モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第72話 朱竹賞・挑むための条件は

 1月7日、日曜日。中山レース場。

 第9レース、クラシック級1勝クラス、朱竹賞(芝1200メートル)。

 

『さあ直線を向いて7番ブリッジコンプ先頭、リードは1バ身半!』

「行け、コンプ!」

「コンプちゃーん! あとちょっとー!」

 

 柵から身を乗り出す私たちの前を、ブリッジコンプが12人のウマ娘を引き連れて、中山の急坂を先頭で駆け上がってくる。

 通り過ぎるその一瞬、その顔に浮かんでいたのは――力強い、余裕の表情。

 ぶるりと背筋が震えた。その顔を見た瞬間、勝った、と私も確信した。

 コンプは――はっきり確かに、強くなっている。

 

『譲らない譲らない! ブリッジコンプ、そのまま1着で――ゴールインッ! 圧倒的1番人気に応えましたブリッジコンプ、完勝です!』

「おおおっしゃあ! どんなもんよーっ!」

 

 ゴールした直後から高々と右拳を突き上げて、コンプはスタンドの歓声に応える。

 ハイタッチで喜び合うヒクマとエチュードの横で、私は拍手しながら、すごい子たちだ、と改めて噛みしめていた。

 京王杯ジュニアSで僅差の3着というコンプの実績は、今日のメンバーの中では頭ひとつ抜けていたのは間違いない。そのことは、ぶっちぎりの1番人気という評価に裏打ちされている。しかし、人気通りに勝つことがどれだけ難しいか。

 今日も抜群のスタートでハナを切り、そのまま自分のペースで逃げて押し切り勝ち。他のウマ娘からもマークされる断然の1番人気で完璧に自分のレースをこなしたコンプの力は、やはり既に重賞クラスだ。担当の贔屓目抜きに、そう確信を持てる。

 それなら後は――どのレースを選ぶか、になる。

 もっとも、スプリント重賞の数を考えれば、選択肢は多くないわけだが……。

 

 

 

「お疲れ様、コンプ。オープン入り、おめでとう」

「ふっふーん、ま、あたしにかかればこんなもんよ!」

 

 控え室。ドヤ顔で胸を張るコンプの頭を撫でてやると、「撫でるなー!」とまた吼えた。

 2勝クラスの条件戦が始まるのは6月から。それまでは、1勝クラスを突破したコンプは立派なオープンウマ娘である。ここから先、6月までに出られるレースはオープン特別かリステッド競走、そして重賞だけとなるわけだ。

 

「ったく、こんなのブリッジコンプちゃんの最強成り上がり伝説の通過点なんだから! ま、この程度で大げさに喜んだりしないところ、トレーナーもわかってきたじゃない」

 

 ふっふーん、と鼻を鳴らすコンプ。ゴール直後に自身が思い切りガッツポーズしていたことは突っ込まないでおいてあげよう。

 

「そうだね。まだまだこれからだ。――というわけでコンプ、次のレースだけど」

 

 私がメモ帳を開くと、コンプは機先を制するように私に指を突きつけた。

 

「3月のファルコンステークス! 決定事項!」

 

 反論は許さないから、と言わんばかりの顔でコンプは私を見上げる。やれやれ、と私は肩を竦めた。

 昨年7月のデビュー戦から半年で5戦目。正直なところ、そろそろ休養を挟みたいタイミングだった。5月の葵ステークスまで休みを入れて、葵ステークスの結果が良ければサマースプリントシリーズを経てスプリンターズステークスを目指す――というのが常識的なローテーションだとは思うが。

 

「どうしても?」

「あったりまえでしょ! あの二つ結びから出てこいって言われたんだから、尻尾巻いて逃げるなんて選択肢は無いのよ!」

 

 去年の京王杯ジュニアSの後で、チョコチョコから「ファルコンステークスで再戦」と言われたという件は既にコンプから聞いていた。

 おそらくチョコチョコは、ファルコンステークスを叩いてNHKマイルカップに向かうはずだ。朝日杯FSでやや距離不安は見えていたが、4着はマイル戦線を断念するほどの結果ではない。それなら、まず間違いなくチョコチョコがいない、おそらくはユイイツムニも出てこないだろう5月の葵ステークスが最も、今のコンプにとっては勝つ見込みが大きい重賞になるはずだ。

 わざわざ強敵がいて、距離も長いファルコンステークスに挑むより、もう少し楽で休みも取れる葵ステークスの方が――。トレーナーとしての冷静な部分が、私自身にそう訴えかけてくる。

 けれど、コンプの瞳を見れば。――そんな消極的な言葉を今コンプにかければ、返ってくるのは間違いなく失望だとわかる。結局、トレーナーとの間で夢を共有できていないのだと、コンプにそう思われることだけは、ダメだ。コンプのトレーナーとして、彼女の夢を、〝最強〟を叶える――それが、コンプとの間に誓った約束だから。

 そもそも、こんなことでいちいち迷っている時点で、本当の意味では私はコンプと夢を共有できていないのかもしれない。でも、ウマ娘を導くトレーナーとして、ウマ娘の夢は尊重しても、その夢に私自身が溺れてしまってもいけないのだと思う。

 

「解った。じゃあ、次走は3月のファルコンステークス。――ただし」

「うん?」

「条件というか――現実的な問題として、ね。最低でもファルコンステークスで2着に入れなければ、スプリンターズステークスへの挑戦は厳しくなる」

「――――」

 

 コンプが小さく息を飲んだ。――そう、チョコチョコが出てくるファルコンステークスを避けたかった大きな理由はそこなのである。

 現在のコンプのファンPtは900。今はオープンウマ娘とはいえ、6月になれば2勝クラスの条件ウマ娘だ。そして、シニア級のウマ娘との戦いになるスプリンターズステークスにクラシック級で出走するには、ファンPt的には最低でもそれまでに重賞をひとつは勝っておかなくては厳しい。

 夏にはサマースプリントシリーズがあるとはいえ、ファルコンステークスを落とせばそこへの出走もおぼつかなくなる。今のコンプが9月のスプリンターズステークスを目指すなら、6月までに何としても重賞で2着以内を取ってファンPtを加算し、6月以降も晴れてオープンウマ娘として重賞に挑める体勢を整えなければならない。クラシック級でスプリンターズステークスに挑むというのは、それだけの難題なのだ。

 京王杯ジュニアSでの僅差の3着という結果は、内容は胸を張れるものであっても、クラシック級のレース選択の上ではあそこでファンPtを加算し損ねたことが重くのしかかる。ファンPtが加算されるか否かで、重賞での2着と3着は天と地ほどの差があるのだ。

 

「その上で、もう一度訊くよ。ファルコンステークスでいいんだね?」

「――あったりまえでしょーが!」

 

 けれど、コンプは私に拳をつきつけて、きっと睨むように私を見上げた。

 

「あんまりこのあたしを見くびるんじゃないの! 上等じゃない! 2着以内なんてケチ臭いこと言わない、きっちり勝ってやるんだから!」

「――解った。じゃあ、ファルコンステークス、勝つぞ!」

「おー! 見てなさいトレーナー、その心配、杞憂すぎて思い出すだけで顔から火が出るって後悔させてあげるからね!」

 

 胸を張るコンプに、私は頷く。

 コンプがそう言うのであれば、あとは私にできる最善を尽くすだけだった。

 

 

       * * *

 

 

 同時刻、トレセン学園栗東寮。

 

「学級委員長バイタルダイナモ、ただいま戻りましたー!」

「おー、おかえり委員長ー」

 

 寮の自室で今日のレース中継を見ていたソーラーレイは、騒がしいルームメイトの声に振り返った。日曜の自主トレに出ていたダイナモは、ほっほっと息を弾ませながら部屋の中に駆け込んでくる。

 

「やや! レイさんはレースの研究ですか! 勉強熱心で素晴らしいです! 花丸です!」

「別にぃ、そんな大したもんじゃないって。休みでヒマだから眺めてただけ」

「休んで体調を整えるのも大切ですからね! レイさんの未勝利戦は来週ですし! 小倉でしたよね? さすがに現地には行かれませんが、このダイナモ、勝利のバイタルをレイさんにお届けできますよう府中の地から全力で応援します! ダイナモ応援団です!」

「あははー、気持ちだけ受け取っとくよぉ。委員長はいい子だねえ」

「学級委員長ですから! 同期のライバルも対戦相手でないときは友達として、ルームメイトとして応援するのは当然の務めです!」

 

 屈託のないダイナモの笑顔に、やっぱり委員長には敵わんなあ、とレイは心の中だけで嘆息する。器がでかいのか、単に何も考えてないだけなのか。ダイナモのようになりたいとは思わないけれど、常に一切ぶれないダイナモのメンタリティには敬意を払っているレイであった。

 

「ま、委員長はもう勝ち抜けた身だしねえ。あたしもまあ、がんばるさー」

「いえいえ、まだまだこれからですよ! 次は1勝クラスを勝ち抜けなくては!」

 

 ――そう、バイタルダイナモは昨年末、ホープフルステークスと同日に行われた阪神の未勝利戦を勝ち抜けていた。デビュー戦はゲートに身体をぶつけ最下位の惨敗だったこともあり、未勝利戦では16人中12番人気という低評価。それが中団追走から直線であっさり抜け出して他を寄せ付けず1バ身差の快勝である。この委員長、ちゃんと走りさえすれば強いのだ。

 委員長も勝ち抜けて、これであたしだけ次の小倉の未勝利戦も負けたら立場ないなあ、とレイはまた心の中だけで嘆息する。クラシックとは縁のない短距離路線、焦る必要はないとトレーナーは言うけれども……。

 

「やや! レイさん、あれはブリッジコンプさんですよ!」

「え、誰?」

 

 ダイナモの言葉に、レイはテレビの画面に視線を向ける。先ほどやっていた、中山の第9レースのリプレイが流れていた。クラシック級1勝クラスの朱竹賞。綺麗な尾花栗毛をなびかせた、小柄なウマ娘が先頭で逃げ切り1着。――あれ、言われてみればなんか記憶に引っかかる顔だ。

 

「誰だっけぇ、委員長」

「去年の京王杯ジュニアですよ! ほら、ユイさんとチョコさんの3着だった!」

「――あー、あ、あいつかぁ!」

 

 思い出した。京王杯ジュニアステークスで、ユイイツムニとチョコチョコに食らいついて3着だったウマ娘だ。レイの知る限り、同世代の短距離路線で今のところユイチョコに張り合えるウマ娘はいないと思っていたが――そう、負けたとはいえかなりの接戦、逃げでユイイツムニと張り合って粘った姿を覚えている。

 

「さすが、1勝クラスで足踏みするような方ではありませんでしたか! ユイさんチョコさんも強敵ですが、さらなるライバル登場ですね! 私たちも負けていられませんよ!」

「負けてられないっつーか、まず勝たないと始まらないっつーか、ねえ」

 

 せめて、小倉はもうちょっと暖かいといいのだけれども。寒いとやる気が出ないのだ。

 

「では、この優秀な学級委員長が必勝の作戦をレイさんに授けてさしあげましょう!」

「おー? なになに?」

「かつて偉大なる学級委員長は仰いました! スピード! 瞬発力! 学級委員長! 全てが揃った学級委員長は最強であると! つまり、レイさんも学級委員長になれば最強です!」

「……いや、あたし学級委員長なんてガラじゃないし、そもそもうちのクラスの委員長は委員長じゃんさあ。あたしが委員長になったら委員長が委員長じゃなくなるよぉ?」

「はっ!?」

 

 レイのツッコミに、ダイナモは目を見開く。

 

「い、委員長でなくなる……私が……!? 私が学級委員長でなくなったら、私は学級委員長でいられなくなるということですか!? 学級委員長でない私とはいったい!?」

「ど、どうどう、落ち着いて委員長、だから委員長はずっと委員長だよぉ」

「はっ、そうです! 私が! 私こそが学級委員長! では、レイさんは他の委員長になるとよろしいかと思います! 風紀委員長とか!」

「無茶言わないでよぉ、委員長」

 

 委員長という単語がゲシュタルト崩壊しそうだ。委員長に「学級委員長でなくなる」はNGワード。心の中の注意事項として、レイは深く刻み込んだ。

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