モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第31話 未勝利戦!

 本格化し始める、夏のジュニア戦線。

 来年のクラシック戦線を争う有力ウマ娘たちは、続々と結果を出しはじめていた。

 

『さあデュオスヴェル逃げる逃げる! 後続を突き放したまま一人旅だ! これは後続はもう無理でしょう! デュオスヴェル快勝!』

 8月6日、メイクデビュー札幌(芝1800)、1着デュオスヴェル。

「はっはっはー! 見たか! ボクがデュオスヴェル様だー! 覚えとけー!」

 胸を張って呵々大笑するスヴェルのドヤ顔が、翌日の日刊ウマ娘の紙面を飾った。

 

『外からオータムマウンテン! オータムマウンテンが来た! 先頭集団をまとめて撫できってゴール!』

 8月13日、メイクデビュー札幌(芝2000)、1着オータムマウンテン。

「はい、札幌のスープカレーがとっても美味しかったので、いいデビュー戦でした~」

 オータムのとぼけたレース後インタビューは、ネットで話題を呼んでいた。

 

『エレガンジェネラル強い! 圧巻のレコードタイム! 見事2戦目で重賞制覇です! 来年のトリプルティアラの本命はやはりこのウマ娘か!』

 8月27日、GⅢ新潟ジュニアステークス(芝1600)。1着エレガンジェネラル。タイムはレコード、1:33.01。

「重賞制覇もレコードも栄誉ですが、まだここは通過点ですので。次は10月のアルテミスステークスです。そして12月の阪神JFに挑みます」

 重賞勝利に喜ぶでもなく、当然のことのように淡々と今後の予定を語るエレガンジェネラルの姿に、ファンはやはり来年の本命はこの娘だと語り合った。

 

 そして、デビュー以降、なかなか2戦目の決まらなかったジャラジャラは――。

「2戦目はサウジアラビアロイヤルカップ。それから阪神JFに向かいます」

 棚村トレーナーから正式にそう発表があり、実力はエレガンジェネラルと同等かそれ以上とも言われる、トリプルティアラ有力候補の重賞初挑戦に注目が集まった。

 

 

       * * *

 

 

 もちろん、私たちも負けてはいられない。

 少し時間を巻き戻し、エレガンジェネラルが新潟で2戦目に挑んだその前日、8月二26日。私たちは再び札幌の地に乗りこんでいた。今回は未勝利戦なので、土曜日の朝も早くからの第1レースと第2レースである。

 

「ったく、アホスヴェルに先越されて散々バカにされたじゃないの! 今日勝ってさっさと未勝利戦なんか突破するんだからね!」

「コンプちゃん、まだ言ってる……」

「エーちゃんも! 今回はエーちゃんが先なんだから、勝って弾みつけてよね!」

「う、うん……がんばるよ」

 

 コンプに言われ、エチュードはぐっと拳を握りしめる。

 

「エチュード。今回は前回みたいな無茶苦茶な展開にはならないと思うけど、多少外を回っていいから4コーナーから早めに仕掛けていこう」

「……はい」

 

 頷くエチュードの背中を押して、ターフへと送り出す。ヒクマは「エチュードちゃん、がんばれー!」とぶんぶん手を振っていた。

 

 

 

 ――しかし、何事もそう上手くはいかない。

 レースは前回とは違って、積極的に逃げるウマ娘がおらず、ゆったりしたペースで流れる展開になった。先行勢が牽制しあってスローペースになり、バ群がみっしり詰まったまま4コーナーに入る。

 エチュードは最後方にいるので、バ群に埋もれていない。外に持ち出せばこの集団をまとめてかわせる。エチュードもそう思ったのか、すっと外に持ち出してペースを上げた。よし、そのまま行け――。

 だが、次の瞬間、予期せぬことが起きた。

 コーナーでもみ合ったバ群の中団から、弾き出されるように外にもたれてきたひとりのウマ娘が、上がろうとしたエチュードの進路を塞いだのだ。

 接触するような距離ではなかった。しかしエチュードはそれを避けようとして、さらに大きく膨らんでしまう。

 

「ああああー!」

 

 コンプとヒクマが悲鳴をあげる。大幅に距離をロスしてしまったエチュードは、直線で必死に追い込むが、スパートをかけた先行勢には届かない。

 ――5着。

 審議のランプは灯らなかった。斜行なのか外に持ち出したのか微妙なところだったし、どちらにしてもエチュードに危険が及ぶような走りではなかった。そもそもエチュードの進路に割り込んだウマ娘はそのまま失速して最下位だったので降着のしようもない。

 後方待機している以上、他のウマ娘の走りで進路をブロックされるリスクがあるのはやむを得ない。残念だが、これもレースだ。

 掲示板で自分の着順を確認したエチュードは、ただ悔しそうに俯いて体操服の裾を握りしめていた。

 

 

 

「……ごめん、なさい。また、ダメでした、私、」

「エチュードの責任じゃない。ぶつかって転倒したりしなくて良かったよ。レースはこういうこともある。むしろ、あんな不利を受けても入着できたんだ。次、がんばろう」

 

 泣き出しそうな顔で控え室に戻ってきたエチュードの頭を、くしゃくしゃと撫でてやる。けれどエチュードの表情は晴れないまま、ぽろぽろと泣きだしてしまった。そりゃあ悔しいだろう。気持ちはわかるけれど、ええと、しかしこの状況、どうすれば……。

 私がおろおろして、ヒクマに助けを求めようと視線を巡らせると、

 

「……トレーナー、ちょいちょい」

 

 と、コンプが私の横に寄ってきて、背伸びして何事か耳打ちしてきた。

 

「クマっちにするみたいにハグしてあげれば一発で泣き止むと思うけど?」

「ええ? いや、あれはヒクマの方から」

「いいからいいから、別に変な意味に取ったりしないから」

 

 コンプに背中を叩かれ、私はよろめいて一歩エチュードとの距離を詰める。エチュードが目元を拭って顔を上げた。

 ……いいのか? 引っ込み思案なエチュードにそれはさすがに嫌がられない? そうは思うものの、横からコンプが無言で促してくる。ええい、ままよ。

 

「エチュード」

 

 おそるおそるその背中に腕を回して、もう一度頭にぽんと右手を載せながらエチュードの細い身体を抱き寄せる。

 

「その悔しさは、今の自分を責めるんじゃなく、次のレースにぶつけよう」

 

 気恥ずかしさを覚えつつも、エチュードの耳元でそう囁いてやる。――と。

 

「……エチュード?」

 

 反応がない。腕の中のエチュードを見下ろすと、

 呆然と目を見開いて、私を見上げたまま固まっていた。

 

「え、エチュード? 大丈夫?」

「わ、エチュードちゃんしっかりー!」

 

 私が手を離すと、ふらふらよろめいたエチュードをヒクマが慌てて支える。エチュードは、はっと我に返ったように目をしばたたかせると、また慌てて私から視線を逸らし、顔を覆って控え室の隅にしゃがみこんでしまった。

 

「あっちゃー、さすがにまだエーちゃんには刺激が強すぎたかぁ……」

 

 コンプが呆れた様子でそんなことを呟き、ヒクマが「エチュードちゃん、どしたの?」とその背中をさすっている。……ええと。

 やっぱり嫌がられてしまった……。と、とりあえず謝ろう、とエチュードに歩み寄ろうとすると、後ろからコンプに手を掴まれた。振り向くとジト目で睨まれる。

 

「……ちょっとトレーナー、もしかしてエーちゃんに謝ろうとしてる?」

「え? いやだってそんなの当たり前――痛ぁっ!?」

 

 ウマ娘の脚力で足を踏んづけられた。お、折れる! 骨折れるから!

 

「謝る必要ないから。というか謝ったらトレーナーの足の指折るから」

「なんで!?」

「いーからエーちゃんのことはもう大丈夫だからそっとしておいてあげるの!」

「痛い痛い、ホントに折れる折れる!」

 

 ぐりぐりとジト目のコンプに足を踏まれて、私はわけもわからず悲鳴をあげるしかなかった。

 

 

       * * *

 

 

 第2レース、芝1200。

 

「エーちゃんの仇はあたしが取ってくるから!」

 

 コンプはそう言って、意気揚々とレースへと乗りこんだ。前走の健闘もあって今回も1番人気。そして――。

 

『逃げた逃げたブリッジコンプ、直線でもまだ粘る粘る! 後ろを寄せ付けない!』

「いっけー! コンプちゃーん!」

「いけ、コンプ!」

「……コンプちゃん!」

 

 私たちの声援に、しかし振り向くこともなく真っ直ぐ、前だけを見て。

 

『1着でゴール! ブリッジコンプが人気に応えて快勝です!』

 

 抜群のスタートから一度もハナを譲ることなく、後続を2バ身離したまま余裕の逃げ切り勝ち。そう、これがブリッジコンプの実力だ。

 

「見たかーっ! どんなもんよ!」

 

 高らかに右手を突き上げて勝ち鬨をあげるコンプに、札幌の観衆の歓声が降りそそいだ。

 

 

 

 ブリッジコンプはこれで未勝利戦を突破。リボンエチュードはまた未勝利戦に挑むことになった。エチュードの未勝利戦はいろいろ選択肢があるからいいとして、問題はコンプの次走である。

 11月頭の京王杯ジュニアまで2ヶ月強。直行するかもう1戦挟むか、悩ましいところなのだが、いかんせんこの期間、ジュニアの1400以下で既に勝ち抜けたウマ娘が出られるレースの選択肢は極端に少ない。まさか来週の小倉ジュニアステークスと連闘するわけにもいかないし、そうなると選択肢はほぼふたつになる。

 

「さて、コンプ。次はどうする? 選択肢は3つだ。ひとつめはこのまま11月の京王杯ジュニアに直行。ただ、未勝利戦勝っただけだだと抽選で除外される可能性がある。まず確実にフルゲートになるだろうからね」

「だったら他に何か勝てばいいんでしょ? あとふたつは?」

「ふたつめは9月下旬の中山の1200、カンナステークス。最後のひとつは9月末、阪神の1400、ききょうステークス。この2つのどっちかで勝てば間違いなく京王杯ジュニアには出られる」

「ふうん、どっちでもいいけど?」

「――ユイイツムニはどうやら、カンナステークスの方に出るらしい」

 

 私の言葉に、コンプは唸って押し黙った。

 ユイイツムニ。メイクデビューでコンプを破った、芦毛に眼鏡を掛けた寡黙なウマ娘。次走がカンナステークスということは、間違いなく京王杯ジュニアに照準を合わせているはずだ。1400を試して、結果次第では年末には朝日杯FSか阪神JFを狙っている可能性もある。

 

「――それなら阪神。あたしが先に1400で勝ってあいつに差をつけてやるんだから!」

 

 コンプは顔を上げ、そう言った。私も頷く。そっちの方がいいと思っていたところだ。

 勝てるかどうかはともかくとして、1400を今のコンプが全力で走りきれるか。京王杯ジュニアに向けての試金石としては、ききょうステークスの方が都合が良い。

 

「よし、コンプは阪神のききょうステークスだね。エチュードは――そうだね、その次の週、10月上旬の東京、芝1800の未勝利戦がいいと思うんだけど……エチュード?」

「あ、は、はい! がん、ばり、ます……」

 

 私が話を振ると、エチュードは恥ずかしそうに俯いてしまう。

 ――ううん、やっぱり断りもなくハグはまずかったよなあ……。

 参ったな、どうしよう……。不用意なスキンシップでエチュードとの間にできてしまった距離をどうすればいいのか。誰か教えてほしい。

 

「トレーナーさん、どしたの?」

 

 頭を掻く私を、ヒクマが不思議そうに見つめる。ああ、エチュードのことも大事だけど、来週はヒクマの札幌ジュニアステークスだ。

 

「ヒクマは――いよいよ来週だ、がんばろう!」

「うん! 絶対勝つよ!」

 

 両手を挙げるヒクマの頭をぽんぽん撫でると、ヒクマは嬉しそうに尻尾を振る。

 ――ううん、やっぱり年頃の女の子の扱いに正解はなくて難しい……。

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