モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第2話 光さす場所

 東京レース場、地下バ道。ターフの歓声はまだ遠く、ひんやりとした無機質な通路は、華やかなレースの光景とはひどく対照的だ。パドックからコースへ向かうウマ娘たちは、ここでそれぞれに気持ちを入れ直し、光差すターフへと駆け出していく。

 そんなウマ娘たちを見送り、声を掛けるために、担当トレーナーはもちろん、許可を得たウマ娘の姿もここにはある。私は観客席で見かけた3人のウマ娘を連れて、そのひんやりした空間に足を踏み入れていた。

 

「うわあ、前に見学で来たときとは全然雰囲気違う!」

「……レース前だもん。あのときはレースのない日だったし……。あ、あんまり騒いだら迷惑だよ、コンプちゃん」

 

 ブリッジコンプがはしゃいだ声をあげ、リボンエチュードがそれを諫める。バイトアルヒクマは、興味津々といった様子で大きく目を見開いて、あたりをキョロキョロと見回していた。地下バ道なんて、見回してもそう面白い空間じゃないと思うけれど……。

 ともあれ、他の毎日王冠出走ウマ娘がそれぞれにレース直前の時間を過ごす中、私たちはほどなく、ビウエラリズムの姿を見つけた。担当トレーナーの姿は見えない。参ったな、と思う。できれば彼女の担当トレーナーに話は通しておきたかったのだけれど……。

 

「ビー姉!」

「え? あらあら~、コンプちゃん? クマちゃんとエチュードちゃんも、わざわざこんなところまで来てくれたの~?」

 

 ブリッジコンプが駆け寄り、振り返ったビウエラリズムは驚いたように私たちの姿を見つめた。ここに来るまでに話は聞いていたが、彼女はブリッジコンプの姉なのだそうだ。

 

「そちらは~?」

「学園のトレーナー。案内してくれたの!」

「あらあら~、コンプちゃんがご迷惑お掛けしてすみません~」

「いや、誘ったのは私なので……。迷惑ではありませんでしたか」

「いえいえ~、気合いが入り直しました~。コンプちゃん、お姉ちゃん頑張るね~」

「うん! 負けるなビー姉! GⅠウマ娘なんか差しきっちゃえ!」

「あの……お、応援してます……」

「ふぁいとー、おー!」

 

 3人の声援に、ビウエラリズムはゆっくりと頷くと――その顔に浮かんでいた穏やかな笑みが消え、引き締まった表情でコースへ通じる光の方へ向き直った。その背中はもう、レースへ挑むウマ娘の、覚悟を決めたもののそれだった。

 わざわざ声を掛けに来るまでもなかったのかもしれない。当たり前か。負けるために走るウマ娘はいない。どんなウマ娘だって、レースに出る以上は、一着を目指しているのだ。

 その背中が、光り輝くターフへと消えていくのを、3人は黙って見送っていた。勝負に向かうウマ娘の雰囲気というものを、この3人も彼女たちなりに肌で感じたのだろう。

 

「ビー姉、すごい気合い入ってた……ううっ、今度こそ勝てるぞー!」

「……うん、きっと勝てるよ」

 

 ぶるるっ、と拳を握って震えるブリッジコンプと、静かに頷くリボンエチュード。

 そして、バイトアルヒクマは――。

 

「……ヒクマちゃん?」

「う、うううう~~っ、走りたいっ! わたしも走る~っ!」

 

 突然、万歳するように両手を広げ、そしてターフの光の方へ走り出そうとする。

 

「わっ、だ、ダメだよヒクマちゃん! 出走選手以外はコースは立入禁止だよ!」

「あー、まーた始まった、クマっちのいつもの」

 

 慌ててリボンエチュードが羽交い締めにし、ブリッジコンプが呆れ顔で息を吐く。

 

「う~っ、離してエチュードちゃん、わたし走りたい! 走る!」

「走ってもいいけどコースに出ちゃダメだってば……!」

 

 じたばた。もがくヒクマと抑えるエチュードを、私は目をしばたたかせて見つめた。ウマ娘が本能的に走りたがるものであるのは理解しているけれども――。

 光差すターフを見つめる、バイトアルヒクマの瞳は。

 今までに私が見た、どんなウマ娘の瞳よりも、キラキラと輝いている。

 

「あー、クマっちテンション上がると状況関係なくあーなっちゃうの。気にしないで」

 

 ブリッジコンプが私にそう言って、「ビー姉の邪魔しない!」とバイトアルヒクマの頬を引っ張る。

 

「いひゃいいひゃい~、う~、コンプちゃんひどい~」

「はいはい、落ち着いた?」

「むー……」

「ほら、トレーナーも呆れてるよ」

 

 ――そんなことはない。とは、口には出さなかったけれども。

 走りたい、という衝動を持て余したように両手をぶんぶん振るバイトアルヒクマの姿に、この子のトレーナーは苦労しそうだなあ、と思った。

 そしてその苦労は、きっととても楽しいだろうな、とも、思った。

 

 

 

 ともあれ、その後は関係者用のコースにほど近い最前列のスペースを確保して、私たちはレースの様子を見守った。3人は柵から身を乗りださんばかりに、目の前で繰り広げられる第一線のウマ娘のレースを、一瞬たりとも見逃すまいと見入っていた。

 

『さあ3番ネレイドランデブー逃げる逃げる! 後続を5バ身以上離して第4コーナーへ! 後続は追いつけるのか!

 さあ直線に入る! 来た来た来た、内を突いて7番トンボロがすごい勢いで上がって来た! 外からは13番ガーリースマイル、9番ビウエラリズムも追い込んでくる!

 しかし抜けた抜けた、トンボロ速い速い! ネレイドランデブーにみるみる迫る! さあ坂を上る! 後ろは伸びない! これは完全に二強の一騎打ちだ!

 トンボロ先頭か! しかしネレイドランデブーも差し返す! これは大接戦だ!

 2人並んで、ゴールインッ! どっちだーッ!?

 ネレイドランデブーかトンボロか、ややネレイドランデブー体勢有利か! 3着争いも接戦!

 ……掲示板!』

 

 どよめきの中、掲示板に数字のランプが灯る。

 1着――3番、ネレイドランデブー。

 それを確かめて、スタートから先頭で逃げ切ったウマ娘が高々と拳を突き上げ、僅かに及ばなかった2着のウマ娘がばったりと芝生の上に倒れこんだ。勝者と敗者が分かたれる、残酷な一瞬に、スタンドから大歓声が湧き上がる。

 そして、その影で――9番、ビウエラリズムの番号は、掲示板の一番下、5着に辛うじて映り込んでいた。膝に手を突いて、ビウエラリズムはその掲示板を見つめている。

 

「あああー、ビー姉5着かぁー!」

「……残念だったね。いけそうだったのに……」

 

 ブリッジコンプががっくりとうなだれ、リボンエチュードも肩を落とす。重賞未勝利のウマ娘が、GⅠウマ娘2人の出てきたGⅡで入着なら充分に健闘したと言っていい――というのは、外野の見方に過ぎない。私自身、別に担当ウマ娘でもないにもかかわらず、彼女たちと一緒に応援し、そして勝てなかったことに悔しさを噛みしめていた。

 ――これが、自分の担当ウマ娘だったら。勝てなかったことへの責任を、トレーナーとして背負うのだ。その重さを感じて、私は小さく身震いする。

 そう、十数人が出走するレースで、勝つのは常にただひとり。だからこそ、勝ち続けるウマ娘は讃えられ、スターと呼ばれる。その影には、なかなか勝てずに足掻く、数多のウマ娘たちがいるのだ。誰もが必死に1着を目指しているのは同じなのに、レースの後には、結果というどうしようもなく残酷な審判が下される。

 私は――その重さに、耐えられるのだろうか……。

 知らず知らずのうちに拳を握りしめていた私は、ふと、レースが始まってからバイトアルヒクマが一言も喋っていないことに気付いた。彼女の方を振り向くと――。

 

「………………あ」

 

 バイトアルヒクマは。

 どこまでも、どこまでも綺麗な銀色の瞳を輝かせて。

 ただ真っ直ぐに――ターフに差す光だけを、見つめていた。

 

「うっ、う~~~~っ、すごい! すごいすごいすご~~~いっ!」

 

 そして、また彼女のテンションが爆発する。

 

「すごい! これがレース! これがトゥインクル・シリーズのレースなんだ! すごいすごいすごい! わたしも、わたしもここで走りたい! 走りた~~いっ!」

「うあ、また始まった!」

「ヒクマちゃん、だ、ダメだってば! コースに出ちゃダメだよ~!」

 

 ブリッジコンプがのけぞり、柵を跳び越えてコースに出ようとするバイトアルヒクマを、リボンエチュードがまたしがみついて止める。

 

「コンプちゃん、エチュードちゃん、すごいね! レースってすごい!」

「……クマっち、ちゃんとビー姉の応援してた?」

「し、してたよ! してたけど、それはそれとして! わたしもレース出たい! 早くトゥインクル・シリーズで走りたい! すごいレースで走りたい! 明日からでも!」

「ヒクマちゃん、私たちどんなに早くても、トゥインクル・シリーズに出られるのは来年からだよ……? まず選抜レースでトレーナーさんについてもらわないと……」

「来年! うううっ、長いなあ……。うー、我慢できない! わたし、学園戻って走ってくる!」

 

 と、バイトアルヒクマは踵を返してあっという間に人混みの中に消えてしまう。

 

「え? あ、ヒクマちゃん! ど、どうしよう? コンプちゃん」

「いいよもう、クマっちはほっといて。それよりあたしたちもビー姉迎えにいこ」

「う、うん……あ、あの、トレーナーさんは」

 

 リボンエチュードに見つめられ、「ついていくよ」と私は頷く。そうして二人を連れて地下バ道へ通じる関係者口の方に向かうと――。

 

「あ、コンプちゃん、エチュードちゃん、ふええええ、出られないよぉ~」

「……何やってんの、クマっち」

 

 関係者口を通してもらえず、足止めを食らっているバイトアルヒクマの姿があった。

 ――やっぱり、この子のトレーナーは、なかなか大変そうだ。

 苦笑いしながら、私はそう思った。

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