モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第27話 敗北は次への力

 ブリッジコンプ、1番人気で迎えたデビュー戦は、半バ身差でユイイツムニの2着。

 悪い結果ではない。タイムはデビュー戦なら普通は勝っているものだったし、レース展開もほぼ理想的だった。直線でユイイツムニに突き放されず粘った内容も、負けてなお強しと評されるに値するものだった。

 中盤の競り合いも決して掛かってしまったというほどではない。ただ、相手が強かった。結局のところ、敗因はそれに尽きる。

 ――しかし、本人がそれに納得できるかどうかは別の話だ。

 

「コンプ」

 

 レースを終え、戻ってきたコンプは、視線を落としてぎゅっと唇を引き結んでいた。

 駆け寄ろうとしたヒクマとエチュードを制して、私はゆっくりとコンプに歩み寄る。

 ――負けてしまったときに何と声をかけるべきか、頭の中ではいろいろシミュレートしていたけれど、コンプのその表情を見たら、事前の想定なんて全部吹き飛んでしまった。

 レースの勝者はひとり。勝つのは決して簡単なことではない。だからこそ、ひとつの負けで俯いている暇はない。それは正論だけれど、だからといって負けた悔しさが消えてなくなるわけではないし、その悔しさを失ってしまったら、上を目指すことなんて出来はしないのだ。

 だから私は――俯いたコンプの頭に、ぽんと手のひらを載せた。

 

「お疲れ様」

「――――~~~~ッ」

 

 両の拳を握りしめて、肩を震わせたコンプは――きっ、と睨むように私を見上げた。

 

「トレーナー!」

「うん」

「来週! 未勝利戦組んで! 小倉でも新潟でもどこでもいいから! 絶対勝つから!」

「――解った。でも、さすがに連闘はダメ。来月下旬ね」

「そんなの待てない! 未勝利戦なんてさっさと突破して、あいつ倒しに行かなきゃ――」

「解ってる。ユイイツムニを倒しに行こう。11月の京王杯ジュニアで」

「――――ッ」

「あと3ヶ月ある。次で未勝利戦を勝って、9月末か10月頭に条件戦ひとつ勝って、京王杯ジュニアだ。ユイイツムニはきっと出てくる。必ず倒しに行こう」

 

 ぐしぐしとコンプの頭を撫でてやると、コンプはもう一度大きく肩を震わせて、

 

「――撫でるな~っ!」

 

 両腕をぶんぶん振り上げて抗議する。よし、いつもの調子が戻ったようで何よりだ。ヒクマとエチュードが駆け寄ってきて、コンプに声をかける。あとはふたりに任せることにして、私はそっと離れた。

 負けはしたが、たぶん勝利以上の収穫のあったレースだった。この負けで、コンプはもっと大きく強くなれるはずだ。そのために、私もできる限りのことをしよう――。

 そう目を細めていると、ウイナーズサークルの方から歩いてくるウマ娘の姿が目に留まった。――ユイイツムニだ。ウイナーズサークルでのインタビューを終えて戻ってきたところらしい。

 コンプがその姿に目を留めて、ヒクマとエチュードを振り切ってそちらに駆け寄る。

 

「ちょっと、そこのあんた!」

 

 呼びかけに、ユイイツムニは応えない。足を止めることなく通り過ぎようとする。

 

「ちょっと、あんたよあんた、そこの三つ編み眼鏡!」

 

 その言葉で、ようやくユイイツムニが足を止めた。無言でコンプを振り返る。

 

「11月の京王杯ジュニア、そこであんたのこと絶対倒すから! 絶対出てきなさいよ!」

「…………」

 

 ユイイツムニは、眼鏡の奥の目を怪訝そうに眇めて――そして、無言で踵を返す。

 

「あっ、こら、無視すんなー!」

 

 地団駄を踏むコンプをスルーして、ユイイツムニの背中は遠くなっていく。「うがー!」と吼えるコンプを、ヒクマが慌ててなだめに行った。

 それを眺めながら、私は不安そうに俯いているエチュードへと歩み寄った。

 

「エチュード」

「……トレーナーさん」

 

 ヒクマの勝利と、コンプの敗北。明暗の分かれた親友ふたりのデビュー戦を見て、エチュードはどう思っただろう。その内心はただ推し量ることしかできないが、泣いても笑っても明日はエチュード自身のデビュー戦だ。

 

「怖い?」

「…………っ」

 

 私の問いに、エチュードはぎゅっとスカートを握りしめて、「……はい」と頷いた。

 私は、その頭をぽんぽんと撫でてやる。

 

「じゃあ、今のうちに怖がれるだけ怖がっておこう」

「――え?」

「そうすれば、明日には怖がるのに飽きちゃってるよ」

「――――…………」

 

 怖がることはないとか、開き直れとか、口で言うのは簡単だけれど、言われてそうできれば誰も苦労はしないのだ。自分の競走人生のスタート地点、怖がらないヒクマやコンプの方が珍しい。

 怖がって、怖がって、でも挑むしかない。エチュードの性格的に、ヒクマやコンプの真似はできないのだから、エチュードなりの開き直り方を、エチュード自身が見つけるしかないのだ。

 

「……トレーナーさん」

「うん」

「あの……恥ずかしい、です」

「あ、ごめん」

 

 ヒクマが撫でてやると喜ぶから、どうも癖になってしまっている。ぱっと手を放すと、エチュードはますます身を縮こまらせて、消え入りそうな声で言った。

 

「…………は、恥ずかしいけど、嫌、じゃ、ないです」

「え?」

「明日……もし、勝てたら……あの、ヒクマちゃんみたいに……褒めて、くれますか?」

「――――ああ、もちろん」

 

 頷いた私に、エチュードは――スカートから手を放し、その両手を拳の形に握りしめた。

 

 

       * * *

 

 

「や、ムニっち、デビュー戦おつかれ~」

「……チョコ」

 

 担当トレーナーとの軽い話し合いを終え、控え室まで戻って来たユイイツムニを出迎えたのは、親友のチョコチョコだった。控え室のドアの横、後頭部で腕を組んで、壁にもたれたチョコチョコに、ユイイツムニは足を止める。

 わざわざ札幌まで来ているのは、ふたりとも、同じトレーナーの担当だからである。というか、先にユイイツムニがスカウトされ、担当を決めあぐねていたチョコチョコが「ムニっちと一緒の方が気楽でいいや」とユイイツムニの担当に自分を売り込んだのだが。

 

「トレーナー、なんだって?」

「……次、カンナステークスだって」

「てことは、次は中山かあ。で、その次が京王杯ジュニアか、ひょっとしたら朝日杯?」

 

 ユイイツムニは頷く。トレーナーが自分に期待していることは理解している。次走はスプリンターズステークスが開催される中山の1200を経験させて、順調ならそのまま東京1400の京王杯ジュニアステークス。もしマイルもいけそうなら、12月の朝日杯FSも視野に入れる――というところか。

 スプリントだけではどうしても出られるレースが限られる。マイルもいけるなら、クラシック級の春はNHKマイルカップに挑ませたいというのが、トレーナーの本音だろう。

 

「さっすが、期待の星は違いますなあ。ま、あたしは年内に重賞出られればいーや。同じ担当のウマ娘をわざわざ同期の期待の星にはぶつけないだろーし」

「…………」

 

 飄々と言うチョコチョコに、ユイイツムニは目を眇める。――口ではそう言っておいて、チョコチョコの実力は同級生でルームメイトのユイイツムニが一番よくわかっている。全く、謙遜もいいところだ。同期で一番のライバルは、間違いなくこの親友になる。

 ――今日のレースまでは、ユイイツムニもそう思っていた。

 

「でもさあ――」

 

 と、チョコチョコが不意に顔を引き締めてユイイツムニを見やった。

 

「ムニっちも安穏とはしてらんないよねえ、今日のレース見たらさ。ムニっちに直線で突き放されずに最後までついてきた子、初めて見たよ」

「――――」

 

 言われるまでもない。そんなことは、あの子と一緒に走った自分が一番よくわかっている。直線で抜け出した瞬間、これであとは突き放すだけだと思った。――なのにあの子は、あの栗毛のウマ娘は、最後まで食らいついてきた。

 最後の直線200メートル、ユイイツムニが全力でスパートして、全く差を広げられなかったのは――あの子が、初めてだった。

 半バ身後ろに、ぴったりと食らいついてきたその気配は、忘れるべくもない。

 

「……さっき、あの子に言われた」

「お? なんて?」

「京王杯ジュニアで再戦しろって」

「――どうすんの? ムニっち」

 

 試すように、チョコチョコは笑みを浮かべてユイイツムニを見やる。

 答えはひとつだ。考えるまでもない。

 

「叩き潰す」

「――あはは、そうでなくっちゃねえ」

 

 心底楽しそうに、チョコチョコは拍手するように手を叩いた。

 

 

       * * *

 

 

 一方その頃、ブリッジコンプの控え室。

 

「――あーっ!」

 

 シャワーを浴びて汗を流し、着替えようとロッカーを開けたブリッジコンプは、そこに掛かっている衣裳を見て、大事なことを思い出した。

 

「どしたの? コンプちゃん」

 

 ドアを薄く開けて、ヒクマとエチュードが覗きこむ。

 コンプはその衣裳――ウイニングライブ用の衣裳を手に、固まっていた。

 

「……1着になることしか考えてなかったから、2着の振り付け全然練習してない」

 

 その言葉に、ヒクマとエチュードは顔を見合わせる。

 ウイニングライブは3着までステージに上がる。2着のコンプは、1着のユイイツムニの横で踊らないといけないのである。

 

「だ、大丈夫……! 私が覚えてるから、今から練習すれば間に合うよ……!」

「じゃ、わたし1着やるから、合わせてやろ!」

「ううっ、助かるぅ……」

 

 ――そうして、全レース終了後のウイニングライブの時間までを、ブリッジコンプはひたすら「Make debut!」の2着の振り付けの練習に費やすことになるのだった。

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