モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第57話 寒がりギャルと学級委員長

 12月3日、日曜日、阪神レース場。

 

「うおっ、寒っ! 勘弁してよ、やってらんないっしょー、こんな寒い中でさあ」

 

 体操服に着替えてパドックの待機スペースに出たソーラーレイは、冷たい風に両腕をさすりながら震えた。快晴の良バ場だが、風が強くて体感温度が低いのである。なんでよりにもよってデビュー戦が12月なのだ。もっと早く8月ぐらいにデビューしたかった。まあでもそれは、選抜レースで結果を出すのが遅れた自分が悪いのだけれども。

 

「レイさん! ウマ娘は風の子、走っていればすぐに身体も温まりますよ! 前進、邁進、猪突猛進です!」

「委員長は元気だねえ」

「学級委員長ですから! 皆の手本として立派に――へっくし!」

「あーもう、委員長も寒いんじゃん。はいティッシュ」

「ありがとうございます! レイさんの心遣いにはいつも尊敬の念を禁じ得ません!」

「いちいち大げさだし、委員長は」

 

 デビュー戦に向かうという緊張を全く感じさせない学級委員長――バイタルダイナモの能天気な笑顔に、ソーラーレイは苦笑する。

 第5レース、メイクデビュー阪神、芝1200メートル。もともと同じ短距離路線志望で、同じ選抜レースでそれぞれ別のトレーナーにスカウトを受けたレイとダイナモは、何の因果かデビュー戦まで同じレースになってしまった。レイが3番人気、ダイナモは5番人気。まあ、こんなものだろう。

 しかしこんな寒い中、無理して怪我でもしたら元も子もない。デビューが他のウマ娘よりやや遅くなったとはいえ、未勝利戦は来年の九月ぐらいまであるんだし、焦ることもない。今日は勝てたら勝つ、無理そうなら無理はしない、ぐらいでいいよねえ――とレイのモチベーションはいささか低めだった。元より寒いのは苦手なのだ。この季節はコタツでゴロゴロしていたい。

 その一方、ダイナモはふんすふんす、と鼻息も荒く、明らかに入れ込んでいる。まあ、この委員長のテンションが高いのはいつものことだけれども。

 

「ふっふっふ、しかしレイさんには申し訳ありませんが、今日はこの優秀な学級委員長、この私、バイタルダイナモの伝説の始まりですので!」

「おー、委員長がんばー。応援してるよー」

「レイさんも一緒に走るんでしょう!」

「あたしはもういいやー。寒くてやる気ゼロ」

「いけませんよ! 記念すべきデビュー戦なんですから! さあ、レイさんもトゥインクル・シリーズへ、前進、躍進、勇往邁進です!」

「その言い回し気に入ってんのぉ?」

「偉大なる学級委員長の名を受け継ぐ者ですので! 私も皆の手本となる優秀な学級委員長として前進あるのみなのです!」

 

 ――かつてトレセン学園には、ひとりの偉大な学級委員長がいたという。その学級委員長は、あらゆるバ場・距離・コースのレースに精通し、皆の手本となった極めて優秀、そして誰からも愛された委員長であったというが、何よりも彼女は偉大なスプリンターであったそうだ。

 圧倒的なスピードで、スプリント戦の絶対王者として君臨したその学級委員長は、まだマイラーとスプリンターの区別もろくにされていなかったような時代に、その1400以下の距離での圧倒的すぎる強さから、彼女が勝てる重賞が少なすぎることが問題視され、現在の短距離路線の整備に繋がったのだとかなんとか。

 バイタルダイナモは、その伝説の学級委員長に憧れている。自分の強さに絶対の自信を持ち、常に背筋を伸ばして胸を張って誇り高く学園を闊歩し、皆の模範として誰からも愛され尊敬され、レースでは目にも留まらぬスピードで1200メートルを駆け抜けたというその委員長を範として、自分もそのような偉大な学級委員長たらんと日々努力しているのだそうだ。

 レイにはなんだかよくわからないが、まあ、ダイナモ委員長は見ていて面白いので、そのまま面白い委員長でいてほしいと思う。

 

「というわけで、今日は完璧な作戦を立ててきました!」

「作戦?」

「はい! スプリント戦はやはりスピードが命! 逃げ・先行が有利で、後方待機は不利です! つまり、スプリント戦は何よりもスタートが大事!」

「うん」

「なので、ゲートが開く前からダッシュするつもりで行こうと思います! ゲートが開いた瞬間にもう走り出していれば、勝利は約束されたも同然! まさに完璧な作戦です! あまりにも隙がなさすぎて負ける姿が思い浮かびません! さすが私!」

「おー、すごいよ委員長ー」

「そうでしょう! もっと私を褒め称えて構いませんよ! レース後にはこのレース場の全ての観客の皆さんが私という学級委員長を祝福してくださるはずですから!」

 

 はっはっは、とドヤ顔で胸を張って高笑いするダイナモ。

 

「でさー、委員長」

「はい、なんでしょう!」

「パドックの出番。係の人がさっきから呼んでるよぉ?」

「おおっと! これは失礼しました! ありがとうございますレイさん! では学級委員長、皆の前で御挨拶をして参りますね!」

 

 呆れ顔のレース場の職員の方へ、ダイナモはダッシュで駆けていく。ダイナモのハイテンションに付き合っていたら、こっちもなんだか寒さを忘れていた。まったく、季節を問わないあのエネルギー、少し分けてほしい。いや、分けられたら疲れるだけかも。

 息を吐いて、ソーラーレイは自分の九番のゼッケンをつまんだ。

 ――デビュー戦、かあ。

 今日が自分のデビュー戦だということは、調べれば誰でもすぐわかることだ。――観客席に、あのひとは来ているだろうか……。

 いや、余計なことを考えるのはやめよう。レイは首を振って顔を上げる。

 

「……ううっ、やっぱ寒っ。委員長ー、早く戻ってきてよぉ」

 

 バイタルダイナモならぬバイタルカイロが欲しくなる。委員長は体温高そうだから戻ってきたら抱っこさせてもらおう、とレイは思った。

 

 

       * * *

 

 

 さて、レースの結果はというと。

 スタートから中段後方につけたソーラーレイは、集団を避けて外を回して直線の坂で先行集団を追い込んだが、外回しの距離ロスが響いて1着からは1バ身半離された4着。

 そして、バイタルダイナモはというと――。

 

『あーっとひとり大きく出遅れた! バイタルダイナモが出遅れました!』

 

 5番のバイタルダイナモが、ゲートが開く前に突進してゲートに身体をぶつけ、「ぐえっ」と呻く声が、9番のレイのところまで聞こえた。そのまま大幅に出遅れたダイナモは、ゲートに激突したダメージも抜けきらなかったようで、いいところなく12人立ての12着。要するに最下位の惨敗だった。

 

 

 

「あーさむさむ、早く東京帰りたいわー……っと、委員長、おつかれー」

「あ、レイさん! おつかれさまでした! 今日はお互い残念でしたね!」

 

 4着なのでウイニングライブも関係ない。さっさと東京に帰ることにしてトレーナーとレース場を出ると、同じくトレーナーを同伴したバイタルダイナモと出くわした。

 

「ゲートにぶつけたとこ、大丈夫ぅ?」

「ご心配おかけしてすみません! なんともありませんが、一応念のため、これからトレーナーさんと病院です! なんともないですけど!」

 

 ふんふん、と両腕を振って元気アピールをするダイナモに、後ろでダイナモの担当トレーナーが困り顔をしていた。レイは苦笑する。

 

「いやあ、ちょっと走り出しを早まりましたね! 失敗しました! でも、今日はレイさんも4着でしたから、他の皆さんも速かったということでしょう!」

 

 いやあ、あたしだって別にそこまで本気で全力を尽くしたわけじゃないんだけど――とは、一応後ろにいる自分のトレーナーの手前、口には出さない。

 

「失敗は仕方ありません! 病院で異常がなければ年末、ホープフルステークスの日にまた阪神の未勝利戦に出してもらえることになりましたから、次がんばります!」

「委員長は前向きだねえ」

「皆の模範たるもの、一度の敗戦でくよくよしてなどいられませんから! レイさんもきっと次は勝てますから、がんばりましょう!」

「んー、まあ、それなりにねー」

 

 それでは! と担当トレーナーに促されて去って行くバイタルダイナモを手を振って見送り、ソーラーレイは寒空にひとつ息を吐き出した。

 ま、いいか。帰ろ帰ろ。こんな寒い中に突っ立ってたら風邪引いちゃうし――。

 そう思いながら再び歩き出すと――今度は何やら、見覚えのある2人組の姿を見かけた。

 

「……あれ、ユイチョコ?」

「お? レイちゃんじゃん。デビュー戦どうだった? 委員長は?」

 

 ユイイツムニとチョコチョコである。なんでまたこのふたりがわざわざ阪神に――と思いかけて、ああ、とレイはすぐ理解した。ふたりとも、来週と再来週のGⅠ――阪神JFと朝日杯FSに出るから、その下見だろう。

 

「4着。委員長はゲートに身体ぶつけて病院」

「ありゃりゃ。じゃあ、委員長にお大事にって伝えといて」

「遅いっしょ、今さっきまで委員長そこいたんだからさあ。ま、元気そうだったよ」

「あ、そーなの? ま、委員長はいつだって元気だよねえ。ムニっちも少しは委員長の元気分けてもらえばいいのに」

「…………」

 

 チョコチョコに話を振られても、いつも通りユイイツムニは無言でスルー。ホント無口なやっちゃなー、とレイは息を吐く。

 

「で、そっちは来週と再来週の下見ってわけぇ? レースもないのにわざわざ大阪まで来るなんて、さすがGⅠに出るウマ娘は違うじゃん」

「ま、そんなとこ」

 

 と、そこでその筋の人にしか見えない風貌の、ユイチョコの担当トレーナーがふたりを呼び、「行こ、ムニっち」「…………ん」とチョコチョコがユイイツムニを促して、ふたりは軽くこちらに手を振ってレース場の方へと小走りに駆けていく。

 その姿を見送った途端――急に悔しさがこみ上げてきて、「あー!」とソーラーレイは空に向かってひとつ吼えた。

 ――あー、くそ! あたしのことなんざ眼中になしかよ!

 わかってる、相手はもう2勝3勝を挙げてGⅠでも上位人気になるだろう上澄み、こちとらデビュー戦4着の有象無象だ。メイクデビューが始まってから半年、あっという間に差がついてしまった。そんなことはわかってる。選抜レースで早めに結果を出せなかった自分の自業自得だ。

 だけど、悔しい。こんなことを言えた立場でないことはわかっていても、同期の同級生から、ライバルとして完全に眼中になし、みたいなスルーを受けると――。

 

「トレーナー!」

「な、なに?」

 

 オタクっぽい風貌をしたレイの担当トレーナーは、急に雄叫びをあげてこちらを睨んだレイに怯えたように身を竦めた。

 

「次、あのふたり出てくるレースって何さ?」

「え……ユイイツムニとチョコチョコ? ……阪神JFと朝日杯FSの結果次第だと思うけど……。マイル路線に行くなら、春の目標は桜花賞とNHKマイルだろうけど……」

「短距離なら?」

「……さ、3月のファルコンSか、5月の葵S、かな」

「じゃ、あたしもそのふたつまでに未勝利戦と1勝クラス勝てばいいっしょ?」

「え? そ、そのふたつに、出るなら、うん」

「出る。絶対出てあいつらに勝つ!」

 

 待ってろユイチョコ。絶対あんたらの鼻っ柱叩き折ってやるっしょ!

 寒空の下、突然やる気を爆発させたレイの姿に、トレーナーは目を白黒させていた。

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