モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第43話 秋華賞とレース研究会

 10月15日、日曜日。京都レース場、第11レース、GⅠ秋華賞。

 

『残り200、リボンスレノディこれはもう無理! テイクオフだテイクオフだ! テイクオフプレーンだ! 快晴の京都の空に芦毛の翼が舞いあがった! やっぱり強かったテイクオフプレーン! 二冠達成!』

 

 2バ身差をつけた会心の逃げ切り勝ちで、テイクオフプレーンが桜花賞との二冠を達成。リボンスレノディは2番手も追い込みきれず3着に敗れた。

 

 

 ――私たちはそれを、トレーナー室のテレビで観戦していた。

 

「ああー、ノディさん負けたぁ……」

 

 コンプとヒクマががっくりと机に突っ伏し、エチュードが目を伏せてぎゅっと膝の上の拳を握りしめる。私は息を吐いて、「パトロールビデオを見ようか」とテレビの画面を手元のノートPCに切り替え、URA公式にアップされたパトロールビデオを再生する。

 

「さて、テイクオフプレーンとリボンスレノディの作戦を見てみよう。京都の内回りコースのポイントは、3コーナーにある淀の坂だ。この下りで勢いがつきすぎて4コーナーで大きく膨らんでしまうと、この通り距離的に不利になる」

 

 パトロールビデオを見るとよくわかる。何人かのウマ娘が外に大きく膨らんで、直線に入ったところでバ群がばらける。膨らんでしまったウマ娘はそのまま下位に沈んでいた。

 

「テイクオフプレーンの作戦はわかりやすいね。コンプ、わかる?」

「スタートから大逃げ仕掛けて坂までに貯金作って、坂では抑えて最内の経済コース、ってことでしょ?」

「正解。見ての通り、プレーンは明らかに上り坂からペースを緩めてる。ラップもそれを証明してるね。そして序盤に作った余裕を活かして、下り坂で他のウマ娘を引きつけて足を貯めつつ、一番内の最短コースを通って直線に余力を残した。理想的なレース運びだね。勝因は完璧なスタートダッシュを決めたことだ。これで誰も鈴をつけに行けなくなった。序盤のこのペースで無理に行ったら自分が潰れちゃうからね」

「できるもんなら、あたしもそういうレースしたいわー」

 

 コンプが机に突っ伏して呻く。ペースの速い短距離で、このテイクオフプレーンの逃げの再現は難しい。コンプの場合は、誰かにマークされる状況での折り合いを身につけていくしかないだろう。

 

「一方、リボンスレノディも基本的な考え方は同じだ。直線入口でバ群がばらけるのを見越して、外に膨らまないように後方から最内を通った。プレーンが完璧なダッシュからの大逃げを決めた以上、外を回したら勝てないという判断は正しいと私も思う。ただ、」

 

 ここ、と私は4コーナーの終わりから直線入口のところの映像を繰り返す。

 

「スレノディの敗因は、プレーンが緩めたペースに後続が思ったより早く追いついたことで、内を通った集団が直線に入っても固まって、思うように前が開かなかったことだ」

 

 残り400の標識のところで、スレノディの前には数人のウマ娘が固まって、その進路を塞いでいた。50メートルほど進んでからようやく隙間を見つけたスレノディがこじ開けて前に出るが、この50メートルが致命的だったと言っていい。

 

「エチュード。スレノディはどうすればよかったと思う?」

 

 私に問われ、エチュードは「……えっと」と口元に手を当てて考え込み、それから「あの、映像……戻してもらえますか?」と言った。

 どうやら気付いているらしい。私が映像を4コーナーに戻したところで、エチュードが「あ……そこです」と声を上げる。

 

「ここ……外に隙間が開いたんですけど、ノディ姉さんは内で詰まったままで……」

「よく見てたね。その通り、結果的にはスレノディが勝つには最内に囚われずに、ここでもう外に出していくべきだった。京都の直線は平坦で短いから、プレーンを捉えるならここで多少膨らんでも前に出て行くべきだったね。ただ、この瞬間に直線で前が開かないことを瞬時に予想して作戦を切り替える判断が現実的にできるか――というと、まあ相当に難しいだろうし、こっちに回っても前が塞がる可能性はあった。結果論になってしまうね」

「えと、つまり、スタートダッシュ決めた時点でプレーンさんの勝ちってこと?」

 

 ヒクマが首を傾げる。「そこまで単純でもないけれどね」と私は苦笑した。

 

「スレノディの誤算は、誰もプレーンに積極的に鈴をつけにいかなかったことだろう。他のウマ娘がここまで自由にプレーンを逃がしてしまったのが誤算だったのは間違いない。プレーンがオークスも勝ってトリプルティアラ王手をかけていれば、もっときついマークがついただろうけれど、オークスでスレノディが勝ったことでマークが分散したというのもあると思う。先行勢はプレーンが淀の坂で消耗して潰れると予想したのかもしれないけれど、その判断も結果を見る前なら間違いとは言い切れない。オークスでは実際プレーンはスレノディに差し切られたわけだしね」

 

「うう~?」ヒクマがこめかみに手を当ててゆらゆらと首を振る。

 

「つまるところ、どの判断が正解だったかは結果が出るまではわからないってことだよ。スレノディの作戦に大きなミスはなかった。状況が上手くプレーンの有利に作用した、と言うべきかもしれない。そういう意味では運が良かったと言えるけれど、その運を引き寄せたのは、やっぱり最初の完璧なスタートダッシュだ。あれでプレーンはレースを自分の思う通りに進められたわけだ――」

 

 そうしてしばらく、4人で秋華賞のレースの検討を続けた。こうして実際のレースから駆け引きを学ぶのも、大事な勉強だ。

 

「う~、よくわかんなくなってきた……。レース中にこんなに考えられないよぉ」

 

 ヒクマが知恵熱を出したような顔で頭を抱える。

 

「このへんにしておこうか」

 

 私は苦笑して映像を止めた。実際、短いレースの間ではここまで検討してきたようなことを一瞬で判断しなくてはいけない。考えているようでは遅いのである。

 

「プレーンもスレノディもここまで具体的には考えていないし、ヒクマだって今までのレースで同じことができてるんだよ」

「ほえ? そうなの?」

「うん、ヒクマ、レースでの位置取りとか仕掛けるタイミング、どうやって決めてる?」

「えと……なんとなく、気持ちよさそうなところ!」

「そう、その『なんとなく気持ちよさそう』って感覚が大事だ。ぐるぐる考えている暇があったら、ヒクマはその直感に従うべきだね。ヒクマのその直感は、今まで検討してきたようなことを感覚としてヒクマが理解してるってことなんだ」

「ほへー」

「トレーナー、だったら今までの検討会は何だったのよー」

 

 コンプが唇を尖らせる。私は苦笑した。

 

「いろんな駆け引きや展開を頭に留めておけば、その直感の精度が上がるってことだよ。選択肢は多いに越したことはない。コンプもエチュードも、これからもいろんなレースを見て、いろんなレースを走って、レースへの感覚の精度を高めていこう」

 

 はーい、と3人の声が唱和する。――偉そうに教えているけれど、私自身がレースを走るわけじゃないから、私のこれも結局はトレーナー学校で引退したウマ娘の話を聞いたりして、頭で理解しているに過ぎない。

 本当に、こういう指導でいいんだろうか。結果が出てみないと正解がわからないのは、ウマ娘への指導も同じだ。――溜息をつきたくなる気持ちは、もちろん三人の前で表に出すわけにはいかないのだけれども。

 

 

       * * *

 

 

「それにしてもエチュード、本当に現地に応援に行かなくてよかったの?」

 

 3人を栗東寮に送りがてら、私はエチュードにそう訊ねる。京都までスレノディを応援に行く? と事前に確認はしたのだが、エチュードが「……いいです」と首を振ったので、今日のテレビ観戦になったのである。

 

「……はい。今は、自分のことに時間を取りたい、ですから」

 

 ぎゅっと拳を握りしめて、エチュードはそう答える。きゅっと引き結んだその口元には、今までより強い意気込みが込められている。

 ――正直なところ、意外だった。エレガンジェネラルの前で、阪神JFに出よう、とエチュードに提案したのが上手く行くかは、五分五分だと思っていた。かえってエチュードを萎縮させてしまうんじゃないか、と。

 おまけに、首尾よく未勝利戦を勝ち抜けた直後の、あのサウジアラビアロイヤルカップである。阪神JFに出るとすれば間違いなく戦うことになるジャラジャラの、12バ身差の圧勝。あれを見せられて、エチュードは戦意を喪失してしまうのではないか――。

 そんな心配は、けれど、どうやら杞憂だったらしい。

 

「エレガンジェネラルさんに……恥ずかしい姿は、見せたく、ない、です」

 

 ――対戦できるのを楽しみにしています。

 エレガンジェネラルのその言葉は、私が思った以上に、エチュードを発憤させたようだった。世代最強候補からの激励を受けて、尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。そんな秘めたる闘争心、勝負にかける心の強さを、エチュードはちゃんと持っている。未勝利戦の気迫溢れる末脚も、そのたまものだとしたら――エレガンジェネラルには本当に感謝しないといけないな、と私は思う。

 私は黙って、ぽんぽんとエチュードの頭を撫でた。エチュードは恥ずかしそうに身を竦める。と、前を歩いていたコンプが振り返り、何かニヤニヤとこちらを見上げた。

 

「トレーナー、なーんか最近エーちゃんと距離近くなーい?」

「こ、コンプちゃん!」

「クマっち、うかうかしてるとエーちゃんにトレーナー取られちゃうよー?」

「ほえ? トレーナーさんはわたしのじゃなくて、わたしたち三人のトレーナーさんだよ? ね、トレーナーさん!」

 

 いつものほわほわした笑顔で、ヒクマは私を見上げる。私が微笑してヒクマの頭を撫でると、ヒクマは「えへへ~」と目を細めて尻尾を振り、コンプは呆れ顔で肩を竦める。

 ――と、そこへ。

 

「あっ、いたいた、エチュードちゃーん!」

「マルシュちゃん? どうしたの」

 

 ボブカットの栗毛の、サイドを片側だけ短く結んだウマ娘が、エチュードに駆け寄ってくる。覚えのない顔だ。「誰?」と私がコンプに訊ねると、「エーちゃんのルームメイト」と答えが返ってきた。なるほど。

 

「あ、エチュードちゃんのトレーナーさんだ! どうも、マルシュアスです! エチュードちゃんがいつもお世話になってます!」

 

 マルシュアスと名乗ったウマ娘は、私に元気よくそう挨拶をすると、私の返事も待たずにエチュードに向き直って、その手を掴む。

 

「エチュードちゃん、あたし、デビュー決まったよ! 来月のランデブーさんが出るマイルCSと同じ日、メイクデビュー京都!」

「え、ホント? おめでとう!」

「いぇーい! これであたしもオトナの第一歩! エチュードちゃんたちより出遅れたけど、すぐにオトナなウマ娘になるからね!」

 

 エチュードと手を取り合って、ぴょんぴょんと飛び跳ねるマルシュアス。なんというか、エチュードとは対照的にテンションの高い子である。

 

「これであたしのトレーナーさんがヨボヨボおじいちゃんじゃなかったらなぁ……」

 

 と、なにやらマルシュアスは私を見上げて、それからエチュードを見やる。エチュードは顔を赤くして「マルシュちゃん!」と口を尖らせた。

 

「あ、だいじょぶだいじょぶ、エチュードちゃんのお邪魔はしないよ! オトナはそのへんわきまえないと! じゃ、あたし先に部屋戻ってるねー!」

 

 そう言い残し、マルシュアスは嵐のように走り去っていく。……ルームメイトならどうせ部屋でエチュードと会うだろうに、どうしてわざわざ寮の近くでエチュードに報告していったのだろう。そんなに急いで報告したかったのだろうか?

 まあ、ともあれ――来月デビューなら、エチュードたちとは同期ということになる。

 

「また、ライバルが増えたね」

「……マルシュちゃんは、三冠路線で皐月賞獲りたいって言ってますから……」

「あれ、そーなの? マルちゃんってたしかネレイドランデブーさんに憧れてるんじゃなかった? それならティアラ路線じゃないの?」

 

 コンプが首を捻る。ネレイドランデブーといえば、2年前の桜花賞ウマ娘であり、去年のヴィクトリアマイルとマイルCSを制した現役最強クラスのマイラーだ。今年は怪我でまだ一戦も走っていなかったと記憶しているが……。

 

「コンプちゃん、マルちゃんって呼んだらマルシュちゃん怒るよ……。たしか、ランデブーさんから『他人の後を追うんじゃなく、自分の道を行くのがオトナだよ』って言われたって前に聞いた気がする……」

「だから三冠路線? ふーん」

 

 どの路線に進むかも、いろいろな選択の仕方があるものだ。三冠路線で皐月賞が大目標というのは珍しい気がするが、ネレイドランデブーが桜花賞ウマ娘だからだろうか?

 ――そして、その選択が正しかったのかどうかも、結果が出てみないとわからない。

 私は改めて、自分が担当する3人を見回す。

 

 バイトアルヒクマ。ティアラ路線。ただし、ジュニア級の最大目標はホープフルS。

 リボンエチュード。ティアラ路線。ジュニア級の最大目標は阪神JF。

 ブリッジコンプ。短距離路線。ジュニア級の最大目標は次走、京王杯ジュニアS。

 3人とも、納得のいく結果を得られればいい。――私にできるのは、そう願いながら、全力を尽くすことだけだった。

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