モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
休日。買い物に出てきて駅前を歩いていると、ゲームセンターの入口に見覚えのある後ろ姿を見かけた。クレーンゲームにかじりついている、あの栗毛は――。
「むぅぅぅぅ……」
「コンプ?」
「わあっ!? と、トレーナー?」
やっぱりブリッジコンプだ。声を掛けると、私服姿のコンプは尻尾をピンと逆立てて振り返る。そんなに驚くこともないと思うのだが。
「な、なにしてるの、こんなところで」
「いや、買い物に来ただけなんだけど。ヒクマたちは中?」
ゲームセンターの中に視線をやると、コンプはやれやれと肩を竦める。
「トレーナー、あたしだって別に24時間365日クマっちと一緒なわけじゃないってば。たまにはひとりになりたいときもあるの」
まあ、確かにそれはそうかもしれない。ルームメイトで同級生、担当トレーナーも一緒となれば普段はほぼ一日中一緒にいるわけで、いくら仲が良くても休日ぐらい自分の時間が欲しくなるのも当然か。
「トレーナーこそ、たまの休日、デートする相手のひとりぐらいいないわけ?」
ジト目でそう詰められ、今度は私が肩を竦めるしかない。
「今はコンプたちのことで手一杯だから、それどころじゃないよ」
混じりけなしの本心である。今日だって家に帰ったら、録画してあるレース映像を消化して情報収集しつつ、3人分の今週のトレーニングメニュー作成に、学園に提出する書類作りエトセトラが待ち構えている。とてもではないがそんな余裕はない。
「ふうん?」
何か怪しむようにコンプは私を見上げる。何か怪しまれるような理由があっただろうか。心当たりがないのだが。
困惑しつつ、私はコンプがかじりついていたクレーンゲームの筐体を見やる。大物を何回も連コインして少しずつずらして取るタイプの筐体のようだ。中に鎮座しているのは、大きな緑の猫……猫だろうか? たぶん猫じゃないかと思われる、右耳に赤いリボンをつけた妙に目つきの悪いキャラクターのぬいぐるみ。大きさはクッションぐらいあるから、クレーンゲームの獲物としては確かに大物だ。
「あれが欲しいの?」
「へっ!? あ、い、いやべべべ別に、そういうわけじゃ」
しどろもどろになるコンプ。そう言うわりに、随分熱心に筐体にかじりついていたようだが。どれ、と私は腕まくりして、ポケットから財布を取り出す。
「トレーナー? え、なに、やるの?」
「任せなさい。こう見えてもクレーンゲームは得意なんだから」
「……ほんとぉ?」
疑いの眼差しを向けてくるコンプ。念のため、近くの両替機で1000円札を1枚両替して、100円玉を筐体に積み上げる。これでも学生時代はウマ娘ぬいぐるみハンターとして鳴らしたものだ。これならたぶん1000円以内で取れるだろう。
トレーナーとしての沽券を賭けて、この勝負、負けられない!
* * *
30分後。
「……トレーナー、もう諦めた方がよくない?」
「いや、あとちょっと、あとちょっとなんだから――うあああっ」
ぐらっと揺れたぬいぐるみは、しかしあと一歩落ちきらずに残り続ける。うう、まずい。落下口近くまでずらしていくところまでは順調だったのに、もう少しのところで何か引っかかったようで、そこで完全に沼ってしまった。あとほんのちょっとで落とせそうなだけに諦めがつかない。
まずい、財布の中の1000円札が尽きた。残るこの100円で落とせなければ1万円を崩すしかないか……。って、この1万円は今日の買い物予算、いやここで引くわけにはいかない!
「でえええいっ」
手元のラスト100円を投入する。――が、焦りで目測が狂った。アームはあらぬところへ下りていく。いかん、これではダメだ――。
だが、1万円札を財布から取り出しかけたとき。
「あっ」
「あ?」
狙いを外したアームが、ぬいぐるみの尻尾に引っかかった。その途端、突っかかりが取れたかのように――ぐらっとぬいぐるみが傾き、
ガコン。
「――――」
私はコンプと顔を見合わせて、取り出し口を覗きこむ。そこには、ごろんと緑の猫のぬいぐるみが腹ばいに転がっていた。
「…………大勝利ッ!」
思わず秋川理事長みたいなことを言いながらガッツポーズ。やった、よくやった私。この30分の苦労が報われた――。
「あのさあ、トレーナー。……賭け事とか絶対やらない方がいいよ?」
「……うん」
仰る通りです。ぐうの音も出ません。何千円費やしてしまったのか考えたくない。いかん、こんなに熱くなるつもりでは……。
達成感から一転、担当の前でなんというか人としてダメなところを見せてしまった自己嫌悪に沈んでいると、取り出し口からぬいぐるみを拾い上げたコンプが、それを両手で抱えて私を見上げた。
「トレーナー」
「うん?」
「……はい、これ」
と、コンプはそのぬいぐるみを、私へと差し出す。
「取ったのトレーナーだから、この子はトレーナーの」
「え? でも」
「いいからっ」
無理矢理にコンプはぬいぐるみを私に押しつけてくる。いや、私はコンプが欲しがっているようだったから取ろうとしたのだけど――。
目つきの悪い猫(?)のぬいぐるみを見下ろし、それからコンプを見やる。私から視線を逸らしたコンプは、けれどどこか名残惜しそうにちらちらと横目でぬいぐるみを見ていた。……なんだ、やっぱり欲しかったんじゃないか。
私は苦笑して、「はい」とぬいぐるみを、再びコンプに差し出した。
「や、だからそれはトレーナーのだってば」
「うん、だからこれは私からコンプへのプレゼント。今さらだけど、初勝利おめでとう」
「――――」
目を見開いたコンプは、差し出されたぬいぐるみをおそるおそる受け取ると、それに顔を埋めるようにして、ぎゅっと抱きしめた。
「……あ、ありがと……トレーナー」
いつもの元気のいい声ではなく、もごもごとしたその声に、私は微笑する。やれやれ、財布には痛かったが、喜んでもらえたなら何よりだ。
思わず頭を撫でようとすると、コンプはばっとその手をガードするようにぬいぐるみを持ち上げて、それから――にっと満面の笑みを浮かべて、私を見上げた。
「じゃ、トレーナー。休日に出かける相手もいない可哀相なトレーナーに、このブリッジコンプちゃんが付き合ってあげる!」
「え? いいの?」
「ほら、行くよ!」
と、コンプは片手にぬいぐるみを提げ、もう片方の手で私の手を握って歩き出す。ウマ娘の力で引っぱられて、私は引きずられるしかない。
「ど、どこいくの?」
「あたしだけ初勝利のお祝い貰うなんて不公平だから、クマっちの重賞制覇のお祝いと、エーちゃんが次の未勝利戦勝ったときのお祝いも買わなきゃダメでしょ! 予算はこの子にトレーナーが突っ込んだ金額が基準だかんね。大丈夫、あたしがふたりの喜びそうなの見立ててあげるから!」
「――わかったわかった」
コンプに引きずられるままに、私は歩き出す。やれやれ、予定外の出費だが、まあいいか。3人が喜んでくれるなら、それが一番だ。
「……でもこれ、ちょっとエーちゃんに悪いかなぁ……」
「え?」
「なんでもない! ほら、あんな店、あたしと一緒じゃなきゃ入れないでしょ」
「……なるほど確かに」
コンプが指さしたのは十代女子向けファンシーショップ。なるほど私ひとりでは入りにくい店だ。苦笑しながら、私はコンプの手を握り直す。
と、コンプはいきなり足を止め、私の方を振り返り、
「コンプ?」
「……なんでもないってば!」
ぷい、とまた前を向いて、ずんずん歩き出した。――私の手を強く握ったままで。
* * *
同日夕刻、栗東寮、バイトアルヒクマとブリッジコンプの部屋。
「あ、コンプちゃんおかえりー」
「ただいま」
コンプが帰宅すると、テレビを見ていたルームメイトのヒクマが振り向いて手を振った。テレビにはレースの映像が流れている。
「何見てんの?」
「ん、今日の中山のレース。12レースがホープフルステークスと同じ条件だから見ておきなさいってトレーナーさん言ってたから」
「ふうん」
普段何も考えてないようにしか見えないヒクマだけれど、こういうところは真面目なのである。いつだって楽しそうに笑って走っているけれど、トレーニングにしろ研究にしろ、決してレースを侮っているわけではない。真面目に全力にレースで走ることを楽しんでいる。コンプはヒクマのそういうところが好ましいと思う。
エチュードと一緒に、今のトレーナーに逆スカウトを申し込んだのも、ヒクマと一緒なら楽しく真剣にトレーニングできるだろうと思ったからだ。まあ、おかげで平日は朝から晩までヒクマのテンションに付き合う羽目になるので、ちょっと疲れるけども。
「コンプちゃんはどこ行ってたの?」
「ん、別に。ちょっと駅前ぶらぶらして遊んできただけ」
そう答えて――コンプは自分のベッドに腰を下ろすと、袋詰めしてもらったあのぬいぐるみを取りだした。ベッドに寝転がって、目つきの悪い緑の猫を持ち上げて見上げる。
……こんなのにあんなに熱くなっちゃって、さあ。
別にそんな、かわいいと思ったわけではないのだ。ただ、わりと簡単に取れそうに見えたのでちょっとやってみたら熱くなってしまって、財布の中の小銭を使い果たして両替に行くべきか悩んでいたらトレーナーに見つかってしまって……。
トレーナーまであんなに熱くなることないのに、ねえ。そうは思うけれども。
『初勝利おめでとう』
「――――~~~っ」
ああもう、何を考えているのだ、あたしは。コンプは首を横に振って、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。……いやまあ、別に、嬉しくないなんて言ってないけど。トレーナーがくれたものだと思ったら、なんかちょっとかわいく見えてきた……とか、そんなこと別に思ってないですけど。
誰に言い訳しているのか自分でもわからず、コンプがベッドで悶々としていると、
「あれ、コンプちゃん、なにそれかわいい! 見せて見せてー」
ヒクマがテレビを消してこちらに身を乗り出していた。
――思わず、コンプはぬいぐるみを抱きしめたまま、ごろんとヒクマに背中を向けた。
「ダメ」
「えー?」
「これはあたしの」
「むー、コンプちゃんのけちー」
「……あとでどうせクマっちの分もあるんだから」
「ほえ? なにか言った?」
「なんでもない!」
ぬいぐるみを強く抱きしめて、コンプはそこに顔を埋める。
――別に、そんな、そこまで嬉しいってわけでもないんだから。
クレーンゲームのぬいぐるみひとつぐらいで、幸せになっちゃうほど、自分がチョロいウマ娘だなんて……そんなこと、ないんだから。
ていうか、そんなのエーちゃんに悪いし……って、なに考えてんのあたし!
「コンプちゃーん? どしたの? 眠いの?」
「なんでもないってば!」
覗きこんでくるヒクマから逃れるように、コンプはベッドの上を転がって、
「――へぶっ」
ベッドから転げ落ちた。
「わ、コンプちゃん大丈夫?」
「ああもうっ、トレーナーのアホー!」
「ふえ? なんでトレーナーさん?」
「いいの! 全部トレーナーが悪いの!」
「???」
首を捻るヒクマの前で、コンプはただぬいぐるみを抱いて吼えるしかなかった。