モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第14話 幽霊みたいな

「わーい、今日から3人で練習だね!」

「う、うん。よろしくね、ヒクマちゃん。……トレーナーさんも、えと、よろしくお願いします……」

「ホントに大丈夫? なんか今さら不安になってきたんだけど」

 

 選抜レースの翌日から、さっそく新たにふたりを追加で担当する日々が始まった。

 リボンエチュードとブリッジコンプ。成り行きでバイトアルヒクマとその親友ふたりをまとめて担当することになったわけだが……。

 

「ふたりともよろしく。ヒクマと一緒に頑張ろう」

 

 可能な限り真面目な顔を繕いつつ、私はふたりに手を差し出す。――実のところ寝不足でかなり眠かったが、担当初日からそんな顔を担当ウマ娘に見せるわけにもいかない。

 改めてふたりと握手を交わし、私は自分が担当する3人を見回した。

 

「さて――まずは、具体的な目標を確認したいんだけど。ヒクマは、ドバイシーマクラシックへの出走。そのために、当面はトリプルティアラを目指す。このままいけば6月にデビューして、年内の目標は今のところは12月の阪神JF」

「うん! めざせ世界のウマ娘!」

 

 無邪気に拳を突き上げるヒクマ。彼女のドバイへの夢は、親友のふたりは既に知っているらしく、納得顔で頷いている。

 

「ブリッジコンプ。君は――短距離最強を目指す、んだよね?」

「当然! あ、でも短距離以外も諦めたわけじゃないかんね! まずは短距離で歴代最強になって、そのうちマイル以上でも最強になってやるんだから!」

 

 ブリッジコンプはいつものドヤ顔で胸を張る。何にしても、目標とモチベーションが高いのは悪いことではない。私は頷く。

 

「短距離歴代最強を名乗るなら、大目標は当然、年末の香港スプリントだね」

 

 香港スプリント。12月に香港の沙田レース場で開催される、世界最高峰のスプリントレースだ。あの日コンプに見せたあのウマ娘は、日本のウマ娘として初めて香港スプリントを優勝し、そして連覇している。ここで勝てば、紛れもない短距離歴代最強の一角に名乗りを上げられるだろう。

 

「いいじゃない、あたしも行くわよ、世界!」

「おー、コンプちゃんも世界のウマ娘になろー!」

「よし。でもまあ、それは早くてもシニアになってからだね。とりあえずは――今年、ジュニア級の目標だ。順調ならデビューは8月頃として……11月の、京王杯ジュニアステークスを目指そう」

 

 1400メートルのGⅡレースだ。1400以下のジュニア級レースでは最も格の高いレースであるし、クラシック級以降でマイルにも挑むか、それとも1200に専念するかの見極めにもなる。

 

「オッケー。ま、そのぐらい軽く勝ってあげるから、見てなさいよ!」

 

 拳を握りしめるブリッジコンプ。――彼女のそんな自信家な言動は、自分自身を鼓舞するための暗示なのだろうけれど、それで力が出せるなら、それでいいと思う。

 

「リボンエチュード。君は? どんな路線で走りたい?」

 

 それから私は、リボンエチュードに向き直る。そういえば、彼女の具体的な目標についてはまだ聞いたことがなかった。選抜レースでは芝1600に出ていた彼女だが、そのままマイル路線、距離を伸ばしていって三冠路線、あるいはヒクマと同じティアラ路線――選択肢は多様にある。

 リボンエチュードは、私の問いに困ったように俯いて、ぎゅっと唇を結んだ。

 

「エチュードちゃん」

 

 ヒクマが声をかけると、エチュードはゆっくり顔を上げ、小さく頷く。

 

「あ、あの……私も、ヒクマちゃんと同じ、ティアラ路線に、行きたいです」

「――そうか。理由を聞いてもいい?」

 

 私としては、担当ウマ娘同士を同じ路線で競わせるのは、できれば避けたかった。親友同士で同じレースで競い合うのは、実力伯仲したライバル関係になれれば素晴らしいが、もし埋めがたい実力差がついてしまえば、それはあまりにも残酷だ。

 今のところ、ヒクマとエチュードの実力は、この前の模擬レースを見てもヒクマに分がある。もちろんそれは、これからの成長次第で充分に逆転しうる差だとは思うが。

 

「あの、ええと……その」

 

 知らず私の顔が少し厳しくなってしまったのか、エチュードは萎縮したように俯いてしまった。ブリッジコンプが私をジト目で睨む。私は肩を竦めるしかない。

 

「……ノディ姉さ……いえ、あの、スレノディさんが……」

「リボンスレノディ?」

「…………はい」

「エーちゃんの従姉妹」

 

 横からコンプが補足してくれる。昨年の阪神JF2着、今年はステップレースを使わず桜花賞に直行を表明しているティアラ路線のウマ娘、リボンスレノディの名前は、そういえば以前にもエチュードが口にしていた。

 

「スレノディさんみたいには、なれないかもしれないけど……でも、私も、スレノディさんみたいに……自分のこと、ちゃんと、リボン家のウマ娘だって、思えるように、なりたい、です」

 

 ――多くの名ウマ娘を輩出している名門、リボン家。そこに連なるウマ娘であるという重圧が、このエチュードの人見知りで引っ込み思案な性格を形作ってしまっているのかもしれない、と思う。

 だとすれば、果たして彼女にとってひとつの理想なのであろう従姉妹と同じ道を進ませるのは、正しいのだろうか……。

 頭の片隅でそう思いつつも、私は頷いた。

 

「解った。じゃあ、ヒクマと一緒に来年のトリプルティアラを目指そう。順調に行けばヒクマと一緒に阪神JFも行けるかもしれないけど、ステップレースはいくつもあるから焦らず、来年の桜花賞に照準を合わせていこう」

「……はいっ」

 

 胸の前でぎゅっと拳を握りしめるエチュード。

 よし、とりあえず3人とも目標は決まった。新人トレーナーの私が、一気に3人も担当ウマ娘を抱え、その3人全員にGⅠを目指させようなんていうのはとてつもない高望みかもしれない。でも、ヒクマもエチュードもコンプも、それだけの力はあると私は思う。誰よりもまず、私が彼女たちの力を信じてあげなくては。

 

「よーし、じゃあトレーニング始めるよ。3人とも、今言った目標に向けて自分がどうなりたいか、そのために今の自分には何が足りないか、しっかりイメージして考えながら取り組んでいこう!」

「うんっ!」「おー!」「……お、おー」

 

 元気の良い3人……いや元気なふたりと小声のひとりの声が、グラウンドに響き渡る。

 

 

       * * *

 

 

 担当ウマ娘が3人になって良かったと感じることといえば、やはりヒクマがひとりでトレーニングしていた頃と違って、3人いるとやれることにもいろいろと幅が出てくることだろう。同期の仲間が一緒にトレーニングしているという環境はヒクマにとっても張り合いがあるようで、いつも以上に熱の入ったトレーニングになった。

 

「よーし、3人とも今日はここまで! エチュード、コンプ、大丈夫?」

「……は、は、はい……」

「うあああ、専属トレーナーのメニューって合同トレーニングよりずっとキツぅ……」

「だいじょぶだいじょぶ、ふたりともそのうち慣れるよ! ふぁいとー!」

 

 熱が入りすぎたか、エチュードとコンプは完全にへばっている。ヒクマもつられていつもより多めのメニューをこなしたが、平気な顔をしている様を見ていると、やはり選抜レースを一発通過した2ヵ月のアドバンテージは今の段階では大きい。

 けれど、エチュードもコンプもしっかりついてきていた。これならヒクマの言う通り、しばらくすれば慣れるだろう。

 

「じゃあ、今日は解散。明日も同じ時間から始めるから、特にエチュードとコンプは今日はゆっくり休むこと。きっちり休んで体力回復するのもトレーニングの一部だからね」

「は、い……はぁ、はぁ……はぁぁぁぁ……」

「いや、もう言われなくても今日は動けないってぇ……あーもう無理、死ぬぅ……」

 

 ばったりと大の字に芝生に倒れこむコンプと、座り込むエチュード。やれやれ、回復するまでもう少し見ててあげないとダメか。私は備品のクーラーボックスから3人にスポーツドリンクを手渡す。

 

「わ、トレーナーさんありがと!」

「あ、ありがとうございます……」

「うううう、トレーナーが天使の顔した悪魔に見えるぅ……。ヘロヘロに追い込んでおいて優しくするの、マッチポンプって言うんだってぇ……」

「人聞きの悪いこと言わない。いらない?」

「いるー!」

「ガブ飲みしないようにね」

 

 私の注意も聞かず、スポーツドリンクに飛びついたブリッジコンプは、思いっきりガブ飲みして噎せていた。やれやれ。

 

 

 

 さて、もちろん物事は良いことばかりではない。

 担当ウマ娘が3人になったということは――つまり、私の仕事量も3倍に増えたということである。ヒクマひとりだけでも大変だったのに、先が思いやられることこの上ない。理事長とたづなさんはサポートしてくれると言ったけれど、忙しいだろうたづなさんの手をそう頻繁に煩わせるわけにもいかないだろう。

 そんなわけで――3人を担当するにあたって学園に提出する各種書類をトレーナー室で作っていたら、今日も深夜になってしまっていた。

 

「うううっ、キツ……。徹夜は避けないとなあ……」

 

 昨日も2時間ほどしか寝ていない。徹夜に耐える程度の体力はあるつもりだが、睡眠不足は注意力も判断力も奪う。担当ウマ娘にしっかり休むように言っておいて、自分が寝不足でふらついていては説得力も何もない。

 ひとつ息を吐いて、私は一旦作業の手を止めて、ふと選抜レースのときに気になったことを確認してみることにした。

 ――ミニキャクタス。模擬レースでヒクマに勝った、あの存在感の薄いウマ娘。あの子はちゃんとトレーナーが決まったのだろうか?

 学園のデータベースには、在籍する全ウマ娘のデータが入力されている。担当トレーナーが決まり、今年6月のメイクデビュー解禁以降にデビュー予定のウマ娘のリストは、トレーナーIDでいつでも閲覧できる情報だ。

 そこにアクセスして検索してみると――あった。ちゃんと、デビュー予定のウマ娘一覧に、ミニキャクタスの名前がある。担当トレーナーの名前は……小坂。知らない名前だ。

 ジャラジャラとエレガンジェネラルの名前もリストの中にある。そしてもちろん、バイトアルヒクマと、登録されたばかりのリボンエチュードとブリッジコンプの名前も。その3人の名前の横にある担当トレーナー欄の自分の名前に、私はひとつ頷いた。

 よし、あとちょっとで今の作業は終わる。今日はここまでやったら切り上げて少しソファで仮眠しよう。今日も自室には戻れそうにないな……。せめてウマ娘たちが授業を受けている午前中寝ていられれば楽なのだが、社会人はそういうわけにもいかないのである。

 気合いを入れ直しに、ちょっと飲み物でも買ってこよう。私はトレーナー室を出て、自動販売機にコーヒーを買いに向かった。

 

 

 

 そうして、自販機の明かりを前に、缶コーヒーをちびちび飲み。

 空き缶をゴミ箱に放って、トレーナー室に戻ろうと、廊下の暗がりに足を踏み出したときのことである。

 ――真っ黒な影が、廊下の奧から、こちらにゆっくりと向かってくるのが見えた。

 な、なんだアレは? こっちに近付いてくる。闇に溶けるような黒い影……。

 ……そういえば、夜の学園といえば怪談話がつきものだけれど、まだ夏には早いだろう。

 狼狽えているうちに、影はみるみる近付いてくる。

 闇の塊のような、真っ黒な――。

 

「ひっ」

 

 思わず身の危険を感じ、私は息を飲んで後じさった。

 ど、どうする? 逃げるべきか? けど、足が竦んで動けない――。

 

「…………あの」

「はっ、はい!」

 

 突然声をかけられ、素っ頓狂な声が出た。その私の声にびっくりしたように、真っ黒な影はびくっと足を止める。

 ――そして、自販機の明かりが、その黒い影の姿を照らし出した。

 

「………………す、すみません……驚かせて……しまいましたか……」

 

 幽霊みたいな消え入りそうな声でそう言ったのは――長い黒髪の女性だった。ほとんど目元まで隠れるぐらいに前髪を伸ばして、俯きがちな猫背の……人間の女性。頭に耳がないので、少なくともウマ娘ではない。

 

「……あ、あ、あなたは?」

 

 人間だとわかってほっと一息つき、呼吸を整えつつ私がそう訊ねると。

 

「あの……私、この学園のトレーナーの……小坂、といいます……」

 

 黒髪の女性は、ぼそぼそした口調で、そう名乗った。

 ――小坂トレーナー? はて、つい先程そんな名前を目にしたような……。

 小坂……小坂?

 

「…………ひょっとして、ミニキャクタスの?」

「…………はい。あの子の担当トレーナーです……。……あなたは、バイトアルヒクマさんのトレーナーさんですよね…………」

 

 幽霊みたいな小坂トレーナーは、前髪に隠れた目で、私をじっと見上げた。

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