モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
ウイニングライブ。レースを勝ち抜いたウマ娘が、ファンと喜びを分かち合うステージ。そのセンターに立つことは栄誉であり、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘には、ただレースで勝つだけでなく、ライブでも相応しいパフォーマンスを見せることが求められる。
現実的な話をしてしまえば、スポーツとしての人気と同じぐらいに、見目麗しいウマ娘が歌って踊るウイニングライブのアイドル的要素は、トゥインクル・シリーズの人気を支えている重要な要素なのだ。ファンは推しのウマ娘がセンターで歌う姿を見たくて声援を送るのであるからして。
かくしてトレセン学園のウマ娘には、学生としての学業、アスリートとしてのトレーニングとともに、歌とダンスのレッスンも課せられる。指導者の私が言うのもなんだが、10代の女の子たちによくもまあこんな過酷な要求をするものだ。いや、気力充実して1日の長い10代の、人間より体力面で大きく勝るウマ娘だからこそ、こんなハードスケジュールをこなしてなお自由時間を遊ぶ元気が残るのかもしれない。
さて、前にも言ったが私は歌とダンスに関しては全くの門外漢である。トレーナー養成校ではそちらの基礎も一応学んだが、トレーナーの基本的な役目はあくまでもアスリートとしてのウマ娘の指導と管理。歌とダンスに関しては学園の専門指導員に任せておきたい。
……とはいえ、さすがに全くそちらにノータッチというのも無責任である、
メイクデビューのウイニングライブで転んでしまったヒクマを見て、少しぐらいはライブ練習の様子も見てあげるべきだろう、と思い直したのが先日のこと。
というわけで――。
「はい、ワン、ツー! ワン、ツー!」
レッスンが行われているダンススタジオを、覗いてみたのだけれども。
――鏡の前で真剣に振り付けの練習をしているウマ娘たちを見ていると、やっぱり門外漢の出る幕はないと思ってしまう。
ヒクマとコンプ、エチュードの姿もすぐに見つかった。それぞれまだ、動きにぎこちなさが見てとれる。まあ、デビュー前ならこんなものかもしれないが……。
「ブリッジコンプさん、テンポが速すぎ! 曲のリズムにちゃんと合わせて! リボンエチュードさんは動きが固い! もっと思いきって! バイトアルヒクマさんは逆に思い切りすぎ! 一生懸命なのは認めますけど、動きが大げさすぎます!」
「は、はひぃ~」
……大変そうだなあ。声を掛けるとしても、終わったあたりで出直すか。そう思い、そっとその場を離れようとしたところで、
「はい、では休憩!」
ダンス担当トレーナーが手を叩いて、ダンススタジオに弛緩した空気が流れる。ヒクマたちも大きく息をついてこちらを振り返り、――「あ」と目が合った。
「トレーナーさん!」
ぱっとヒクマが笑顔をほころばせて駆け寄ってくる。見つかってしまったからには仕方ない。私が手を挙げると、コンプとエチュードもこちらに気付いて、「うえ」とコンプは呻き、「はう」とエチュードは恥ずかしそうに身を竦めた。
「みんなお疲れ。はい差し入れ」
「わ、ありがと! トレーナーさん、いつから見てたの?」
「いや、ついさっき来たところだよ」
3人にスポーツドリンクを差し入れつつ、ダンス担当トレーナーと挨拶を交わす。
「どうです? ヒクマたちは」
「3人とも筋は悪くないんですけどね……。一生懸命で許してもらえるのはジュニア級までですから、あんまり甘やかさないでくださいね」
釘を刺され、私は頭を掻く。まあ確かに、ウイニングライブで転んでも許してもらえるのはメイクデビューまでだろう。
「トレーナー、どしたの急に。今までライブの練習は我関せずだったじゃない」
スポーツドリンクを飲みながら、コンプがジト目で私を見つめる。
「いや、3人がどんな風に練習してるのかぐらいは見ておこうと思って」
「クマっちが転んだの見て、単に全くノータッチもまずいかなーって思っただけでしょ?」
「ぐ」
「別にトレーナーに歌とダンスのセンスまで求めてないってば。トレーナーはあたしたちが速く走れるようにしてくれればいーの」
飲み終えたスポドリのペットボトルを私に突き返して、コンプは素っ気なく言う。ううん、なんか怒らせてしまったか? と私が頭を掻くと、
「え、どしたのコンプちゃん? さっきまでトレーナーさんに恥ずかしくないライブ見せるんだっていっぱい頑張ってたんだから、練習の成果見てもらおうよ」
「ちょっ、クマっち、言うなー!」
ヒクマの言葉に、コンプが真っ赤になってその口を塞ぎにかかる。私が目をしばたたかせてコンプを見やると、コンプはヒクマを羽交い締めにしたまま顔を伏せて唸る。
「うぐ、むぅ、くるひいよコンプひゃん」
「うーるーさーいー! クマっちはもうちょい場の空気を読めってのー!」
吼えるコンプに、私は思わず笑みを漏らして、その頭をぽんぽんと撫でる。
「わかった、じゃあコンプのダンスは本番まで楽しみにしておくね」
「む……って、だからトレーナー、撫でるなってばー! 子供扱いするなー!」
ヒクマを放して、コンプは両手をぶんぶん振って抗議する。まったく、かわいいなあ。微笑ましい気持ちで手を放し、それから私はエチュードに向き直る。
「エチュードはどう?」
「……が、がんばります……」
恥ずかしそうに顔を伏せるエチュード。――問題はこっちだろうなあ、と私は思う。
人見知りであがり症のエチュードは、はたしてライブの観客の前でちゃんと歌って踊れるのだろうか。まあ、デビュー戦前に余計な心配かもしれないが、もしライブが不安でレースに集中できない、なんてことになったら笑い話にもならない。
とはいえ、生来の性格はなかなか一朝一夕に変えられるものでもないわけで。
「エチュードちゃん、わたしたちの中で一番上手だよ!」
ヒクマが言い、コンプも頷く。
「エーちゃん、やっぱ名家の生まれだから小さい頃から基礎が叩き込まれてる感じ」
「そ、そんなことないよ……全然……」
ふたりの言葉に、エチュードはますます赤くなって俯いてしまう。
ダンス担当トレーナーをちらりと見やると、そちらも頷いた。なるほど、やっぱりエチュードの問題はメンタルか。古来から緊張をほぐす方法は色々あるものだけれども……。
そういった小手先の対策よりも、必要なのは成功体験だろう。ちゃんと自分は人前でもしっかり歌って踊れる、という――。
「ヒクマ、ヒクマ」
「なあに? トレーナーさん」
寄ってきたヒクマに、私は小声で耳打ち。
「……エチュードとカラオケ行ったりする?」
「うん、3人でよく行くよ。エチュードちゃん歌も上手いの」
「ふたりの前だとちゃんと歌えるんだ……なるほど」
頷いて、「よし」と私は皆に向き直った。
「今日はこのあとのトレーニングは早めに切り上げて、ライブに向けて歌の練習がてら、カラオケ行こうか!」
「わ、行く行くー!」
「え、トレーナーのおごり?」
「もちろん。練習だからね」
「やったー! さすがトレーナー、太っ腹!」
ヒクマとコンプが諸手を上げて喜ぶ。エチュードを見やると、エチュードは困ったように視線を彷徨わせて、それから「……は、はい」と消え入りそうな顔で頷いた。
* * *
というわけで、やってきたるは駅前のカラオケ。
「トレーナー、料理頼んでいい?」
「……食べ過ぎない程度にね」
「あ、わたしも何か食べるー! エチュードちゃんはほら、歌って歌ってー」
「え、わ、私から……?」
ヒクマからマイクを押しつけられて、エチュードは目を白黒させながらタッチペンを手にしばし悩んで、それからリモコンで曲を入れる。
流れ出したメロディーに、エチュードはマイクを手に立ち上がって、私の方を振り向き、
「…………~~~~ッ」
慌てたように、リモコンの演奏停止ボタンを押していた。曲が止まり、カラオケの画面が勝手に流れる宣伝動画に切り替わる。
「エーちゃん、なにしてんの?」
「ま、待って……ヒクマちゃんかコンプちゃん、先に歌って……。い、いきなりは、やっぱりちょっと……。せめて、お料理来てからとか……」
身を縮こまらせて、エチュードは言う。ううん、私がいるだけでダメか。
でも、このぐらいは乗り越えてもらわないと、ライブのステージには立ちようもない。
「エチュードの歌、聞きたいな」
「はうっ」
私の言葉に、エチュードはびくっと身を竦める。
「うん、エチュードちゃん、歌って歌ってー」
ヒクマが部屋に備え付けてあったタンバリンをしゃんしゃんと叩く。
「エーちゃん、恥ずかしがって歌わないのが一番恥ずかしいってば」
「ううう……」
「エチュードが歌わないなら、私から歌おうかな」
とりあえず、緊張をほぐしてあげないとダメかな。そう思って私は別のマイクを手に取る。本当はヒクマたちの歌のトレーニングなのだから、私が歌っても仕方ないのだが。
「え、トレーナーさん歌うの? わ、聞きたい!」
「期待しないでよ?」
「トレーナー、何歌うの? 無理してウケ狙いとかしなくていーかんね」
「うーん……何にしようかな」
リモコンで曲を検索しながら考えていると――ふと、隣にエチュードが腰を下ろす気配があった。振り向くと、エチュードは恥ずかしそうに俯きながら、マイクを私に向けて差し出す。
「……あ、あの、トレーナーさん……」
「うん?」
「い……一緒に、歌って、ください……」
「――了解。じゃ、さっきの曲でいい?」
「…………はい」
エチュードがさっき演奏停止にした曲を、もう一度入れ直す。これなら私も歌える曲だ。
「お、いきなりトレーナーとデュエットなんて、エーちゃんやるぅ」
「そっ、そういうんじゃなくて」
「ほえ? そういうってどういうの?」
「ヒクマちゃんは気にしないでー!」
顔を赤くしてエチュードがわたわたとしているうちに、曲のイントロが流れ出す。
私はマイクを手に立ち上がり、エチュードも私の隣に立った。私はなるべくエチュードの視界に入りにくい少し後ろ目に控えて、マイクを構える。
恥ずかしそうにこちらへちらちらと視線を向けながらも、今度はエチュードはちゃんと歌い始めてくれた。ヒクマがタンバリンでリズムを取り、コンプも手拍子を取る中で、私はエチュードと同じ曲を歌う。
カラオケの狭い部屋に、私の聞き苦しい歌声を掻き消すように、エチュードの綺麗な声が響き渡る。
まあ、それはいいのだけれども。
――エチュードの歌唱力と自分の歌唱力の歴然とした差に、歌い終わったときには私の方がちょっとブルーになっていた。
「と、トレーナーさん? あの、えと……」
「トレーナー、気にしない気にしない。トレーナーがステージで歌うわけじゃないから」
「慰められると余計に辛いんだけど!?」
コンプに肩を叩かれ、私はそう吼えるしかなく。
「そんなことないよー。トレーナーさんもいっぱい歌おー!」
相変わらず明るいヒクマの横で――エチュードも、楽しそうに笑っていた。