モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第17話 名門の名を受けて

 ――あの、リボン家のウマ娘。

 私には、いつだってその名前がついて回った。

 

 何人もの名ウマ娘を輩出してきた名門。この家のウマ娘であるからには、それに相応しい強さと気品を兼ね備えていなければならない。

 そして、私にはたぶん、それに値するだけの、才能はなかった。

 

 ――あのリボン家のウマ娘なら、きっとすごい才能の持ち主だろう。

 知らない誰かが、勝手にそう期待して。

 ――あのリボン家のウマ娘なのに、なんだ、この程度なのか。

 勝手にそう失望して、去っていく。

 私には、その背中をどうすることもできない。

 

 どうしてそんな名門に、私みたいな平凡なウマ娘が生まれてしまったのだろう。

 どうして私には、リボン家に相応しい才能がないのだろう。

 どうして――どうして。

 

 ねえ、教えて。

 どうすれば、私を認めてくれるの?

 

 

       * * *

 

 

 ミニキャクタスがトレーニングに参加するようになって数日。

 同期の強力なライバルが加わって、ヒクマたちのトレーニングにもますます熱が入る、――はずだったのだが。

 

「…………それじゃあ、おつかれさまでした…………」

「…………」ぺこり。

「あ、ああ、おつかれさまでした」

 

 小坂トレーナーとミニキャクタスがトレーニングコースを後にするのを見送りながら、ああ、まただ――と私は頭を掻く。今日も結局、淡々とメニューをこなして淡々と終わってしまった。これでは3人でやっているのとほとんど何も変わらない。

 とにかく、小坂トレーナーもミニキャクタスも全然自己主張をしてくれないのである。私たち3人がトレーニングしているところにやってきて、淡々と一緒にメニューをこなして、黙々とトレーニングして終わり。それなので、ヒクマが「キャクタスちゃーん」とまとわりついていないと、ふたりともどこにいるのか見失ってしまいそうなほどに存在感が薄い。

 ミニキャクタスに積極的にまとわりついているヒクマはともかく、エチュードとコンプとの間には明らかに距離があって、ふたりとも無口なミニキャクタスとどう接したらいいのか困っている様子だった。そもそも積極的に話しかけているヒクマさえ、リアクションを返してもらっているのかどうかも定かでない。

 どうしたものか――と私が考えていると。

 

「クマっち、クマっち」

「ん? なーに、コンプちゃん」

 

 ブリッジコンプが、ヒクマに手招きして何か耳打ちする。ヒクマはぱっと顔を輝かせて、「わかった! 伝えてくるね!」と駆けだしていった。

 

「……何?」

 

 私が訊ねると、コンプはひとつ肩を竦める。

 

「トレーナー。明日トレーニング休みよね?」

「ああ、うん」

「ちょーっと親睦深めに行ってくるから、多少カロリーオーバーしても許してくれる?」

 

 両手を合わせて、いたずらっぽく笑ってコンプは私を見上げる。――ああ、なるほど、そういうことか。同世代の女の子同士の話は当人たちに任せるべきだろう。

 

「……解った。任せるよ」

「さっすがトレーナー、話がわかるぅ!」

 

 ぐっと親指を立てるコンプ。いや、そっちから言い出してくれて助かったのは私の方だ。ミニキャクタスのトレーニング参加は向こうの希望だし、私からコンプやエチュードに対して要求はし辛かったところである。

 

「ごめん、なんか気を遣わせたみたいで」

「あー、いいのいいの。言いだしっぺはエーちゃんの方だし」

「…………」

 

 ブリッジコンプの言葉に、リボンエチュードが恥ずかしそうに俯く。

 意外だ。人見知りなエチュードの方からミニキャクタスと関わりを持とうとするとは。

 

「……あの子、昔の私みたいで……あ、いや、今の私もそんなに変わらないですけど……」

 

 なんか放っておけないと、そういうことか。

 

「ただいまー! キャクタスちゃん、オッケーだって!」

 

 と、そこへヒクマが戻ってくる。「よし!」とコンプがサムズアップ。

 

「……一応、私も同伴しようか?」

「トレーナー、ウマ娘4人のケーキバイキングに付き合う元気ある?」

「…………無いね」

 

 想像するだけで胸焼けしそうだ。

 

「正直でよろしい。ま、あたしに任せときないって」

 

 どんと胸を叩いて、ブリッジコンプはいつものドヤ顔を浮かべる。

 

「なんたって、美味しいスイーツ食べて笑顔にならない女の子はいないのよ!」

 

 

       * * *

 

 

 ヒクマたちのトレーニングは休みでも、私の雑務まで休みになるわけではない。

 そんなわけで土曜日。私はトレーナー室で朝から仕事を続けていた。

 つけっぱなしのテレビでは、今日のレースが流れている。一息ついてコーヒーでも淹れようかと立ち上がったところで、テレビから歓声が聞こえてきた。

 

『さあ、本日のメインレース! 桜花賞トライアル、GⅡチューリップ賞のパドックです』

 

 おっと、もうそんな時間か。チューリップ賞は桜花賞と同じ阪神レース場の1600メートル。3着までに桜花賞の優先出走権が与えられるトライアル競走だ。時期的にも前哨戦にちょうどいいため、阪神JFからチューリップ賞を経て桜花賞というローテーションは、ティアラ路線のウマ娘の王道と言っていいルートである。

 もちろんティアラ路線に向かうヒクマとエチュードも、来年は走ることになる可能性が高いレースだ。スイーツを食べながらでも見ておくように伝えてあるし、この中継ももちろん録画している。明日にでもレースの模様を一緒に検討する予定だ。

 そうしてインスタントのドリップコーヒーを淹れながらテレビを眺めていると、トレーナー室のドアがノックされた。

 

「開いてますよ」

 

 声だけで返事しておく。誰だろう?

 

「失礼いたします。……エチュードちゃんのトレーナーさんのお部屋はこちらでよろしかったでしょうか?」

 

 ドアを開けて丁寧に一礼しながら入ってきたのは、小柄な栗毛のウマ娘だった。ウェーブしたボブカットの栗毛を揺らしながら、頬に手を当てて首を傾げる。――はて、どこかで見たような……。

 

「そうだけど、君は……あっ」

 

 思わず私はテレビを振り返る。そこには今日の1番人気のウマ娘が、パドックで観客に手を振っていた。

 

『さあ本日の圧倒的1番人気! 阪神ジュベナイルフィリーズ覇者、ここまで3戦3勝。今日ももちろん逃げ宣言、彼女に追いつけるウマ娘は果たしているのか! 7番、テイクオフプレーン!』

 

 ――そうだ、間違いない。目の前にいるのは、今テレビで歓声を浴びている、今年のトリプルティアラ大本命と阪神JFで鎬を削ったあのウマ娘。

 

「はい、リボンスレノディと申します。どうぞお見知りおきを」

 

 リボンスレノディは優雅に一礼し、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

「ええと、それで今日はどんな用件で? エチュードなら友達と出かけているけれど」

「はい、それは存じております。ですから今日、こうして御挨拶に伺いましたの。エチュードちゃんには私が来たことは、内緒にしておいていただけます?」

 

 そのまま、ふたりでチューリップ賞を観戦することになった。

 

「インスタントで申し訳ないけど」

「あらあら、大丈夫です。こう見えましてもプレーンさんのおかげで色々と体験しておりますのよ。缶コーヒーとか。あれはなんとも不思議な飲み物ですわね」

 

 浮世離れした笑みを浮かべるスレノディ。エチュードはあまりお嬢様という感じがしないが、こちらはいかにも名門リボン家のお嬢様という感じだ。

 テレビ画面では、チューリップ賞のゲート入りが進んでいる。テイクオフプレーンがゲート入りを嫌がって、係員に背中を押されてゲートに収まる。

 

「相変わらずゲートがお嫌いですわね、プレーンさんったら」

 

 苦笑しながら、スレノディはコーヒーを啜り、少し不思議そうな顔をして首を傾げた。それから私の方を振り向くことなく、テレビに視線を向けたまま口を開く。

 

「トレーナーさんから見て、エチュードちゃんは、どうでしょう?」

「どう……か」

 

 私はひとつ唸る。ゲートが開き、レースが始まる。テイクオフプレーンがあっという間に先頭に立ち、後続を一気に突き放していく。

 

『さあ今日も行きますテイクオフプレーン、大逃げです! 早くも後続に3バ身!』

「……リボンエチュードは、今の自分を一生懸命乗り越えようとしている。それが間違った方向にいかない限り、私はその背中を後押ししてあげたいと思ってる」

 

 内気で人見知り。俯きがちで、いつも元気なヒクマとコンプの影でおどおどしている。リボンエチュードの普段の印象を一言で言えばそうなってしまう。

 けれど、あの子はそんな自分を変えたいと願っている。自分に誇りを持ちたいと思っている。レースで勝つことで彼女が自分に自信を持てるようになるなら、私は彼女を勝たせてあげたい。――そう思う。

 

「……エチュードちゃん、私と同じティアラ路線に行くと伺っておりますけれど」

「ええ、本人の希望で」

「それは――トレーナーさんから見て、間違った方向ではない、と?」

 

 スレノディは、私の方を振り向いて、そう問いかける。

 私はその問いに、すぐには答えられなかった。――正直なところ、エチュードをティアラ路線に向かわせるべきなのかは、まだ迷いがある。

 ただ――。

 

「大事なのは、エチュード本人が、自分の選択を納得できるかどうかだと思う。そうして、あの子がなりたい自分の姿を、見つける手助けをしてあげられればいいと、思う」

 

 ――自分のこと、ちゃんと、リボン家のウマ娘だって、思えるようになりたいです。

 エチュードはそう言っていた。名門の出身という重圧や、周囲の目に、エチュードが今まで悩まされ苦労してきたであろうことは想像に難くない。

 だけど、それでも。エチュードは、私なんか、といじけてしまわずに、顔を上げようと努力している。誇れる自分でありたいと願っている。

 彼女がそれを得るために、私が何をしてあげられるのかは、まだわからないけれど。

 あの子が自分ではどうにもならない環境に振り回されてきたのであれば――せめて私ぐらいは、彼女の真摯な願いを聞いてあげられる大人でありたいと、そう思う。

 

『逃げる逃げるテイクオフプレーン、まだ後続を5バ身以上ちぎって、さあいよいよ直線だ! 仁川の舞台はこれから坂がある!』

 

 テレビでは、テイクオフプレーンが先頭を独走したまま直線に入る。

 

「……なるほど、大変よくわかりましたわ」

 

 私の答えに満足したのかしていないのか、スレノディは画面を見つめたまま、静かに頷いた。

 

『後ろの娘たちは伸びてこない! 差が詰まってこない! 強い強い、強すぎるテイクオフプレーン! ――圧勝! 大楽勝です! 無敗の桜花賞へ向けて視界良好!』

 

 圧巻だった。終始単独の大逃げ、余裕の走りで4バ身差の完勝。他のウマ娘が競りかけて潰しに行くことすら許さない。これがトリプルティアラを勝つウマ娘の走りだと言わんばかりに、ゴール後に両手を広げるトレードマークの飛行機ポーズで観客席へ向かってジャンプするテイクオフプレーン。阪神レース場に大歓声が響く。

 

「強い……」

「当たり前ですわ。こんなところで負けてもらっては困りますもの」

 

 私の呟きに、スレノディはにこやかな笑みを浮かべたままそう応える。

 そして、立ち上がると私に向き直り、にこやかな笑みを浮かべた、

 

「トレーナーさん。――安心しましたわ。エチュードちゃんが、いいトレーナーさんと巡り会えたようで。私の心配は杞憂だったようですわね」

「…………」

「どうか、あの子をよろしくお願いいたします」

 

 そうして、深々と頭を下げる。私はなんと答えたものか、ただ頭を掻くしかなかった。

 

「あ、それと……」

 

 と、スレノディはテーブルのコーヒーカップを手に取ると、困ったように眉を下げた。

 

「……あの、すみません。お砂糖とミルクをいただけますかしら?」

 

 

       * * *

 

 

 結局、スレノディは砂糖とミルクをたっぷり入れてコーヒーを飲み干し、トレーナー室を立ち去っていった。結局何をしに来たのかよくわからなかったが、彼女なりの判断基準で、どうやら私はエチュードの担当トレーナーとして合格判定を貰えたらしい。

 エチュードはどうか、と聞かれて、普通はもっと具体的に彼女をどう育成するのか、展望を語るものだと思うけれど、私の口をついたのはただの印象でしかない。それで満足してもらえたというのは、つまりスレノディはそういう一般的なことを聞きたかったのではなかったのだろう。

 ……それもそうか。従姉妹だって言ってたものな。

 要するに、妹を心配してきた姉だったわけだ。監督者として信任を得られたことを、とりあえず喜んでおくべきなのだろう。

 そんなことを考えていると――不意に、スマホにメッセージが入った。

 

『ケーキバイキング、美味しかった!』

 

 ヒクマからだ。そのメッセージには、1枚の写真が添付されている。

 右からヒクマ、ミニキャクタス、エチュード、コンプの4人で並んで、身を寄せ合った自撮り写真。ヒクマとコンプはいつもの元気な笑みでピースサインし、ミニキャクタスもヒクマの隣で控えめに笑い、その隣でエチュードは――照れくさそうにピースしている。

 微笑ましいその写真に、私は安心して頷いた。

 ――うん、エチュードもミニキャクタスも、きっと大丈夫だ。

 

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