モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第3話 選抜レース

 トレセン学園の一大行事、選抜レースは年に4回行われる。選抜レースの模様は一般にも公開され、出走ウマ娘の身内はもちろん、デビュー前のピカピカの新人ウマ娘をチェックしに訪れる熱心なウマ娘ファンも少なくない。レースには実況もつき、さすがにテレビ中継こそ無いものの、ネット配信も行われている。

 しかし何より、選抜レースの最大の目的は、トレーナーが担当ウマ娘を探し、担当ウマ娘がトレーナーを探す場であるということだ。トゥインクル・シリーズには専属トレーナーがつかない限り参加できない。どんなトレーナーだって素質あるウマ娘を担当したいものであるから、高い能力を見せたウマ娘にはトレーナーが列を為す一方、何度選抜レースに出てもトレーナーがつかず、夢破れて学園を去るウマ娘も少なくない。

 中央のトレセン学園に入学できるというだけでもウマ娘の中では充分にエリートなのだが、それをさらに容赦なく篩いにかける場。それが選抜レースだ。ウマ娘たちの戦う勝負の世界は、既にここから始まっている。

 ――そしてトレーナーにとっても、担当ウマ娘を見つけられるか、大勢のウマ娘の中から信頼関係を結べる相手と出会えるか、やはり容赦ない戦いの場なのである。

 正直なところ、新人トレーナーの私が、何のアテもないところから担当ウマ娘を見つけられるかと言われると、甚だ心もとない。だけども――。

 

「あっ、お疲れ様です!」

 

 呼びかけられて振り向くと、同期のトレーナーの姿があった。

 

「桐生院さん。お疲れ様です」

「ドキドキしますね、選抜レース。緊張もしますけれど……でも、楽しみです」

 

 私の隣に並んでターフを見渡す彼女は、桐生院葵。数々の名トレーナーを輩出してきた桐生院家の出で、養成校の試験も首席で突破し、新人ながら既にその名が知られているエリートトレーナーだ。無名の私とは本来縁のない人のはずなのだけれど、なぜか彼女の方から私に声をかけてきて、それ以来同期の友人としての付き合いが続いている。

 

「桐生院さんでも緊張しますか」

「もちろんですよ。……貴方は落ち着いてらっしゃいますね」

 

 不思議そうに桐生院さんが私を覗きこんでくる。私は苦笑して首を振った。

 

「いや、そうでもないですが……まあでも、そうですね。ひとり、気になってる子がいまして。まだちゃんと走りを見たことはないんですが、スカウトしたいと思っています」

「そうなんですか! ……実は私も、ひとり気になっている子がいるんです」

「お互い、その子の担当になれるといいですね」

「はい……そうなりたい、です」

 

 ――そう、私はもう、あの子をスカウトしようと、ほぼ心に決めていた。伝手も何もない新人トレーナーだから、他に選択肢がないんだろうと言われれば返す言葉はない。誰もが注目する有力ウマ娘の列には、私が割り込む余地はないだろう。……同期の雑談を耳にした限りでは、彼女の名前はそういった最有力ウマ娘の中には無かった。

 だけど、いや、だからこそ。――あんなキラキラした瞳で走りたがる彼女が、レースでどんな走りを見せるのか。私は純粋に、それを楽しみにしていたのだ。

 ――と、そこへ。

 

「あれ? あっ、この前のトレーナーさん!」

 

 噂をすればなんとやら。バイトアルヒクマが、私の近くを通りかかって足を止めた。体操服に4番のゼッケンをつけて、相変わらず楽しそうな笑顔を浮かべている。

 

「やっぱり来てたんだー。わたし、このあと走るんだよ!」

「うん、知ってる。芝の1600だよね」

「うん! がんばって走るから、見ててね! それじゃねー!」

 

 大きな瞳を輝かせて、バイトアルヒクマは大きく手を振って走り去っていく。その背中を見送って、――さて、と僕は手元の、今回の出走表を見下ろした。

 バイトアルヒクマ。彼女の名前は、芝1600メートル部門の第4レースにエントリーされている。短距離、マイル、中距離、どこを目指すにしても素質の見極めにちょうどいい距離だ。先日彼女と一緒にいたリボンエチュードも、同じ芝1600メートルの第5レースにエントリーしている。小柄で気の強いブリッジコンプは、中長距離志望らしく、芝2000メートルにエントリーしていた。

 

「……ひょっとして、今の子ですか?」

 

 桐生院さんが私の顔を覗きこむ。私は笑って誤魔化し、そして出走表に並ぶ名前を眺めた。――彼女の出る第4レースには、ふたつ、私も耳にした名前が並んでいる。

 

「おっ、来たぞ来たぞ!」

 

 と、近くのトレーナーたちが一斉にざわめき、その視線がコースに現れたひとりのウマ娘に集まった。もちろん、それはバイトアルヒクマ――ではない。ボブカットにした鹿毛を、額を大きく見せるように前髪を短く切りそろえた、長身のウマ娘である。凛とした表情で、小走りに現れたその姿に、トレーナーや観客のざわめきが大きくなる。

 

「エレガンジェネラルだ! エレガンジェネラルが来たぞ!」

「見て、あの長身と長くて引き締まった脚。走る姿勢も変なクセがなくてブレがない。その上性格も極めて真面目な優等生。惚れ惚れするような素材だわ。あの子は間違いなく再来年のクラシックの主役よ」

「本人はティアラ路線志望なんだろ? いいトレーナーがつけばトリプルティアラも夢じゃないんじゃないか」

「いやいや、もうひとり化け物がいるんだよ、今年のティアラ路線志望の新人には。――っと、噂をすれば、もうひとりも来たぞ」

 

 そんな声の中、エレガンジェネラルの後ろから、欠伸を噛み殺しながら歩いてくるウマ娘の姿がある。栃栗毛のショートヘアを後ろで短いテールにした、褐色肌のウマ娘。噛み殺していた欠伸が盛大に漏れて、その音にエレガンジェネラルが振り返った。

 

「もう、ジャラジャラさん! 選抜レースの前ですよ、もっとしゃきっと!」

「んなこと言ったって、眠いもんは眠いんだって。あたしはまだ寝てるっつってたのに、無理矢理起こしたのはジェネじゃんかさあ」

「いっつもそう言ってギリギリまで寝てるジャラジャラさんが悪いんです! 選抜レースのときまで遅刻寸前なんて絶対ダメですから! 貴方のおかげで私まで何回遅刻しそうになったと思ってるんですか」

「別に、いつも先行っていいって言ってんのに」

「そういうわけにはいきません。ルームメイトに遅刻の常習犯になられたら私まで迷惑なんですから。って、今はそういう話じゃないです! 眠そうな顔で選抜レースに出る人がいますか!」

「うるさいなあ。だいじょぶだいじょぶ、レースまでには眠気も覚めっから。……あふ」

 

 エレガンジェネラルに口うるさく怒られている、褐色肌のウマ娘は、ジャラジャラ。不真面目そうな態度だが、これでいてその素質は既にエレガンジェネラルと並び称され、今日の出走ウマ娘の中でも最も注目を集めているひとりだ。身体は決して大きくないが、全身のバネがものすごく、スタートで一気に加速してそのまま独走する逃げ脚質のウマ娘と聞いている。

 

「あっちはなんだか扱いにくそうなウマ娘だなあ」

「でも、素質はホンモノだって話だぜ。なんでもネレイドランデブーに併走を申し込んでクビ差だったっていうんだから」

「マジかよ? 今度のマイルCSでも本命の?」

「そうそう。さすがに向こうは全力じゃなかったとしても、デビュー前でネレイドランデブーのペースについていけるウマ娘なんて考えられるか?」

「彼女もティアラ路線志望なのよね。今の段階でエレガンジェネラルと果たしてどっちが強いのか、今日の選抜レースではっきりするということね」

 

 ――そう、この2人がまさに、今日の選抜レースの大本命だった。今の時点で既に、再来年のトリプルティアラの本命と目される、優等生のエレガンジェネラルと、気ままなジャラジャラ。2人は揃って、芝1600メートルの第4レースにエントリーしていた。そう、バイトアルヒクマと同じレースである。

 この2人相手に、あの子はどれだけ戦えるのだろう?

 バイトアルヒクマの姿を探すと、いた。見覚えのあるウマ娘ふたりと何やら話している。体操服姿でもすぐに解った。先日も一緒だったリボンエチュードとブリッジコンプだ。

 

「う、うう……緊張するよお……。みんな見てる……ど、どうしよう、ヒクマちゃん、コンプちゃぁん」

「そんなの、この場の全員あたしにひれ伏させてやればいいの!」

「おー、コンプちゃんふぁいとー! わたしもがんばるー!」

「……うう、このふたりに相談したのが間違いだったぁ……。で、でも、ヒクマちゃん大丈夫? なんだか、ヒクマちゃんと一緒に走るの、凄い人たちみたいだよ?」

「ふえ、そーなの? おおー、たのしみー!」

「そうそう、クマっちその意気! エーちゃんも見習う! 最強のウマ娘になるなら選抜レースぐらい圧勝楽勝、100バ身差ぐらいつける意気でいくの!」

「ひゃ、100バ身は物理的に無理だよ絶対……。ヒクマちゃんはなんで緊張しないの?」

「え? だって、楽しみだもん! あーっ、早く走りたい! うーっ、もう走る!」

「クマっちは順番まだだってば」

 

 走りだそうとしたところを、ブリッジコンプに体操服の裾を掴まれて、バイトアルヒクマはじたばたと両手両足を動かして呻く。――どうやら、この選抜レースの舞台でも彼女は相変わらずらしい。

 と、そこへ会場内へアナウンスが流れる。

 

『芝2000メートル、第2レース出走者は第2コースでご準備ください』

「おっと、あたしの出番だ! じゃ、クマっち、エーちゃん、行ってくるね! ズバッと逃げ切ってくるから!」

「おー! コンプちゃんがんばれー!」

「が、がんばってね……」

 

 意気揚々とコースへ向かうブリッジコンプを、ふたりが手を振って送り出す。――と、そのブリッジコンプの前に、立ち塞がる影があった。

 鹿毛を2本の三つ編みにしたウマ娘が、ブリッジコンプの前に仁王立ちする。

 

「ふっふっふ、待ってたぞブリッコ! 今日はボクがお前をたおーっす!」

「ブリッコ言うな、ツルツル滑太郎! アンタなんかに負けるあたしじゃないのよ!」

「滑太郎言うな! ボクの名前はデュオスヴェル!」

「滑ってんじゃん」

「滑ってない! むがー、ブリッコのくせにー!」

「あたしはブリッジコンプだっての! ブリッコ言うな!」

 

 睨み合うふたり。まるで子供の喧嘩だ。出走表を見ると、ブリッジコンプと同じ芝2000メートルのレースに、デュオスヴェルの名前があった。

 

「もー、スヴェルちゃん、喧嘩しちゃダメですよ」

 

 と、その後ろからまた別のウマ娘が顔を出す。栃栗毛を二つ分けのボブカットにしたそのウマ娘は、デュオスヴェルの三つ編みを引っぱる。「ぐげ」とデュオスヴェルが呻いた。

 

「オータム! なにすんの!」

「スヴェルちゃん、犬と喧嘩は火事も食わないんですよ」

「オータムさん、それなんか色々混ざって間違ってる」

「あれ? そうでしたっけ? まあいいです。ほらスヴェルちゃん、寮に帰りますよ」

「ボクこれから選抜レースだよ!」

「ああ、そうでしたそうでした。寮に帰って選抜レースを見ましょう」

「ちがうー! ああもう、先行ってるからブリッコ! 今日はボクが勝ーつ!」

 

 脱兎のごとく逃げだしていくデュオスヴェル。ブリッジコンプは肩を竦めて、オータムと呼ばれたそのウマ娘に会釈しつつ「だからブリッコ言うなー!」と追いかけていく。オータムと呼ばれたウマ娘は、頬に手を当てて困ったようにそれを見送っていた。

 

 ――なお、その芝2000メートルの選抜レースでは。

 ブリッジコンプとデュオスヴェルのふたりが序盤から張り合うようにして完全なオーバーペースでぶっ飛ばした挙げ句、コーナーで勢い余ってふたりとも盛大に逸走。ふたりとも何とかコースには戻ったものの、デュオスヴェルは走る方向を間違え、ブリッジコンプは完全にスタミナが尽きてヘロヘロのまま、ブービーとビリでゴールインしていた。

 

       * * *

 

 そんな微笑ましい(?)一幕はさておき。

 いよいよ本題の芝1600メートル、第4レースの出走が近付いてきていた。

 選抜レースでは本格的なものではないが、ウマ娘のゲート適性も見せるために簡易ゲートが使われる。ウマ娘にはなぜかこのゲートに入るのを極端に嫌がったり、ゲートが開く前に体当たりしてしまったりする子がいるため、ゲート試験がある。これをパスしないと選抜レースには出られないのだが、試験はパスできても本番になるとゲート難を発症してしまう子は珍しくない。

 そもそもゲートは、ウマ娘によるレースが始まった頃に、ウマ娘が本能的に合図を待てずに走り出してしまって公平な競争がなかなか成立しなかったため、障害物としてスタート地点に長い棒を渡して、それが落ちるのをスタート合図としたのが始まりとされる。目の前に何もないターフがあると走り出したくなるのはウマ娘の本能らしく、狭いゲートを嫌がるのも広々とした芝の上こそが彼女たちの世界だからなのかもしれない。

 さて、あのレースを前にしての落ち着きの無さだと、バイトアルヒクマはひょっとしたらかなりのゲート難では、という心配はあったのだが――。

 ……結構落ち着いている。

 すんなりゲートに入ったバイトアルヒクマは、身体を捻って軽くストレッチをしている。本番が近付くとかえって冷静になるタイプなのだろうか。表情は相変わらず、勝負の前とは思えないほど明るい。

 レースは10人立て。本命のふたり、ジャラジャラは最内の1番、エレガンジェネラルは大外の10番に入った。バイトアルヒクマは4番。逃げ脚質だというジャラジャラがおそらく内からレースを引っぱるのだろうが――さて、バイトアルヒクマはいったいどんなレースをするのだろう?

 期待と、一抹の不安を胸に――。

 

『さあ、注目の芝1600、第4レース! 今回の選抜レースでも一、二を争う注目度のふたりが対決します! 1番ジャラジャラ、10番エレガンジェネラル! 最内と大外のこの2人に、間の8人は対抗できるのか? さあ、ゲートイン完了――スタートです!』

 

 ゲートが開き、10人のウマ娘がターフへと駆け出していった――。

 

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