モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第26話 メイクデビュー札幌・ブリッジコンプvsユイイツムニ

 7月29日、土曜日。前日にはるばる飛行機に乗って、やって来たるは北海道、札幌市。札幌レース場は、北海道大学のすぐ近くに位置している。

 

「思ったより暑いな、札幌……」

 

 トゥインクル・シリーズのレースは基本的に日中に行われる。夏場にGⅠレースが開かれないのは、暑さ対策もあってのことだとかなんとか。新人ウマ娘も、夏場は涼しい札幌や函館でデビューさせる方が良いとはよく言われ、だからこそ私もコンプとエチュード、ふたりのデビュー戦を札幌で組んだのだが……。

 本日の札幌の最高気温は32℃。予報では明日も31℃。両日とも快晴。しかもメイクデビューの第五レースは正午過ぎという真っ昼間である。良バ場なのは結構なことだが、直射日光が照りつけるターフはいかにも暑そうだ。まあこれでも、35℃とか言っている東京や関西よりは若干マシではあるが……。

 

「コンプ、大丈夫?」

「ぜーんぜん。あたし、暑いのは平気だもん」

「元気だなあ、若者は」

「トレーナー、そーゆーこと言うと老化が早まるんだって」

 

 いつも通りナマイキなコンプに、私は肩を竦める。まあ、少なくとも緊張はしていないようで何よりだ。

 レース前の控え室。私はヒクマとエチュードと、最後にコンプに声を掛けに来ていた。

 

「コンプちゃん、応援してるからね!」

「がんばってね、コンプちゃん」

「まっかせときなさい! なんたってあたし、一番人気だもんね!」

 

 いつも通りドヤ顔で胸を張るコンプ。そう、このデビュー戦、コンプは9人立ての1番人気に推されていた。レース前から逃げ宣言をしているのも、起伏が少なく直線が短いため先行有利とされる札幌の芝1200という条件に合っていると思われたのだろう。

 

「さてコンプ。今日の作戦は?」

「スタートダッシュ決めて逃げ切り!」

「そう、他のウマ娘のことなんか気にしなくていい。全力で先頭走っておいで」

「言われなくても! 見てなさいトレーナー、あたしの華麗なる逃げ切り勝ちを! ブリッジコンプ最強伝説の始まりを目撃させてあげるんだからね!」

 

 時間だ。自信満々の顔で、コンプはパドックへと駆けていく。ヒクマとエチュードが手を振って見送る中、私はひとつ小さく唸った。

 ――コンプにはああ言ったけれど、果たして自由に逃げ切らせてもらえるだろうか。

 

「どうしました……? トレーナーさん」

「ん、ああ、いや、私の方が緊張してるのかな」

 

 エチュードが少し心配げに私を見上げる。私は笑って誤魔化しつつ、熱中症対策の塩飴を口に放り込み、改めて今日の出走表を見た。

 ブリッジコンプの力に疑問はない。自分の走りができれば勝てると信じている。だが。

 ――ひとり、気になるウマ娘がいた。コンプと同じく、選抜レースで好タイムの逃げ切り勝ちを収めている、芦毛のウマ娘。レース前のコメントでは特に逃げ宣言などはしていないが、果たしてコンプを、素直に逃げさせてくれるだろうか……?

 一風変わった、そのウマ娘の名前を、私は見つめる。

 ――6枠6番、ユイイツムニ。

 

 

       * * *

 

 

『今年初の真夏日になりました快晴の札幌、暑さをはね除けて新たなウマ娘がターフに飛び出していきます。本日の第五レース、メイクデビュー札幌。芝1200メートル、9人立て。6ハロンの短距離戦です。3番人気はサオウノヴェル、2番人気はユイイツムニ、1番人気は逃げ宣言のブリッジコンプ。楠藤さん、注目のポイントは?』

『選抜レースや模擬レースの映像を見る限り、上位人気ふたりがともに先行逃げ切り型ですね。ブリッジコンプとユイイツムニ、どちらがハナを切るかが勝負の鍵になるのではないでしょうか。直線の短い札幌ですから、仕掛けのタイミングが重要ですよ』

『なるほど、さあ1番人気の3番ブリッジコンプがターフに姿を現しました』

「コンプちゃーん!」

 

 いつも通り、関係者席で最前列に陣取った私たち。ヒクマが大きな声を上げ、コンプがそれに気付いてぐっとサムズアップを返す。いつも通り、落ち着いているようだ。

 

「あの子かわいいね、ブリッジコンプだっけ?」

「ママー、あのウマ娘さんすごくきれいな髪の毛してるー」

「応援してるぞー!」

 

 観客席からもそんな声があがる。実際、コンプは客観的に見ても文句のつけようのない美少女だ。綺麗な栗毛の髪に幼さと凜々しさが同居する顔立ち。小柄な体躯とあわせ、なんというか「愛らしい」という概念をそのままウマ娘にしたようである。1番人気に推されたのも、見栄えが人気を後押ししただろうことはまあ、否定できないところだ。

 けれど、このレースでそれに恥じない実力があるというところを、見せてくれるはずだ。

 

『そして、最後に現れたのが6番、ユイイツムニです。ブリッジコンプとはほとんど差の無い2番人気。果たしてどんなレースを見せてくれるでしょうか』

 

 ――来た。あの子だ。私は目を細める。

 芦毛を二本の三つ編みにして、眼鏡を掛けた、やや色黒のウマ娘。コンプと違って、決して目立つ容姿ではない。だが――。

 

「唯一無二って、またすごい名前だなあ」

「でも、なんか地味じゃない?」

「いや、それがどーも逸材だって噂だぞ。ベテラントレーナーがすごい惚れ込んでるとか」

 

 周囲からはそんなざわめき。観客席のそんな反応を意に介することなく、ユイイツムニは淡々とストレッチを済ませ、ゲートに入っていく。コンプもゲートに入り、全員が収まって、体勢完了。

 

『全員ゲートイン、体勢完了。――スタートです!』

 

 

       * * *

 

 

 緊張はなかった。あれだけ練習したんだ、スタートのタイミングは完璧だ。照りつける真夏の日射しも、いっそ気持ちいいぐらいに気分を高めてくれる。

 ゲートの中で軽くジャンプして肩の力を抜き、コンプは気合いを入れ直す。

 あたしは勝つ。最強伝説を作るんだから、メイクデビューぐらい勝って当然。クマっちはあんな楽勝だったんだ。あたしはもっと差をつけて圧勝してやる!

 考えるだけで楽しみだ。ゲートが開くのが待ちきれない。スタートの構えを取って、コンプは目の前に広がる札幌のターフを見つめる。

 

『全員ゲートイン、体勢完了。――スタートです!』

 

 ゲートが開いた瞬間、勢い良くコンプはターフへ飛び出した。

 よし、スタートは完璧! 手応えとともに、コンプは一気に前に出る。あっという間に視界から並んで走る他のウマ娘の姿が消え、最初の200メートルの手前で悠々とコンプは先頭に立った。

 よし、あとは残り1000メートル、全力で走りきるだけだ。誰もあたしには追いつかせない。追いつけるわけがない。このまま余裕で逃げ切り、大楽勝――。

 コンプがそう思った瞬間――すっと、その横に迫ってくる影があった。

 

「っ!?」

 

 コンプが左に視線を向けると、そこにはぴったりと自分に並んで走る、芦毛のウマ娘の姿があった。三つ編みを揺らし、陽光を眼鏡に反射させたそのウマ娘は、ユイイツムニ。

 

『さあ逃げ宣言の3番ブリッジコンプ、好スタートから押していって早くも先頭、そこにぴったりと横につけたのが6番ユイイツムニ。人気のふたりが共に逃げを図ります』

「――あたしの前、走ろうとするんじゃないっての!」

 

 先手を取られてたまるか。コンプはペースを上げて前に出ようとするが、ぴったりとユイイツムニは外からくっついてくる。積極的にコンプの前に出ようとするわけではなく、さりとてコンプの後ろに控えるわけでもない。完全に真横についての併走――。

 ――あたしを競りかけて潰そうって? 上等じゃない!

 コンプがさらにペースを上げると、ようやくユイイツムニは半バ身ほど後ろに控えた。視界から目障りな三つ編みが消えて、コンプはやっと息を吐く。

 

「アホスヴェルみたいな三つ編みしちゃって、ったく――」

 

 なんであたしと逃げで張り合おうとする奴はどいつもこいつも三つ編みなのだ。三つ編みのウマ娘は嫌いだ。理不尽な怒りを抱きつつ、コンプは先頭で3コーナーに入る。

 札幌のコーナーは比較的緩やかだ。小回りが苦手なコンプにはありがたい。残り600の標識を越える。あっという間に残りは半分。1分で決着する6ハロンのレースは、視界の景色のように一瞬で流れていく。

 

『さあ600を通過して先頭はブリッジコンプ! ユイイツムニは外からぴったりとそれをマークして追走します。3番手集団はその2バ身後ろ。逃げるふたりを捕らえられるか、4コーナーを曲がって残り400、札幌の短い直線に入ります』

 

 芝を踏みしめる足下の感触はいい。まだまだ走れる!

 4コーナーを曲がりきれば、もうゴールはすぐそこだ。

 残り300。コンプは後ろを突き放そうと、ラストスパートをかける。

 強く芝を踏みしめ、遮るもののないゴールへ向かって、一直線に――。

 

 その視界を、芦毛の影が覆い隠した。

 

「なっ――」

 

 半バ身後ろに控えていたユイイツムニが、直線でスパートして追い抜いてきたのだと理解するのに数秒を要した。抜かれた――あたしが?

 

『おーっとここでユイイツムニが仕掛けた! 一気にブリッジコンプを抜いて先頭!』

「な、なによ、このぉ――っ!!」

 

 ここからだ。ラストスパートだ。脚は残ってる、あたしの前を走らせなんかしない!

 両足に力を込めて、コンプは前へ、前へと脚を踏み出す。

 気持ち良く脚は伸びている。調子はいい。疲れてもいない。

 ちゃんと加速していることが、身体に感じる風でわかる。

 どう考えても、自分が勝てる流れのはずだ。先頭で逃げて、ラストスパートでもうひと伸び。これであたしに追いつけるウマ娘なんていない。いないはずなのに――。

 

「なんっ、で――」

 

 差が、縮まらない。

 半バ身前を走るユイイツムニとの差が――全く、詰まらない。

 

 みるみるゴールが迫る。まだ前にはユイイツムニの背中。

 そんな。そんなバカな。あたしは最強なのに。短距離で最強伝説を作るはずなのに。

 こんな、いきなりこんな、デビュー戦で――。

 

「負ける、もんかああああっ!」

 

 叫んで、コンプは必死に身体を前に倒して走る。

 掛け値無しの全身全霊。全力を絞り尽くして、先頭に出ようとする。

 ――それでも、ユイイツムニとの差は詰まらない。

 それは絶望的な、あまりに絶対的な半バ身差。

 

『ユイイツムニ先頭! ブリッジコンプも粘る、粘るがしかし、ユイイツムニです! ユイイツムニ譲らない! 譲らずそのまま――ゴールッ!』

 

 ゴール板を駆け抜けたとき。

 ブリッジコンプの視界には、ただその、芦毛の三つ編みが揺れていた。

 

『勝ったのはユイイツムニ! ブリッジコンプも粘りましたが、それをぴったりマークしたユイイツムニが、見事にメイクデビューを勝利で飾りました!』

 

 ――歓声が、ひどく遠く、コンプの耳に響いていた。

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