モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
7月。無事にリボンエチュードとブリッジコンプのデビュー戦が決まった。
「というわけで、ふたりとも月末の札幌だよ。コンプは土曜日の第5レース、芝1200。エチュードは日曜の第5レース、芝1800」
「おおー! ふたりともおめでとー!」
ぱっと両手を挙げて喜ぶヒクマ。それに対するふたりはというと、
「おめでとうは勝ってからでいいって、ふふん」
腕を組んでいつものドヤ顔のコンプと、
「……が、ががっ、がんばり、ます……っ」
デビュー戦という単語だけで既に緊張気味のエチュードである。なんというか、相変わらず対照的というか。コンプは気分よく先頭を走らせてあげれば大丈夫だろうから、とりあえずはエチュードの方が平常心でレースに向かえるようにしてあげないと。
「というわけで、ふたりとも今日から本格的に実戦的なトレーニングを取り入れていくよ」
「ばっちこーい!」
「は、はい……」
「コンプは何はさておき、スタートの練習。逃げるなら出遅れは致命傷だからね。コンプはスタートは上手いけど、本番に向けてさらに確実性を上げていこう」
「オッケー。ま、ハナ切っちゃえばあとはあたしのもんだからね!」
「頼もしいな。エチュードは、周りに惑わされずに自分のペースで走る練習。落ち着いて一番タイムの出せるラップを身体に刻み込んでいこう」
「……わかりました」
コンプもエチュードも、目下レースでの最大の課題は掛かり癖だ。コンプは前に誰かが走っていると無理をしてでも抜かずにいられない気性だし、エチュードは近くのウマ娘のペースにつられて自分のペースを乱してしまう癖がある。大勢で走るレースでは、いかに冷静に自分の走りができるかが勝負を分ける。
その点、ヒクマの最大の才能は、周りのことなんか気にせず自分の一番気持ちいい走り方をレース中でも自然にできてしまうことだろう。走っていると周りのことが目に入らなくなるヒクマの性格は、今のところレースではいい方に作用している。
ともあれ――。
「というわけで、助っ人を呼んだんだけど」
「助っ人ぉ?」
「ふわっはっはっはー! ブリッコ! ボクに勝負を挑んでくるとはいい度胸だなー!」
「げっ、アホスヴェル!」
「スヴェルちゃ~ん、勝負じゃなくて合同トレーニングですよ、略してゴングです」
いや、合同トレーニングをゴングとは略さないと思うが。
そんなわけで、合同トレーニングを依頼したのは以前の模擬レースでも相手になってくれたデュオスヴェルとオータムマウンテンである。どちらも同期の三冠路線で8月にデビュー予定のこのふたり、どういう経緯でかふたりとも同じトレーナーが担当についていたので、話を通しやすくて助かった。私はその担当トレーナーと挨拶を交わす。
「ちょっとトレーナー、なんでことあるごとにスヴェルが出てくんのよ」
「仲良いんでしょ?」
「よくない!」
ぶんぶんと両手を振って抗議するコンプ。そうは言っても、コンプの負けん気を最大限に発揮するには、デュオスヴェルと一緒にトレーニングするのが最適だと思ったのだが。
「というわけで、ゲートも借りてきたから、コンプはデュオスヴェルとスタートの練習。最初の200メートルで先頭に立ってた方の勝ちね」
「ふうん、ま、いっか。その勝負ならあたし負ける気しないし」
「なにー! あとであほ面かかせてやるぞブリッコ!」
「吠え面って言いたいの? てゆか、あんたスタート下手でしょアホスヴェル」
「むきー! 見てろ、絶対泣かしてやるー!」
「誰が泣くか!」
いつも通り仲良く言い合いを始めるコンプとデュオスヴェル。その姿に苦笑しつつ、私はエチュードとオータムマウンテンに向き直る。
「エチュードは、オータムと併走ね」
「あ、ええと、よろしくお願いします」
「はい、よろしく~。お近づきのしるしに、これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます……あの、これは?」
「東京レース場型クッキーです。あ、中山型の方が良かったですか~?」
「ご、ごめんなさい、違いがよくわかりません……」
オータムの方は相変わらず何を考えてるのかよくわからないが、模擬レースでも選抜レースでも、彼女は非常に正確なラップでの走りを見せている。同じ追込スタイルのエチュードにとっては、オータムの均一なペースでの走りは大いに参考になるはずだ。
というか、エチュードの併走相手としてオータムを貸してほしいとお願いしに行ったら、向こうのトレーナーからもデュオスヴェルのスタート練習相手としてコンプを貸してほしいという話になったのが、今回の合同トレーニングの発端だったりする。
「トレーナーさん、わたしはー?」
と、ヒクマが手を挙げる。
「ヒクマは……ええと、あれ?」
小坂トレーナーとミニキャクタスにも声を掛けておいたのだが……。
「あ、キャクタスちゃん!」
やっぱり先に見つけるのはヒクマなのである。例によっていつの間にか来ていた小坂トレーナーとミニキャクタスに、私は慌てて会釈。
「というわけで、ヒクマはキャクタスと一緒ね」
「はーい! あ、キャクタスちゃん、デビュー決まった?」
「……え、あ、うん」
例によって距離感の近いヒクマにたじろぎながら、ミニキャクタスは頷く。
「ホント? ね、いつ? 応援行くよ!」
「…………月末の、新潟」
「そっか! じゃあ――ってあれ、月末?」
ヒクマが私を振り返る。小坂トレーナーに確認すると、ミニキャクタスのデビュー戦はどうやらエチュードと同じ日の新潟第5レース、芝1800になるらしい。
「あ、そうなんだ……うう、ごめんねキャクタスちゃん、その日だとわたし、コンプちゃんとエチュードちゃんの応援で札幌だよ……」
「そんな……気にしないで」
慌てたように、ミニキャクタスは首を横に振る。
「でも、レースは必ず見るから! 札幌から応援するね! 新潟まで届くぐらい!」
「あ……ありが、とう……」
顔を赤くして俯くミニキャクタスの手を握って、ヒクマは満面の笑みを浮かべる。
微笑ましいいつもの光景に目を細めつつ、さて、と私は手を叩いた。
「それじゃあ、今日はよろしくお願いします。みんな、始めよう!」
『おー!』
* * *
「よぉーっし、これで5連勝! どーお? 身の程思い知った?」
「ちっくしょおおお! あと200メートルあればボクの勝ちだぞー!」
「あんたゲートの中で落ち着いてないからスタートのタイミング逃すんでしょーが」
「ゲートなんか嫌いだー!」
――トレーニングコースから、そんな騒がしい声が聞こえてくる。
グラウンドの外周をランニングしていたソーラーレイは、隣を走るバイタルダイナモが、その騒がしい声の方へと視線を向けたことに気付いた。自分もちらりと視線を向けると、ゲートの前で、栗毛の小柄なウマ娘と、鹿毛を三つ編みにしたウマ娘が口喧嘩をしている。ダイナモの眼鏡がキラリと光った。
「レイさんレイさん!」
「んー? どったの委員長?」
ダイナモがその方向を指さす。ソーラーレイは今気付いたように振り向いてそちらに目を細める。
「喧嘩の現場を発見しましたよ! 学級委員長として仲裁に行ってきます!」
「えー? あれ喧嘩かなあ? なしよりのなし……いやありよりのあり。うん、委員長、マジやばたん、ありゃー委員長の出番だよぉ」
「了解しました! こらーっ! そこ! 喧嘩はいけませーん!」
嬉々としてダイナモはそのふたりの元へ走って行く。手を振ってソーラーレイがそれを見送っていると、後ろから走ってきたふたつの影が呆れ顔でソーラーレイを見やった。
「お、ユイチョココンビじゃん。ちょりーっす」
「レイちゃん、なーにやってんの? あ、また委員長けしかけて遊んでるんだ」
現れたのはユイイツムニとチョコチョコである。チョコチョコはトレーニングコースの方に目をやり、突然割り込んできたバイタルダイナモに、栗毛と鹿毛のウマ娘がきょとんとしている様を眺めている。
「あはは、まーたやってる委員長。あの使命感どっから来るんだろーねえ、ムニっち」
「…………」
話を振られたユイイツムニは、ちらりとトレーニングコースを見て、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。その反応を見て、相変わらず無口なやっちゃなー、とソーラーレイは思う。
以前、『ユイってさあ、三つ編み眼鏡の本好きで無口って、何もそこまでわかりやすい図書委員キャラしなくてもいーじゃん?』とチョコチョコに言ったら、『ムニっちもレイちゃんには言われたくないと思うなあ』と返された。なんでだ。
ソーラーレイ、バイタルダイナモ、ユイイツムニ、チョコチョコの4人は、同じクラスの同じ短距離志望の4人組である。ユイイツムニとチョコチョコのふたりは既に担当が決まってデビュー待ち、ソーラーレイとバイタルダイナモは目下次の選抜レースを目指してトレーニング中の立場だ。できれば4人一緒にデビューしたいなあ、とソーラーレイは思っている。
というか、ダイナモはともかく、ユイイツムニとチョコチョコには負けたくない。かたやヒマさえあれば図書室で本ばっかり読んでる、レースで走ってるより小説でも書いてる方が似合いそうな文学ウマ娘。かたや、そのユイイツムニの膝の上でいつも昼寝ばかりしている能天気なサボり魔。同じ芦毛とはいえ、このふたりがなんで仲が良いのかも、ソーラレイにはわりと謎だが――。
納得いかないのは、同じクラスの短距離志望組の中でも、このふたりが明らかに頭ひとつ抜けて強いことである。
「任務完了、帰投しました! 学級委員長として、無事喧嘩の仲裁に成功しましたよ! さすが私! 世界平和の使者!」
と、そこへバイタルダイナモが戻ってくる。ドヤ顔で胸を張るダイナモに、「おー、さすがは大宇宙の秩序を統べる委員長殿」とチョコチョコが笑って手を叩く。
「おや、チョコさん! お目が高い! もっと褒めてください! さあユイさんも、偉大なる学級委員長たる私を讃えましょう!」
「……チョコ、私は先行くから」
「あ、ムニっち、逃げる気ー? 待ってよー」
ダイナモを完全にスルーして、ユイイツムニは走り出してしまう。チョコチョコもそれを追っていき、ドヤ顔のまま取り残されたダイナモは「あれ?」と視線を巡らせる。
「そんな! レイさん、ユイさんはどうして私を褒めてくれなかったのでしょう!?」
「あー、そりゃアレよ、マジ卍」
「はい、よくわかりませんが、もっと委員長として努力せよということですね!」
「そそ、バイブスあげてこー」
「了解です! では参りましょう!」
勝手に納得して走り出すダイナモを、ソーラーレイは笑って追いかける。
ホント委員長は見てて飽きないよぉ、と思いながら。
* * *
このとき、バイタルダイナモが仲裁(?)しに行った2人組のうちの片方、栗毛のウマ娘――ブリッジコンプと。
仲裁された側であるコンプが困惑顔で見送ったバイタルダイナモと、遠くからコンプたちを見ていた様子の3人組――ソーラーレイ、ユイイツムニ、チョコチョコと。
この5人が、翌年以降の短距離路線を色々な意味で賑わす存在になることを、この時点ではまだ、誰も知らない。