モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第70話 もう一度一緒に

 1月3日、水曜日。

 

「たっだいまー! トレーナーさん、コンプちゃん、エチュードちゃん、あけましておめでとー!」

「はいはいあけおめ、ってわぷっ、ちょっとクマっち、のしかかんないでよ!」

「あけましておめでとう、ヒクマちゃん。……実家、どうだった?」

「うん! みんな喜んでくれてた! わたしもエネルギー充填120パーセント! トレーナーさん、う~~~っ、今日からまたいっぱいがんばるよ! めざせ桜花賞!」

「ああ、がんばろう!」

 

 ヒクマが学園に戻ってきたのを、私たちはトレーナー室で出迎えた。昨日一昨日と、コンプとエチュードのふたりだけでトレーニングをしていたが、やっぱりヒクマがいるとぐっと場が明るくなる。

 

「でも、その前に――みんなで初詣行こうか」

「初詣! うん、行く行く!」

 

 普段の騒がしい日常が戻ってきたのを実感しながら、嬉しそうに尻尾を振るヒクマの頭をぽんぽんと撫でる。コンプが何やらエチュードの脇腹をつつき、エチュードが困ったように首を横に振っているのはなんだかよくわからないが、何にしても、やっぱり私たちの中心にいるのは、この太陽のように明るい笑顔なのだった。

 

 

 

 というわけで、学園の近所にある神社にやってくる。学園の近所だけあって、多くのウマ娘が必勝祈願に訪れる神社だ。私たちの他にも、正月休みから戻ってきて初詣に来たのだろうウマ娘たちの姿がちらほら見えた。

 さて、担当3人分の必勝祈願である。ここは奮発せねばなるまい。私が財布から1万円札を出すと、コンプが目を丸くする。

 

「え、トレーナー、なに、そんな大富豪だったっけ?」

「いや、気持ち的にね。ヒクマとエチュードがトリプルティアラで、コンプが短距離GⅠで勝てますように――なんて欲張ったお願いするんだから、奮発しないと」

 

 そう言いながら1万円札を賽銭箱に投じようとすると――横から手が伸びてきて、ぱっと1万円札を攫われた。なんだ、なんて大胆な賽銭泥棒か――と思ったら、その手の主はコンプである。不満げに口を尖らせて、コンプは1万円札をひらひら揺らす。

 

「トレーナー。つーまーりー、あたしたちのGⅠ勝利は賽銭箱に1万円投じないと叶わないような大それた無謀なお願いだって思ってるわけ?」

「え、いや、そんなつもりじゃ――」

「神頼みに1万円使うぐらいなら、蹄鉄とかサプリとかトレーニング器具とか買うのに使いなさいよ! というわけでこの1万円は没収! お賽銭なんて奮発しても100円でじゅーぶん! あたしは100円でGⅠ勝ってあげるから見てなさいっての!」

 

 そう言って、コンプは1万円を羽織ったコートのポケットに仕舞い、100円玉を賽銭箱に放って手を合わせる。――まあ、確かにコンプの言うことも一理あるか。神頼みより有効な使い方など、いくらでもある。

 神社の人の視線が微妙に痛かったような気がしないでもないが、100円を投じて神様に手を合わせる。――ヒクマ、エチュード、コンプ。3人とも、目標を達成できますように。

 ヒクマとエチュードもそれぞれ手を合わせ、それから3人でおみくじを買った。

 

「やったー、わたし大吉!」

「……小吉です」

「ちょっとー、なんであたし凶なのよ!」

 

 なんだかいかにも3人らしい結果を引き当てる姿に、私は顔をほころばせる。

 この子たちのクラシック級の1年が、幸いなものでありますように。

 神頼みとはまた別に、私はただ、そう祈った。

 

 

       * * *

 

 

 学園に戻り、ジャージに着替えてグラウンドへ。コンプは7日の朱竹賞へ向けて最終追い切りの頃合い、エチュードも14日の菜の花賞へ追い込んでいく時期だ。年明け早々だが、のんびりしている暇はない。

 

「よし、それじゃあ3人とも、今年の目標は? ヒクマ」

「うん! トリプルティアラとエリザベス女王杯、ぜんぶ勝ーつ!」

 

 ぐっと拳を掲げて、ヒクマは大きくそう宣言する。来年のドバイへ、テイクオフプレーンと同じGⅠ4勝。壮大な目標だが、どれかひとつ勝てれば、なんて意気込みで勝てるほど甘くないだろう。全部勝つ。そのつもりでいいのだ。

 

「コンプは?」

「あの三つ編み眼鏡と二つ結びとを倒して、スプリンターズステークス勝って、年末の香港スプリントで短距離最強になる!」

 

 ユイイツムニとチョコチョコか。ふたりともジュニア級GⅠで距離の壁に跳ね返された結果だっただけに、おそらくは短距離戦線に目標を定めてくるだろう。ということは、これからもあのふたりとの対決は避けられない。あのふたりを倒すことは、そのままコンプの目標に直結する。

 

「エチュードは?」

「わっ、私は……その、ええと……つ、次の、菜の花賞、がんばります……っ」

 

 壮大な目標を立てる友人ふたりに気圧されたのか、小さく身を竦めながら、ぐっと胸の前で拳を握るエチュード。――うん、まあ、エチュードの場合はそれでいいのかもしれない。まずは自分に自信を持てるように、目の前の目標からひとつひとつ。ヒクマやコンプのような大きな夢を見つけるのは、その後ででもいいはずだ。

 

「よーし、3人とも、目標のために今の自分に何が足りないか、どんな自分を目指すのか、しっかり考えて、目的意識を持って取り組んで行こう!」

 

 はーい、と3人の声が唱和する。

 

「じゃあ、コンプとエチュードはレースに向けて最後の追い込み、みっちりいくよ。ヒクマはまだ次のレースは先だから、今のところは軽めの調整ね」

「えー。トレーナーさん、わたし思いっきり走りたい!」

「クマっち、実家で正月太りしてお腹ぷにぷにになってない? まずダイエットしなきゃ」

「なってないよー!」

 

 コンプがヒクマの脇腹をつつき、ヒクマが口を尖らせる。その様子に苦笑しながら、私は周囲を軽く見回した。――約束だと、そろそろ来てもいい頃だと思うのだが。

 と、ヒクマがその大きな目を見開き、ぱっと手を振る。

 

「あっ、キャクタスちゃん!」

「………………どうも、あけましておめでとうございます…………」

「おわあっ、小坂トレーナー! いたんですか!」

 

 また突然背後に現れた小坂トレーナーに、私はのけぞる。その隣には――ミニキャクタスが、少し気まずそうな顔をして、手を振るヒクマに小さく右手を挙げていた。

 

「あ、あけましておめでとうございます。……ええと」

「…………はい、また、よろしくお願いします」

 

 小坂トレーナーは、そう言って長い黒髪を揺らしてぺこりと頭を下げる。ミニキャクタスも一緒に一礼。ヒクマが「ほえ?」と首を傾げる。

 

「え、トレーナーさん、もしかして……」

「うん。昨日、小坂トレーナーとミニキャクタスから連絡があってね。――また、一緒にトレーニングさせてほしいって。みんな、いいよね?」

 

 私の言葉に、ヒクマたちは顔を見合わせ――そして。

 

「やったあ! またキャクタスちゃんと一緒にトレーニングだ!」

 

 ヒクマは諸手を挙げてミニキャクタスに駆け寄り、その手を掴んで顔を寄せる。例によってゼロ距離まで詰め寄ってくるヒクマに、ミニキャクタスがたじろぐようにのけぞる。

 

「あけましておめでとう、キャクタスちゃん! またよろしくね!」

「……う、うん……あけまして、おめでとう……よろしく」

 

 恥ずかしそうに顔を伏せるミニキャクタス。コンプとエチュードは、そんな様子にいつも通りに小さく苦笑していた。

 

 

       * * *

 

 

 ミニキャクタスとの合同トレーニングは4カ月ぶりだけれど、そのブランクを感じさせないほどに、ミニキャクタスはすぐ3人に馴染んだ。いや、主にブランクなんて完全に無関係という調子でミニキャクタスを引っぱるヒクマのペースに、最初はこわごわという様子だったミニキャクタスがあっという間に巻き込まれた、という方が正しい。

 いかにもヒクマらしいな、と思う。ホープフルステークスで自分を負かした相手にも、気にせず笑顔で距離を詰めていく。負けが悔しくないわけがない。そんなことはあのライブの観客席でのヒクマの様子でわかっている。と言って、レースの結果と日常の友人関係は別、と割り切っている――というのとも少し違う気がする。

 

「よーし、一旦休憩!」

 

 手を叩くと、コンプが「ぐえー」と大の字で芝生に倒れこみ、ヒクマがしゃがみこんで「コンプちゃん、だいじょぶ?」とその頬をつつく。エチュードがスポーツドリンクのボトルを差し出し、受け取ろうと身を起こしたコンプが、覗きこんでいたヒクマと思いっきり頭をぶつけた。「だ、大丈夫? ふたりとも」とエチュードがおろおろし、ヒクマは「うう~」と涙目で呻き、コンプは「あったー」とそのまま芝生に再び倒れこんだ。

 そんな様子を苦笑しながら眺めていると――不意に横に誰かが来たような気配を感じて、私は振り返った。また小坂トレーナーがいつの間にか……と思ったら、違う。隣にいたのはミニキャクタスである。

 

「……あの」

「うん?」

「……ご迷惑お掛けして、すみません。私のわがままで、お世話になったり、何のお礼もしないまま離れたり、またこうして図々しく戻って来たり……」

「いやいや、全然。こっちとしては、ヒクマの目標になる相手とまた一緒にトレーニングできてありがたいという気持ちしかないんだけど……」

 

 答えながら、そういえば小坂トレーナーとはときどき話すけど、この子自身とちゃんと話すのは初めてだな、と思う。普段は存在感も薄く、木訥とした様子のこの子が、レースで見せるあの電撃のような末脚。そのギャップも含めて、なんだかよくわからない子だな、というのが私の率直な印象だった。

 ヒクマを倒すためにホープフルステークスを選んだということは小坂トレーナーから聞いている。その目的通りにホープフルステークスを制してGⅠウマ娘になった彼女が、次に標的にするのはジャラジャラとエレガンジェネラルだろう――と思っていたので、小坂トレーナーから、『…………キャクタスちゃんが、もし良かったらまたヒクマちゃんと一緒にトレーニングしたいと言っているんですが』という相談を受けたときには正直なところ、私も驚いたのだ。私としては、今後はその背中を追いかける相手になると思っていただけに、向こうからまた近付いてくるとは……。

 

「……目標……私が、あの子の……?」

「ん? うん、君を倒さないと、トリプルティアラには届かないからね」

「…………」

 

 私の答えに、ミニキャクタスは無言で俯いてしまう。

 

「…………あの、ウイニングライブのとき」

「ホープフルステークスの?」

「……はい。…………ヒクマちゃん、泣いてました……よね」

 

 私は頬を掻いた。まさか見られていたとは……。

 

「……ステージの上からでもわかるぐらい目立ってた?」

「い、いえ……。ヒクマちゃんのこと、目で探してたから……なんです、けど」

 

 恥ずかしそうに俯いて、ミニキャクタスはぎゅっと拳を握りしめる。

 

「…………ホープフルステークスで勝ったとき、私、ヒクマちゃんに……嫌われても仕方ないって、そう、思ってました。……私だったら、もし負けていたら、悔しくて、悔しくて、それまで通りに友達でいられる自信が……無かった、ので」

「…………」

「だから……ヒクマちゃんから、『おめでとう』って言われたとき……悔しくないの? って思ったんです……。悔しいって、ヒクマちゃん言ってましたけど、でも、負けた直後に私に『おめでとう』って言える程度の悔しさで……結局、その程度の覚悟でレースに臨んでるような子なんだって……そんな、風に、傲慢なこと、考えていました」

 

 ――ああ、と私は黙って、心の中だけで頷いた。

 そういうことか。ミニキャクタスについて、いろいろなことが腑に落ちた。

 この子は――とんでもない負けず嫌いで、同時にとんでもなく繊細なのだ。

 アスター賞のあと、ホープフルステークスまでヒクマと距離を置いたのも。つまりは、ただ――勝負の世界で友達と傷つけあいたくなかった。それだけのことなのだろう。

 

「でも……あの場で、ヒクマちゃん以外の子たちからも『おめでとう』って言われて……ライブの観客席で、泣いてるヒクマちゃんを見て――自分の心が、どれだけ狭かったのか、思い知らされました……。みんな、負けて悔しいなんて当たり前で……でも、それでも、自分を負かした相手を素直に讃えられる……そのぐらい、戦う相手に、敬意を持って勝負に臨んでるんだって……。覚悟が全然足りてないのは、私の方だったって……。自分が負けたくないってことしか考えてなかった私は……ちっぽけだなあ、って、ライブのあと、すごく……恥ずかしくなりました……」

 

 私は、ミニキャクタスの頭にぽんと手を乗せていた。ミニキャクタスが驚いたように顔を上げる。私は目を細めて、小さく頷く。

 

「……それでも、また、ここに来てくれたんだよね?」

「――――っ、……はい」

 

 ぎゅっと目を瞑り、ミニキャクタスは吐き出すように言う。

 

「もう一回……今度は、ちゃんと……ヒクマちゃんと、友達に、なりたい……です」

 

 私は頷いて、ぽん、とミニキャクタスの背中を押した。たたらを踏むように、ミニキャクタスが小さくよろめて、数歩、ヒクマの方に足を踏み出す。

 ヒクマが、こちらに気付いて、いつもの笑顔で大きく手を振った。

 

「キャクタスちゃーん!」

 

 ミニキャクタスが目を見開き、ちらりと私を振り向いた。私は頷き、「行っておいで」ともう一度その背中を押す。

 ミニキャクタスは、ぐっと意を決したように、ヒクマの方へ駆け寄り――さっそく、ヒクマにゼロ距離まで詰め寄られて、その目を白黒させていた。

 その姿を見ていれば、ヒクマの気持ちについて、私が余計な差し出口を挟む必要なんてないことがわかる。――最初からヒクマは、ミニキャクタスのことをずっと友達だと思ってるし、「ちゃんと友達になる」必要なんて最初からないんだよ――。そんなことは、私が言わなくたって、ヒクマのあの笑顔が全て示しているのだ。

 

「…………ありがとうございます」

「おわっ、小坂トレーナー」

 

 いきなり背後から声をかけられて、私は飛び上がる。――ミニキャクタスも大概だけれど、本当にこの人は心臓に悪い……。

 

「……キャクタスちゃんが、私以外の誰かに、あんなに自分のことを話したのなんて……初めて見ました……。……すごい、ですね……」

「いや、ただ彼女が懺悔したくて、でもさすがにヒクマに直接は言えないからでしょう。大樹のウロ代わりにでもしてもらえたなら、光栄ですよ」

 

 本当は懺悔する必要すらないことなのだけれど。勝負の世界で、たったひとつの勝者の地位を奪い合う立場である以上、馴れ合うべきではないというミニキャクタスの考え方は理解できる。そんなことは気にしないで友達になろうとするヒクマと、たぶんどっちが正しいということでもないのだ。

 ただ――私は、ヒクマとミニキャクタスが友達でいてくれた方が、きっとふたりとも強くなれると思う。だから、ふたりには友達でいてほしい。それだけのことなのである。

 ヒクマが笑い、ミニキャクタスが恥ずかしそうに顔を伏せる。けれど、ミニキャクタスのその表情は、さっきよりも随分柔らかい。

 その顔が、たぶん今、あの子たちにとって最適な答えなのだろう。そう思った。

 

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