モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第73話 URA賞・ジャラジャラの場合

「おめでとうございます、ジャラジャラさん! 棚村トレーナー!」

 

 1月8日、月曜日。ジャラジャラがトレーナーとウォーミングアップをしているところへ、理事長秘書の駿川たづなが笑顔で駆け寄ってきた。

 おん? とジャラジャラが顔を上げると、トレーナーが満足げな顔で頷く。なんだ? 突然お祝いされるような覚えはないのだが――。

 

「URA賞、最優秀ジュニア級ウマ娘の受賞が決まりました! あ、正式発表は11日なので、まだオフレコですが――」

「決まりましたか。ありがとうございます、たづなさん」

 

 トレーナーは予期していたようで、当然、という顔をしながらも口元が緩んでいるのがわかる。――URA賞ねえ。そういやそんなもんあったな、とジャラジャラは思い出す。

 ジャラジャラの薄い反応をどう解釈したのか、トレーナーが「やったな」と肩を叩いてきた。ジャラジャラは息を吐いて後頭部で腕を組む。

 

「んな喜ぶようなことかあ? 年度代表ウマ娘ってんならまだしも、最優秀ジュニア級なんて要はジュニア級GⅠ勝った奴にあげるだけの賞だろ?」

「そんなスレたウマ娘マニアみたいなこと言うな、本人が。それに、ジュニア級GⅠを勝った3人の中で君が一番強いと評価されたってことだぞ」

「んなもん、実際に走ってみねーとわかんねーだろ。ま、負ける気はしねーけどな」

 

 ――そう、特にあの、ミニキャラメルとかミニキャンドルとか……えーと、そうだ、ミニキャクタスだ。ったく、覚えにくい名前だな、とジャラジャラは息を吐く。

 ホープフルステークスを勝ったあいつ。あの、明らかに他とは次元の違う加速力の末脚。あいつとまだ戦ってもいないのに、ジュニア級最強とか勝手に持ち上げられても反応に困る。桜花賞であいつを叩き潰した後ならまだしも――。

 

「ほぼ満票での受賞だったようです」

「ほぼ?」

 

 たづなの言葉に、棚村トレーナーが眉を寄せる。

 

「はい、ティアラ路線初のホープフルステークス制覇を果たしたミニキャクタスさんにも何票か。けれどやはり、ジャラジャラさんの重賞2戦連続レコード勝ちはやはり相当な衝撃だったようで、なんと年度代表ウマ娘にもジャラジャラさんへの票がありました!」

「本当ですか! すごいぞジャラジャラ、ジュニア級で年度代表ウマ娘に票が入るなんて何十年に一度のことだぞ!」

「ほーん」

「……いや、うん、君に各種栄誉について世間一般の常識的な反応は期待してないが、それにしたってせめてもうちょっとこう、何かないのか?」

 

 がくっとうなだれるトレーナーと、困り顔のたづなに、ジャラジャラは息を吐く。

 

「何かっつわれてもなあ。マスコミ向けのコメントならトレーナーが適当に考えといてくれよ。最初に言ったろ? あたしは別に勲章が欲しくて走ってんじゃないって」

「その一貫性には感心しているところだよ。君は本当に栄誉には興味がないんだな」

「他人に褒められたくて走ってるわけじゃねーからな。じゃ、とりあえずあたしは軽く走ってくっから」

 

 軽く屈伸をして、ジャラジャラはトレーナーの返事も聞かず走り出す。

 ――勝ち続けると、こーゆー雑音も増えるわけだ。めんどくせーなあ。

 溜息を噛み殺し、かったるい気分を吹き飛ばそうとするように、ジャラジャラは脚に力を込めて加速した。

 

 

       * * *

 

 

「おかえりなさい。URA賞おめでとうございます」

「――なんだよ、オフレコじゃなかったのか? もう公表されてんのかよ」

 

 トレーニングを終えて寮の部屋に戻ると、ルームメイトから開口一番にそう言われて、ジャラジャラは大げさに溜息をつく。エレガンジェネラルは、そんなジャラジャラの反応に、いささか不服そうに眉を寄せた。

 

「小耳に挟んだだけです。まあ、結果は当然なので当てずっぽうで言っても同じことですけれど――全く嬉しそうじゃありませんね、ジャラジャラさん」

「木曜に記者会見、日曜に受賞パーティだってよ。かったりー。ジェネ、代わりに出てくんねえ? お前そーゆーの得意だろ。賞も譲ってやっからさ」

「人を目立ちたがりみたいに言わないでください。それとも負けた私に恥の上塗りをさせようという嫌がらせですか?」

 

 口を尖らせるジェネラルに、ジャラジャラは肩を竦めてベッドに倒れこんだ。

 

「あーめんどくせー。今からでも受賞辞退できねーかな」

「世代頂点の勲章を、会見とパーティが面倒臭いという理由で返上しようとしないでください。他の全ての同世代のウマ娘の立場がないですから」

「勲章見せびらかして喜ぶ趣味はねえよ」

「まあ、貴方の信念は貴方の勝手ですけど。くれぐれもパーティをぶち壊しにするような子供みたいな真似はしないでくださいね。ルームメイトとして恥ずかしいですから」

「そこまでガキじゃねーって」

 

 実はちょっとだけ、パーティすっぽかしたり、貰ったトロフィーをその場でゴミ箱にシュートしたらどーなかっな、と考えた。考えたけれども、そういうパフォーマンスで無頼を気取って自己演出するようなタイプと思われるのも面倒臭い。

 本当に、心底栄誉なんてどうでもいい。ただ強い相手と戦って勝ちたい、そのために日本で一番強いウマ娘が集まるトゥインクル・シリーズに参加しているだけなのだ。なのに、今後も勝つたびになんやかんやとこの類いのことに巻き込まれ続けるのだろうと思うと気が重い。興味のない映画のハシゴに付き合わされるようなものだ。拷問である。

 

「昔、ジャラジャラさんみたいな変わったウマ娘がいたそうですよ」

「おん?」

「トゥインクル・シリーズで走りながら、勲章や栄誉には全く関心を示さず、ウマ娘の肉体の限界を追及することしか頭になかったというウマ娘。自分勝手な振る舞いで何かとトラブルを起こしてはマスコミに叩かれ、それを実力で黙らせたと聞いています」

「ほおん。いつの時代もいるんだなあ、あたしみたいなはみ出し者が」

「はみ出し者でいられるのは、はみ出し者でも許される実力があったからという話です。そうやってはみ出し者を気取っていられるうちが華ですよ」

「――痛いところ突くなあ、ジェネ」

 

 ごろんと仰向けに寝転び、「あー、しゃーねーなあ!」とジャラジャラは頭を掻いて起き上がる。

 

「ま、あたしみてーな気性難に付き合ってくれるトレーナーへの義理もあるかんな。しゃーない、せいぜい猫被ってやっか」

「そう、それでいいんです。ジャラジャラさんの信念は、ジャラジャラさんが大事に抱えてさえいればいいんですから。周りにどう見られようが、私は貴方がどういう人なのかよく知っています。ジャラジャラさんが何を求めて走っているのか、他の誰が知らなくても貴方と戦う私が知っている。それでは不十分ですか?」

 

 小首を傾げて、ジェネラルは言う。ジャラジャラは振り向き、その顔を見つめた。

 

「……あのさー、ジェネ」

「なんです?」

「なんか愛の告白みてーだなと思って。お前あたしのこと好きすぎだろ」

「なっ――なななっ、何を言うんですか!」

 

 真っ赤になって吼えるエレガンジェネラルに、ジャラジャラは呵々と笑った。

 

 

       * * *

 

 

 1月11日、木曜日。X3年のURA賞が発表された。

 年度代表ウマ娘と最優秀シニア級ウマ娘は、天皇賞(春)と有馬記念を制して引退の花道を飾ったオボロイブニング。

 最優秀クラシック級ウマ娘は、変則トリプルティアラのテイクオフプレーン。

 単純にGⅠ勝利数ならテイクオフプレーンの方が多いが、年度代表ウマ娘がオボロイブニングに決まったのは、有馬記念で直接対決を制したのが大きな決め手だったのだろう。

 ――そして最優秀ジュニア級ウマ娘は、阪神JFを含め3戦無敗、25年ぶりの平地重賞大差勝ち、重賞2戦連続レコード勝ちと強烈なインパクトを残したジャラジャラ。

 

「……結果はわかっていましたけれど、キャクタスちゃんが獲れなくて、悔しいです……」

 

 ヒクマ、エチュード、コンプ、そしてミニキャクタスの4人でのトレーニングを見守りながら、小坂トレーナーはそう言った。気持ちは解る。私は頷いた。

 ティアラ路線から初のホープフルステークス制覇。3戦無敗は同じだし、ミニキャクタスの勝利も充分に歴史的な偉業だったが――さすがに、ジャラジャラの勝ち方があまりにも派手すぎた。それでもミニキャクタスにもいくつか票が入ったのだから、見ている人はちゃんとミニキャクタスのあの驚異の末脚を評価したということだろう。

 ヒクマが勝てていれば、4戦4勝であるいは――とも思うけれど、それは本当に言っても詮無いことである。

 

「今年の最優秀クラシック級ウマ娘を目指しましょう、お互い。それに合わせて、コンプが最優秀短距離ウマ娘を獲れたら最高ですね」

「……そうですね……お互い、頑張りましょう……」

「賞賛ッ! 目標を高く持つ、その意気や良しッ!」

「おわあっ!? 理事長!?」

 

 いきなり背後から声を掛けられて、驚いて振り向けば、秋川理事長の小柄な姿がある。帽子の上に猫を載せた秋川理事長は、笑顔で手の扇子を私たちに向けた。

 

「それに今年からは、君たち昨年デビューのトレーナーにも、最優秀新人トレーナー賞、そして最優秀トレーナー賞の受賞資格が与えられるッ!」

 

 思わず、私は小坂トレーナーと顔を見合わせる。

 最優秀新人トレーナー賞――URA賞のトレーナー表彰部門だ。受賞資格は最初の担当がデビューして2年目を終えてから5年以内。担当ウマ娘が優秀な成績を残した新人トレーナーに贈られる。

 

「期待ッ! 君たちふたりと桐生院トレーナーは、現在のところ今年の最優秀新人トレーナー賞の有力候補ッ! 楽しみにしているぞッ!」

 

 はっはっは、と笑いながら理事長は扇子を仰ぎつつ立ち去っていく。その背中をぽかんと見送って、私たちはトレーニングに励む担当たちに視線を戻した。

 

「…………だ、そうですけど…………」

「まあ、頑張るのはあの子たちですから。もしそんな賞に縁があるとしたら、それは余録みたいなものだと思いましょう」

「…………そうですね…………私も、そう思います…………」

 

 小坂トレーナーと苦笑し合い、私は手を打ち鳴らした。

 

「よーし、それじゃあエチュードの最終追い切り始めるよ! ヒクマ、併走よろしく!」

「はーい!」

「……が、がんばりますっ」

 

 今できることは、目の前の目標をひとつひとつ越えていくことだけだ。

 次の目標は――今週末。エチュードの1勝クラス、菜の花賞。

 

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