モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第65話 有馬記念・夢の舞台

 12月24日、日曜日、クリスマスイブ。中山レース場。

 GⅠ、有馬記念。

 

『年末の大一番、夢のグランプリ、有馬記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!』

 

 大観衆の詰めかけた中山レース場。ファン投票で選ばれた栄誉あるウマ娘16人が挑むグランプリ、有馬記念。トゥインクル・シリーズの歴史においても、数々の伝説のレースが繰り広げられていた夢の舞台だ。

 ホープフルステークスを4日後に控えてはいたが、さすがにその舞台に担当の身内が挑むとあれば、日帰りで行ける中山であるし、テレビ観戦で済ませようとは言いにくい。何より有馬記念の雰囲気を、直で3人に感じてほしかったというのもある。

 というわけで私は、ヒクマの最終追い切りを済ませ、ヒクマ、エチュード、コンプを連れて中山レース場に来ていた。独特の緊張感とお祭り気分とがない交ぜになった、有馬記念の日の中山の雰囲気は、いつ来ても気分が沸き立つものを感じる。

 

『今年のオークスウマ娘、5番人気は7枠14番リボンスレノディ! エリザベス女王杯を回避して仕上がり万全、テイクオフプレーンを倒した唯一のウマ娘として、グランプリの舞台で秋華賞のリベンジなるか!』

「ノディ姉さん……!」

「ノディさーん、がんばれー!」

 

 リボンスレノディがこちらの声援に気付いてか、ゲートの前で軽く手を振る。ぶんぶんと手を振って身を乗り出すヒクマと、「落ちる落ちるってばクマっち」といつものようにそれを支えるコンプ、そして祈るように手を組むエチュード。

 今年の有馬記念は、シニア級の世代がやや手薄だが、今年のクラシック世代のGⅠウマ娘たちが揃った。5番人気のスレノディに続いて、4番人気は今年の皐月賞ウマ娘、天皇賞(秋)も3着のトゥージュール。3番人気は菊花賞ウマ娘のアレイキャット。

 そして、僅差で1番人気と2番人気を分け合ったのが――。

 

『これが引退レースです、2番人気、5枠9番オボロイブニング! 今年はリードサスペンス以来となる天皇賞(春)連覇。悲願のグランプリで引退の花道を飾れるか!』

 

 歓声に手を振るのはオボロイブニング。2年前の菊花賞、昨年と今年の天皇賞(春)を制した現役最強ステイヤーだ。有馬記念は過去2年とも2着、この引退レースでの勝利はまさに悲願である。今年の宝塚記念は3着、天皇賞(秋)は5着に敗れたとはいえ、実績から言えば、圧倒的1番人気でもおかしくない。

 だが、1番人気は別にいる。

 

『そしてさあ、現れました! お聞き下さいこの大歓声、今年のファン投票ぶっちぎりの第1位、そして今日も1番人気! 桜花賞・秋華賞・エリザベス女王杯の変則トリプルティアラ、蒼天を翔ける芦毛の逃亡者、1枠2番テイクオフプレーン!』

 

 地鳴りのような歓声が、中山レース場を震わせる。

 

「うわ、プレーンさんすっごい人気。いいなー」

 

 コンプが圧倒されたように口を開ける。テイクオフプレーンはもはやすっかりスターウマ娘だ。エリザベス女王杯で並み居るシニア級ウマ娘、とりわけ今年の大阪杯を勝ち宝塚記念2着のテューダーガーデンに完勝したことで、これが三冠路線のウマ娘との初対決にもかかわらず1番人気である。見栄えのする芦毛に、レースでも目立つ逃げウマ娘で圧倒的に強いとなれば人気が出ないわけがない。勝利後の飛行機パフォーマンスは子供に大受けして、世代を問わず大人気である。

 そんな大歓声に向き合って、テイクオフプレーンは手招きするように両手を振る。

 

『ユー、ハブ、コントロール?』

 

 スタンドの観客の大合唱。それに応えてテイクオフプレーンは操縦桿を引くような仕草をして、両手を広げてその場を軽く一周してジャンプ。そして右手を掲げて、

 

「アイハブコントロール!」

 

 大喝采。パフォーマンスであっという間に観客を魅了してしまったプレーンを、スレノディが呆れた様子で見つめているのが私たちの席からもよく見えた。

 

「いいなー、あたしもなんかあーゆーの考えようかなあ」

「もっと強くなったらね」

 

 コンプの頭をぽんぽんと撫でると、「人前で撫でるなー!」とコンプは口を尖らせる。ヒクマは楽しそうに目を輝かせ、エチュードは何度も深呼吸していた。

 

「大丈夫? エチュード」

「は、はい……。ノディ姉さんより、私の方が緊張してちゃ変ですよね……」

「まあ、気持ちはわかるけどね。有馬記念はお祭りだ、楽しもう。ヒクマみたいに」

「ほえ? トレーナーさん、呼んだ?」

 

 振り向いたヒクマに、私はエチュードと顔を見合わせて笑い合う。

 

 

 ターフのウマ娘たちが、ゲートへと向かっていく。緊張感が高まっていく。

 

『体勢完了。夢のグランプリ、有馬記念――スタートです!』

 

 ――夢の舞台が、幕を開ける。

 

 

       * * *

 

 

 そして、夢が終わるのは一瞬だ。

 

「ええと、それでは皆様、メリークリスマスですわ。乾杯」

『かんぱーい!』

 

 有馬記念のウイニングライブが終わり、夜。トレセン学園に戻ってきた私たちは、リボンスレノディの慰労会を兼ねたクリスマスパーティに招待されていた。会場はスレノディの担当トレーナーのトレーナー室。リボン家のスレノディなら、実家でもっと盛大なパーティが開かれるのではないかと思ったが、ごくごくささやかなものである。

 

「だって3着ですもの。あんまり盛大にやっても恥ずかしいですわ」

「そんなこと……! 有馬記念で3着なんてすごいよ、ノディ姉さん。ライブもかっこよかったし……」

「ふふ、ありがとう、エチュードちゃん」

 

 言い募るエチュードに、スレノディは目を細めて微笑む。

 

「ほらほらビー姉もなんか食べなって」

「あらあらコンプちゃん、余所様のパーティでそんなに欲張っちゃダメよ~」

 

 コンプは強引に連れてきたビウエラリズムに料理を山ほど取り分けている。困り顔のビウエラリズムに、スレノディが歩み寄った。

 

「いえいえ、どうぞどうぞ。たくさん食べてくださいませ。コンプちゃんのお姉様のビウエラリズムさんですわよね。うちのエチュードちゃんが、いつもコンプちゃんのお世話になっております」

「あらあら~、どうもご丁寧に。こちらこそコンプちゃんがいつもエチュードちゃんにご迷惑をおかけしてばかりで」

「いえいえ、そんな。エチュードちゃんってば引っ込み思案ですから、そちらのコンプちゃんにいつも引っぱっていただけているおかげで毎日楽しそうで」

「いえいえ、こちらこそ~。コンプちゃんってば放っておくとどこまでも突っ走ってしまいますから~、エチュードちゃんがいいブレーキになってくださってまして~」

「あらあらまあまあ、エチュードちゃんってば」

「あらあら~、うちのコンプちゃんもそれはもう」

 

 のんびりした姉同士の妹トーク空間が発生してしまった。コンプがチキンにかぶりつきながら、「ビー姉とノディさん、なんかものすごい似たもの同士っていうか、キャラ被ってない?」とぼやく。そう言うコンプの友達にはもうひとり、「あらあら~」と手の掛かる子の面倒を見ているのか見ていないのかよくわからない子がいたような。

 

「トレーナーさんトレーナーさん、にんじんケーキ食べる?」

 

 と、ヒクマがケーキを皿に取り分けてこちらに駆け寄ってきた。「ああ、ありがとう」とその皿を受け取ると、ヒクマは私の隣に腰を下ろして自分のにんじんケーキを幸せそうに頬張る。

 

「ヒクマ、まあクリスマスだからあまり厳しいことは言わないけど、レース前にあんまり食べ過ぎちゃダメだよ。明日以降はあんまりハードなトレーニングしないんだからね」

「うっ、うう~、わかった……これ1個で我慢する」

 

 ホープフルステークスは4日後だ。クリスマスで食べ過ぎて調整失敗では目も当てられない。名残惜しそうに残りのケーキを睨むヒクマの頭を、私はぽんぽんと撫でてやった。

 

「そうそうクマっち、ホープフル勝ったらトレーナーがなんでも奢ってくれるんだから、今は我慢よ我慢」

「ていうかコンプも、年明けたらすぐ朱竹賞なの忘れてないよね? 再来週だよ?」

「うぐっ」

 

 山盛りの料理の皿を手に固まるコンプ。皆の笑いが弾ける。

 ――と、そこへ。唐突に、トレーナー室のドアががらりと開いた。

 

「ちょっとちょっとノディ! パーティやってるなら言ってよ! なーんでこのプレーンさんをのけものにするかなー!」

 

 そんなことを言いながら憤然と乗りこんできたのはテイクオフプレーンである。

 

「プレーンさん? どうしたんですの」

「どーしたもこーしたも、クリスマスイブにあたしをのけものにするとはどういう了見かってーの! あたしはノディのなんなのよー!」

「あらあら、有馬記念の後だと負けた方の慰め会になるから事前にクリスマスデートしてしまおうと仰って一昨日私を連れ回したのは貴方でしょう? ねえ、1番人気4着さん。それともウイニングライブも取れなかったのを私に慰めて欲しかったんですの?」

「そーよー、慰めてノディー。もープレーンさんは傷心なのよー」

「ちょ、ちょっとプレーンさん!」

 

 テイクオフプレーンが、スレノディの胸にすがりついて、スレノディは慌てた様子で困り顔を左右に向ける。プレーンは「んー、ノディの胸は背丈のわりに顔の埋めがいがあるなあ、あたしにちょっと譲ってよー」と呟いて、真っ赤になったスレノディが「プレーンさん!」とその頭を叩いた。

 

 

 ――そう、有馬記念の結果はといえば。

 

『テイクオフプレーン逃げる、逃げる、しかし来た! 来た! 内からオボロイブニング、外からリボンスレノディ、間を割ってアレイキャット! オボロイブニングとらえた、オボロイブニング先頭だ! これが王者だ! これが王者の去り際だ! オボロイブニングです! オボロイブニング有終の美! 引退レース、見事に悲願のグランプリ制覇!』

 

 勝ったのは中山の坂の終わりでテイクオフプレーンを差し切った2番人気オボロイブニング。プレーンは必死に逃げ粘ったが、最後に菊花賞ウマ娘アレイキャットと、大外からリボンスレノディが急襲して、オボロイブニングの1バ身後ろで2着争いはこの3人がほぼ横並びでゴール。アタマ差とハナ差でアレイキャットが2着、リボンスレノディが3着、そしてテイクオフプレーンはわずか数センチ差で4着に敗れていた。

 クラシック級のティアラ路線のウマ娘が、有馬記念をあわや逃げ切り勝ちというところまで行ったのだから負けてなお強しの内容ではあったが、4着は4着である。着順の上でも、3着のスレノディがオークス以来の直接対決2勝目なのであった。

 

 

「いやー、オボロさんに負けたのはまー仕方ないんだけどさあ、3着には残れたと思ったんだけどなあ。最後、首の上げ下げでノディに負けたうえにライブまで逃すんだからもー、悔しい! 納得いかーん!」

 

 にんじんサラダを皿に山盛りにして掻きこみながら、プレーンは「うがー!」と叫ぶ。呆れ顔のスレノディは「ドカ食いは下品ですわよ」と腰に手を当てて、

 

「それで、私に負けて海外遠征はどうするんですの?」

 

 そう問うた。私の隣でヒクマがぴくんと耳を立てて顔を上げる。

 

「ん? ああ、予定通り行くよ。トレーナーも『結果は残念だったけど内容は充分だった』って納得した顔だったし。あ、それともノディ、やっぱり寂しくてあたしに国内に残ってほしかった? やー、ノディの愛が重くてプレーンさんは幸せ」

「誰もそんなこと言ってませんわ!」

 

 からからと笑うプレーンに、スレノディが顔を赤くして口を尖らせる。

 

「え、海外遠征? あの、プレーンさん、海外に行かれるんですか……?」

 

 エチュードがそう問うと、「ん? ああうん、トレーナーからの正式発表は明日あたりかなー」と頷いた。

 

「今日の結果で2400いけるってなったから、来年はまずドバイ。ターフじゃなくて、ドバイシーマクラシックの方に出るよ。そのあと香港」

「ドバイ!」

 

 まん丸の瞳を大きく見開いて、ヒクマが立ち上がった。

 

「お? どしたの、かわいい芦毛ちゃん。――あ、そいえば中東生まれなんだっけ?」

「うん、ドバイシーマクラシック! お母さんの出たレース!」

「こらこらヒクマ、落ち着いて。――そう、この子の大目標なんだ。ドバイシーマクラシックは」

 

 ヒクマをなだめながら、私はプレーンにそう答える。「はー」とプレーンは頷き、立ち上がってヒクマへと歩み寄った。

 

「えーと、ヒクマちゃんだっけ?」

「はい!」

「よーし、んじゃ同じ芦毛の先輩として、あたしがまず来年勝ってきてあげる。ヒクマちゃんは来年クラシックだよね? じゃ、そこであたしと同じぐらい勝って、再来年勝ちにおいで。あたしが前年覇者として迎え撃ってあげるから」

「――――うんっ!」

 

 目を輝かせて、ヒクマはぶるぶるっと身体を震わせた。

 

「う~~~~~~っ、トレーナーさん、わたし走ってくる!」

「あっ、ヒクマ! こら、今日のトレーニングもう終わりだって!」

 

 トレーナー室を飛び出していくヒクマ。私はそれを慌てて追いかけながら、けれどこればっかりは仕方ないか、と苦笑する。

 夢の舞台。ヒクマのそれは年末のグランプリではなく、はるか中東の砂漠の街。

 そこに向かう道が、ただの夢ではなく、現実の道筋として初めて見えたのだ。

 

「ヒクマ!」

 

 建物の外まで来て、グラウンドの前に佇んだヒクマの背中に追いついた。ヒクマは冬の夜空に白い息を吐きながら、「えと、西はあっちだよね!」と西の空を見上げる。

 夜空に満天の星。その輝きは、砂漠の街へと繋がっている。

 

「トレーナーさん、わたしもプレーンさんみたいに――再来年、行けるかな?」

 

 変則トリプルティアラ、クラシック級までにGⅠ4勝。

 テイクオフプレーンが積み上げた実績という目標は、とんでもないハードルだ。

 けれど、ただトリプルティアラを勝つというだけじゃない。

 それだけ勝てば、シニア級1年目からドバイに届くという――明確な道しるべ。

 いや、もちろんそれは決して絶対条件じゃない。GⅠ未勝利でドバイに行ったウマ娘もいるし、中には重賞未勝利で挑んだウマ娘だって過去にいるのだから。けれど、シニア級1年目で挑むとなれば、やはりGⅠ勝利は最低条件だろう。

 トリプルティアラで勝って、ドバイへ行く。

 ――それは、夢じゃなく、これから現実に変えていく目標なのだ。

 

「ああ。行こう、ヒクマ。再来年だ。ホープフルステークスを勝って、トリプルティアラを勝って、胸を張って、再来年ドバイに!」

「――うんっ! うぅぅ~~~っ、がんばるぞーっ!」

 

 両手を高く夜空に突き上げて、ヒクマは叫んで走り出した。

 こら、準備運動もしないでこの寒い中で全力疾走したら怪我するから――と私はまた慌てて、その背中を追いかける。

 

 

 ホープフルステークスまで、あと4日。

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