新人にして3人のウマ娘から信頼を勝ち取る有望なトレーナーをサポート出来ずして、何のためのトレセン学園かッ!」

「――はい、仰る通りです、理事長!」

 

 たづなさんが手を合わせ、感激した顔で理事長を見つめる。――気が付いたら、見事なまでに外堀を埋められてしまった。これではもう、断りようがないではないか。

 

「確認ッ! 新人トレーナー君、君はウマ娘の信頼に応える覚悟があるかッ!? 君を信頼してついてくるウマ娘を、信じてレースに送り出す覚悟はあるかッ!」

 

 理事長に扇子を突きつけられ、私はもう一度、エチュードとコンプを正面から見つめ直した。――そんなことは、言われるまでもない。

 リボンエチュード。ブリッジコンプ。今日の選抜レースだけじゃない。その前の併走や模擬レースで、私は確かにこのふたりにも、確かな才能の煌めきを感じていたのだ。既にヒクマを担当していなければ、ふたりのどちらだって、今日迷わずスカウトしていた。

 いくぶん緊張した面持ちのふたりに――私は、右手を差し出した。

 

「ふたりとも――私なんかでよければ、是非、スカウトさせてほしい」

「――――は、はい! よろしく、お願いします!」

「当ッたり前でしょ! トレーナー、このブリッジコンプをスカウトできたこと、光栄に思いなさいよ! 絶対後悔させないんだから!」

 

 ふたりは、力強く、私の右手を握り返した。

 

 

 ――こうして、私は一挙に、同期の3人を担当することになったのだった。

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