モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第53話 次はGⅠ・ホープフルステークスへ!

『勝ったのはバイトアルヒクマ! 早めの仕掛けが功を奏した鮮やかな差し切り勝ちでした。これで3戦3勝、堂々の重賞連勝! ティアラ路線初のホープフルステークス制覇へ、そして来年のトリプルティアラへ、本命はあの2強だけじゃない!』

 

 歓声の響き渡る東京レース場。そのウイナーズサークルで。

 

「トレーナーさーん!」

「ヒクマ!」

 

 三度目ともなれば、もうこちらから待ち構える準備はできている。飛びかかるように抱きついていたヒクマを受け止めて、私はその頭をわしわしと撫でてやった。

 

「勝った勝った! やったよー!」

「ああ、よくやった! おめでとう! よーしよし、さすがヒクマだ!」

「えっへへー」

 

 目を細めて私の首筋に頬をすり寄せるヒクマ。この人懐っこさにも慣れたものだ。よーしよしよし、と大型犬を手懐けるように撫でていると、

 

「ヒクマさん」

 

 こちらに歩み寄って声をかけてくる影。最後にデュオスヴェルをアタマ差でかわして、ヒクマと1バ身差の2着に突っ込んで来たプチフォークロアだった。

 

「あ、ロアちゃん!」

「おめでとうございます。完敗でした」

 

 どこかサバサバとした表情でそう言うと、ロアは眼鏡の位置を直しながら、

 

「ひとつお聞かせ願いたいのですが、なぜあんな早いタイミングで仕掛けたのですか?」

「ほえ?」

「4コーナーからもうスパートをかけたでしょう。普通、直線の長い府中でやることではありませんが」

「あ、えっと……」

 

 ちょうどいい。それは私も訊きたかったところだ。結果的にあそこから早めに仕掛けたおかげで粘りに粘ったデュオスヴェルを差し切れたわけだが――いったいヒクマはなぜあそこで仕掛けようと判断したのだろう?

 

「んとね、スヴェルちゃんに抜かれて、どうしようって思ったんだけど、わたしのこと抜いてったときのスヴェルちゃんが楽しそうだったから」

「……楽しそう?」

「うん! そのままどんどんスヴェルちゃん先行っちゃうから、わたしも追っかけなきゃって思ったの」

「――なるほど。今後ひとつの判断基準として参考にさせていただきます」

 

 あまり釈然としていないような表情でロアは頷く。――おそらく、抜いていったときのデュオスヴェルの表情から、スヴェルのスタミナには余裕があるとヒクマは直感的に判断したのだろう。そこでセオリーに囚われない早仕掛けでの追走を選べるあたり、やはりこの子には天性のレース勘がある。

 

「今日はありがとうございました。ですが、ホープフルステークスは負けませんよ」

「うん! わたしも負けないから、次もよろしくね!」

 

 握手を交わして、ロアはその場を立ち去っていく。その背中を見送って、それから私はまだゴール板の前に大の字に倒れこんだデュオスヴェルを見やった。

 残り100メートルでヒクマに、ゴール寸前でプチフォークロアにもかわされたが、それでも粘りに粘っての3着。逃げウマ娘が大出遅れからの向こう正面大暴走で無理矢理先頭に出て、直線の長い府中で逃げ粘って3着というのは、見方によっては勝利したヒクマ以上に恐るべき内容だった。

 芙蓉ステークスの走りから、スタミナと勝負根性があるのは感じていたが、ここまでとは。もし完璧なスタートを決めてハイペース逃げをかけられていたら、あっさり逃げ切られたかもしれない。

 次走は1600の朝日杯FSと聞いているが、デュオスヴェルのこのスタミナが活きるのは2000以上の距離だろう。向こうのトレーナーにも考えがあるのだろうが……。まあ、結果はともかく今回のような大暴走レースをしているようでは、まずこの気性とスタート下手をどうにかするのが先決と考えているのかもしれない。

 もしスヴェルがホープフルSに狙いを変えてきたら、次もまた強敵になるだろう。もちろん、ヒクマのロングスパートについてきて2着に突っ込んだプチフォークロアも。そして何より、来週の京都ジュニアSに出てくるオータムマウンテンが、順当ならば連勝で乗りこんで来る。今日の勝利は会心だが、先の戦いはますます厳しくなりそうだ。次はGⅠなのだから、当然といえば当然だが――。

 

「っと、ヒクマ、ほら、インタビュー、インタビュー」

「あ、はーい!」

 

 インタビュアーが声を掛けるタイミングを失って困っているのを見かけて、私はヒクマの背中を押してやる。――ともあれ、今はとりあえず、この勝利を喜ぼう。

 

 

       * * *

 

 

「スヴェルちゃん、大丈夫ですか~?」

「うう、うぅぅぅぅ~~~~ッ」

 

 精根尽き果てたという足取りで戻ってきたデュオスヴェルを、オータムマウンテンは担当トレーナーの岬美咲とともに出迎えた。今にも叫び出したいのを堪えるように唇を噛んで、拳を握りしめたスヴェルに、岬トレーナーがゆっくりと歩み寄る。

 

「スヴェル君! 悔しいかい? 悔しそうだね!」

「そんなのっ、見りゃわかるだろー!」

「はっはっは、その通り! 私も悔しい! 今日は勝てたレースだったのだからね!」

 

 いつも通りの芝居がかった大仰な動作で、岬トレーナーは目元に手を当てて天を仰ぐ。劇団員からウマ娘のトレーナーに転向したという変わり種の経歴をもつ彼女は(岬美咲という変わった名前は本名である)、中性的な顔立ちと口調とナルシスティックな動作で、変人トレーナーという評をほしいままにしていた。

 

「スヴェル君! キミは賢いから、どうして負けたかは解っていようね!」

「ぐっ、ぐぅぅぅ」

「キミ自身が解っているなら、私はそれ以上そのことを責めるつもりはないよ! むしろあんな大出遅れをやらかしても勝負を投げなかった、その勝負根性を褒め称えたい! あんな無茶なレースをして三着に粘れるんだから、キミの才能は本物だよスヴェル君!」

 

 スヴェルが目を白黒させる。負けて悔しいという気持ちと、トレーナーに褒められて嬉しいという気持ちのどっちを表に出したらいいのかわからなくなっているようだ。オータムは頬に手を当ててそんな様子を見守る。

 

「だからこそ! だからこそだ! キミにはもっと短い距離で、レースに対する集中力を養って欲しいと思っていたわけだ! しかし、今日の負けでキミは痛感しただろう! 闘争心は大事だけれど、それで集中力を欠いては意味がないと!」

「うぐぐぐぐ」

「さあデュオスヴェル君、今私はキミに問おう! キミは今日のような失敗をまた繰り返すようなアホかね? それとも、この失敗を糧に成長する勇者かね?」

「アホ言うなー! ボクは最強なんだぞ! 次は絶対負けない! 絶対勝つ!」

「よろしい! ならば、ホープフルステークスまで改めてみっちりスタートの特訓だ!」

 

 びしっ、と指を突きつけてそう言った岬トレーナーに、スヴェルはきょとんと目をしばたたかせた。オータムも「あらあら~」と思わず声を上げる。

 

「ホープフル? トレーナー、次は朝日杯って言ったじゃんか!」

「それは昨日までの話だよスヴェル君! 次の機会を逃せば、あのバイトアルヒクマ君との対決の機会は来年秋、下手をすると再来年までないだろうね! 三冠ウマ娘を目指すキミが、ティアラ路線のウマ娘に負けっぱなしでいいのかい?」

「よくない! あいつ絶対倒す!」

「その意気だ! キミのその闘争心を、次は勝利へ繋げようではないか!」

「あったりまえだー! 見てろクマ! 首を洗って待ってろー!」

 

 両腕を突き上げてスヴェルは吼える。「うむ!」と岬トレーナーは腕を組んで頷き、それから無駄に優雅なターンでオータムに向き直った。

 

「オータム君! というわけで、ホープフルSは担当ウマ娘同士の直接対決になってしまうが、構わないかな!」

「あらあらあら~、もちろん望むところですよ~。スヴェルちゃんの実力は私が一番よくわかってますから~。負けるはずないのでまったく構いません~」

「なんだとー! オータム!」

「はっはっは! お互い親友同士の切磋琢磨でさらに強くなりたまえ! 本番は来年のクラシック三冠なのだからね! キミたちふたりで三冠を独占できると信じているよ!」

「ボクがひとりで独占するんだよ! オータムに渡すもんか!」

「あらあら~、じゃあ三冠ともスヴェルちゃんと同着になれば公平に六冠ですね~」

「はっはっは! それはさすがに八百長を疑われるからやめてくれたまえ!」

 

 元気を取り戻したスヴェルと、呵々大笑する岬トレーナーに、オータムは目を細めて頷いた。

 

 

       * * *

 

 

 その日のうちに、デュオスヴェルとプチフォークロアの次走がホープフルステークスになることがそれぞれの担当トレーナーから発表された。当初朝日杯FSと発表されていたスヴェルが今日の走りでホープフルSに狙いを変えるのは予想できたので驚きはない、が。

 

「え、結局アホスヴェルのやつホープフル来るの?」

「なんだか、すごいメンバーになりそうだね……」

「わ、またスヴェルちゃんとも走れるんだ、楽しみ!」

 

 ささやかな祝勝会の最中、そのニュースで盛り上がるヒクマたちを見ながら、私は心の中だけで嘆息する。――楽に勝たせてはもらえなさそうだ。

 まあ、何はともあれ次はいよいよGⅠである。ジュニア級GⅠはクラシック級以降のそれとは重みに差があるとはいえ、GⅠの舞台に立てるというだけでも、トレセン学園の数千人のウマ娘のうちほんの一握りしか掴むことのできない栄誉だ。

 新人の私が、1年目から担当をGⅠに送り出せる。その栄誉と畏れを噛みしめながら、私は幸せそうににんじんハンバーグを頬張るヒクマを見やる。

 

「? トレーナーさん、なあに? あ、にんじんハンバーグ食べる?」

「いやいや、ヒクマが全部食べていいよ」

 

 ――ああ、楽しみだな。

 ヒクマがGⅠの舞台でどんな走りをしてくれるのか。何よりも、誰よりも、私が一番楽しみだった。

 

 

       * * *

 

 

 同日夕刻、トレセン学園トレーニングコース。

 ――まだだ。まだ足りない。もっと、もっと、もっと!

 

「キャクタスちゃん……!」

 

 突然、視界に黒い影が飛び込んできて、ミニキャクタスはゆっくりと足を止めた。担当の小坂トレーナーが、長い髪の下から心配そうにこちらを見つめている。

 

「……今日は、このあたりにしておきましょう……」

「…………いえ、まだ」

「ここまで、です」

 

 思いがけず強い口調で制止され、キャクタスは俯いて「……はい」と頷いた。

 トレーナーが視線を落とし、キャクタスの足元に屈み込む。見れば、シューズが破けて爪先が見えていた。……ああ、また履きつぶしてしまった。何足目だったか……。

 

「…………明日、また新しいのを買いに行きましょう……」

「……すみません」

「いいんですよ……。でも、身体のケアもしっかりしましょう……怪我をしたら元も子もありませんから……」

「…………はい」

 

 トレーナーの差し出したタオルで汗を拭って、キャクタスは息を吐く。

 

「……あの子は、勝ちましたか?」

「勝ちました……。3連勝です。すごいですね……バイトアルヒクマさん」

「…………勝てると、思いますか」

「……勝てます。キャクタスちゃんなら」

 

 本当にそうだろうか、と思う。自分なんかが本当に、あんなキラキラした子と同じ舞台で輝けるのだろうか。誰にも気付かれないような自分が……。

 わからないから、ただミニキャクタスはがむしゃらに走るしかなかった。

 走って、走って、これ以上できないというところまで追い込んで――そうしないと、自分に納得できそうになかったから。

 

 

 1ヶ月後、12月28日。

 ジュニア級GⅠ、ホープフルステークス。

 三冠路線のジュニア級チャンピオンを決めるこの一戦に――ティアラ路線からもうひとり参戦するウマ娘がいることを、まだ当人たち以外、誰も知らなかった。

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