モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
リードサスペンス会長から、ヒクマのCM出演打診があった翌日――。
11月26日、日曜日。2週間後の12月10日に開催されるGⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズの特別登録ウマ娘がURAから発表された。
「○○賞」や「○○ステークス」といったレース名が冠されるレースのことを「特別競走」といい(ちなみにメイクデビューや未勝利戦、条件戦などで、特にレース名がつかないものは「一般競走」という)、特別競走には出走のための特別登録が必要になる。GⅠの特別登録の〆切は2週間前。その後、出走を回避しないのであれば開催週の木曜日に改めて二度目の特別登録を行い、フルゲートを超過した場合はファンptがボーダーライン上のウマ娘たちの中で抽選が行われ、出走メンバーが確定することになる。
つまるところ、この2週間前までの特別登録を行わなければ、そのGIに出走することはできないわけなのだが――。
「……あれ?」
トレーナー室でそのメンバー表を見ていた私は、違和感を覚えて眉を寄せた。
阪神JFのフルゲートは18人。特別登録は20人なので、回避がなければ、メイクデビューか未勝利戦の1勝のみのウマ娘からふたりが抽選で落ちることになる。それはいいのだが――。
大本命のジャラジャラ、対抗のエレガンジェネラルの名前は当然ある。京王杯ジュニアでコンプを破ったユイイツムニの名前もあった。――だが、何か足りない。
何が足りないんだ? と首を捻って――ああっ、と思わず私は声をあげていた。
「ミニキャクタスがいない……?」
そうだ、あの子の名前がないのだ。存在感の薄い子だけに、まさか名前を見落としたかと何度か登録メンバー表を確認したが、やはりその名前は見当たらない。
ミニキャクタス。彼女はヒクマと同じティアラ路線志望と言っていたはずだ。メイクデビューと、9月の1勝クラスのアスター賞を勝っているので2戦2勝、登録さえすれば間違いなく抽選なしで出走できたはずである。
夏場まではヒクマたちと一緒にトレーニングに励んでいたミニキャクタスだが、アスター賞以降は小坂トレーナーともども姿を見せていなかった。どうもミニキャクタスの方から、同じ路線のライバルになるんだから、仲良しとして手の内を明かし合うのはこのあたりまで、とヒクマに対して線を引いたらしい。
それから2ヵ月、ミニキャクタスと小坂トレーナーはてっきり阪神JFに照準を合わせているのだとばかり思っていたのだが……。
ジャラジャラとエレガンジェネラルという二強との対決を避けて、桜花賞への出走を確実にするために、年明けのフェアリーステークスあたりに照準を合わせているのか? 確かに、出走に必要なファンptは重賞2着以内でないと加算されないので、阪神JFは出たとしてもあの二強相手では3着までが限界だから避ける、という考え方もないわけではないだろうが……。それとも、故障で回避なのか?
「小坂トレーナーに確認してみるか……」
スマホを取りだし、小坂トレーナーにメッセージを送ってみる。
《ミニキャクタスは阪神JFに出ないんですか?》
――返信が来たのは、その日の夜だった。
《すみません、企業秘密です》
一緒に、ごめんなさい、のスタンプ。小坂トレーナーがあの前髪に表情を隠しながら、何と答えるべきか数時間迷った挙げ句にこのメッセージを返してきたのが何となく察せられる文面で、私はスマホを見ながら嘆息するしかなかった。
* * *
ミニキャクタスの動向は気になるが、それはそれとして――。
12月2日、土曜日。待ち望んでいたものが、手元に届いた。
「わあ……! ヒクマちゃん、似合うよ、すごい」
「おおー、なんかあれ、RPGの主人公にこんな格好のキャラいなかったっけ?」
「えっへへー、かっこいいでしょ!」
ヒクマの勝負服である。届いたそれをトレーナー室でさっそく試着して、ヒクマはご機嫌にマントをたなびかせながらその場をくるくると回ってみせた。
青いターバンを頭に巻き、白いゆったりとしたワンピースに、肩から青いマントをひるがえす。全体として、ヒクマの故郷である中東の民族衣装をイメージした勝負服だ。白のワンピースにワンポイントとして入れられたピンクのラインがいいアクセントになっている。夢は砂漠の都市ドバイへ――というヒクマの目標が、非常によく伝わる勝負服だと思う。私もヒクマのその姿を見ながらうんうんと頷いた。
「似合ってるよ、ヒクマ」
「えへへー。勝負服、わたしの勝負服! えっへへー」
今にも歌い出しそうなご機嫌ぶりで、ヒクマは落ち着きなく身体を揺らし、トレーナー室の姿見に自分の姿を映してご満悦の様子だった。勝負服はこれから、ヒクマの競走生活のシンボルになる服だ。本人が気に入ったなら何よりである。
と、トレーナー室のドアがノックされた。「どうぞ」と答えると、姿を現したのは、
「失礼するよ。――おや、ちょうどいいところだったかな」
「うおあっ、かっ、会長さんだ!」
「わっ、わわわっ、リードサスペンス会長……!」
生徒会長、リードサスペンスである。コンプがびしっと背筋を伸ばして直立不動になり、エチュードもガッチガチに固まってしまった。そんな後輩の様子に、リードサスペンスはちょっと淋しそうに苦笑する。
「そんなに緊張しないでくれないかな。別に取って食いはしないんだから」
「ほえ、ふたりともどうしたの?」
「ちょっとクマっち、生徒会長の顔忘れたの? 伝説の九冠ウマ娘! 入学式のときに挨拶してたし、今でも何かあればウマ娘関係の番組とかニュースにしょっちゅう出てくるでしょ!」
「えーと……」
「ヒクマちゃん、こ、この人だってば……」
エチュードが横からスマホで勝負服姿のリードサスペンスの写真を見せる。ヒクマはその画面と目の前のリードサスペンスを見比べて、その大きな目をいっぱいに見開いた。
「わわっ、ほんものだ!」
「偽物がいたら困るんだけどね。そうか、制服姿だとピンと来ないか。メディアに出るときは基本現役時代の勝負服だしな。……まあ本当はもう、この制服を着るような歳じゃないしな、私……」
トレセン学園制服の冬服の袖を引っぱり、リードサスペンスはしみじみとそう呟く。
「まあ、それはともかくとしてだ。バイトアルヒクマ君だね。トレーナーから、ホープフルステークスのCM撮影の件は聞いているかい?」
「あ、はい!」
「よし。さっそく今日これから撮影したいんだが、構わないかな」
「おー!」
笑顔で両手を挙げるヒクマ。物怖じしないというか、何も考えてないだけなのか……。
ともあれ、勝負服を着たままのヒクマを連れて、リードサスペンスの案内のもとトレーニングコースに出ると、既に撮影機材がセットされ、何人かの勝負服姿のウマ娘がいる。
「あっ、ブリッコ!」
「げっ、アホスヴェル!」
「ふっふーん、どーだ、ボクの勝負服! カッコイイだろー!」
ドヤ顔で胸を張ったデュオスヴェルの勝負服は、白と黒を基調にしたシンプルな騎士服風のものに、両腕に盾のデザインがあしらわれている。
「うわー、かっこつけ」
「なんだとー!」
「はっはっは! 私のデザインだよ! スヴェルとは北欧神話で太陽神ソルの熱から大地を護る盾、太陽の前に立ちし者! 常に前を走るスヴェル君にピッタリだろう!」
びしっとポーズを付けて高笑いするのは、デュオスヴェルとオータムマウンテンの担当トレーナーである岬トレーナーである。相変わらず変な人だ。
「あらあらあら~、ヒクマさんも素敵な勝負服ですね~」
岬トレーナーの背後から現れたオータムマウンテンは、黄緑にピンクのラインが入った、女子ゴルファーを思わせるポロシャツにショートパンツ、サンバイザーというデザインの勝負服を身に纏っている。
「あ、オータムちゃん! オータムちゃんもかわいいね!」
「うふふ~、お父様にデザインしていただきました~」
「オータム君のお父上はプロゴルファーだからね!」
なるほど。
「皆さんお揃いですね。撮影よろしくお願いします」
「ロアちゃん! ロアちゃんもいたんだ、かっこいい!」
プチフォークロアはぴっちりしたライダースーツ風の衣裳である。青とピンクの組み合わせはパッと見ではケバケバしいが、プチフォークロアの明るい栃栗毛の髪と組み合わさると不思議と似合って見えた。寒いのか、首には青いマフラーを巻いている。
「まだ勝負服が届いていない子もいるから、今日のところはここにいるメンバーで撮影だね。……おや? ひとり足りないな」
リードサスペンスがそう言って、きょろきょろと周囲を見回す。
「他にもいらっしゃるんですか~?」
「ああ、既にデビューから2連勝を挙げている子がね。あの子も変わり種のレース選択で印象に残っていたんだが……」
と、リードサスペンスはヒクマの方を見やる。ヒクマは「?」と小首を傾げた。
「そうそう、バイトアルヒクマ君。君と同じ、ティアラ路線からの参戦だ。既にトリプルティアラへの特別登録が済んでいる子が、君を含めてふたりもホープフルステークスに登録してきたのだから、驚いたよ」
「ほへー」
私はヒクマと顔を見合わせる。ヒクマの他にも、ティアラ路線からホープフルステークスに参戦してくるウマ娘がいるとは。いったい誰が……2連勝?
待て、この時点で2連勝を挙げている、ティアラ路線のウマ娘となると……。
「…………すみません、お待たせしました…………」
「おわあっ!? こ、小坂トレーナー!?」
背後から幽霊のような声。驚いて振り向くと、長い黒髪に表情を隠した小坂トレーナーがそこに立っていた。――私は息を飲む。ということは、やはり。
「あっ、キャクタスちゃん!?」
ヒクマがそのまん丸の目を大きく見開く。
小坂トレーナーの背後――黒のラインが入った水色のレオタードにサボテンの棘をイメージしたような図柄をあしらい、同色のショートパンツ、黒いシュシュつきの水色のアームカバーという出で立ちで、ミニキャクタスはそこに佇んでいた。
この場に揃った面々の華やかな勝負服に比べると、非常に地味な――温室の片隅に置かれたサボテンの鉢のような、控えめともとれる勝負服。
それを身に纏って、ミニキャクタスはゆっくりとヒクマの元に歩み寄る。
「キャクタスちゃん、あれ? え? 勝負服ってことは……」
「……私も、出るから。ホープフルステークス」
胸の前でぐっと拳を握りしめ、ミニキャクタスは強い眼差しでヒクマを見つめ。
「――ヒクマちゃんに、勝つために、出るから」
それは友人へというよりも――宿敵へと向けたような、宣戦布告の言葉。
その言葉、ミニキャクタスからの挑戦状を受けて――ヒクマは。
「――キャクタスちゃんと走れるんだ! やったあ! うん、わたしも負けないよ!」
満面の笑みを浮かべて、ミニキャクタスの手を掴んでぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ミニキャクタスは、驚いたように目を見開き、そして困ったように目を伏せる。
デュオスヴェルが「だれだっけ?」と首を傾げ、オータムマウンテンが「前に一緒に走ったじゃないですか~」と苦笑し、プチフォークロアが「ふむ」と眼鏡を煌めかせる。
「…………そういうことです…………。隠していて、すみませんでした…………」
隣の小坂トレーナーがぼそぼそとそう言い、私は肩を竦めた。
「なるほど。――でも、うちのヒクマは負けませんよ」
「…………キャクタスちゃんだって、負けません。…………バイトアルヒクマさんを倒すために、頑張ってきたんですから…………」
――なるほど。アスター賞を勝った時点で、最初からこの予定だったということか。
私は頭を掻きながら、ミニキャクタス対策、考えないとなあ――と息を吐き出す。
12月28日、ホープフルステークスまで、あと4週間。