モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第19話 勝者と敗者と、それを見る者と

 阪神レース場、地下バ道。

 3人を引き連れてそこへ向かうと、担当トレーナーに肩を叩かれているリボンスレノディの姿があった。俯いていたスレノディが、顔を上げてこちらを振り向く。

 その顔を見た瞬間、リボンエチュードがぶるっと身を震わせる。

 

「……エチュードちゃん。ごめんなさい、お姉ちゃんまた負けちゃいましたわ」

「ノディ、姉さん……っ」

 

 ぽろぽろと、エチュードの目尻から涙がこぼれ落ちる。スレノディは、自分よりも背の高い妹分の頬に手を伸ばして、力なく微笑みながらその涙を拭う。

 

「もう……泣かないで、エチュードちゃん。わざわざ阪神まで応援に来てもらって、それでエチュードちゃんを泣かせちゃったんじゃ、お姉ちゃんがマドリガルさんやヴィルレーさんに怒られちゃいますわ。ただでさえ、同じコースで同じ相手に同じ負け方なんて、情けない姿を見せちゃいましたのに……」

「ううん、ううんっ……ノディ姉さん、格好、良かった……っ」

 

 ごしごしと目元を擦りながら、エチュードは必死に首を横に振る。

 

「そーよ! ノディさん全然負けてなかった! あと100メートルあれば勝ってた!」

「うん! すごかった!」

「ふふ、ありがとう、コンプちゃん、ヒクマちゃん。でも、負けは負けですから」

 

 穏やかに微笑むスレノディ。そんな微笑ましい光景を横目に見つつ、私はスレノディの担当トレーナーに「お邪魔してすみません」と頭を下げる。向こうは「構いませんよ」と笑ってくれて恐縮の極みである。

 

「トレーナーさん、次のオークスは絶対に勝ちますわ。三度はありません」

 

 スレノディがその表情を引き締めて、担当トレーナーに向き直る。スレノディのトレーナーは力強く頷いた。

 ――と、そこへ。

 

「おーっと、その勝利宣言、撤回するなら今のうちだよ?」

「プレーンさん。取材はいいのですか」

「疲れてるから早めに切り上げてきたよ。ま、ここはまだウェイポイント、巡航高度をオートパイロットで飛行中の段階だかんね。まだまだこれから、これから」

 

 現れたのは、この桜花賞の勝者、テイクオフプレーンである。

 プレーンは飄々と笑って、それからエチュードやヒクマに視線を向ける。

 

「ノディの妹とお友達の後輩ちゃんだっけ? やっほー。生桜花賞、どーだった?」

「あ、ええと……あの、えと……」

「すごかった! わたしも早く桜花賞走りたい、です!」

 

 縮こまるエチュードの代わりに、ヒクマが両手を挙げて満面の笑みで答える。

 

「お、そこの可愛い芦毛ちゃんはティアラ志望? いいね、来年のエリザベス女王杯で待ってるよ。そのときにはあたしは最低GI6勝してるだろうから、そんな歴史的トリプルティアラウマ娘と戦えることを誇りに思いたまえ」

「オークスと秋華賞と今年のエリザベス女王杯と来年のヴィクトリアマイル、全部勝つ宣言ですか……相変わらず自信家ですこと、プレーンさん」

「ついでに有馬記念と大阪杯と宝塚記念も勝っときたいねえ。お、それだけでもうGI9勝だあ。走れたら安田記念も勝って十冠ウマ娘になっとこう」

「残念ですが、そんな大それすぎた野望は次で終わりですわ。オークスで貴女の無敗もトリプルティアラも阻止させていただきます。府中の2400、今までのように逃げ切れるとは思わないでくださいませ」

「だからこそ、そこを逃げ切ったらカッコイイじゃん? 優しいプレーンさんは、ノディに稀代のシルバーコレクターとして歴史に名を残す権利をあげるからさ。トリプルティアラ全部2着とか逆にすごいよ?」

「誠に残念ですが、プレーンさんのことは桜花賞が最後の輝きだった早熟ウマ娘として世間に忘却させて差し上げますわ」

 

 スレノディとプレーンの間に、バチバチと火花が散る。

 

「……あの、普段は仲良いんですよ? ノディ姉さんとプレーンさん……」

 

 エチュードが、こそこそと私に耳打ちしてくる。わかるよ、と私は頷いた。こんなマイクパフォーマンス、仲が良くなければできまい。

 と、バ道の向こうからプレーンを呼ぶ声。プレーンの担当トレーナーが来たらしい。

 

「あ、やば、トレーナー来ちゃった。じゃーノディ、あたしはこれからトレーナーの奢りで祝勝大阪食い倒れツアーだから、次は府中で会おう!」

「普通に学園に戻ったら寮で会いますわ!」

「あっはっはー、じゃね! 後輩ちゃんたちも、来年はここに来られるようにがんばりなよー!」

 

 大きく手を振って、プレーンは軽快にバ道を駆けていく。

 それを見送って、スレノディも笑った。

 

「それじゃあ、私もトレーナーさんと打ち合わせがありますので、失礼させていただきますわ。またね、エチュードちゃん、ヒクマちゃん、コンプちゃん」

「あ……うん、えと、お疲れ様、ノディ姉さん」

「おつかれさまー!」

「ばいばーい」

 

 担当トレーナーとともに立ち去っていくスレノディを見送り、私は3人を見やる。

 

「じゃあ、私たちも帰ろうか」

「……はい」

「トレーナー、あたし串カツ食べたい!」

「わたしお好み焼きー!」

「はいはい、遅くならない程度にね。……と、そういえばミニキャクタスと小坂トレーナーは……」

「あ、わたし迎えに行ってくるね!」

 

 ヒクマがこちらの返事も待たずに駆けだしていく。迎えに行くも何も、向こうが先に帰っていなければどうせ合流することになるはずだが……。小坂トレーナーからは特に連絡はないので、たぶん待ってくれているはずだ。

 

「まったくクマっち、せっかちなんだから」

 

 呆れ顔で肩を竦めるコンプに、私とエチュードは苦笑するしかなかった。

 

 

       * * *

 

 

 同じ頃。

 

「やー、すげえ勝負だったなあ」

「……そうですね。ジャラジャラさんみたいな逃げウマ娘に対して阪神でどう戦えばいいのか、とても参考になりました」

「ジェネ、もうちょっと素直に名勝負を楽しもうぜ?」

「ジャラジャラさんこそ、何も考えずに見てたんですか? 何のために現地まで来たんですか。来年の本番に向けて学ぶためでしょう」

「あたしはただ逃げるだけだかんな。ジェネみたいにゴチャゴチャ作戦とか考えるよりかは、このGIの雰囲気を感じられりゃそれでいいんだよ」

「逃げウマ娘が全員、ジャラジャラさんみたいに何も考えずに飛ばしてるだけでもないでしょうに……。今日のテイクオフプレーンさんの逃げを見て何も感じないんですか?」

「来年のエリ女で戦えると思うとワクワクするぜ」

「……この人は……」

 

 別に示し合わせたわけでもなく、偶然近くで観戦していたジャラジャラとエレガンジェネラルは、そのままなんとなくいつも通り一緒にいるのだった。

 

 

       * * *

 

 

 帰りの新幹線。小坂トレーナーとミニキャクタスを交えた6人で3人掛けの席を回転させて6人ボックス席にして、私たちは東京への帰路につく。

 

「さて――改めて、桜花賞、どうだった? ヒクマ、エチュード」

「すごかった! わたしも来年がんばるよー!」

 

 いつも通り無邪気な笑みを浮かべるヒクマに対し、エチュードは自信なさげに俯く。

 

「……正直、まだ自分が、あそこで走れるなんて、想像もできないです……。ノディ姉さん、あんなに速かったのに、それでも追いつけないなんて……」

 

 そう答えるエチュードの頭を、「大丈夫」と私はぽんぽんと撫でてやる。

 

「――ミニキャクタスは、どう思った?」

 

 私が話しかけると、じっと黙って俯いていたミニキャクタスは、びくりと身を竦める。小坂トレーナーが「キャクタスちゃん……」と心配そうに見つめ、キャクタスはその顔にゆっくりと首を振って、顔を上げた。

 

「……来年は、私が、あそこで、勝ちます」

 

 静かな、けれど力強い宣言。そうする自分の姿を思い描くかのように目を閉じて、キャクタスは膝の上で両の拳をぎゅっと握りしめる。

 

「うん! キャクタスちゃんもエチュードちゃんも、一緒に来年の桜花賞、走ろー!」

「ヒクマちゃん……」

「…………っ」

 

 ヒクマが身を乗り出して、エチュードとキャクタスの手を掴んで重ねる。ふたりとも驚いたようにヒクマの顔を見つめ、その無邪気な笑顔に――ゆっくり、頷いた。

 

「えい、えい、おー!」

「……お、おー!」

「……おー」

 

 ヒクマの元気な声と、控えめなふたりの声が重なる。その姿を見ながら、私は小坂トレーナーと微笑んで頷きあった。

 エチュードにとっても、キャクタスにとっても、きっとこのヒクマの明るさは、エネルギーをくれるはずだ。誰にとってもそれがいい方向の結果をもたらしてくれればいい。

 ――しかし、それはそれとして。

 

「むー、あたしだけ仲間はずれなんですけどー」

 

 頬を膨らませるブリッジコンプに、私は苦笑する。

 

「コンプは……来年のこの時期なら、3月のファルコンステークスと、5月の葵ステークスだね、目標は」

「どっちもGⅢかあ。なんで短距離にはクラシック三冠がないのよ。理不尽ー! せめて高松宮記念がクラシックから走れたらいいのに」

「まあまあ。そのぶん、サマースプリントシリーズもあるし。たくさんレースに出て、秋のスプリンターズステークスで最強の称号を証明できるぐらいに勝ちまくろう」

「当然! 任せときなさいよ! クマっちたちがのんびりティアラ路線走ってる間に、あたしは短距離重賞勝ちまくってやるんだから!」

 

 いつものドヤ顔で胸を張るコンプに、皆が笑顔で頷く。

 ――こうして夢を語っていられるのは、ひょっとしたらデビュー前の今だけかもしれない。けれど、それでもいい。夢はちゃんと口に出して、明確な目標に変えることが大事だ。

 来年の桜花賞には、ヒクマとエチュードを揃って送り出せるように。私もその夢を、改めて具体的な目標として口に出す。

 

「よし、来年の桜花賞、行くぞ!」

「おー!」

 

 

       * * *

 

 

 同時刻、同じ車両の数列後ろ。

 

「むにゃ……んん、あれ、ムニっち、そろそろ着いたぁ?」

 

 膝の上で寝ていたチョコチョコが目を開けて眠そうに欠伸をする。ユイイツムニは、読んでいる文庫本の活字から視線を外さずに答えた。

 

「……まだ。……前の方、うるさかったなら車掌さんに注意してもらうけど」

「んーん、別にぃ。……じゃ、もっかい寝るねえ。おやすみぃ」

 

 再びチョコチョコはユイイツムニの膝に頭を預けて、すぐにすやすやと寝息を立て始める。その芦毛を左手で撫でつつ、ユイイツムニはちらりと車両の前方に視線を向けた。

 誰が乗っているのかは知らないが、高松宮記念とかスプリンターズステークスとか、ユイイツムニにとっても他人事でない単語が聞こえてくる。同じく桜花賞を見に来た短距離路線のウマ娘が乗っているのだろう。

 ……まあ、どうでもいいか。ユイイツムニは文庫本に視線を戻し、活字の中の連続殺人事件の世界に意識を飛ばした。

 

「むにゃあ……」

 

 膝の上のチョコチョコを、猫のように撫でながら、ユイイツムニはもったいつけて推理を語らない名探偵の大仰な台詞回しを目で追っていく。

 

 

 

 ユイイツムニと、ブリッジコンプ。

 数ヶ月後のメイクデビューで戦うことになるふたりが、このとき同じ車両に乗り合わせていたことに、特に運命的な意味など無かった。このときは、まだ。

 

 

       * * *

 

 

 そして、1ヶ月後――5月、東京レース場。

 トリプルティアラ第2戦、オークス。

 

『さあ直線! バ群はばらけた! 坂を上る! テイクオフプレーン逃げる! 来た! 来た! 内からリボンスレノディ! バ群を割って突き抜ける! テイクオフプレーン粘る! リボンスレノディ迫る! とらえた! とらえた!』

 

「いっけえええええええ!」観客席で、ヒクマとコンプが叫ぶ。

「ノディ姉さん……っ!」エチュードが、身を乗り出してその名前を呼んだ。

 

 それに応えるように――スレノディが、内からプレーンを抜き去っていく。

 

『並ばない! 並ばない! 抜いた! 抜いた! かわした! かわした! リボンスレノディだ! 三度目の正直だ!』

 

 鬼気迫る表情で、ゴール板を先頭で駆け抜ける、小柄な栗毛の姿。

 その2バ身後ろを、悔しそうに叫びながらテイクオフプレーンが駆け抜けていく。

 

『阪神の雪辱は府中で晴らす! 三度は負けられないリボンスレノディ! テイクオフプレーンの無敗街道を打ち砕いたのは、やっぱりリボンスレノディだ!』

 

 立ち止まったリボンスレノディが、観客席を振り返り、優雅にぺこりと一礼する。

 大歓声の中、ミニキャクタスを揉みくちゃにしてはしゃぐヒクマとコンプを苦笑しつつ見ながら、私はボロボロと泣いているエチュードの頭を、ただ撫でてやっていた。

 

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