モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第23話 乙名史記者の直接取材

「ほえ、取材? わたしに?」

「うん。『月刊トゥインクル』から」

 

 ヒクマのデビューから10日ほど過ぎた6月末。先日、ヒクマのデビュー直後に私のところに取材に来た乙名史記者から、改めてヒクマに直接取材したいという話が来た。

 

「え、『月刊トゥインクル』って、あの『月刊トゥインクル』ですか……?」

「業界最大手専門誌じゃん! 発行部数50万部!」

「詳しいね、コンプ」

「子供の頃から愛読者だもん。親が毎号買ってたから」

 

 なるほど。かくいう私も学生時代から愛読している雑誌だ。この時代、速報性では雑誌は到底ネットに敵わないが、『月刊トゥインクル』の強みはその圧倒的な情報量にある。主要レースはもちろんのこと、未勝利戦やローカルシリーズまで余さずフォローし、全部のデータをじっくり見ていたら1ヶ月でも足りないというレベルの情報が詰まっている。歴代の名ウマ娘の連載コラムや、引退したウマ娘のセカンドキャリアを追う企画、最新のトレーニング理論、過去の名ウマ娘の無名時代の知られざるレースを発掘する連載などなど、読み物も面白い。ウマ娘専門誌はとりあえず『日刊ウマ娘』と『月刊トゥインクル』を買っとけ、と言われる鉄板雑誌である。

 

「ほへー。え、そんなすごい雑誌がなんでわたしに?」

「うん。それなんだけど――」

 

 と、私はちらりとトレーニングコースへ視線を向ける。そこには、取材の解禁された記者たちがたむろしている一角があった。彼らのお目当ては当然ながら――。

 

「うへ、またこんな記者だらけかよー。宝塚記念終わって、みんなそんなにヒマなのかねえ。他に取材するウマ娘なんていくらでもいんだろーに」

「注目してもらえるうちが華と言いますよ、ジャラジャラさん」

「デビューで神童、ジュニアで天才、クラシックになったらただの人――ってか? 頼むからジェネの方こそそうならないでくれよ。張り合いがなくなっちまう」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますから」

 

 どちらもデビュー戦を前評判通り圧勝したふたり。ジャラジャラとエレガンジェネラルだ。ジャラジャラは宝塚記念と同日のメイクデビュー阪神、1800でスタートから他をぶっちぎる大逃げを図り、そのまま余裕の逃げ切り勝ち。エレガンジェネラルはヒクマの1週間前、中京レース場の1600を、涼しい顔をして7バ身差の楽勝である。

 デビュー前からぶっちぎりの世代二強と見られていたふたりが、改めてその強さを見せつけたデビュー戦だったわけで、デビュー直後のウマ娘とは思えない記者の数がそのデビューの鮮烈さを物語っている。私の同僚トレーナーたちの間でも、あのふたりがいるんじゃ今年ティアラ路線でデビューさせるのは可哀相じゃないか、と言う者までいる始末だ。

 

「あのふたりと、選抜レースで戦ったヒクマとを、3人あわせて《今月のMake debut!》のコーナーで特集したいって、記者の人がね」

 

『――素晴らしいですっ!! 強敵がいる路線を避けるのではなく、敢えて強敵に挑むことでより高みを目指す、挑戦者の心を忘れないその姿勢! 担当ウマ娘の夢を叶えるためならたとえ火の中水の中、世代最強の栄光を掴み取るためならばどんな艱難辛苦も乗り越えて、担当ウマ娘のために24時間365日の全てを費やすお覚悟だなんてぇ……素晴らしいですっ!!』

 いや、そんなこと言ったっけ……?

 

 そんな乙名史記者のよくわからない発言はともかく――《今月のMake debut!》は『月刊トゥインクル』の名物コーナーである。毎月、その月にデビュー戦か未勝利戦を勝利したウマ娘の中から、注目株をピックアップして特集する――というシンプルなコーナーだが、このコーナーで特集されたウマ娘は重賞戦線で活躍する率が高く、出世記事として知られている。自分から「特集してくれ」と担当を売り込みに行くトレーナーもいるとか。

 

「ただ、これだけは言っておくよ。たぶん記事の中では、ヒクマは『世代二強に挑戦する、もうひとりの注目株』みたいな扱いになると思う。それでもいい?」

 

 まず間違いなく、記事のメインはジャラジャラとエレガンジェネラルのふたりだ。ヒクマはあくまで3番手、世代二強に挑もうとする伏兵がいる、みたいな扱いの記事になるだろう。あれで負けず嫌いなところがあるヒクマがそれを、果たしてどう思うか――。

 

「え? うん、いいよ!」

 

 だけど、ヒクマはあっさり頷いてしまう。――本当にわかっているのだろうか?

 

「クマっち。あのさ、わかってる? 取材受けていざ記事が出たら、あの二人の添え物扱いで記事の隅っこにちっちゃく載ってるだけ――なんて扱いだったら、クマっちが傷つくんじゃないかって、トレーナーはそう心配して言ってるのよ?」

「こ、コンプちゃん、そんなはっきり……」

 

 私が言いにくいことをズバっと口にしてくれるコンプである。一応、乙名史記者からは3人を同じ分のスペースで公平に扱います、という言質は取っているが、それでも記事の中身まではあまりトレーナーが口出しできる話でもないわけで。

 

「ふえ? だってわたし、まだあのふたりに勝ってないし。でも、トリプルティアラでちゃんと勝つもん! キャクタスちゃんにはちゃんとライバル宣言したけど、あのふたりにはまだだから、今のうちに勝つぞーって宣言しておく!」

 

 ぐっと両拳を握りしめて、ヒクマは勇ましくふんすと鼻を鳴らす。どうやら私の心配は杞憂だったようだ。ヒクマの、負けず嫌いなところをこうやって常に前向きなエネルギーに変えるメンタルは、私個人としても見習いたいぐらいである。

 

「じゃあ、記者の人に取材OKって返事しておくね」

「うん!」

「……すごいなあ、ヒクマちゃん」

「すごいってーか、単に周りから自分がどう見えてるかとか全然気にしてないだけのよーな気がするんだけど、クマっちの場合」

 

 羨望の眼差しを向けるエチュードと、呆れ顔のコンプ。ふたりの頭を、私はぽんぽんと撫でてやる。

 

「ふたりも、来月のデビュー戦で勝って特集してもらおう」

「え、あ……えと、は、はい……」

「そりゃ当然あたしは勝つけど! 撫でるなー!」

 

 エチュードは恥ずかしそうに身を竦め、コンプはぷんすこと両手を振り回す。しまった、ヒクマが頭を撫でてやると喜ぶから、ついふたりにもそうしてしまったけど……。年頃の女の子の扱いは難しい。

 

 

       * * *

 

 

 そんなわけで、乙名史記者の取材当日。

 ヒクマのフォローと監督、あと乙名史記者がまた何か変なことを言い出さないか見守るために取材に同席させてもらったのだが……。

 

「それでは、お母様も走られたドバイシーマクラシックの出走が大目標と?」

「はい! 世界のウマ娘になります!」

「すっ……素晴らしいですっ!! 遠い生まれ故郷のターフで、母から娘へと繋がる世界の夢! 記者の立場を超えて、いちウマ娘ファンとして応援させていただきますっ!!」

 

 決まり文句らしいその発言こそあったものの、乙名史記者はヒクマの言うことを妙に拡大解釈することもなく、取材はごくごく平穏に和やかに進んだ。

 私のところに来たときの、あの妄想気味の発言はなんだったのだろう……?

 

「では……最後に。今回の特集では、ヒクマさんも選抜レースで戦ったエレガンジェネラルさんとジャラジャラさんと、ヒクマさんと3人を紹介いたしますが、ふたりに対して何か一言」

「はい! トリプルティアラで絶対勝ちます!」

「すっ……素晴らしいですっ!! 同期の強敵ふたりに臆することなき挑戦者の心! 新人トレーナーさんとの二人三脚で、世代最強から日本最強、そして世界最強のウマ娘へ! 大いなるその夢を支えるために、どんなことでもなさるのですねトレーナーさん!」

「え、私ですか!? いやまあ、やれるだけのことはやってあげたいと思いますが」

「素晴らしいですっ!! ヒクマさんだけでなく三人のウマ娘の担当をこなしながら、さらにライバルの情報蒐集にも余念なく、ヒクマさんがトリプルティアラの戴きを手にするために万難を排し、生活の全てをヒクマさんの夢のために費やすなんてぇ」

「ほえ?」

 

 ――訂正。この人の妄想癖は、ウマ娘じゃなくその周囲の人間に向かうらしい。

 

 

 

 ともあれ無事に取材は終わり、乙名史記者を見送ったあと。

 

「お疲れ様、ヒクマ」

「ん……う~、緊張したぁ」

 

 声を掛けると、ヒクマはほっと息を吐き出した。私は目を見開く。取材はいつも通り元気よく受けていたと思っていたが……。

 

「……ヒクマでも緊張するんだね」

「ふえ? するよー! コンプちゃんもそうだけど、トレーナーさんもわたしのことなんにも考えてないとか思ってるでしょー!」

 

 むー、と頬を膨らませるヒクマに、私は「ごめんごめん」と謝りながらその頭を撫でる。ヒクマは「えへへぇ~」と頬を緩めて尻尾を振った。……私がこういうことを言うと甚だ問題がある気がするが、なんというか、機嫌を直すのが簡単すぎて心配になる。

 

「トレーナーさん。わたしだっていろいろ考えてるんだよ?」

「たとえば、どんな?」

「…………」

 

 私が訊ねると、ヒクマは急に押し黙って、私を上目遣いに見上げる。

 

「……トレーナーさん、わたしの担当になって、大変じゃない?」

「え?」

 

 私は目をしばたたかせ――ああ、と思い至った。乙名史記者の妄想発言を真に受けたのか。まあ、確かにヒクマの担当になって以来、生活の全てとまでは言わないまでも、大半をヒクマ(とエチュードとコンプ)のために費やしているのは事実だけれども。

 私は苦笑して、わしわしと強くヒクマの頭を撫でてやる。「ふやぁ」とヒクマは撫でる私の手を押さえて、恥ずかしそうに身を竦めた。

 

「楽しいよ、ヒクマと一緒に夢を目指すのは」

「ふえ……」

「今はヒクマの夢が、私の夢だからね」

「……あう」

 

 小さく呻いたヒクマは、私が手を離すと、私を見上げて、ぐっと拳を握りしめた。

 

「トレーナーさん。わたし、ぜったいトリプルティアラで勝つよ! それで、日本でいちばん強いウマ娘になって、ドバイに行って、世界のウマ娘になる!」

「――ああ。絶対なろう! 世界のウマ娘!」

「うん!」

 

 改めて「えい、えい、おー!」とふたりで気合いを入れ直す。

 桜花賞まで残り10ヶ月。乙名史記者の妄想発言ではないけれど、この子の夢のために私にできることを、もっともっと探していこう。

 このキラキラした笑顔を、トリプルティアラのウイニングライブのセンターで見られるように――。

 

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