モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第59話 阪神ジュベナイルフィリーズ・前哨

 12月10日、日曜日。街中には数日前から、この日のメインレース、GⅠ・阪神ジュベナイルフィリーズのポスターやCMが溢れていた。国民的、世界的な人気スポーツであるトゥインクル・シリーズ。その最高峰であるGⅠは、毎週だってお祭りなのである。

《次代の女王へ。 阪神ジュベナイルフィリーズ》

 全出走ウマ娘の勝負服姿が並ぶポスターの中でも、中央で向き合う1番人気と2番人気のふたりは、個別のポスターやCMまで作られている。

《褐色の弾丸が、ターフを貫く ジャラジャラ》

《姫将軍、進撃は止まらない エレガンジェネラル》

 サウジアラビアロイヤルカップでの大逃げ大差レコード圧勝で皆の度肝を抜いたジャラジャラがぶっちぎりの1番人気。やや離されて、無傷の3戦3勝、新潟ジュニアSをレコード勝ちしたエレガンジェネラルが2番人気。世間的にも、今年の阪神JFはこの二強の一騎打ちというのが大方の予想である。この二強を避けて阪神JFを回避したウマ娘が何人もいたぐらいだ。

 ともかく。さすがにヒクマのホープフルステークスを控えて、呑気に関西まで遠征観戦に行く余裕はない。というわけで、私たちはトレーナー室でテレビ観戦である。

 

「まあ、あたしだってクマっちのこと間近で見てるから、そのふたりが頭抜けて強いのは見てればわかるけど。二強とその他大勢、みたいな風潮はちょっとムカつくんだけど」

 

 レース前の特集番組を見ながら、コンプがそう口を尖らせる。

 

「ユイイツムニね」

「てゆーか、あいつにここであっさり惨敗でもされたらあたしの立場がないじゃない。ったく、勝たないと承知しないんだからね!」

 

 応援してるのだかしてないのだか。私は苦笑する。

 京王杯ジュニアSを勝ち、こちらも無傷の3連勝で乗りこんできたユイイツムニは、ここまで1200、1200、1400からの距離延長という点が懸念されてか4番人気だった。ジャラジャラとの逃げ対決も見所だが、コンプとの対決を見る限りだと、ユイイツムニは他に逃げウマ娘がいれば強引にハナを切るよりも、横について併走するのを選ぶタイプだ。おそらくジャラジャラが先頭で逃げる形になるだろう。

 問題はジャラジャラがどのくらいのペースで逃げるのか、エレガンジェネラルがどのくらいの位置でそれを追うのかだ。

 サウジRCのジャラジャラは、驚異のハイペース逃げで追おうとした先行勢は総崩れ、後方待機勢は離されすぎて何もできないという、まさにスピードの暴力で他を全員すり潰したと言っていいレースだった。ハイペースは後方有利、なんていう常識は、超ハイペースで大逃げして上がり3Fも全体2位なんていう非常識なウマ娘の前には何の意味もない。もちろん、圧倒的な一番人気だ。他のウマ娘もジャラジャラに徹底マークをかけてそう楽には逃げさせまいとするだろうが……。

 

「あっ、はじまるよー!」

 

 本バ場入場とともに、テレビには阪神ジュベナイルフィリーズのロゴが大写しになる。ヒクマはいつも通り楽しそうに目を輝かせ、エチュードは真剣な顔で画面に見入った。

 私もひとつ息を吐き出して、画面を見据える。ヒクマの来年の目標が、果たしてどれだけの高さにあるのかを確かめるために。

 

 

       * * *

 

 

 15時35分、阪神レース場。天気、晴れ。バ場・良。

 ゲートを前に、出走する18人のウマ娘は、それぞれ思い思いにレースへ備えていた。

 

 

 

 ――いよいよ来たんだなあ、GⅠ。

 エブリワンライクスは大きく深呼吸して、ターフに散らばる他のウマ娘たちを眺めた。煌びやかな勝負服を身に纏い、ある者は楽しげに、ある者は緊張した面持ちで最後のストレッチをしている。

 阪神1600のスタートは向こう正面なので、スタンドの歓声は遠いが、それでも過去2戦のレースとはスタンドの観客の数も、歓声の質も全く違う。これが誰もが注目する、トゥインクル・シリーズの最高峰のレースだということを、ひしひしと感じる。

 ライクスはスタンドの観客席へ目を細め、手を振った。さすがにこの距離からでは、地元から駆けつけたという家族がスタンドのどこにいるのかはわからないけれど、家族がこの場所で見てくれているということは、どれだけ心強いだろう。

 ――よっしゃ。お姉ちゃんけっぱるはんでな!

 妹たちが見ているのだ、情けないレースはできない。頬を叩いて気合いを入れ直し、ゲートに向かおうとしたところで。

 

「おーい」

 

 背後から呼びかけられ、訝しんでライクスは振り返った。誰だろう。今日の出走メンバーに、気安く話しかけられる覚えのある顔はなかったと思うが……。

 

「――――っ」

 

 振り返った先にあったのは、1番人気のジャラジャラの顔だった。ジャラジャラは目を眇めて、値踏みするようにじっとライクスの顔を覗きこむ。ライクスは気圧されて軽くたたらを踏んだ。な、なんだべ? なしてわのごと――と思わず地元の訛りが口に出そうになる。

 

「……や、違うな。悪ぃ、人違いだわ」

「は?」

 

 ライクスがきょとんとしているうちに、ジャラジャラは肩を竦めてひらひらと手を振りながら背を向けて立ち去っていく。

 ――なんだば!

 なんなんだいったい。人違いって、こんなときになんだっていうのだ。

 ライクスは短い髪をぐしゃぐしゃと掻いて、もう一度頬を叩いて気合いを入れ直した。こっちの調子を外そうとする策略か? まあ、なんでもいい。何が人違いだ、アタシには関心がないってんなら、その認識はこのレースで覆してやる。

 憤然と、ライクスは拳を握りしめた。

 

 

 

「何やってるんですか、ジャラジャラさん」

「いやー、確かあんな感じの色した奴だったと思ったんだけどなあ」

 

 7番人気のエブリワンライクスに声をかけ、すぐに戻って来たジャラジャラの姿に、エレガンジェネラルは眉を寄せる。ジャラジャラは肩を竦めた。

 

「前に走ってるの見た奴だよ。顔も名前も忘れたけど、面白そうな奴だと思ったからこのあたりに出てきてるんじゃねーかと思ったんだけどなあ」

「顔も名前も忘れた相手をこんなタイミングで探してどうするんですか。――レースで余計なことにうつつを抜かしているようなら、私の相手にはなりませんよ」

「ん、なんだ妬いてんのかジェネ? なーに、安心しろ。今日のあたしはお前しか見てねーよ。ま、お前に見せるのは背中だけだけどな」

「変な言い方しないでください。――先に行きます」

 

 相変わらずどこまでも軽い調子のジャラジャラにひとつ嘆息して、エレガンジェネラルはゲートへと向かう。

 そう、敵はただひとり。他のウマ娘を侮るわけではないが、何をさておいても、このレースの全てはジャラジャラの走りにかかっている。

 あらゆるレース展開は、事前にトレーナーとシミュレートしている。ジャラジャラがスタートで出遅れるとか、転んで競走中止なんていうあり得そうもない事態まで検討済みだ。万全の準備をしてきた。その上で、なお勝てるという確信を持てない相手はただひとり、ジャラジャラのみ。

 彼女を潰すことが、このレースに勝つための絶対条件。他人に玉砕覚悟の競りかけなど期待しないし、今日のメンバーからそんな展開は考えにくい。だからこそ。

 ――貴方を潰すのは、私ですから。

 ゲートに入る。視界の先に広がるのは、阪神レース場の芝生のみ。

 さあ、行きましょう。――この将の名にかけて、絶対の勝利を掴み取るために。

 

 

 

 ――ふうん、GⅠともなりゃ、あいつでも緊張すんだな。

 エレガンジェネラルの背中を見送って、ジャラジャラはひとつ鼻を鳴らした。

 いつもならジャラジャラの軽口に、もう一言ふたこと文句が返ってくるところだが、今日のジェネラルはさすがに少し固くなっている。ま、それで走りに影響が出るようなタマじゃあないだろうけども――。

 自分もゲートに向かいながら、ジャラジャラはぐるぐると腕を回した。

 ――いや、他人のことは言えねーな。あたしも結構、昂ぶってら。

 そう、トレセン学園に出会って、あの口うるさいルームメイトの走りを見たあの日から、今日このときを自分はずっと待っていたのだから。

 エレガンジェネラル。この自分がただひとり、叩き潰したいと思った相手。

 GⅠの栄誉なんざどうでもいい。ジェネラルと、万全の状態で真剣勝負ができる。それ以上に求めるものなんて、あたしにはない。

 顔に笑みが浮かぶのを、ジャラジャラは堪えきれない。

 ――さあ、戦おうぜ、ジェネ。あたしの背中に、追いつけるもんなら追いついてみせろ。

 

 

 

 ゆっくりとゲートに向かいながら、ユイイツムニはひとつ大きく息を吐き出した。

 横目に、2番人気のエレガンジェネラルが3番のゲートに入っていくのが見える。少し遅れて、7番のゲートに1番人気のジャラジャラ。

 1番のゲートに収まって、ユイイツムニは1度目を閉じた。

 ――レースには、唯一絶対の答えがある。勝利と敗北という、不変の真実が。

 目を開ける。真実への道筋は、この1600メートル先にしかない。

 ――名探偵、皆を集めてさてと言い。

 さて、それじゃあ解き明かしに行こう。勝利という、唯一無二の答えを。

 

 

 

『全員ゲートイン、体勢完了――』

 

 

       * * *

 

 

 阪神レース場、スタンド4階、来賓席。

 

「会長、ここにいたんですか」

「うん? ああ、ドカドカ。キミもここで観戦するか?」

 

 ターフを見下ろす窓際、椅子に腰を下ろしていたリードサスペンスは、背後から呼びかける声に首だけで振り返った。生徒会書記、ドカドカの小柄な姿がそこにある。

 ぽんぽんと自分の膝を叩くリードサスペンスに、ドカドカは困ったように口を尖らせる。

 

「……もう、わたし、子供じゃないんですから」

「私の膝の上はお気に召さないかい?」

「お気に召すとか召さないとか、そういう問題じゃないです……もう」

 

 少し顔を赤くして頬を膨らませるドカドカに、リードサスペンスは笑って立ち上がる。

 

「じゃあ、私も立って観戦するとしようか」

「いえ、そんな……どうぞ、会長はお座りのままで」

「いや、こんな高いところから椅子に座って後輩の走りを見下ろしていると、自分が偉くなったと勘違いしそうだからね」

「……充分偉いですよ、会長は」

「社会的な認識じゃなく、私自身の気概と組織としての理念の問題さ。トレセン学園生徒会は権力者じゃない。現役のウマ娘たちの競走人生に奉仕するための組織なんだからね。私が現役だった頃に、先代の会長たちがそうしてくれたように」

「……先輩たちへの恩返し、ですか」

「そういうことだよ。ドカドカ、キミが私のラストランの有馬記念で、主役の座を奪ってくれたみたいにね。いや、あれは最高の恩返しだった。最高の状態で全力を尽くして、ひとつ下の挑戦者に敗れる。王者と呼ばれた者として、あれほど気持ち良く引退させてもらえたのは今振り返っても幸せだった」

「あ、あれはその……別にそんなつもりじゃ……。それにその、その後のことは……」

 

 リードサスペンスの軽口に、ドカドカは恥ずかしそうに縮こまる。リードサスペンスはぽんぽんとドカドカの頭を軽く撫でて笑った。

 

「というわけでドカドカ、そろそろ会長になる気はないか?」

「む、無理です無理です! そんな、わたしなんか……通算2勝のウマ娘が会長だなんて、ただの笑いものですよぉ……」

「私の引退レースで勝ったウマ娘が何を言うんだ。勝つのが当然で面白くないとか言われた私より、皆に愛されて、なかなか勝てない者の苦しみも知っているキミの方が会長に相応しいと、私は常々思っているんだけどね」

「無理ですってばぁ……。わたしは、リサさ、会長のサポート役で充分です……」

 

 真っ赤になってますます縮こまるドカドカに、やれやれとリードサスペンスは肩を竦め、眼下のターフへと視線を戻した。

 

「仕方ない。じゃあ、新しい会長候補の誕生を期待するとしよう」

「……あの子ですか? 会長が目をかけている……ジャラジャラさん、でしたっけ」

「ああ。サウジアラビアRCの走りを見ると――彼女は、トゥインクル・シリーズの常識を変えてくれそうな気がするんだ」

「常識を、ですか? まあ、確かにサウジRCは凄かったですけど……。でも、噂に聞く限りだと、彼女、あんまり生徒会長とかそういうタイプの性格じゃなさそうですよ? むしろ、今日の2番人気のエレガンジェネラルさんの方が真面目な優等生って話で……」

 

 そこまで言いかけて、ドカドカが不意にリードサスペンスを見上げた。

 

「なんだい?」

「……いえ、そうですね。トレセン学園の生徒会長は別にそんな真面目な優等生でなくても務まるんでした」

「おいおい、それじゃあ私が不真面目な落第生みたいじゃないか。皆に近寄りがたい堅物だと思われているこの私に向かって」

「みんなはリサさんの本性を知らないだけですから」

「ふふ、そうだね。私が隙を見せていいと思えるのはキミだけだよ、ドカドカ」

「――だからそういうところですっ!」

 

 くいっと指先でドカドカの顎を持ち上げてやると、ドカドカは真っ赤になって両腕を振り回した。全く本当に可愛いなこの子は、とリードサスペンスは笑う。

 

「もう……ほら、レース始まりますよ」

「おっと、そうだそうだ」

 

 視線をターフへと戻す。最後のウマ娘がゲートに入り、そして――。

 

『いざ、次代の女王へ! GⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズ――スタートしました!』

 

 ゲートが開き、18人のウマ娘が一斉にターフへ飛び出した。

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