モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ- 作:浅木原忍
1月21日、日曜日、府中駅前。
「お待たせ、エチュード。ごめん、待たせたかな」
「いっ、いえ! 全然、あの、今来たところですから」
私が駆け寄ると、エチュードは慌てたように首を振った。約束の時間の十五分前に来たのだけれども。私は頭を掻く。
ダッフルコートを着たエチュードは、恥ずかしそうに顔を伏せる。あれ、私の格好、変だったかな? 自分の格好を思わず確認していると、エチュードは「えと、あの」と顔を上げた。
「す……すみません、あの、折角の日曜日に、トレーナーさんのお時間を……」
「いやいやいや、約束だし、エチュードのお祝いなんだからそんなの気にしないで。みんな次のレースは3月だから、私も少し余裕はあるしね。ええと、それでどこ行く?」
「はっ、はい! あの――ええと」
エチュードがスマホを取りだして、画面をこちらに向ける。
「あの……ここに、行きたいです」
都内の大きなおもちゃ屋だった。ぬいぐるみの品揃えが豊富とある。なるほど、ここに行くなら学園の前から車を出すより電車の方がいいだろう。
「わかった。じゃあ、行こうか」
「あ……はいっ」
改札に向かって歩き出すと、エチュードがおずおずとついてくる。
――しかし、ヒクマもコンプも抜きで、私とふたりだけで良かったのかな?
* * *
――や、やっぱりこれ、誰がどこからどう見てもデート……だよね……?
トレーナーの半歩後ろを歩きながら、エチュードは顔が熱いのをどうすることもできず、バクバクと高鳴る心臓をなだめるのに必死だった。
背の高いトレーナーの横顔を、斜め後ろからそっと見上げて、自分が見つめていることに気付かれそうな気がして慌てて視線を逸らす。歩きながら、さっきからずっとそんなことばかり繰り返している。
意識しすぎだという自覚はある。だけど、何しろ今日に至るまで、散々周りに冷やかされ煽られてきたわけで――。
『エチュードちゃん! デートの服は女の子の勝負服だよ! もっとオトナっぽくして、トレーナーをドキドキさせちゃわなきゃ!』
ルームメイトのマルシュアスはそう言って、前日からエチュードを着せ替え人形にして遊んでいた。レースで結果が出なくてここしばらくアンニュイだったルームメイトは、エチュードが菜の花賞を勝った先週の土曜の夜からやけにご機嫌で、エチュードは散々着せ替えられ、ネイルを無理矢理塗られそうになったりして、わちゃくちゃにされたのである。
『今日は帰りが遅くても寮長には上手いこと言っておくよ! グッドラック!』
おまけに行きがけにはそんなことを言われて送り出された。帰りが遅く……って、それはその、そういうのはやっぱりあんまりよくないような……って、なに考えてるんだろう私。あうあう。
ブリッジコンプからは『エーちゃん、忘れちゃダメだかんね。ぬいぐるみは口実! ぬいぐるみを買ってもらったあと、いかにトレーナーを引き留めて午後いっぱいも付き合ってもらうかが勝負なんだからね! ファイト!』と役に立つのだか立たないのかよくわからないアドバイスをもらった。
……みんな、私以上に盛り上がりすぎだよ……。
トレーナーの背後でこっそり溜息をつく。応援してもらえるのはありがたいと思うけど、なんかもう、周りから全力で外堀を埋められてて、どうしたらいいのか。
「エチュード?」
「ふわあい!」
突然トレーナーが振り返って、エチュードは思わず変な声をあげていた。
「どうしたの? はい、切符」
「あ……はい、あ、ありがとうございます……」
「大丈夫? なんか顔赤くない?」
「だっ、だだだっ、大丈夫です!」
「そう? ほら、ちょうどいい時間だし、次の電車乗ろう」
トレーナーの後に続いて改札をくぐりながら、エチュードは改めて深呼吸する。
……うう、こんな調子で、大丈夫なんだろうか、私……。
* * *
そんなわけで、やって来たのは銀座のおもちゃ専門店である。
「うわあ……」
その2階ぬいぐるみ売り場。列を為して出迎える大量のぬいぐるみに、エチュードがぽかんと口を開けた。私も思わず感嘆の息を吐く。ぬいぐるみもこれだけ揃えば壮観という他ない。
「じゃあ、ゆっくり選んでおいで」
「あ、はい……え、トレーナーさんは……?」
「ん? いや、エチュードが欲しいの自分で選んでくれればいいから、私はそのへんぶらぶらして――」
そう言いかけたところで、エチュードにコートの裾をはっしと掴まれた。
「……あのっ、えと」
エチュードはぎゅっと私のコートを掴んだまま俯く。……私は頭を掻いた。やれやれ、こんなぬいぐるみの山の中に私がいても浮くだけだと思うが……。
「わかったわかった。じゃあ、一緒に見て回ろうか」
私が答えると、エチュードはぱっと顔を上げ、「はいっ」と嬉しそうに頷いた。
というわけで、エチュードと一緒に陳列されたぬいぐるみの山を見て回る。犬、猫、ウサギ、ペンギン、クマ、パンダ……。リアル志向からデフォルメされたもの、キャラクターもの、ハンドパペットまでなんでもある。きょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせ、尻尾を振りながらぬいぐるみを手に取るエチュード。本当に好きなんだなあ、と私は思う。
まあ、私もふわふわもふもふしたものは嫌いではない。手持ちぶさたに近くにあった大きなアザラシのぬいぐるみをもふもふと弄っていると、エチュードが隣に寄ってきてそれを覗きこんだ。
「これにする?」
「え、あ、ええと……」
私がアザラシを手に取ろうとすると、エチュードは困ったように視線を彷徨わせる。アザラシはお気に召さないのだろうか。
「……トレーナーさんは、その、ええと……あの、なにが、す……好き、ですか?」
「え、私? 私かぁ……うーん」
このへんに並んでいる動物で、ということか。私は周囲のぬいぐるみの山を見回す。あまり、特別好きな動物というのはないのだけれども……。
大きな犬のぬいぐるみは、なんとなくヒクマを連想する。大型犬っぽいもんなあ。
小さな虎柄の猫のぬいぐるみは、どことなくコンプっぽい。
それでいくと、エチュードは……。
「……リス、かなあ」
近くにあったリスのぬいぐるみを手に取る。栗色の毛色で、ちょこんと佇んでいる様子がなんとなく、控えめなエチュードのイメージに合う。
私がそのぬいぐるみを差し出すと、エチュードはおっかなびっくり受け取った。
「あ……」
くるみを抱えたポーズのぬいぐるみの、つぶらな瞳を見下ろすエチュード。
「ああ、でもそれだと、前にあげたのより小さいかな」
「いっ、いえ! これがいい、です!」
ぎゅっとそのリスを抱きしめるようにして、エチュードは大きな声でそう答えた。
「いいの?」
「はいっ、これが、いいです……」
ぎゅっと強くリスを抱きしめるエチュード。気に入ってくれたのなら何よりだが。
「じゃあ、それにしようか。それとも、もう少し見て回ってから決める?」
「……えと、じゃあ、もう少し……」
「わかった。じゃあ、とりあえずそのリスが第一候補ね」
そうして、大事そうにリスを抱えるエチュードと、もう少し店内を見て回る。どこを見回してもかわいいもふもふの洪水に、そろそろ私が気疲れしてきた頃――。
「……あっ」
店内の一角に、エチュードが目を留めて声を上げた。私もそれを見やる。
「ああ……ぱかぷちコーナーもあるんだ」
ウマ娘のぬいぐるみである。ウマ娘グッズの定番で、レース場でも売っているし、クレーンゲームの景品としてもおなじみだ。
基本的に市販のぱかぷちは勝負服姿をモチーフにしているので、商品化されるのは勝負服がある――つまり、GⅠに出たことがあるウマ娘に限られる。それもあり、自分のぱかぷちが出る、というのは、現役のウマ娘にとってはひとつのステータスであるらしい。
並んでいるのはやはり現役のウマ娘が中心だ。私たちに馴染みの深いところでは、テイクオフプレーンやリボンスレノディ。とうに引退して久しいリードサスペンス会長やドカドカのぬいぐるみも並んでいて、人気の根強さを伺わせる。
そして、その中に――。
「あ……そうか、ヒクマのぱかぷち、もう商品化されてたんだったな」
今年のクラシック世代のぱかぷちが並んでいる一角があった。やはり一番数が多いのはジャラジャラ。それからオータムマウンテンやデュオスヴェル、エレガンジェネラル、ミニキャクタス。――そして、ヒクマのぱかぷちもその中に混ざって並んでいた。
ヒクマのくるんとウェーブした長い芦毛に褐色の肌と大きな瞳、民族衣装風の勝負服。特徴をよく捉えたぬいぐるみになっている。担当がこうしてぬいぐるみになっているというのを見るのは、なんとも不思議な気分だった。
「ヒクマちゃん、すごいなあ……」
エチュードは眩しそうに、居並ぶぱかぷちを見下ろす。――と。
「あ、ママー! ウマむすめさん!」
「あらあら、ウマ娘さんねえ」
小さな女の子が、並んだぱかぷちに目を輝かせて駆け寄ってくる。母親らしい女性が「どれがいいの?」と訊ねると、女の子は真剣な顔でじっと見つめ――そして、なんと。
「このこ! ばいとあるひくまちゃん!」
彼女が手に取ったのは、ヒクマのぬいぐるみだった。
「バイト……クマ?」
「ばいとあるひくま、だよ! ママ!」
「はいはい、じゃあそのクマさんにしましょうね」
「うんっ」
ヒクマのぬいぐるみを大事そうに抱えて、女の子は母親に手を引かれて嬉しそうに歩いて行く。さすがに口を挟めず、私は心の中だけで「ありがとうございます」と呟くに留めた。……いや、まさかあんな小さな子が、他の誰でもなくヒクマのぬいぐるみを選んでくれるとは……。トレーナーとして、誇らしいようなこそばゆいような、不思議な気分である。ヒクマ自身がここにいたらどんな顔をしただろう?
「いやはや……」
頬を掻きながらエチュードの方を振り向くと、エチュードはヒクマのぬいぐるみを持っていった女の子の背中をじっと見つめて――リスのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめて一度俯き、そして、私をぐっと見上げた。
「……あの、トレーナーさん」
「うん?」
「次のレース……アネモネステークス、出ます。――桜花賞、出たいです」
きゅっと唇を引き結んで、真剣な表情で、エチュードは言った。
唐突なその言葉に、私は目を見開き――そして、頷いた。
――友人のぬいぐるみか、それを買っていった女の子か……何がエチュードの気持ちに火を点けたのかまではわからないけれど。
本人の心が決まったのであれば、私はそれを支えるだけだ。
「よし、わかった。桜花賞、目指そう!」
「はいっ!」
拳を握った私に、エチュードはリスのぬいぐるみを抱きしめて、力強く頷いた。
* * *
「……で、トレーナーとお昼食べて、スポーツ用品店行って、新しいシューズと蹄鉄も買ってもらったの? うーん、ねーコンプちゃん、それってデートだと思う?」
「まあ、前半はともかく、後半はただの買い出しじゃない」
その日の夕方。寮に戻ってきたエチュードにデートの首尾を問い詰めたマルシュアスは、返ってきた答えに首を傾げ、一緒に待ち構えていたブリッジコンプと顔を見合わせた。
「エーちゃんがそうそう大胆に距離詰められるとは思わないけど、もーちょっとこー、なんか色気のある展開なかったの?」
「そうだよ! 恋愛映画見に行くとか、オシャレなカフェで自撮りするとか。あっ、お昼どんなところで食べたの? 銀座行ったんでしょ? なんかオトナなお店で――」
「あ、えと……オムライス屋さん行ったんだけど……」
「オムライス! いいねいいね、オトナっぽくトレーナーに『あーん』とかした?」
「し、してないよ! あの……トレーナーさん、『いっぱい食べて強くならなきゃ』って、Lサイズふたつ注文して……」
「あれ、オムライス屋ってひょっとしてあのチェーン? あそこのLってあたしたちウマ娘ならともかく、普通の人間用としては結構なボリュームじゃなかった?」
「う、うん……トレーナーさん、ちょっと苦しそうにしてた……」
「で、エーちゃんはLをぺろっと平らげたと?」
「だ、だって、トレーナーさんが『やっぱりウマ娘なんだね、いっぱい食べるのはいいことだよ』って嬉しそうな顔するから……その……」
マルシュアスとコンプはもう一度顔を見合わせ、ふたり揃って大きく溜息をついた。エチュードはリスのぬいぐるみを抱いたまま「あう……」と身を縮こまらせる。
「で、でもね。私が、桜花賞目指したいって言ったら……トレーナーさん、すごく喜んでくれたから……だから、うん、それでいいの。……えへへ」
リスのぬいぐるみを大事そうに撫でて、エチュードは顔をほころばせる。
その顔はどこからどう見ても恋する乙女そのもので――マルシュアスは「いいなー」と呟き、コンプはただ肩を竦めていた。