モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
おかげさまで怪文書部門を受賞しました。ありがとうございます。
「エチュードちゃんエチュードちゃん、見て見て」
寮の部屋で朝の支度をしていると、ルームメイトのマルシュアスちゃんがスマホを差し出してきた。
「なに?」
「今日の星座占い。年上の人から何かいいことがありそう、だって。ラッキーカラーは青!」
マルシュちゃんと私は誕生日が3日違いで、星座も一緒だ。
でも、年上の人から、って……。
「これってさー、つまり担当のトレーナーさんから何かいいことがあるってことだよね!」
「ふえ!? そ、そんな、こと……」
思わず、左耳の耳飾りに触れる。私のそれは――青と黄色のストライプ模様。
トレーナーさんから、いいことって……ええと、それはその……。
「エチュードちゃん、これはチャンスだよ! きっとトレーナーさんとふたりっきりになって、いい雰囲気になっちゃったりして、オトナの一歩を踏み出す大チャンス! あたしもルームメイトとして応援してるから!」
「ま、マルシュちゃんっ」
いけない想像が頭の中にわきあがってきて、私は慌ててそれを振り払った。顔が熱い。
うう、こんなこと考えちゃって、今日はどんな顔してトレーナーさんに会えばいいんだろう……。
悶々としていてもトレーニングの時間はやってくる。ヒクマちゃんとコンプちゃんと3人、いつものようにグラウンドでトレーナーさんと合流する。
へ、平常心、平常心……。占いなんて当たらなくて当然だし、当たったとしてもいいことって、別に私が想像しちゃったようなことじゃないはずだ。せいぜい、トレーナーさんがトレーニングのあとにはちみつドリンクを奢ってくれるとか、そういう……。
「エチュード? 聞いてる?」
「はっ、はひ!」
「どうしたの? もし体調が悪いなら――」
「だっ、だだだ、大丈夫です……っ」
トレーナーさんに顔を覗きこまれ、私は思わず視線を逸らした。顔が熱い。うう、マルシュちゃんのばか……。
ただでさえ普段からトレーナーさんに近くにいられると平常心じゃなくなっちゃうのに、これじゃあホントにどうしたらいいかわからない……。
「はいはいエーちゃん、あたしとストレッチしよ」
「え、あ、うん」
と、コンプちゃんが助け船を出してくれる。ううっ、助かった……。
「じゃあ、わたしはトレーナーさんとだね!」
「はいはい、怪我しないようにしっかりね」
「はーい!」
ヒクマちゃんは、いつものように無邪気に尻尾を振ってトレーナーさんにじゃれついている。わたしはコンプちゃんに背中を押してもらって柔軟をしながら、トレーナーさんとの距離感の近いヒクマちゃんのことを、ちょっと複雑な気持ちで見つめる。
……私もあんな風に、トレーナーさんに甘えられたらなあ……。
って、ううっ、なに考えてるの私! そんなの、恥ずかしくてできるわけ……。
「エーちゃん、クマっちが羨ましいのはわかるけど、そんな物欲しそうな顔して見なくても」
「わ、私そんな顔して……してた……?」
「してるしてる。クマっちと替わってもらう?」
「ううう……無理ぃ……」
コンプちゃんまで意地悪なことを言う。私はぎゅっと目を瞑って、余計な思考を振り払うように足の爪先へ指を伸ばした。
そうこうしているうちに、いつものトレーニングも終わり。
「はい、今日はここまで。おつかれさま」
「はーい! おつかれさまー!」
「ふぃー、つかれたぁ」
トレーナーさんが解散を宣言して、私はほっと一息つく。あのあとは専らランニングにダッシュに坂路にと、トレーナーさんが物理的にあまり近くにいなくて残念なような助かったような……。
結局、占いにあったような「いいこと」なんて特になかった。うん、やっぱり占いなんてそんなものだよね……。
「エチュード」
「は、はひっ」
いきなりトレーナーさんに名前を呼ばれ、私は思わずピンと尻尾を逆立ててしまう。
トレーナーさんは真剣な顔で私に歩み寄ってきて、私の前でしゃがみこんだ。
「ちょっと脚見せて」
「えっ、あ、えっと、えと」
私が何か反応する前に、トレーナーさんの手が私の脚に触れて、私の思考はそこでショートしてしまう。
い、いきなりで何がなんだか……。
「……やっぱり。蹄鉄、だいぶすり減ってるね」
「…………え?」
「今日の走り方見て、ちょっと違和感があったんだ。怪我かと心配したけど、蹄鉄の問題なら良かった。明日、新しいの買いに行こうか」
「――――」
ぽかん、と私は思わず立ち上がったトレーナーさんの顔を見上げた。
シューズの蹄鉄が? そんなの、私、自分でも全然気付かなかったのに……。
「え、今日のエーちゃんの走り、そんな変だった? あたし全然気付かなかった」
「わたしもー」
コンプちゃんとヒクマちゃんが不思議そうな顔をこちらに向ける。
「そんなに見てすぐわかるぐらい変だったらもっと大事だよ。ほんのちょっとの違和感だったけど、はっきりしてよかった」
「…………」
「トレーナー、ほんとよく見てるのね、あたしたちのこと」
「そりゃまあ、みんなの担当だからね」
当たり前のように、トレーナーさんはそう言う。
――走ってる私自身が気付かないような違和感まで、たちどころに見抜いてしまうぐらいに、トレーナーさんが私のことを、そんなによく見ている……なんて。
ああ、もう。そんなの、担当ウマ娘だから、それだけのことでしかないはずなのに――。
……なんでこんなに、顔が熱いんだろう。
「エチュード。明日大丈夫? 一緒に買いに行こう」
「え? あっ、はっ、はい!」
私は思わず背筋を伸ばして答える。
――えっ、ということはつまり、明日はトレーナーさんと、その、スポーツ用品店デート……。
「あ、トレーナーさん、わたしも一緒に行っていい?」
「クマっち、ちょい」
「ほえ? なにコンプちゃん」
「うん、3人とも一緒に行こう。何か必要なものあったらまとめて買っておこうね」
――うん、ですよね。わかってる。わかってるけど。
コンプちゃんは呆れ混じりに肩を竦めていたけれど、私はそれでも充分だった。
トレーナーさんの横顔を見上げて、私は目を細める。
……占いも、たまには信じてみてもいいのかもしれない。